第二部 第四章(三)
「なにやら南岳衡山に道士の増援が入ったときく。わざわざ警戒しているところで慌てて饕餮を解き放つこともあるまいて。檮杌もまだまだ渭南の城内で暴れているのであろう?」
「おっしゃるとおり。龍虎山から道士が来ましたが、ほぼ全員返り討ちになりました」
「ふむ。それで武器や甲冑の売れ行きはどうかの」
「はい、渭南ではもう飛ぶように売れておりまして。値の方も青天井で釣り上がっております」
「よろしい、ならば今の渭南の在庫を売り切ったらいちど撤退するよう伝えよ。その噂をそれとなく町中に流してからな」
「なるほど、買えないと知ればさらに値が釣り上がりますな 」
「その後は、土地の鍛冶屋に少しは儲けさせてやればよい。さすれば我々への恨みつらみも忘れるだろうて。もちろん生き残っていれば、の話だがな」
「なるほど、してその後は? 」
「その後は西安を中心に販売せよ。最近やっと人が戻って来つつあるらしい。もちろん事前に散々渭南の噂を広めてからだぞ」
「承りました。では早速西安まで縮地法で向かい、現地の者に伝えます」
「饕餮の解咒は……そうさな、檮杌が封じられたのを確認してからにせよ」
「はて、同時に解咒したほうが混乱させられるのでは?」
「だめだだめだ、いっぺんに魔物を二カ所で暴れさせれば、急激に武器甲冑の需要が高まるだろうが、肝心のこちらの製造が間に合わぬ」
「確かに」
「こちらの出荷計画に合わせて、あちこち恐慌が起こるようにうまく調整せよ。南岳に来た道士の増援とやらも、長くは緊張が続かないだろうから、もうしばらく待って、気がゆるんだ時分を目がけて攻め込めばよい。我々は何度でも仕掛けられるが、やつらは一度でも失敗したら負けなのだからな」
聞いて礼山道人、袖を合わせて頭を下げた。後ろに控えた一同もそれに習う。
「承知いたしました。饕餮はまだしばらく眠らせておくことにいたします」
縮地法で辺りを包んでいた闇が徐々に薄れ、足下の八卦陣の回転が止まると、朱塗りの柱が立ち並ぶ南岳衡山のふもと、南岳廟の中庭に、縮地法で転移してきた二仙山の道士一行の姿が現れた。
南岳衡山は周囲八百里、七十二峰を持つと言われる霊山である。
一行が現れたのは、ふもとにある南岳廟の片隅の、龍脈の上であった。
現帝の徽宗も「天下南岳」「天下名山」と書いた題額を贈っていて、「南岳寺廟四百八」と言われるほど数多くの道教廟や仏教寺院が建てられている。
唐代に建てられたとされる南岳廟は、古代建築としては湖南省最大とされ、李白や杜甫を始め著名な文人が訪れ、多くの名詩名画を残した景勝地でもある。
二仙山から衡山まではおよそ三千二百里(1600km)。経験豊かな乾道の術で、途中の寺廟神域の龍脈をたどり、縮地法を四回使って転移してきた。
一行は、四十から五十台と思しき年配の乾道(男性道士)が五人。
一行の頭領を勤める木性の成仁、火性の胡遼、土性の杜允、金性の薛永、水性の陸横。
いずれも確かな術力の持ち主であり、また今回は西岳崋山での惨劇を鑑み、体術の心得もあることで選ばれた五人だ。
そして坤道(女性道士)が三人。
まとめ役で双子の片割れ、水の性持ちの林翡円。彼女たちは二仙山の道士だった母親から生まれたが、当時不吉とされた双子だったため、激高した舅に捨てられそうになったので、母親が羅真人のもとに預け、乳児の時から二仙山の元道士の女性を乳母として育てられ今に至る。
さらに、褐色で肉感的な肢体、黒髪、額に赤い点の化粧。天竺出身で金の性持ち、仙術はまだおぼつかないが、仏教法術が使える孫紅苑。
そしてご存じ火の性持ちの祝四娘と、鏢師の燕青、という顔ぶれである。今回、騒ぎの元になりそうな己五尾は二仙山に置いてきた。
全員無事についてほっとした時、八卦陣の外側から野太い声がかかった。
「ようこそおいでなすった」
燕青たちを取り囲むように、目にも鮮やかな黄色の道服に身を包んだ十名ほどの道士たちが立っていた。
声を掛けた集団の長らしき男が、笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「お初にお目に掛かる。私どもは南岳衡山の封印守護を任されておる龍虎山の者で、私は郭庸と申す」
