表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/106

第三部 第二章(四)

2026年WOWOWで北方謙三原作の水滸伝が放送開始されます!

かなり内容は違いますが、別系統のスピンオフ、として読んでいただけると有難いです。

 黄華楼は中規模の店らしく、妓女の名を書いた煙月牌えんげつはいの数は十五枚ほど。前から二番目の位置に「楊寿季ようじゅき」の名があった。


 夜も更けてあちこちのくるわに明かりがともり、人の出も賑やかになってきた。出待ちをする手もあるが、あの安道全すけべせんせいなら、もし既に入っていたら、おそらく朝まで出てくるまい。ここはひとつ言付けを頼んでみるか。

 入り口の横に、でん、とうすのような尻を据えたり手婆に近づき話しかける。


「もし、ねえさん。ちょいと教えてくれるかい」

 ぶくぶくに膨れ上がった遣り手婆は燕青を見、すぐに愛想を作って、

「おや、お兄さんいい男だね、お上がりかい? 今ならいいがたくさんいるよ、すぐご案内できるけど」

「いや、すまねえが人捜しなんだ。このみせに安道全って腕のいいお医者様が馴染なじみで来ていると聞いたんだが、今日はいらしてるかい?」


 途端に遣り手婆は鼻白んだ顔になり、

「なんだい、客じゃないのかい。お客で誰が来てるかなんて、教えられるわけないだろ。見目みめは良いけど素人しろうとかいあんた」


 すかさず懐から一両取り出し、婆の手に滑り込ませながら

「すまねぇが色恋沙汰じゃねぇんだ。あっしの店の大旦那さまが、ひでえ頭痛でお悩みなので診てもらいてえ、って話でよ。何も商売の邪魔しようってんじゃねぇんだ。ひとつ手紙を届けてもらやぁ済む話なんで」


 もう一両渡すと、婆はもうすっかり機嫌が良くなり、

「おや、それだけなのかい。じゃあちょいと待ってな」

 いそいそと紙と筆を持ってきたので、燕青は安道全宛ての手紙を書き、若いに預けた。


 待合所で返事を待っていると、やがて先ほどの若い衆が手招きをする。後について廓の一室に入ると、「神医」安道全が楊寿季ようじゅきおぼしき、豊満な妓女の尻を抱えて座っているのが見えた。


「久しいな燕青よ。よくここがわかったな」

 酒で少々舌が回らなくなっているが、手は休むことなく妓女の大きな尻を撫で回している。


「いや、先生も相変わらずお元気そうで」

 ちらりと楊寿季ようじゅきの顔を見つつ、若干の皮肉を込めるが、神医しんいと呼ばれるあごひげの男は、一向にかまわん、といった顔つきで、

「まぁな、以前より金回りは良くなったので、仕事が終わればこうしてしっぽりと・・・・・・・なぁ?」

 と、今度は妓女の片乳をこねくり回しながらやに下がっている。


「野暮なことは言いたくねぇんで、聞くことだけ聞いたらおいとましますが、ちょいとお人払い願えますかね?」

「ふん、まあいいさ。真面目なお前さんのことだ、些細なことではないだろうて。済まんな寿季じゅきよ。しばらく席を外してくれるかね」


 立ち去る妓女の尻をひとつ軽く叩くと、女は軽くふたりを睨みながら部屋を出て行った。それを見送り、安道全はあごひげをひねりながら

「さて、燕青よ、何があったのだ?」


 聞かれて燕青、宋江が毒殺されたこと、廬俊義も朝廷に招かれたあと体調が悪くなり、船から落ちて死んだこと、その後船から姿を消した怪しい男の話、呉用、花栄、李逵りきが宋江に殉死したこと、最後に自分が南岳衡山で三人の刺客に拉致殺害されそうになったこと、などをかいつまんで話した。


「で、呉用の兄貴が夢枕でがおっしゃってたのが、水銀を熱して出る毒気で、廬俊義だんなさまは殺されたのではないか、ということなんですが、どうですか?」

「なるほど、水銀は一度に多量を飲ませるのは飲みづらいし色も目立つ。だが蒸気にすれば効果はてきめんだし、なんと言っても無臭で、気づいたときにはもう遅い、という厄介な毒だ。恐らくそれじゃろう」


「それで、その船から居なくなった顔色の悪い、痩せぎすの、常に薄い革手袋をはめた男が皇常司の下部組織である黒猴軍こくこうぐんってところにいるのでは、ってところまでつかめたのですがね。先生、何かご存じないですか」

 先ほどまでの色ぼけはどこへやら。安道全は腕を組み真剣に何やら考え込んでいる。

「ふぅむ、手袋・・・・・・てぶくろなあ」

 やがて顔をあげ燕青を見た。


「関係あるかわからんが、以前わしはさる高官の死を看取ったことがあってな。従者の話では、その高官が宴席の最中、便所かわやに行くと出て行ったきり戻ってこないので、心配して見に行き、廊下に倒れているところを発見した。ところが棒のように固まって身動きができず、顔が紫色に染まっていた。これは毒を盛られたのだろうと、太医院わしのもとに担ぎ込まれてきたのだよ」

