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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

帝都の蒼空より鷲は墜つ

作者: 海山 里志

 高度19,000m。雲さえも邪魔しない真っ青なその場所は、我々戦闘機乗りにとっての聖域だった。


 私の愛機は双発の単座戦闘機F-15J、通称イーグル。配備開始が私の配属と同時期というお互いベテランだ。スカイグレーの機体に記された日の丸は、日本国の所属であることを示している。


「モーリス隊、こちらファルコンアイ。不明機、数、およそ100。高度20,000、方位170。まっすぐ突っ込んでくる。撃墜を許可する。帝都上空に侵入を許すな」

「モーリス隊、撃墜許可、了解。敵高度19,000を切り次第攻撃に入る」


 聖域はいつしか戦場へと変わった。


 公式には、敵の正体は不明。だが、それが地球外生命体であることは我々前線にいる者たちにはもちろんのこと、国民にも知れ渡ることとなっていた。


 この日、朝夕が急激に秋へと向かいつつあったこの日が、私とこの国の運命を変える日となった。


 私はレーダーを睨み遥か彼方の敵影を見る。やがてそれは前方上空に現れた。


「モーリス1より各機、12時の方向に敵編隊。高度19,000を切り次第攻撃だ。無駄弾は撃つなよ」


 僚機が了解と答える。だが、敵は一向に高度を落とす気配がない。


 高度19,000m。それは我々戦闘機乗りの限界でもあった。その遙か上空を、銀色の機体は悠々と過ぎていく。


「くそっ! モーリス隊各機、追うぞ! 敵は帝都上空で急降下爆撃に入る可能性が高い。優先目標は敵爆撃機。撃ち損じるなよ」


私は指示を出し敵編隊の後ろにつく。


 思った通り、敵は高度を下げない。撃ちたくても、撃てない。焦ったい時間が流れる。


「モーリス隊、敵編隊、伊豆大島上空を通過。急激に高度を下げている。爆撃機を優先して撃墜せよ」


「ファルコンアイ、こちらモーリス隊。こちらでも確認している。これより攻撃に入る」


 敵編隊は高度を下げながら三つの集団に分かれた。一つは帝都に向けてまっすぐ降下する爆撃機、もう一つはそれを護衛する戦闘機、最後の一つは我々の方へ向かってくる戦闘機だ。


「モーリス1より各機。敵戦闘機接近。だがあくまで我々の目標は敵爆撃機だ。深追いは禁止。すれ違いざまに一発撃った後最高速度で爆撃機へ接近、これを撃墜する。攻撃の際は後方にも注意だ。いいな?」


 僚機の「了解」という応答を聞いて私はディスプレイに目をやる。やがて向かってくる戦闘機を射撃統制装置がロックした。同時に敵からのロックオンを知らせる警報が鳴る。


「よし、撃て! 同時に散開!」


私の合図で各機1発ずつ、計4発のミサイルを放った。そしてそれは敵も同じだ。


 私は速度を稼ぐため機首を下げ、アフターバーナーを焚いた。本来空戦は上をとった方が有利だ。だが19,000mは我々にとって限界であり、最終防衛ラインなのだ。


 追尾してくるミサイルが十分に接近してきたことを確認し、今度は操縦桿を引き、高Gをかけて上昇する。ミサイルは機体の下を抜けていった。


 私は周囲に目を配る。我ながら流石練度の高い帝都防空隊。落伍者は一人も出ていない。敵編隊は散り散りだが、我が隊は再びフォーメーションを組んだ。


「よし、敵爆撃機への攻撃に移る。続け!」


 私は敵爆撃機編隊の位置を確認する。進行方向は相変わらず帝都へ、高度はすでに18,000を切っていた。


 私は再びアフターバーナーを焚いた。高度計がカウントアップする。その数値が19,000を示したのを確認して、今度は急降下に転じる。位置取りは敵編隊の上後方、理想的だ。


 だが、そこに邪魔が入った。後方から閃光が機体を掠めていく。同時に爆撃機からもいくつもの閃光が放たれた。


「くそっ! 十字砲火か! 各機、一撃離脱だ! 全方位に警戒を怠るな! 突撃!」


 私は後方の僚機に気を配りつつ、敵に動きが予測されないよう不規則に機体を動かしつつ爆撃機に接近する。やがて目標はロックされた。


「撃て!」


 相手は鈍重な大型機だ。避けられる訳もなく火だるまとなる。だがいかんせん量が多い。


 私は一度編隊の中を突き抜け、攻撃のために再び高度を取ろうとした。


 直後背中にとめどない衝撃を感じた。後ろから前に閃光も抜けている。撃たれたーーそう判断するのに時間はかからなかった。


「隊長!」

「そう情けない声を出すなパサー。オルフェ、指揮を引き継げ。私は離脱する」


 指示を出しつつ私は機体を捻り高度を稼ごうとしたーーが、できない。

 私は後ろを振り返る。尾翼が、敵の攻撃で吹っ飛んでいた。尾翼を失うことの意味は、日本航空123便の事故を思い出していただければ分かっていただけるだろう。


「この機体はもうダメだ。脱出する。基地で会おう」


 そう言葉を残して私はレバーを引いた。即座に風防が開き、私は天へと打ち出された。無事にパラシュートも開く。


 私は黒煙を上げるスカイグレーの愛機を見送った。残る私の仕事といえば、できるだけ回収されやすい地点に降り立てるようパラシュートを制御し、味方を待つことだ。そう思っていたーー閃光が私を掠めるまでは。


 最初は流れ弾だと思っていた。だが、それにしては数が多い。怪訝に思って私は辺りを見回す。すると、敵の中の二機が編隊を組んで私に機銃を掃射しているのを発見した。


「くそっ! 奴らジュネーブ条約は関係なしか!」


 本来であれば、脱出したパイロットは非戦闘民と看做され、攻撃すれば戦争犯罪となる。だがそれに縛られるのは条約に加盟している地球上の国家だけだ。地球外生命体にとってはお構いなしなのだろう。


 閃光は五月雨式に撃たれる。その度に私は身体を捻り、パラシュートを右へ左へ、前へ後ろへと動かしながら躱した。だがそれにも限界がある。


 ボフッっと鈍い音、そしてヒューと空気の抜ける音がした。嫌な予感がして見上げる。


「くそっ! 奴らやりやがったな!」


 パラシュートに穴が空いていた。私の身体は重力加速度に従い、奈落の底へと加速していった。


 思えばスカイグレーの夢を抱いたのも白露の頃、スカイグレーから墜ちるのも白露の頃か。

 遺した隊の皆はどうなる? 帝は? 国民は? 家族は?

 死ねない理由がこんなにあるのに、死は免れない。


 白露が私の頬に宿った。

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― 新着の感想 ―
良い作品でした。 F-15J、確かにスカイグレー! 高度をメートル法で無線交信しているのは、「帝都」と呼ばれていることと関連があるのでしょうか?
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