三章第四話 勇者の旅の裏側で
6/17はここまでです。
6/18は第五話と第六話予定してます。
此処は暗い暗い。頼るものが蝋燭の炎のみの暗い場所。その一室にて二人の女が喧嘩をしていた。
「あんたさあ?いつも偉そうな口聞いて何?この様は。」
「五月蝿いですわ。貴女こそ失敗した癖によく人の事責められますわね?あ。親の教育が悪いのかしらね?」
赤髪の女と紫髪の女。ラキナとセレーネである。ラキナの噛み付く様な言動に涼しい顔をするセレーネ。
セレーネの言動にカッと目を見開いてラキナはセレーネの頬を思いっきり平手打ちした。
「親は関係ないでしょ!?」
「あら?そうですか。そういえば貴女は親に捨てられた落ちこぼれですものね♡」
「アンタ!」
しかし叩かれたセレーネはクスクスと全くいに返す様子がない。寧ろ余裕の笑みを浮かべている。その笑みにラキナは余計に腹を立てた。
しかしセレーネの余裕の笑みは束の間。直ぐに苦悶の表情へ変わりガクンと崩れ落ちた。
「カ…カハ…う…うふふ…帰ってきたみたい…」
しかしセレーネは同時に恍惚の表情へと変わる。その歪んだ顔をラキナは引いた顔で見たがセレーネがそうなる理由を知っている。
知っているからこそ、ラキナ自身も目をキラキラさせていた。
コツコツと鳴り響く足音。音が止みギーっと二人のいる部屋の扉が開かれた。
入ってきたのはまるで血の様なドス黒い赤髪の男。ボロ布のような服装に巻かれた包帯。異様な出立ちの男性だ。
「おかえりなさい!主様!」
「只今。ラキナ……あ…君もいたんだ。」
「う…うふふふ♡お待ちしてました。"グリム様"」
グリムと呼ばれたその男。自身を迎えてくれたラキナには優しく微笑み頭を撫でている。一方でセレーネには冷たい瞳を向けている。しかしセレーネは恍惚の顔を崩さない。
「君。失敗したんだってね。はぁ…魔女族が聞いて呆れるよ。それと名前で呼ぶ事を許可してないんだけど。」
グリムは尚も冷たい声色でセレーネに声をかける。そしてグリムの魔力に当てられて倒れたセレーネの髪を掴んだ。
「今度失敗したら…殺すよ?」
そう耳元で囁いた。そして髪をパッと離した。セレーネの顔が地面に激突する。
「ぐっ…」
「さーて…現状二つも取られてる訳なんだよね…いや…でも…」
グリムは顔をぶつけて悶えたセレーネの事を気にせずに考え込んでいる。そしてラキナに問いかけた。
「其々の配置は?」
「はい!"ゲン"がキバナ大陸!"アンク"がココヤシ大陸、"キリア"がスベリア大陸とシラー大陸!シグレがサクラ大陸で…んでそこで倒れてるクソ魔女がバーベナ大陸です♡」
ラキナはハキハキと答える。その返答にグリムはニコニコしながらラキナの頭を撫でた。
「ラキナは偉いね。良い子だね。」
「えへへ♡」
「所でラキナ?キリアが受け持ってる大陸なんだけど…シラー大陸の方お願いしていいかな?」
「主様が言うなら全然OKですよ♡」
そんな和気藹々と喋る二人をセレーネはギリギリと血が出るまで唇を噛み悔しそうに睨みつける。
何故自分よりそっちの女を大事にするのか?自分の方がグリムを想い愛してるし何よりラキナよりも強いという自負がある。
なのに何故だ…
そしてセレーネは知っている。グリムが自身の放出魔力を調節し、セレーネの魔力酔いをわざとひどくしている事を…
決して殺さない。けれど気絶する一歩手前まで魔力をわざと調節している事を。
彼が全力の魔力を解放すれば確実に死ぬ。
「(けどきっとこれも試練…♡)」
しかしセレーネはその殺さないという事と自分を苦しませる為だけに魔力を調節しているというその2点に歪んだ考えを持ってしまった。
それこそが自分に与えられる彼からの愛として疑わない。
「じゃあ頑張ってラキナ!…そっちも失敗しないでよ?」
「はい!主様!」
「はい…ぐ…主…様♡」
グリムの指示に二人の女は幸せそうに顔を蕩けさせる。するとグリムは何かに気づき直ぐに二人に向き直った。
「そう言えばさ?君達が出会ったていう勇者の女の子?さっき会ったよ?」
「「!?」」
