三章第十三話 元勇者の独白
17時過ぎ頃に十四話投稿予定
「俺は…どうしたら…」
ヴラムは未だ体を動かせなかった。本来ならば早くマギリカを追いかけてアンクを止めたい。けれど何故か体が震え、翼を上手く出せないのである。
理由なら分かっている。
ヴラム自身いや…エレン自身が何よりも覚えている。
忘れた事のない出来事。自分は確かにロゼリアを守った。あの時の痛みは計り知れなかった。
むせ返るような血の匂いに体を切り刻まれる痛み。そして体を抉られて穴が開いた感覚。
そしてそれを見て泣き叫ぶ彼女。それだけで地獄の様だったのに…
そしてその後に見た光景。彼女は冷たく…本当の氷の様に冷たく固まっていた。赤く輝く瞳も閉じられて精巧に作られた人形のようだ。
逆に自分にあった痛みがなく、傷一つなかった。
それだけじゃない。耳がやけによく聞こえて、重く感じた。背中が何故かムズムズして痒く感じた。視界が真っ赤に染まった。
彼女の亡骸を前に自分は横たわっていたベッドの上で呆然としていた。
ただ…彼女が死んだ事に悲しみを通り越して絶望を味わい、もはや涙なんか出なくて…全てが空虚に感じた。
そんな自分のところに仲間とアンクが来た。そして分かったのは彼女…ロゼリアが命をかけて魔法を使った事。
ロゼリアは確かに回復魔法が使える。けどその代わりに彼女自身は得意属性である氷への耐性がなくて…自分の魔法でも凍える体質なのだ。
瀕死のエレンを助けるにはかなりの魔力を消耗したのだろう。彼女は自身が凍え死ぬまで自分を助けようとしていた。けれどそれでも足りなくて彼女は一時絶望していたらしい。
その後は仲間達も何があったかは分からない。だがロゼリアが自身のありったけの魔法で一時的にエレンを冷凍保存した。
そしてある日のこと彼女が両手にいっぱいの書物を抱えてエレンが冷凍保存されてる部屋にいき、何時間も閉じこもったという。
その後は分からない。さすがにおかしく感じた仲間達やアインが来ると彼女は冷たくなって自分は完全回復していた。
だがエレンの体はいつもと違っていた。仲間達の言われる通りに鏡を見たら、青いはずの自分の瞳が真っ赤な血のような色に染まっていた。そして耳も尖っていた。まるで生前の彼女の様に。
人間が魔族になるなど未だかつて聞いたことがない。
そして分かった事は後に魔法を使用した際、青い炎ではなく氷の魔法が発動した。
エレンは元々は炎の魔法を使う勇者だったのに、彼女と同じ属性の魔法を使える様になっていた。
それはまるでエレン自身が彼女の命を乗っ取ってしまったように…
どんな方法を使ったかなんて仲間達も知らない。本はロゼリアがしでかしたのか全てビリビリに破かれたり、溶けた氷でぐちゃぐちゃになり読めなくなっていた。
仲間達…マギリカと外道丸は何も言わずにエレンに寄り添い代わりに泣いてくれていた。
だが
『ふざけんな!何で…何でロゼリアが死ななきゃいけねぇんだよ!てめぇが死ねばよかったのに!』
アンクは自身の妹の亡骸を抱きしめてエレンを罵った。それに対してエレンは何も言い返せなかった。外道丸はすぐにアンクに掴みかかりエレンの為に怒ってくれた。
マギリカはエレンを頑張って慰めようとしていた。けれどエレンの中にあったのは…
『俺が…死ねば良かったのに…』
ただその思いが彼の中を渦巻いていた。
大好きだった…初恋だった。自身が恋する等考えた事なんてなかった。ロゼリアを愛していた。何より彼女より先に死ぬのは自分だとばかり思っていた。
だからこの恋心は彼女に伝えなかった。今思うと何故伝えなかったのかと後悔してしまう自分もいる。
エレンは自身の名を"ヴラム・ツェペシュ"に改めた。エレンという存在を殺す為に。自身の右手の薔薇も魔法でわざと皮膚を焦がして真っ黒に染めた。
魔法も彼女の生きてきた証として残したくて…自身の炎を使わずに彼女の氷の魔法を使う様にしていた。
…ヴラムという名はロゼリアがよく読んでいた小説に登場する主人公だ。ヴラムのあの偉そうな喋り方も演技。その主人公を真似たのだ。
まぁ…小説のヴラムはもっと素直なのだが…
それに合わせてヴラムはせめて彼女の好きなものを自分の中に残したかった。
完全なるエレンとは別の人物。
"ヴラム・ツェペシュ"になる為に…
そしてそれは今でも変わらない。今でも死ねるなら死にたいし、彼女の元に早く行って共に過ごしたい。想いを死後の世界でもいいから伝えたいとさえ思っていた。だがマギリカが約束したのだ。かなり一方的に
『いい!?滅多な事考えないでよ!どうしても悪いと思うならあの子の分まで生きるのよ!そして生きて償いなさい!
…大丈夫…貴方は1人じゃないから。私にも罪がある。貴方と同じくらいの…ね?だから私も一緒にその十字架を持たせてよ?』
と。
それからも、彼女はいつもいつも手紙をよこしたりヴラムとシュリの家に突撃したりしてくる。その破天荒さにヴラムは無自覚に救われていた。
そしてそんな彼女は同じ十字架を背負いながらもここでウジウジしてる自分を守る為に戦いに行っている。
何より彼女は恋焦がれていた少女のたった1人の親友。彼女を残して…彼女のみに十字架を背負わせたらきっとどやされるだろう。
最終的にぐるぐる回った思考回路はピタリと止まった。やけに頭はスッキリとしていた。
「…約束なんて…守る相手がいなけりゃあつまんねぇだろうが…」
ヴラムはそう呟くと翼を出して飛んでいった。
共に旅をして、自身と同じ罪を背負いし魔女の元へと。
登場人物
エレン・ヘルシング(当時18歳)
ヴラム・ツェペシュの200年前の姿。勇者の少年であり右手の甲に赤薔薇の紋章がある。ある事件に巻き込まれて一度瀕死に重体に陥るが生き残った。しかし何故か魔族に姿が変わってしまった。
捻くれた性格だがある少女との出会いが少しずつ彼を変えていく。