表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/106

第三部 第二章(八)

2026年WOWOWで北方謙三原作の水滸伝が放送開始されます!

かなり内容は違いますが、別系統のスピンオフ、として読んでいただけると有難いです。

 韓世忠は部下に命じて燕青を戸板に乗せ、安道全の屋敷に運び込んだ。

 既にその段階で、燕青の左腕は肘の辺りまで青黒く変色し、痺れてすっかり感覚が無くなっていた。


 脈拍は早く呼吸は荒く、高熱で意識は薄れ脂汗をだらだら流す燕青を見て、「神医」安道全は急ぎ治療を開始した。


 まず二の腕をしっかり縛り上げて血流を止め、肩に数本のはりを打ち、毒が全身に回るのを抑える。


 次に、その羽を浸した酒を飲むと即死するという怪鳥「ちん」の毒すら消すといわれる、最強の解毒薬「犀角さいかく」をすり潰し、煎じて燕青に飲ませた。


 本来、解毒にはそれぞれの毒に合った解毒薬が必要である。また、解毒薬同士も、下手に合わせると逆に体を害するものがある。適当に何種類も与えるわけにはいかないのである。


 馬征の毒は、多種多様な毒が混ざり合っているため、解毒が非常に困難であり、だからこそ暗殺に最適なのだが、幸いなことに宮城の太医院に勤める安道全は、この貴重な「犀角さいかく」を持っていたのだ。


 逆に言えば、安道全が居なかったら、あるいは「犀角」が無かったら、燕青は助からなかったであろう。


 やがて意識のない燕青の左手の、毛穴という毛穴から、どす黒い血がぷつぷつと湧き出した。

 血は集まって指先からぽたぽた垂れ落ち、壺に受けられたその毒血の勢いが収まるに従い、青黒かった燕青の左腕の肌が、徐々に元の色を取り戻してくる。


 一昼夜かかって、やっとどす黒い血が止まった。

 呼吸が安定し、熱も下がってきたのをみて、安道全は肘を縛っていた紐を外し、肩の鍼を抜いた。

 どうやら馬征の毒が左手から抜け、命拾いしたようだ。


 前後不覚だった燕青が意識を取り戻したのはさらに二日後。

 すっかり痩せてしまったが、安道全の指示を受けた使用人の看護により、四日ほどで体調は回復した。


 だが、厄介なことに左手の肘から先の感覚が麻痺したままになってしまった。

 安道全の診るところ、毒の影響で血流と気脈がぐちゃぐちゃに乱れてしまっているらしいのだ。


「気脈の流れを正さねばならん。だがこれは投薬では直せぬ。済まぬがわしは気功には疎いのだよ」

 安道全は謝ったが、燕青は明るい声で

「何をおっしゃいます。先生や韓世忠さまがいてくださらなければ、わたしはとっくに廬俊義だんなさまのところに行っていたところです。それに、二仙山に戻れば気功が使える仲間もいますから、お気になさらず」


 廬俊義のかたきは討つことができたから、もう開封府このまちに用はない。だが恐らく黒猴軍の生き残りは、引き続き自分の命を狙ってくるだろう。その時に片手では不利だし、まずは二仙山に戻り、翡円ひえんさんに直してもらおう。だめなら清魁せいかいさまにお願いしてみるか。


「お世話になりました。一度二仙山に戻ろうと思います。ですが私が運び込まれたのを知っていたら、先生のお宅が襲われるかもしれません」

「いや、それは無かろう。これでもわしは陛下おかみ玉体おからだを診る身。わしに害をなそうとはせんだろうよ。それよりも、お前が二仙山に戻る途中が心配だ。恐らくこの家は見張られているだろうし」

「確かに。痛みは消えましたが、左手の感覚がないのは厳しいですね」


「どうだ、お前は拳法が得意だろうが、二仙山までは武器を使うというのは」

「武器ですか。片手剣とかならば」

「よし、わしに任せておけ」


 明くる日、安道全は一振りの見事な宝剣を携えて帰ってきた。

「これを使うとよい。われら梁山泊にはゆかりの深い名剣だ」

「何です、これは?」

「銘を見てみろ」


 すらり、と抜き放つと、刀剣にはさほど詳しくない燕青でも一目でわかる大業物おおわざものである。

 刃の根元を見ると文字が掘ってあった。 曰く。

吹毛すいもう


「吹毛! 青面獣せいめんじゅうの兄貴がお持ちだった宝剣じゃないですか! いったいどうやって」

「ふふ、呼延灼こえんしゃく将軍が貸してくださった」


 元梁山泊第八位、天威星を持つ「双鞭そうべん呼延灼こえんしゃくは、元々官軍の「連環馬れんかんば」という重装騎兵軍団を率いる大隊長だったが、梁山泊軍との戦いで破れ捕虜となり、宋江の勧めで梁山泊入りした男である。