うやうやしく袖を合わせ、軽く頭を下げながら、二仙山の一行を上目遣いで見回していた。
二仙山側の代表格である成仁は、陣の中から進み出、同じく袖を合わせ礼を返しながら、
(ううむ、何だか値踏みされているような…… )
と感じていた。
しかし何食わぬ顔で
「恐れ入ります。二仙山からお手伝いに参りました。私は責任者の成仁と申します。乾道五名、坤道三名、護衛一名の総勢九名、微力ながらお手伝いいたします。よろしくお願いします」
一行は成仁に併せて頭を下げた。
燕青も拱手したが、やはり居並ぶ龍虎山の道士たちの視線に、二仙山の道士を見下す空気を見逃さなかった。
(ははあ、これが「仲が悪い」って言ってたやつか)
郭庸は続けて
「お手を煩わせることのないよういたすが、どうぞよろしく。いまお部屋の方へ案内させるゆえ」
その声に続いて、龍虎山側の道士が脇に寄り、艶やかな白の道服に身を包んだ、翠円と同じくらいの年格好の女道士が二人歩み出てきた。
二人ともなかなかの美しさだが、ぴくりとも表情を変えず、開いた手で道を指し示し先導していく。
(……お前らなど居なくとも、自分たちだけで十分だ、という意思表示か)
龍虎山道士たちの前を歩きながら、燕青は僅かなつぶやきを聞き逃さなかった。
(けっ、所詮田舎の野良道士に何ができる)
(ふむ、男は田舎くさいが、女はなかなかいい玉じゃないか)
(うちの女道士にもそろそろ飽きてきたからな、粉かけてみるか)
(なんだあのつるぺたなガキぁ、なめてんのか二仙山は)
(馬鹿だなお前、ああいう絶対男を知らねぇ奴のお初をいただくのがいいんじゃないか)
顔色こそ変えないが、聞こえてくる下卑た内容に燕青はむかむかしてきた。と同時に、四娘をすら色欲の対象として見る痴れ者がいることに、改めて気持ちを引き締めざるを得なかった。
迎えの道士たちの後を、二仙山の一行が続き、山頂近くの饕餮が封じられているという元霊宮を目指し、山道を登り始めた。
ところが、歩き始めは元気いっぱいで、あちこちの建物や景観に目を輝かせていた四娘が、だんだん口重になり、うつむき加減になっていったのだ。
南岳の最高峰の標高は約四百四十丈(1300m)。道すがら神州祖廟、忠烈祠、延寿亭などいくつもの建物を通り過ぎ、玄都観のそばの二股になった場所で休憩したのだが、その段階で四娘の異状が明らかになった。
「どうした小融? なんだか顔色が悪いが、疲れたか? 」
「ううん、そうじゃない……けど、南岳に着いてからずっと誰かに呼ばれている感じがして、頭が痛くて」
「誰か? 鬼か魔物か? 」
「そんな感じじゃないけど、登るにつれどんどん変な感じが強くなってくるんだよ」
(はて、山の上に何かあるのか? まさか饕餮とやらに呼ばれてるのではないだろうな )
心配ではあるが、すでに道半ばを過ぎている。燕青は恐縮して固辞する四娘を説き伏せて背中に負い、残りの山道を登っていった。
元霊宮には、高い塀で囲まれた廟の中央に三皇五帝のうち「炎帝神農」を祀ってある。その左右に乾道、坤道に分かれて部屋が、さらに奥には厨房と食堂があった。
燕青は、青ざめてぐったりしてる四娘を女部屋に運び込んだ。
部屋は大部屋で、中央に机と椅子4脚、後は長椅子に床几が何脚かと、ちょっとした物入れがあるだけである。
寝台は独立しておらず、部屋の片側に長い台があり、そこに布団がいくつか並べて敷いてあるだけの、粗末なものであった。
薄い布団の上に寝かされた四娘は、脂汗をかき息が荒い。翡円と紅苑が、脈を取り額に濡れ手拭いを当て、扇子で煽ぐなど甲斐甲斐しく看病しはじめた。
そのうち、体の汗を拭き着替えをさせたいと翠円に言われたので、燕青は床几を一つ持って部屋を出、扉の前で腰を下ろした。
(普段あんなに元気なのに、一体どうしたのだろう)
首を傾げる燕青の前に、龍虎山の乾道が五人歩み寄ってきた。
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