第二部 第五章(八)
「ぐうっ・・・・・・・」
大の字になった燕青が、痛む腹を抑えつつやっとの思いで上体を起こして前を見ると、四丈(十二m)ほど向こうで、やはり脇腹を抑えながら郭均が上体を起こしこちらを見ていた。
清魁道人が二人の間に歩み入り、にこにこ笑いながら
「どうだ、まだやるかな二人とも」と問えば、ぜぇぜぇ荒い息を吐きながらそろって頭を振る。
「さもありなん。久々に良い仕合いを見せてもらったぞ。二人とも見事だったな」
からからと大口を開けて笑う清魁
精根尽きて怒る気力もない燕青と郭均。
水面に映ったその三人の顔を見て、祝四娘は胸をなでおろした。
下界の時間でいえばほんの数日だが、四娘がここ神界、祝融神の領域に連れてこられてから、体感で半年以上が過ぎている。
負けん気の強い四娘は、歯を食いしばりながら日々厳しい鍛錬に励んでいたが、ある日祝融神が、面白いものを見せてやると称して、「顕鏡池」のほとりに連れてきたのだ。
池の水面に映ったのは、月光の下で戦う下界の燕青と郭鈞の姿だった。
久々に見る燕青の戦う姿である。だが、観山寺での常廉和尚との仕合いも、これほど長くは続かなかった。なによりこれほど切羽詰まった形相ではなかった。
必殺と必死の綱渡り。まさにぎりぎりの戦いだったことが、四娘の目にも明らかだったのである。
(双方どうやら大きなけがはないようだな。安心したか?)
祝融神の問いかけに、四娘は大きくうなづいた。
「はい、ほっとしました」
(では、一息ついたところで修行に戻るとしようかの。そうさな、下界の時間にしてあと二日、というところか・・・・・・)
「・・・・・・お手柔らかに願います」
四娘はがっくりと肩を落とした。
祝融神の修行は、下界に戻った時に違和感を感じないよう、体感で下界の一日十二刻の長さになるよう調整されていた。日の出日の入り、季節の移り変わりも同様である。下界では一週間ほどが過ぎたが、ここ「祝融宮」では半年ほど。冬が過ぎ春を迎えている。
下界と同じ秋まで続く修行は、だんだん厳しさを増してきていた。
最初は酸欠を起こして何度も倒れ伏した導引術「五禽戯」を、「大通」で行うことにも慣れ、もう倒れることはない。
そして何より、「小周天」の「気の循環」まで、文字通り「あともうひと息」という実感を掴みつつある。
この「小周天」の「気の循環」ができることが、修行の最終目標だと言われているので、 焦っているわけではないが早くできるに越したことはない。
だが「五禽戯」は「小周天」の基礎となる呼吸法の修練であって、これができたからといって「気を回す」ことができるようになるわけではない。
神界に来て半年あまり、祝四娘の修行は次のようなものであった。
まず日の出とともに目を覚まし、身を切るように冷たい滝壺の水を浴びて身を清める。
次に、道服に着替えてから神界の中央にそびえる霊峰「幻到山」の石段を登る。
高さにして三千丈余(九百m)ほどの山で、祝融峰より遙かに低いはずなのだが、最初に登らされた時には五合目付近で頭痛、眩暈い、吐き気がして動けなくなってしまった。
祝融神の話では、幻到山は見た目の高さとは違い、空気が薄くなっていく度合いが下界のおよそ五倍だという。
五合目あたりで既に富士山頂ほどの空気の薄さなのである。普通の山登りの気分でで、「楽勝よ」とばかりに元気に登っていった四娘は、気づかぬうちに低酸素症にかかってしまったのだ。
二日ばかり寝込んだあと、徐々に体を慣らしていき、今ではもう七合目までは苦もなく登れるようになった。頂上にある祠に参拝できるようになるのが、ひとまずの目安と言われている。
この修行によって四娘は、気の濃さ薄さに敏感になり、同時に体内に取り入れる「清気」と、体外に排出する「濁気」の調整も以前よりずっと繊細なものになってきた。こうして四娘は、「五禽戯」の「大通」を体得することができたのである。
