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第三部 第二章(五)

2026年WOWOWで北方謙三原作の水滸伝が放送開始されます!

かなり内容は違いますが、別系統のスピンオフ、として読んでいただけると有難いです。

 んっ? 今妙にイラっとしたんだけど何でだろ?

 早朝、寝具の整頓をしながら、祝四娘は開け放った窓から西の空を見上げた。


 二仙山のある薊州は、宋国内でもほぼ最北に位置する。そろそろ冬の気配が漂い、窓から入る寒気に思わず震えるほどだ。

「どうかした? 小融しょうゆう

「いや、なんでもない」

 玉林ぎょくりんの問いに頭を振り、紅苑こうえんと三人で朝の勤行に向かう。


 途中、男館の裏手で、いつものように両手を前に突き出し、膝を深く曲げた妙な格好で立っている張嶺ちょうれいを見たが、今日はなぜか、唐子髷からこまげの小さな男の子が、隣で同じ格好をしてぶるぶる震えているのに気づいた。


「どうしたの、今日は伊匡いきょうまで一緒になって?」

 玉林の問いに張嶺が答える。

「ああ、伊匡も強くなりたいんだとさ」

「だとさ」

 唐子髷の五歳児も真面目くさった顔で答える。


 この応答につい三人はぷっと吹き出してしまったが、あわてて四娘が

「そう、頑張ってね伊匡いきょう。張嶺よりも強くなるんだよ」

「なんだよ小融、ひでえな」

「ん、伊匡のほうが将来美男子になるから不細工はひがまないほうがいい。あたしの目は確か。」

「紅苑! にゃろ覚えてろよ!」

 張嶺が怒るも、馬歩站椿まほたんとうこうを崩すわけにはいかない。それを知る紅苑は、ひどいときには脇をくすぐって妨害じゃますることもあるのだ。


「じゃ、がんばってね二人とも」

 三人の坤道しょうじょが手を振って立ち去ったのを見送って、張嶺が伊匡に言う。


「おい、無理すんなよ。最初はきつくなったら立ち上がって休む、を繰り返すんだぞ」

「だぞ」

 伊匡が頷いて立ち上がり、拳で太股ふとももと肩を拳を握ってぽんぽんたたき始めた。


 張嶺は、おいらも最初はこんなんだったよな。でもおいらの最初より頑張ってるかも、などと考えながら、前を向き站椿たんとうを続ける。

 やっと最近、地を「押す」とか「踏む」という感覚が少しつかめてきたところだ。

 地が押し返す抗力が、足裏全体からすね、膝、腰、背骨を伝って両手の平へと流れていくのを想見する。


 身動ぎもせず半眼で続ける張嶺を見て、伊匡もまたもっともらしい顔つきで両腕を前に出し腰を落とした。


 前に立てた指ほどの太さの線香が半分まで燃え、張嶺が突き出した腕を回して「牽縁手けんえんしゅ」の功を始めた時である。


 不意に紫虚観しきょかんの入り口付近にしつらえた大銅鑼おおどらが打ち鳴らされたのだ。兄弟子で唯一この二仙山に残っている楊倜ようてきであろう。


 緊急事態を知らせる銅鑼は、打ち方によって異なる内容が伝えられるのだが、この打ち方は「敵兵接近、警戒態勢」を知らせる銅鑼どらだった。


 敵接近だって? 一体誰が?


 二仙山のある薊州は、長い間遼国の領土だった。しかしその間、遼国は「漢化政策」を取ったこともあり、道観である二仙山に攻めてきたことはなかった。

 攻めたとて貧乏道観の二仙山には、金銀財宝などありはしないが、一応は敬意を持って接していたのである。


 滅多に鳴らない銅鑼だが、これが鳴ると麓の黄涯関村の役人や農民が、最小限の物だけ持って二仙山に避難することになっている。麓まで聞こえるような大銅鑼を鳴らすのは、張嶺では難しい。三十がらみで逞しい道士の楊倜ようてきが鳴らしているのだろう。


 急いで立ち上がり、伊匡を書院に避難させ、棍棒をひっさげ階段の所まで駆けつけると、既に一清道人、樊瑞はんずい朱武しゅぶ、己五尾と三人の少女が立っていた。

 林翡円、翠円姉妹は王扇、その他使用人とともに救護、兵站を担うため食堂じきどうに詰めている。


 階段の下に、大荷物を背負って逃げてくる黄涯関村の人々が見える。

 さらにその遠方の道を、銀色の光を反射させ、砂塵を巻き上げながら進んでくる、兵士とおぼしき集団も見えた。


「さて、遠目であるがおよそ百人、といったところか。遼が今さら攻めてくる訳もなし。山賊にしては装備が整い数が多い、誰だと思う朱武よ?」

 一清の問いに対し「神機軍師」朱武は

「恐らく金軍でしょうな。燕京えんけい(今の北京ペキン)を取り返してやったのに、その報奨金を払わず温々(ぬくぬく)と宋軍が居座っているのに腹を立てているらしいですから、侵攻と言うより圧力を掛けに来たのではないですかね」


