仮病だっていいじゃない?
今日は少し仮病を使って仕事を休んだ。異世界に転生してからの仕事は疲れるし、たまには息抜きも必要だろう、なんて自己弁護しながらのんびりとエルダリア王国の首都「エルダン」をぶらついていた。
仕事もせずに、ただ歩くだけの一日は最高に贅沢だ――そう思っていた。
「いやー、今日は絶対サボるべき日だったな」そんな自分に言い聞かせつつ、石畳の通りを歩いていると、不意に聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「あれ? 岩木さん?」
その声にドキッとして振り返ると、そこにはエルドラ・ヴィジョン・テレビのアナウンサー、モリヒナさんが立っていた。猫耳と尻尾を揺らしながら、驚いた表情でこちらを見ている。
「モリヒナさん……!」心臓が一瞬止まりそうになる。何てタイミングだ。俺が仮病を使ってサボっているところを、局の人間に見つかるなんて。
「岩木さん、今日は休みって聞いてたけど、体調大丈夫? ここで何してるの?」モリヒナさんは心配そうな顔をしているが、俺が仮病を使っていることは察していないらしい。とりあえず、なんとか言い逃れなければ。
「え、えっと……ちょっと気分転換に、ね。具合が良くなったから、少しだけ外の空気を吸いに来たんですよ!」適当にごまかしたが、モリヒナさんはそれ以上追及してくることもなく、ほっと一息。
「そっか、なら良かった! 私も今日はお休みだから、買い物に来てたの。せっかくだし、街を一緒に回りましょうか?」
俺がうなずく前に、彼女はもう嬉しそうに街の方へと歩き出した。断る理由もないし、モリヒナさんに案内されるのも悪くない。こうして、俺は仮病で休んだ一日を、思いがけずモリヒナさんと過ごすことになった。
まず最初に向かったのは、エルダンの賑やかな市場。石畳の広場には色とりどりの露店が並び、果物や野菜、香辛料などの異世界ならではの品々が所狭しと並べられていた。
「ここは市場よ。エルダンの食材や日用品、珍しい物まで揃っているの」モリヒナさんが紹介してくれる。彼女はこの街に詳しいらしく、軽快に露店を見て回りながら、時折立ち止まっては店主と軽く言葉を交わしていた。
「この果物、食べたことある? カロフルって言うんだけど、甘くて美味しいわよ」彼女が指さすカロフルという果物は、梨のような形をしている。俺は勧められるままに一つ買ってみた。かじってみると、ジューシーで濃厚な甘さが口の中に広がる。
「うん、確かに甘いですね。こんな果物、食べたことないな」
「でしょ? エルダリア王国には、こういう特産品がいっぱいあるのよ」モリヒナさんは嬉しそうに笑い、俺もその様子に少し安心する。この市場は活気があって、見ているだけでも楽しめる。モリヒナさんに案内してもらいながら、俺は異世界の文化に少しずつ馴染んでいく感覚を覚えた。
市場を一通り見た後、俺たちはエルダリア王国の王宮へ向かった。白い大理石で作られた壮大な建物が街の中心にそびえ立ち、その威厳ある姿に圧倒された。
「これがエルダリア王国の王宮よ。国王がここで政治を行っているの」
この王宮は、エルダリア王家が長年国を統治してきた象徴でもあるらしい。テレビ局の取材でも、バキさんがよくこの王宮に出入りしていると聞いていたが、実際に見るとその規模の大きさに驚くばかりだ。
「ここ、取材で来たことあるんですか?」
「ええ、王家に関わるニュースは大事だからね。バキさんなんかは、王宮に来るたびに鋭い質問を投げかけてるわよ」モリヒナさんは少し誇らしげに話すが、続けて「バキさん、ちょっと怖いのよね……」と苦笑していた。
王家に関わる取材は慎重さと緊張感が求められるようだ。俺がその役割を果たす日は、まだまだ先だろう。
王宮を後にして、俺たちは再び街の賑やかな場所へ戻った。
ギルドの前には、今日も多くの冒険者たちが集まり、依頼を受けたり、討伐から戻ってきた者たちが報告している。エルダリア王国にとって、冒険者たちは国を守る重要な存在だ。
「ギルドって、いつもこうやって人が集まってるんですか?」
「そうね、冒険者たちはギルドを拠点に活動してるから、ここがエルダリアの防衛線みたいなものよ。彼らがいるおかげで街の平和が保たれてるの」
ギルドは、冒険者たちの拠点となるだけでなく、住民からの依頼や王国の重要な任務も多く扱っている。前回の取材で出会ったレノンのような実力派冒険者も、ここで次々と依頼をこなしているのだろう。
「冒険者ってすごいですね。俺たちの生活が平和なのも、彼らのおかげなんですね」
「そうよ。テレビ局のギルド班も、彼らと情報を密にしているわ。サラさんもいつも頑張ってるわよ」モリヒナさんはそう言いながら、ギルドの前で忙しそうに動き回る冒険者たちを眺めていた。彼らの頼もしさが、エルダリア王国の支えになっているのだろう。
その時、ふと背後から冷たい視線を感じた。振り返ると、そこにはギルド班のサラさんが腕を組み、じっとこちらを睨んでいた。
「あれ? 岩木さん、今日は体調が悪いって休んでなかった?」サラさんの口調は穏やかだったが、その目には怒りが燃えているのがはっきりとわかる。
モリヒナさんも驚いた表情をして、俺とサラさんを交互に見ていた。
「え、いや、そ、それは……」
「サボって街をふらついてたってわけね?」
サラさんは完全に怒っている。どうやら逃げ場はなさそうだ。
「す、すみません、今日はこれで失礼します!」
俺はそう言うや否や、サラさんの前から一目散に逃げ出した。後ろでモリヒナさんの驚いた声と、サラさんのため息が聞こえたが、今はとにかく逃げるしかない。
「こうなるなら、家にいればよかった……!!」
俺は自分の軽率な判断を後悔しつつ、全力でエルダンの街を駆け抜けた。