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持たざる者

作者: 臂りき


「起立、礼!」


「ありがとうございました」


 画面越しに世話になった教師への慣例を済ませ、ようやく放課後の過ごし方について思いを巡らせる。


 憂鬱。


 与えられた「授業」という有意義な活動を終えた今、嫌でもその後の退屈な時間について考えねばならない。


「ねぇ、サエナ。今日こそはログろうよ」


 沈んだ気分とは裏腹に、この時を待ち侘びたかのように学友が寄ってきた。

 しかも面倒なことに臆面もなくゲームの誘いを入れてきたのだ。完全フルダイブ型のごっこ遊びに。

 お節介にもほどがある。


「えーっと……ちょっとハマってる本があってさ」


 実のところ、彼女は全く悪くない。

 私のように覚醒レベルの低い非社交的な人間さえ「一員」として迎え入れる社会の仕組みがそうさせているのだ。

『数少ない時間、命。皆で守って生きましょう』と。

 放っておくというのが無理な話だ。むしろ健気にも毎日飽きもせず話し掛けてくれる彼女には好感すら持てる。過剰ではあるのだが。


「どんな本!? 今度データ送ってよ!」


 こんな「ケバい」女のどこを気に入ったというのだろうか。折角嫌われようと二〇〇年近くも前の遺物を復旧(サルベージ)したというのに。

 やはり肌を焼いて化粧もガンギメすべきだったろうか。

 はたまたもっと威圧的で近寄り難い態度を取るべきか――。

 或いは彼女も単に物珍しさから接しているのかもしれない。それほど彼女、否、私たちは娯楽に飢えているのだ。


「分かった。気が向いたら私もログ録るね」

「助かるよぉ! 最近『アルカナ』も過疎っててさー」


 彼女が求めているであろう答えを告げ手を振る――はいはい過疎ってる過疎ってる。

 適当にあしらったつもりが思いの外ツボに嵌ったらしく、彼女は大袈裟に手を振り返してシェアルームから去って行った。


 さようなら、僅か数十メートルのご近所さん。


 自室に戻るべく席を立つ頃には、別に居た二人も退室していた。

 消灯し部屋を後にすると、疎らなフットライトに狭く天井の低い廊下が浮かび上がる。

 共用部の完全消灯まであと五分。相変わらず忙しないスケジュールだと思う。

 何故これほど余裕がないのか甚だ疑問である――日中に溜めた十分過ぎる電力は一体どこに行っているのか。


「私たちがそんなに邪魔ですかねぇ」


 圧迫されているのだ。早く死ねと。


『人口過多となった国に余分な物は要りませんよ。ただでさえ狭いんですから』

 はいはい。言われなくても死にますよっと。


『51692664』


 これが終われば私も「卒業」だ。そんなに追い立てなくったっていいじゃん。


 秒数にして多く見せようとしているのがせめてもの情けか。

 体内で蠢く医療用ナノマシンが常に優しく「残り」を視覚的に教えてくれる。

 政府、社会は妙なところでせっかちだ。


『認証完了――おかえりなさい』


 何とか消灯には間に合った。だがまだまだ油断はならない。

 死を急かす無情のタイムアタックはまだ終わっていないのだ。

 自室の完全消灯までの自由時間は少ない。廊下より目線の明るい自室に入って先ずやるべきことは、即座に全裸になること。


 紫外線洗浄機に靴と制服を突っ込み、洗浄光に裸体を晒す。その間実に三〇秒。


「あら、帰ったのね。おかえりなさい」


 配膳口から取ったゼリーで喉を潤しているところへ「おばさん」が現れた。

 顔の前で手を振って「じゃーね」をしてから申し訳程度のコオロギステーキを一口で頬張る。


「勉強は楽しい? お友達とは上手くやってる?」


「んーまぁまぁ」


 質問を重ねるなって。これだからせっかち政府は困る。

 何だろう。偶々卵子を提供した役人ごときが、あろうことか母親面をしているのだろうか。

 今更ご機嫌を取ってどうすることもないだろうに。相手をするだけ無駄――こんな出来損ないの不適合者。


 十五年。これだけ長い時間を掛けてようやく国は私を「不要」と判断した。

 最低限とは言え、その間に消費された資源は莫迦にならない。

 つまり今ある生は、意識を覚醒させてしまった私、無駄な人間を見切れなかった政府の失態である。


 必要とされるのは有能な者だけ。洗練されたヒューマノイドに選定された「持てる者」。そしてそれさえも洗練されていく。

 いずれは機械を介さない純粋な人間などいなくなるだろう。

 今や役人でさえ生前のバックアップを録るのが難しくなっているらしい。


 ――つまりだ。時間の長短はあれども、いずれは彼らも無能な私たちと同じ境遇に立たされるのだ。


 ウェルカム、お利口だった人たち。そしてさようなら、二度と(つら)を見せるんじゃない。


 背後からやかましく言葉を続けるおばさんを感じながら部屋の隅にある箱に近付く。

 薄明りの中、箱の表面は全裸の私を映し出している。

 本来ならば収納された簡素な机が透けて見える完全防音式の箱だ。私はここでネット上の本を漁るか呆然と過ごすだけなので防音である必要はないのだが、世間一般ではこういった個室を必要とする者が多い。