「毒を飲まされたのでしょうか」


「いや、それがだな。わしがその高官に事情を聞くと、かわやから出ると暗がりからいきなりふらふらと男が出てきて、酔っ払いかと思った高官にもたれかかり、手のひらで顔を撫でたのだと。驚いて突き飛ばすと男はそのままいなくなった。ところがすぐに触られたところが猛烈に痛み出し、その痛みがあっというまに全身に回って・・・・・・と話したところで口も動かなくなり、顔だけではなく上半身が紫色になっていた。いくつか思い当たる解毒薬を飲ませてみたが回復せず、発見されてから一刻も経たぬうちにお亡くなりになってしまったよ」


「触られたただけで殺された、ということですか? そんなことが」

「わしもいろいろ経験してきたが、そんな毒は聞いたことがない。よほど特殊な毒だろうし、触るだけで相手が死んでしまうような手の持ち主は、日常生活にひどく支障をきたすだろう」


「だから手袋を。 そういうことか!」

「左様。そんな特殊な毒を使うということは、毒使いの専門家だろう。水銀など初歩の初歩に違いない」


「その高官は毒殺されるようなお方だったのですか?」

「いや、わしが知る限りではむしろ実直な硬骨漢で、花石綱かせきこうめるべし、などと諫言かんげんしていたと聞く。それで童大尉や蔡太師から睨まれていたから、恐らくその筋からの暗殺者であろう」


 またあいつらが絡んでいやがるのか。どこまで国を誤らせれば気が済むのだ。


「相手の人相風体にんそうふうていまでわかればよかったのだが、それを聞く前に死んでしまった。役に立たず済まぬな」

「何をおっしゃいます。相手のやり口がわかっただけでも大収穫です」

 しかし、鬼ごっこじゃあるまいし、触れられたら死ぬ、とは剣呑な話だ。


「それで燕青よ、おぬしこれからどうするつもりじゃ?」

「はい、何とかその手袋の男を見つけ、廬俊義だんなさまのかたきを討とうかと」

「しかし、そもそも皇城司こうじょうし自体が諜報機関だし、ましてやその下部の暗殺部隊となると、普通に登城退勤しているとは思えんが」


「取りあえず数日、街をぶらつきつつ、皇城司の役所を監視します。その界隈ちかくに安宿はありますかね?」

「何を水臭い。数日と言わずわしの家に泊まるがよい。武成王廟ぶせいおうびょうのはす向かい、熟薬惠民南局じゅくやくけいみんなんきょくのすぐ裏に住んでおる。これでも太医院に勤める身でそこそこ貰っとるから、おぬしひとりの衣食住など苦にもならぬぞ」


「それでは遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます。取りあえず三日、いや一週間、置いていただけますか?」

「お安いご用だ。ただ言っておくぞ、内城ないじょうの西側には蔡京さいけいの、それから蔡河さいがにかかる太平橋の向こうには高俅こうきゅうの邸宅がある。不用意に近づかぬことだ」

「心得ました。ご教授痛み入ります。それではわたしはお宅のほうへ」

「ふふ、まあそういうな。せっかく来たのだ、おぬしもちとつきあえ」


 楊寿季ようじゅきを呼び戻し、さらに酒とさかな、手の空いた妓女を呼び寄せ、飲めや唄えや、ありゃさこりゃさの宴席うたげが始まった。


 燕青とて木の股から生まれたわけでも、聖人君子や賢者を気取っているわけでもない。


 そもそもが北京大名府ほっけいたいめいふでその人ありと、浮名うきなを流した浪子あそびにんだ。

 歌舞音曲はお手のもの、場つなぎはうまいし話は面白い。それでいて楊寿季ようじゅきとその他三人の妓女をうまく回し、最終的には安道全先生を「お大尽」と持ち上げ鼻の下を伸ばさせるという、見事な幇間芸たいこもちを演じて見せたものである。


 やがてお引け(お座敷後に部屋に入ること)となり、妓女のひとりと同衾おしげりに及べば、ここぞとばかりの四十八手てれんてくだで朝まで寝かさぬ勢い。廓が揺れるほどのくんずほぐれつ阿鼻叫喚の末、息も絶え絶えにさせるという、相も変わらずの色事師ぶり。


 後朝きぬぎぬの鐘を、汗だくで泥のように眠る女の横で聞きながら、はて、廬俊義だんなさまの仇討ちにきたんだがな? こんなことを知られたら、小融しょうゆうに何を言われるやら・・・・・・・と、二仙山のことを思い出していた。

基本毎週金曜日の朝更新を目指しています。

また、評価やコメントなどいただけると励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