山を降りた時には、すっかり体内の気が入れ替わっている。
そこで野菜を中心とした朝食を取る。野菜を始め植物は、まさに「気の循環」で育つものだからだ。
朝食を済ませると、祭壇の前に座り、まずは一心に「浄心神咒」「浄口神咒」「浄身神咒」を詠唱する。
太上台星 應變無停 驅邪縛魅 保命護身 知恵明浄 心神安寧 三魂永久 魄無葬傾・・・・・・
丹珠口神 吐穢除氣 舌神正倫 通命養神 羅千歯神 卻邪衛眞 喉神虎賁 氣神引津 心神丹現 令我通眞 思神鍊液 道氣長存・・・・・・
靈寶天尊 安慰身形 弟子魂魄 五藏玄冥 青龍白虎 隊仗紛紜 朱雀玄武 侍衛吾身・・・・・・
この「三浄」の詠唱によって心身ともに清めたあとは、祭壇から降り床に描かれた「相剋」(そうこく)の五芒星、およびその外側を囲む「相生」(そうしょう)の直径三丈(九m)ほどの大円の上を、ひたすらぐるぐると回る。
五カ所に埋め込まれた青、赤、黄、白、黒の、五色の霊石を踏みつつ、相生、相剋と次々に巡っていく。
木火土金水の五性の流れを感じ取りつつ、その速度はどんどん上がり、やがて全力疾走に近い早さになっていった。
鼻から吸い、口から細く長く吐き出す呼吸がだんだん短く、早くなり、やがて「吐く」と「吸う」の境目が一体になっていく。
そもそも「吸う」は陽、「吐く」は陰。つまり呼吸とは即ち、自然と「陰陽」を繰り返していることに他ならない。それらがやがて一つになっていく、「陰陽合一」を目指す行である。
そして祝四娘は祝融神から知らさせていないが、実はこれが「五雷天罡正法」体得の基本となる。
羅真人や張天師の目指す「羽化登仙」には、さらにこの一段上の「天人合一」の境地が不可欠になってくるのだが。
始めはものの十周ほどでへたりこんでしまっていた祝四娘だが、幻到山の修行の成果であろうか、今では半刻(一時間)ほど走り続けることができるようになった。
その後「五禽戯」を「大通」で数度繰り返し、休憩を挟んで野外の祭壇に座り、日の光を浴びながらひたすら「小周天」を目指し体内の気を巡らす。
やがて太陽が天頂にさしかかる頃、祝融神の分体の童子が呼びに来て昼食になる。
昼食は、食べ盛り伸び盛りの四娘を慮ってか、五穀以外に肉や魚、その他本人の好物を中心に、満腹になるほど至れり尽くせりの食事を出してくれる。
厳しい修行や、下界では十日にも満たなくとも、本人の体感ではもう半年も仲間と会えていない寂しさの埋め合わせのつもりであろうか。とにかく四娘にとってこの昼食は一日のうち最高の楽しみの時間なのである。
昼食を終えてから、半刻ほど昼寝をする。目覚めてからは座学の時間である。
先ほどの童子が講師として、「老子道徳経」「易経」「抱朴子」「列仙伝」などの古典から、最新の「雲笈七籤」に至るまで、懇切丁寧に教えてくれる。
無論、二仙山でも先輩道士から講義は受けてきたが、童子の姿はしていてもそこはさすがに神の分体、今までの講義ではあやふやだった内容が、すべて明確になっていくので、普段敬遠しがちだった講義がむしろ楽しみになっていた。
講義の後は煉丹術などを教わる。
煉丹術とは、不老不死、あるいは仙人になるために服用するための「金丹」と呼ばれる秘薬を作りだすことである。四娘は仙人になりたいわけではないが、元来好奇心は強いほうなので、勉強ではなく娯楽の気持ちで目を輝かせている。
さらに本人の希望で、体の経絡や治療法などの医術、薬草や毒草などについて学ぶ本草学を教えてもらう。
孔子の曰く、「是を好む者は、是を楽しむ者に如かず」の通り、どんどん知識が身についていくのがむしろ楽しみになっていた。
一通りの座学が終わり、昼よりは軽めの食事を終えると途端に睡魔が襲ってくる。
そして寝台に潜り込み、頑張って早くみんなのところに戻りたいな、と思いながら泥のように眠るのであった。
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