 主な用途と言えば、例えばオナニー。

 その他にも、オナニーとかオナニーとかオナニー。オナニー専用室。

 今日日(きょうび)試験管で事は済むのに難儀なものである。

 それに娯楽全般が自慰であることに変わりはない。


 兎に角だ。この状態であるということは『使用中』なのだ。


「リンカぁー。怒らないから出てきてごらん?」


「ま、まぁまぁ。リンカもたまにはお姉さんらしいこと、したいんじゃないかしら」


 今日のおばさんはやけに馴れ馴れしいな。

 は。そういうことだったのか。


 国からこの箱を賜ったのは十歳の頃。その後の人生を期待された輝かしい証。

 資源の乏しいあの国が人に物を与えたのである。それも他でもない私に。

 つまりこれは、唯一私がこの世に存在してもよかった証拠でもあるのだ。


「おーい、何度言わせたら分かるんだガキぃ! さっさと出てこないとぶち殺すぞぉ!」


 既にその栄光は過去のものとなった。

 しかしだからと言って他の誰かに踏み(にじ)らせても良いという理由にはならない。


 箱の側面に設けられた僅かな窪みに手を掛け、何度も揺さ振り中の不届き者を締め出す。


 軽快な開錠音と共に顔を覗かせた小人の髪を引っ手繰る。

 痛みと腕力に従って出た体を打ちっぱなしの壁へと叩きつける。追い打ちに足裏を顔面に押し付け更に壁へと押し遣る。


 めりっと音が鳴った気がした。


「うぐっ」


「何してたんだよ」


 何度も足裏で顔面を押し遣り言葉を促す。返答次第では殺す所存だ。


「サエナ!? それ以上は駄目! リンカが――」


 キーキー煩いおばさんだ。

 だが確かにこのままでは最後の言い訳も儘ならないだろう。恩情として息することを赦してやる。


 徐に押し付ける足を除けた。


「――はっ! ご、ごめんなさい。ごめんなさい!」

「謝るのはいいよ。何をしてたのか言って」


 足元に蹲る小人はぶるぶると体を震わせて只々謝罪した。

 答えになっていないのが癇に障ったが、もしかしたら脅しが過ぎたのかもしれない。

 酌量の余地はない。しかし俄然面白くなってきた。これだけ小さな生き物が言葉を喋り、尚且つ「危険」を冒してまで何かを為そうとしたのだ。


 ――それにしても小さな体だ。


「ねぇ、リンカ。怒らないから何をしたかったのか、言ってごらん」


 慣れない猫撫で声を出し小人の警戒心を解きに掛かる。

 初めてまともに声を掛けられ動揺しているのか、きょとんとしたまま上目遣いで私の顔をチラチラ見ている。


「――あの……お化粧」


 ポケットからリップスティックを取り出した。

 思わずぶん殴りそうになる手を抑え、小さな手に有り余る一本を受け取った。それからよくよく顔を観察してみる。


 歳は確か今年で五。大半が生まれる前から流されることを考えると、よく生きたと言ってよい。

 顔付は同じ生殖細胞から生まれただけあってどこか私の面影がないとも言えない。

 それが今では白い衣服と小さな顔面を赤々と鼻血で濡らしている。


「ぷっ。それじゃあ化粧どころじゃないでしょ」


 自分でしたことなのに思わず笑えてしまった。

 慌てて白いワンピースの裾で顔を拭おうとした小人を抱え、配膳皿に備え付けられた濡れ布巾で乱暴に顔を洗ってやる。


「あちゃー。鼻曲がっちゃったね」


 個室に戻り、小さな体を膝に乗せ鏡を覗き込んで言った。

 途端に両手で鼻をもぞもぞし出した小人の長い黒髪をくしゃくしゃにして胡麻化した。


「リンカぁ、何で急にお化粧なんてしたくなったの?」


 綺麗過ぎるほどにきめ細やかな肌に、ぱっちりお目々。

 最早化粧の必要性の全くない顔にリップだけ押し当てながら訊いてみた。


「……あのね。お姉ちゃん、いっつも、きれいだから」


 今ある化粧品需要は極僅かな見栄っ張りの役人に支えられている。

 故に、たかがリップと言えど滅多に手に入る物ではない。日用品の配給券を地道に溜め、我慢に我慢を重ねてようやく手に入れたコレクションなのだ。

 私たちの交換リストにもギリギリ載せられる、言わば準嗜好品枠の一品。

 今日だけの特別である。


「できたよー。あとは髪をどうにかしなくっちゃね――……なんじゃこりゃ」


 ろくに日も浴びず生っ白い顔に艶々(つやつや)のピンクのグロスがやに浮いた変な顔。

 小さな顔に不釣り合いで不細工な化粧。

 それでも満足気に頬を紅潮させ鏡に見入る少女。


「わたし、きれい?」


 口裂け女か、と一人心の中でツッコミながら腰まで伸びた少女の髪を梳かす。

 櫛の通りはそんなに悪くない。恐らくおばさんが何度か手入れしているのだろう。