「なるほど。全面戦争を仕掛けるには数が少ないな。だが、あの程度の数でこの二仙山を落とせると思ったら大間違いだぞ」

 不適な笑みを浮かべる一清道人に、「混世魔王こんせいまおう」こと樊瑞が申し出た。

にゅううん・・・・・・いや一清の兄貴、まず俺にやらせてくれないか」

「よかろう、久々におぬしの幻術を見せてもらおうか。まずは村の人を受け入れてからだ」


 次々に村人が頭を下げながら門をくぐる。それを張嶺や四娘たちが道観の奥へと誘導する。

 全員が入ったのを確認し、楊倜ようてき大銅鑼おおどらを鳴らすのを止め、棍棒を持って防衛陣に加わった。


「さて、追い返せば良いのだ。殺す必要はない。樊瑞よ、頼むぞ」

「おまかせを」


 兵士たちが石段の一番下まで来たのが見えた。樊瑞は着慣れぬ道服の袖を合わせ、何やら咒文を唱えながら袖の中で様々な印を作り始めた。

 と、それまで晴れていた空が曇り始め、背後から風が吹きだしたのである。


 兵士たちはゆっくりと狭い石段を登ってくる。


「風火家人! 風自火出家人かぜのひよりいづるはかじんなり、君子以言有物而行有恒、起風降幻きふうこうげん神兵顕現しんぺいけんげん、急急如律令、げん!」

 同時に懐から、いつ作った物か、人型に切り抜いた白紙の束を取り出し、高く掲げて風に乗せた。


 人型の紙は風と共に飛び、石段の中程で、二丈(六m)ほどの大きさの、甲冑に身を包み六本の手に拳や弓矢、槍を持った、恐ろしげな形相の十数人の軍勢に姿を変え襲いかかった。


 紙製の神兵の軍勢はそのままの勢いで階段を駆けおり、下から登ってきた兵士たちに迫っていく。それを見た先頭の兵士たちは慌てて弓を射るが、顔に刺さろうが胸を貫こうが勢いは止まらず、むしろ怒り狂って六本の腕を振り回す。


 急な石段を登ってきたところに、そんな敵がいきなり現れたのだ。兵士たちは恐慌を起こした。

 先頭の兵士たちは後ろを向いて逃げようとし、神兵が見えない後方の兵士は「こんな古道観をつぶすなど朝飯前だ」と舐めていたので、それ行けやれ進め、とばかりにどんどん間を詰めてくる。


 当然のように押すな押すなの「将棋倒し」が起こった。


 哀れ百人ほどの兵士たちは、上から崩れ落ちてきた仲間の兵士たちに押し潰され階段を転げ落ち、一度も干戈かんかまじえることなく、階段の下にくしゃくしゃになった無残な死体となって転がった。

 その死体の山の上に、術の解けた人型の紙が、ひらひらと舞い落ちてくる。


 ほんの数分の出来事であった。あまりの凄惨さに、術を使った樊瑞の方がむしろ青ざめたくらいである。

「すまねえ兄貴、殺すつもりはなかったんだが」

「この急な石段で術を使えば、ああなるのは仕方あるまい。生き残った奴らに処理させるとして、まずは事情を聞くとしよう」


 攻めてきたのは韓世忠が燕青に教えたとおり、また「神機軍師」朱武の睨んだとおり、金軍の兵士であった。

 総勢百名の軍勢が、死者三十人以上、重傷者二十数人。動ける程度の軽傷者は三十余名と、全滅とも言える惨事である。


 尋問すると、やはり報奨金を払わぬ宋国に警鐘を鳴らすための進軍であり、本気の進軍では無かったようだ。だが、これほどの大損害を与えてしまったら、激昂した金軍が再度攻めてくるかもしれない。


 全員殺してしまう手もあるが、一清道人は死亡者は埋め、重傷者は死なない程度に治療し、軽傷者に連れ帰らせることとした。

 たとえ二仙山を攻め落としても、得るものは少なく、無駄に死人怪我人が出るだけだと伝えよ、と因果を含め、生き残りの金軍兵士を放逐したのである。



 数日後、知らせを受けた方面司令官たるネメガ将軍は、ちょっと圧力をかけるだけのつもりだったのに、無駄に犠牲を出してしまったことにほぞを噛んだ。だが、確かに得るものは少ないし妙な術を使う奴が居る。

 本格的な侵攻までは二仙山を放っておくこととした。


 それとともにネメガは気づいた。そもそも金軍が、仙術使いと戦ったことがほとんどなかったことに。

 いずれ宋国とも戦うのは自明の理で、仙術も使ってくるだろう。ならばこちらも対抗策として道士を引き入れる必要がある。そういえば・・・・・・


 ネメガの脳裏に、四凶しきょうだかなんだかを解き放つと言っていた、元燕京天長観えんけいてんちょうかんの道士たちの「暗い目」が浮かんだ。


基本毎週金曜日の朝更新を目指しています。

また、評価やコメントなどいただけると励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

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