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第一章(五)

  門から現れたのは、払子ほっすを持った、痩躯そうく、白法衣、禿頭とくとう白長眉しろながまゆ白長髯しろながひげ、という、絵に描いたような、いかにも仙人然とした老人であった。


 にこにこと愛想良く笑いながら近づいてくるのだが、対照的に四娘しじょうはどんどん青ざめ、脂汗をだらだら流しながら小刻みに震えている。


「ほっほっほっ、うまく祓えたようじゃの? ん、小融しょうゆう? 」「は、はぃ」「で……ひとりでやれたんじゃの? え? 誰の助けも借りずに? たった1人の力で、のぉ? ほっほっ」

 笑顔をぴくりともうごかさず、老人は四娘の顔を覗き込む。


「え、えとあの、その……はぃ……」四娘は必死で眼をそらしながら答えている。

「あ~? 聞こえんなぁ~。ひとりで! 誰の助けも借りずに! ……やり遂げたんじゃの? ん? ん? ん?」


 回り込みながらしつこく顔を覗き込みまくる老人。小乙しょういつは見てられず、後ろ向きで笑いをこらえながらブルブル震えている。この老人、いい歳をして、なかなかに底意地の悪い師匠である。


 とうとう耐えきれず四娘、完全に下を向き、半べそをかきながら

「……ずびばぜん師父しふ、あのびどのだずけをりばじだ」

 と小乙を指さした。


「知っとるよ、最初から見とったからの、ほっほっほっ」

「え”っ! 最初って……どっから?」

「お前が五人に囲まれたところからじゃの。こりゃいかん、と思ったが、そちらの若者が助けてくれそうじゃったから、後ろから見させてもらっておったわ。ほっほっ」

(……ほんっとに意地の悪い皮肉ジジイめ! いつか見てなさいよ!)と心の中で毒づく四娘。


 一方

 (……全く気配を感じなかった。さすがに師匠と呼ばれるだけある)と、小乙は少し悔しかったが、(とはいえ、いざという時のために、こっそり見ていたのだとしたら、意地悪そうに見えて、意外と弟子思いのいい人なのかも知れないな)


「さて……小融が嘘をつきおったことは、また後で詳し~く聞くとして」

 ちらっと四娘を見る。 もうこうなると四娘は生きた心地がしない。小さな体をさらに縮めている。まさに穴があったら入りたい、という状況やつ


「改めて小融を助けてくれたこと、礼をいいますぞ。ところで……」

 小乙に近づき、顎に手をあてながら、しげしげと顔を見てから、小さな声で

「はて、おぬし、『星持ち』じゃな?」


 小乙は息をのんだ。弟子の四娘でさえあれほどの術力を持っているのだから、その師匠がさらに上をいくのは当然として、ひと目で「星」のことを見抜かれるとは、想像していた以上にすごい力の持ち主だこの老人……大人気(おとなげ)ないけど。


 小乙が驚いて身じろぎもしないのを見て老人は、「失礼ながら、お手伝いいただいたお礼に一席設けたいのだが、いかがかの?」と笑顔で誘ってきた。


 はっと我に返った小乙、今後の行く末も含め考えを巡らせた。


 特に急いで行かなければならぬ目的地はない。というかそもそも恩人や仲間に別れを告げてから、この先どうするか何も決めていない。別れる時にもらった路銀もかなり残っていて、流浪の旅に出るくらいしか考えていなかった。ちょっと寄り道をして、この不思議な老人の話を聞くのも面白そうだ。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「そうかの。いや、実は今わしのところに、もうひとり『星持ち』がいるのじゃ。お主も知っている顔だと思うが」

(あれだけいた「星持ち」も、今では三分の一に減ってしまっている。はて、誰のことだろう?)