 だから自分史上最高級の艶出しを噴射してやった。ついでにお団子にしてやる。


「おお! きれいきれい」


 これ見よがしに(おだ)ててやった。

 単純な小人は感極まったのか膝の上でムズムズ蠢き、挙句には全速力で個室から出て行った。


「お母さん! お姉ちゃんにやってもらった!」

「あらまぁ! とってもきれいよ!」


 おばさんの前で頻りに飛び跳ねアピールしている。

 あんな顔もするのか。これが今までちゃんと向き合ってきた者との違いなのだろう。

 少しだけ負けたみたいで悔しかった。


 リンカを手招きで呼び付ける。

 何も知らない脳足りんのお馬鹿さんが無邪気に愚かな私の元へと駆けてくる。


 ――さて、今度はどんな悪いことを教えてくれようか。


 すると、突然おばさんが泣き出した。床に崩れ大袈裟に両手で顔を覆っている。


「どうしたのおば、母さん」


 まさか小人を取られて嫉妬しているのではあるまい。

 しかし今後の共同生活が気まずくなるのを恐れ、仕方なく訳を訊いてみることにした。


「――ごめんね。何だか急に悲しくなっちゃって。でも、嬉しいやら何やら」

「へ、へぇ。確かに、あの子から急に『化粧』って聞いたときには驚いたけどさ」


 何となく適当に合わせてみる。

 おばさんも相当頭にキているのだろう。何せ娯楽が余りにも乏しい世の中。おまけに私の倍以上生きているのだ。頭の一つや二つおかしくなっても何ら不思議ではない。


「あの子があんなにも嬉しそうにするの、初めて見たわ。でもこれで終わりかと思うと、どうしても悲しくって……」

「またやればいいじゃん。別に少し遊ぶ程度なら付き合うし」


 個室に戻ってはしゃぎまくる小人。

 余り浮かれ過ぎて物を壊されては敵わない。そろそろ宥めるべきだろう。


「もういなくなるの。リンカとは今日でお別れ――……今日は誕生日だったのよ」


「――は? まだ八月じゃん」


 保育器を出た者のほとんどは満五歳の三月末に一生を終える。その頃には体内で録ったデータによって、その後の社会的な適性を判断することができるのだ。

 七歳までだった私たちの頃より格段に進歩している。だが、いつからか制度が変わったらしい。

 気付くことさえなかった。当たり前だ。ただでさえ短い命、強制的に止められる生命活動の残数を誰が好んで数えるだろう。


 だからと言って、本来祝うべきだったハレの日に死ぬというのはどういう了見なのか。


「ああっ! リンカ!」


 不意にリンカが倒れた。中途半端に開かれた扉から半身を乗り出した不自然な体勢。


 始まった。体内に蔓延った極小の医療用マシンが、この小さな体の恒常性を著しく阻害しているのだ。

 先ずは脳神経を、それからゆっくりと中枢神経系を麻痺させ、循環器系、呼吸器系の活動を減少させていく。まるで老衰のように。見るのは二度目だ。


 取り乱したおばさんに代わり壁に添えつけられた小さな簡易ベッドに少女を載せる。

 少女はガリガリにやせ細った腕を彷徨わせ、虚ろな目で何かを探し求めている。


「――あぁ……あぁ……」


 自然とその手を取った。

 この子が何を求めているのかはてんで分からない。しかし何となくそうする必要があるような気がした。


 眼球の動きが止まった。腕に力がなくなった。呼吸が更に浅くなった。


 ――今だから思う。この世に必要なものとは何だろうか。分かっている。世間では「持てる者」こそが必要とされる。そして私たちは不要。それだけだ。しかしそれを除けば彼らとの差異は活動期間の長短でしかない。されど、その持ち物の差異が余りにも大き過ぎる。


 切に思う。

 どうか奪わないでくれ。有能な人たち。どうしようもなく不毛な私たちのささやかな時間を、どうか残してほしい。せめて限られた時間だけでも全うさせてほしい。


『生命活動の停止を確認しました。直ちに分解室(レストルーム)への運搬を推奨します』


 事切れた肉塊を見詰める。不思議と酷く物悲しい。

 先程まで遊び呆けた脳足りんが、今ではただの肉になった。

 私たちが目にする豆や虫以外の唯一のタンパク質の塊。


 死。死。死。

 これが人の死というものだ。人為的であるだけにそれがどうにも残酷だ。


 当面の暇潰しができると夢見た。やっと同胞の意味が分かった気がした。

 これが「妹」だったのか。


 ――可愛い可愛いお馬鹿さん。もっと優しくすればよかった。



 午後八時三十分。完全消灯。電源供給遮断。


 一瞬。ほんの刹那の時間――




 次は私の番だ。



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