二人の女は敬愛する主が女とあったという事実に目を見開くがグリムは穏やかな口調でそれをスルーしながら話し続ける。
「彼女の魔法って光属性で回復が得意なんだよね?」
「えとはい。回復と防御は…けど攻撃はへなちょこでしたけど…」
グリムの問いにラキナが答えた。セレーネは未だ魔力酔いで動けない。その上に彼女はマギリカとベルに集中していて正直眼中になかった。
「その子の名前は?」
「エーデル・ホワイト?確かそんな名前ですよ?」
「エーデル・ホワイト…成程ね?あの履歴書の情報にあったな…マルク君には然るべき謝礼を用意しないと。僕は少し調べ物があるから二人は適当に過ごして良いよ。
ラキナはキリアに配置の変更の事伝えてね?」
グリムはラキナにエーデルの名を教えられると嬉々として自身の部屋に行ってしまった。
グリムの指示にラキナは元気よく返事し、グリムが部屋から去って魔力が遮断されたことにより魔力酔いが治ったセレーネを嘲笑する。
「アンタ本当、主様に嫌われてるよね〜?私の方が優しくされてるもん!」
するとセレーネはクスクスと笑いながら
「あら?主様は皆様にお優しいではありませんか。貴方は他の有象無象と同じ扱い。
私ぐらいでしてよ?あの方が酷く扱うのは…それって愛ではありませんの?」
グリムは誰にでも…正直セレーネ以外には穏やかに接するのだ。だからこそセレーネは自分が特別であると感じている。
一方のラキナもそれは分かっている。だからこそセラーネの言葉に目を吊り上げた。
「あら本当のことでしょ?まぁグリム様ぐらいですわよね?貴女をお情けで拾うようなお優しい方なんて。」
セレーネはラキナの耳元で囁いて部屋から出ていった。
セレーネが去るとラキナはグッと拳を握り俯いた。
「(分かってるわよ…でもあの人だけなんだ。私を…見てくれるのは…)」
ラキナはしばらく暗い部屋で呆然と立っていた。
一方その頃。此処はとある密林地帯。沢山の木や葉が生い茂るその奥に大きな赤い花が咲いている。その姿はラフレシアのようにも見えるがよく見るとそれよりもグロテスク。
その花の前にある岩に一人の男が座っていた。男は日焼けした健康的な肌に銀髪であり、彫りの深い甘い顔立ちである。垂れ目の瞳はまるでガーネットように真っ赤であり、耳が尖っている事から魔族だと分かる。
男の目の前には水晶のような物が浮かび先ほどのグリム達のやり取りを観察していた。
すると近くの空間に大きな…赤黒く歪んだ形をした魔法陣が現れてそこから一人の青年が飛び出した。グリムである。
「やぁ"アンク"?また監視かい?」
「んー?あ!主じゃん。いやアンタいっつもセレーネちゃんの事いじめるからさ?俺がいざとなったら守ってやらないとだろ?」
アンクと呼ばれた青年がセレーネの名を出すとグリムはスッと無表情になった。
「それの名前出さないで。」
「アンタ本当きらいだねぇ?何で?あの子可愛いしアンタのことスッゲー好きじゃん?」
アンクが不機嫌そうなグリムに問いかける。
「それは分かるよ。本当気持ち悪い。言っとくけど僕はアレのこと…
嫌いで嫌いで堪らないんだよ。それでも近くに置いておくのは魔女族だから。」
「…使い潰して後は養分に…とか?」
「そうだよ?何か文句あるの?」
グリムは苦虫を潰した様な顔で吐き捨てる。ついにはセレーネをアレ呼びだ。そこには愛などまるでない。
「…んにゃ。文句言って負けるの俺だから反抗する気ないよ?いやぁけどモテるのに勿体無いなぁ」
「あはは。ならアレだけ君にあげるよ。僕はいらないから。」
「そいつは嬉しいけど、俺があの子に殺されるでしょ?
で?要件は?」
「あ。そうだね。君にお願いがあるんだ。」
グリムは何やらアンクに耳打ちした。そして一通り話し終えるとグリムは再度魔法陣を出して
「あ!安心してね?約束通りこの作戦が成功したらロゼリアちゃんだっけ?生き返らせてあげるよ?」
そう言って魔法陣に飛び込み去っていった。
アンクはただ静かにグリムの消えた空間を見つめていた。両の拳を握りしめて…
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