「失礼ながら、ご老人のお名前をお聞かせ願えますか?」

「ほっほっ、隠すほどのことでもない。人はわしをは『羅真人らしんじん』と呼んどる」

(この方が羅真人様! ということはつまりもうひとりの「星持ち」って……「入雲龍にゅううんりゅう」の兄貴か! )


「羅真人さまでしたか。……驚いた、実は近々、二仙山にもお伺いしようと思っていたのですよ」

「ほう、左様か、偶然とは恐ろしいの。では急ぎ山へ戻るとしよう。これ小融、ぼさっとしとらんで縮地法しゅくちほうの準備をせい!」


 言われた四娘、飛び上がって庭に降り、土の上に木の枝で何やら奇妙な文様を書き始めた。それを見た羅真人、小乙を振り返り

「……と、その前に、おぬし済まんが、さっきの袁兄弟とやらがくすねてきたお宝を探して持ってきてくれんかのぉ」「え?」「いや、貧乏師匠としては、弟子どもを食わせていくのもなかなかと物入りでのぉ」


(おいおい、たとえ強盗がみんな食われてしまったからと言って、お宝を村に返すでもなく横取りするのかよ? 真人様意外と現実的だなぁ)


金銀が入った大きな麻袋をひとつ、廟の奥の方から見つけ、それを背負って庭に戻ってみると、どうやら「縮地法」とやらの準備が出来たらしい。


 中心に太極の図、その周囲に八卦はっけの模様が描かれてあり、さらに方角に合わせて「青龍、朱雀、白虎、玄武」の四神、そしてそれぞれの間に「黄龍」と記されてある。


 その中心、太極図柄の「陽」の部分に羅真人、「陰」の部分に祝四娘が立っていた。

「おお、来たかの。ではお前さんもこちらに立つがよい」


 招かれた小乙も円の中に入り、羅真人の隣に立った。

「では今から二仙山に飛ぶとしよう。それほど揺れるわけではないが、間違ってこの陣から出てしまうと、別の次元ばしょに飛ばされてしまい、二度と戻ってこられなくなるから気をつけるのじゃぞ、ほっほっほ」


 羅真人はさらりと恐ろしげなことを言ってから、持っていた払子を後ろ襟に挟み、両袖を合わせて袖の中で何やらいんを結びつつ、咒文じゅもんを唱えだした。

「彖曰、旅、小亨、柔得中乎外而順乎剛、止而麗乎明是以小亨旅貞吉也。旅之時義大矣哉……」


 太極の外側、八卦を描いた枠が、光を発しながら徐々に廻りはじめた。やがて文字が読めなくなるほどの速さになったかと思うと、一瞬周囲が暗黒に包まれた。


 六十も数えるほどの時間が経ち、徐々に暗黒が薄れ明るさが増してくる。廻っていた光の速度が段々遅くなってきて、やがて完全に動きを止めると、周囲の様子がはっきりと見えるようになってきた。


驚いたことに、三人は先程までいた「顕星観けんせいかん」とは全く別の場所に空間移動していたのだ。山の中なのは同じだが、明らかに先程までいた山より遙かに高い、白雲に包まれた険峻な山奥なのである。足元は平らな石畳で、周りを見回すと、さほど大きくはないが綺麗に手入れされた別の古道観の中庭だった。小乙は目を白黒している。


 「ついたぞ。ここが二仙山じゃ。わしやら小融やら、おぬしの仲間が修行しておる場所じゃよ。まぁもっともわしはもうそろそろ、公孫勝に後釜を譲ろうと思っているところよ。それにしても小融」「は、はぃ……」


「縮地法の紋様、だいぶ上手く描けるようになったのぉ、ほっほっほ」

「そ、そうですかぁ、いやぁそれほどでもぉ、でへへ……」

と、得意満面の笑みを浮かべたところへ、

「……ところで、さっきの祓いのことについてじゃが」

「夕食の準備手伝ってきまーす」


 脱兎のごとく逃げ出す四娘。その背中に「一清いっせいめを呼んでくるんじゃぞ」と呼びかけ、相好を崩しながら愛おしげに見る羅真人。

(やっぱりなんだかんだ言っても小融が可愛いんだな)

 少しほっこりする小乙。

ここまでお読みくださりありがとうございます。続きが少しでも気になりましたら、評価や感想をいただけると今後の投稿の励みになります。よろしくお願いします。

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