 対方臘戦の後、「御営兵馬使ぎょえいへいばし」、即ち皇帝警護職としてこの東京開封府で任務に就いていた。


 旧知の安道全が事情を話すと、宋江や廬俊義が宮廷の陰謀で毒殺されたことを知り怒り狂った。元々直情径行おこりっぽい呼延灼こえんしゃくだが、そもそも童貫や高俅とは折り合いが非常に悪かったのだ。


 そこで呼延灼こえんしゃくは燕青に協力すべく、梁山泊第十七位、天暗星の小故「青面獣せいめんじゅう楊志ようしの家宝だったこの宝剣が、かつて町の破落戸ごろつきとの揉め事で没収され、開封府の兵器庫に保管されていたのをひそかに取り出し、渡してくれたのだ。


 髪の毛を吹きつけるだけで真っ二つに断ち切るということから、「吹毛」と名づけられたという。楊志はかつて金に困り、銀三千貫(三千両、今の価値なら数千万円)で売ろうとしていたほどの逸品である。


呼延灼こえんしゃくさまが・・・・・・私なぞのために」

「なあに、一度義に依って梁山泊に集まった我ら、今さら高俅や蔡京の尻を舐めて媚びへつらうつもりなどないのさ。もっともわしはさほど偉そうなことは言えぬがな」

「これさえあれば百人力です。青面獣ようしの兄貴、お借りします」

 燕青は天に向かって「吹毛剣」を押し頂いた。



 明くる朝、旅支度の燕青は、二仙山に戻るべく安道全の家を出た。

 その距離およそ千六百里(八百km弱)。「神行太保しんこうたいほう戴宗たいそうと一緒ならば四日もあれば着く距離であるが、今は自分の足で歩くしかない。燕青がいかに健脚でも十日以上はかかるだろう。


 安道全は本職の鏢師ごえいを雇うことを勧めてきたが、皇城司こうじょうしの息がかかっている危険性もある。有難く辞退し、ひとりで旅に出たのである。


 門口で手を振る安道全の姿が見えなくなり、開封府の外城を出て北へ向かう燕青の遙か後方、旅支度で笠を被った女がひとり、燕青の後をつけ始めた。

 蘇峻華そしゅんかであった。


 皇城司の役所を見張る燕青の姿は、二日目には既に黒猴軍第二隊によって発見されていた。日が落ちてからの監視であったにも関わらず、である。

 わざと燕青の目に付くよう馬征と陶凱がおびき出し、内城から出て人気ひとけのないところで曹琢と合流、三人で捕獲もしくは殺害、という手はずだった。


 体術では蘇峻華は燕青に遠く及ばない。元々色仕掛けで近づき、油断したところを刺し殺す、という暗殺術が主である。だから他の三人から離れたところで監視し、もし逃げられたらその後をつける、という役割を担っていた。


 ところがいざ戦いになり、あと一歩で殺せる、という状況で逆に馬征が殺され、さらに不覚にも物音を聞きつけた「韓世忠かんせいちゅう」が駆けつける、という邪魔が入ってしまった。曹琢と陶凱は、馬征の体を回収するのが精一杯だったし、目撃されたとはいえ、さすがに韓世忠という宋軍の大立者おおだてものを殺すわけにはいかない。


 蘇峻華は曹琢らが姿を消した後、韓世忠と部下を尾行し、意識のない燕青を安道全の屋敷に運び込むのを確認し、それから屋敷の監視の監視を続けていた。


 そしてとうとう、旅支度で屋敷から出てくる燕青を現認したのだ。すかさず配下を曹琢の元に知らせに走らせ、自分は笠を被りできるだけ距離を取って後をつけはじめた。


 馬征の毒を喰らったのに、生きてやがるとは運のいい奴だ。かたきは必ず取らせてもらうからね。

 獲物を狙う蛇のような目で、遙か遠くの燕青の背中を睨みつける蘇峻華。

 燕青は、一度北上してから少し左に折れ、新郷村に向かった。二仙山へは若干遠回りになるが、こちらの街道の方が人通りが多く、大きな街もあり人目につきやすい。結果、奇襲を受けづらいだろうと判断したのである。 

 夕暮れ時、ふたりは新郷県しんごうけんに入った。安宿に入った燕青を確認した蘇峻華は、村境の街道で曹琢、陶凱と落ち合った。


「あいつが入った宿は確認しました。気づかれてはいないと思います」

「そうか、ご苦労だった峻華よ。何か変わったことはなかったか?」

「ええ、左手がだらんと下がったままでした。おそらく馬征の毒の影響かと、ただ・・・・・・・」

「どうした?」

「あいつ、剣を持ってました」


基本毎週金曜日の朝更新を目指しています。

また、評価やコメントなどいただけると励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