第一部終章
(あんなやつらがのうのうと気楽に生きていると思うだけで虫唾が走るわ。いまいましい梁山泊の残党どもめ。絶対に許さん)
国都、東京開封府、ある豪勢な屋敷の奥まった一室。男が爪を噛みながらそうつぶやいていた。
殿帥府大尉、八十万の禁軍(近衛兵)を率いる「高俅」である。
梁山泊軍の活躍により方臘の反乱が治まり、功を立てた梁山泊の武将たちが招安され、あるものは役職に復帰し、あるものは平民から役人に取り立てられたことを思うだけで、はらわたが煮えくりかえってくるのだ。。
そもそも各地の豪族の反乱に、梁山泊軍をぶつけるよう進言し、密かに共倒れを狙ったのは自分たちである。結果反乱は収まったし、憎っくき梁山泊の主立った武将も四十人弱にまで減らすことができた。だが、序列第一位の宋江も、第二位の盧俊義も、第三位の呉用も、皆役職を得ていまだに生きている。
そういえばかつて自分を相撲で投げ飛ばした、燕青とかいう胸くそ悪い小男の行方もいっこうに知れぬ。
梁山泊の首脳陣が生きている以上、いつまた自分たちに牙をむくか知れたものではない。また「侠」よ「義賊」よと持ち上げられ、一般庶民からの人気がすこぶる高いのも不安材料である。不平不満分子が担ぎ上げるのにもってこいなのだ。
特に「呼保義」だの「求時雨」だの、いかにも「人徳者でございます」と言わんばかりの、気色の悪い綽名で呼ばれている首領の宋江は、絶対に放ってはおけない相手だ。
(何が「天に替わって道を行う」だ! 天とは俺たち朝廷のことだ、俺たちが行ってきたことこそが道なのだ! )
ここに至って、高俅は元梁山泊首脳陣を葬り去る計画に着手した。都合のよいことに、首領の宋江は愚直なまでに天子を崇め奉っている。たとえどんなに怪しかろうとも、天子からのお誘いとあればほいほいやってくるだろうし、天子からの下賜とあらば疑わず口にするであろう。
聞けばこれまでに何度も騙され、裏切られてきているのに、「天子にご迷惑がかかる」とあらばそれを避け、「天子がお困りだ」とあらば命の危険も顧みず、他の賊の討伐に出向くという、何とも間抜けな男である。
急激に国力を伸ばし、自分たちを虐げてきた遼国を滅ぼして勢いを増す金国が、宋国への侵攻を始めんとするこの緊急時に、この高俅という執念深い男の頭の中はふたつの復讐でいっぱいになっていた。
ひとつ、徽宗の名を使い、梁山泊首領の宋江を初めとする首脳陣を亡きものにすること。
もうひとつは、自分に恥をかかせた燕青という小男を亡きものにすること。苛立ちが最高潮に達したとき、室外から声がかかった。
「お召しによって参上仕りました。皇城司指揮の閻霧にございます」
「許す、入れ」
扉を開け入ってきたのは、黒い文官の服を着た、不思議な人物であった。
服装、派手でもなく地味でもなく。体型、中肉中背、高くもなく低くもなく。声音大きくも小さくも、高くも低くもなく。とにかくどれをとっても特徴がない。特に顔は、目立って整っても醜くもない、そしていざ思い出そうとすると、もやがかかったように思い出せないのである。
閻霧と呼ばれているが、本名なのかどうかも定かでない。年齢も二十代とも四十代とも見えるし、そもそも実は性別すらはっきりしない。身につけた服装や冠などは紛れもなく男物なのだが、容貌や体型は男とも女ともとれるように、ありとあらゆる面でつかみ所がない人物なのだ。
「その後、忌々しい燕青めの行方は知れたか? 」
「いまのところ所在は不明ですが、薊州の康永という町の廓で、店の主人や客など複数殺されたうえに遊女が攫われたという事件があり、その大暴れした犯人が小柄な色男だったという情報があります。まずはそこから当たってみます」
「うむ、可能ならば生け捕りにして引っ立ててこい。わしが直々に殺してやる。だが無理ならば生死は問わぬ。まかせたぞ」
「御意」
こうして、宋国の秘密諜報機関である「皇城司」の中でも謀略暗殺を請け負う、閻霧率いる「黒猴軍」が、「浪子」燕青の捕縛、もしくは殺害に動き出したのである。
(第二部に続く)
以上で第一部終了です。
第二部は一週間後から週一ペースで再開いたします。
よろしければ引き続きおつきあいください。




