天と地の境目
四班のあの一件があってから一週間、零や影月、るなはいつも通りの生活を取り戻しつつある。
そのような中、ある男が管理長室前で俯いて立ち尽くす。その男は思い踏み切って監理長室の扉を開ける。
すると、そこには目の吊り上がった織姫が座って待っていた。
「おい、オマエ! 何故呼ばれたかわかるな?」
「は、はい」
織姫に呼ばれたある男とは皆無だった。
「無茶ばっかりしやがって」
「すみません」
皆無は反省の態度を心から示す。
「今回は重症者一人、軽傷者二人で済んだが、あれは壱魂等に近い弍魂等の悪魔。この被害で済んでる方が奇跡だ。もし、帰らなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「もし、帰らなかったら……。そんなこと考えていませんでした。ただ、あいつらなら帰って来れると思ったんだけなんで」
皆無の目には信頼という文字だけが映って見える。
「まあ、死者が出なかったからとはいえ、オマエの罪は重いぞ」
「はい。分かっています。で、どのような?」
織姫は少し微笑んで言う。
「魔界に行って来い」
「マジですか?」
皆無からは絶大に嫌そうなオーラが放たれる。
「オマエならいけるだろ、一人でも」
織姫はますます顔の表情が良くなる。
それを見た皆無は余計に表情が悪くなる。だが、これは皆無が犯した罪なので仕方なく受ける。
「まあ、ね」
皆無は四班が待つ教室へと移動する。
(魔界かー、あそこ不気味すぎて嫌いなんだよなー。特に一人なんてつまんねぇーし……。そうだ、いいこと思いついた)
四班の生徒たちがいる教室はいつも以上に静かで空気が凍りつく。
そんな空気だとは知らずに皆無が雰囲気をぶち壊して入ってくる。
「みんな暇?」
皆無が四班の生徒に尋ねる。
四班の生徒は口を開かない。みんな誰かが答えるのを待っている。
「もしよかったら、いいところ連れて行ってあげるけど」
ようやく影月が口を開く。
「どこですか?」
皆無は微笑してゆっくりと口を開ける。
「魔界」
「魔界というのは、悪魔たちが集団活動しているところだ。俺たちでいうと、学校とか会社みたいな感じかな。まだ、未熟な悪魔たちは単独で動くと天敵に瞬殺されてしまう。だから、強い奴のところに行って、パシリとして成長するまで使える。まるで人間みたいに。家族に育ててもらって、成長したら独り立ち。悪魔も成長すると独り立ちして俺たちの前に現れる。まあ、魔界というのはそういう感じだ」
皆無が説明しながら、暗い夜道を歩く。
「わかった? 零」
皆無は後ろを振り返って零の方を見る。
「ん?」
零は話を聞いていなかったのか、急に呼ばれて首を傾げる。
(聞いていなかったー)
皆無は初めてであろう言葉を零に教えていたつもりが、ただの独り言になってしまう。
「うんうん。なんでもない」
皆無は悲しそうにして前を向く。
それを見た影月が話を広げる。
「魔界と言ったら、天と地の境目と呼ばれる。普通は天敵十人ほどで行って、帰ってくるのが二人ほど。そんな場所に先生一人で指名されたんですか?」
「まあー。そうだね」
「流石に先生でも俺たちを連れての戦闘はまずいんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。君たちは遠足気分でいて」
皆無はそう言って気を振るまう。
「さー着いた。今回はここだ」
何もないただの洞窟の行き止まりで皆無は足を止める。
その状況に零は疑問を持つ。
「先生、何もないですけど」
「まあ、見てて」
そう言うと皆無は瓦礫に手を伸ばす。
すると、皆無の手が瓦礫の中に吸い込まれていく。
皆無は反対の手を零たちに伸ばす。
「みんな、捕まって」
そう言って、四班たちは皆無に捕まり、瓦礫の中に引き摺り込まれる。
瓦礫の中はまるで大都市の一部のように高層ビルや家が立ち並ぶ住宅街があり、四班たちの目を疑わせる。
「初めて入ったが、本当にここが魔界なんですか?」
興味ありの影月が不思議そうに聞く。
「あー、魔界には主って言うのがいて、主が好きなように環境を作ることができるんだ。これを見た感じ都会慣れした悪魔みたいだね」
「私もこんなところに住みたいなー」
るなは都会に憧れを強く抱く。
「先生。こんな環境を作るのには相当の力と人材が必要となります。それを従える主ってどれぐらい強いんですか?」
「そうだねー。霊魂くらいの強さかな」
「霊魂って?」
「あれ、説明してないの?」
皆無は影月の方を見る。
「いや、例外だったので教えていませんでした。霊魂というのは、悪魔階級の一番上だ。壱魂等以上の強さを持つもののことを言う」
零はそれを聞いてゾッとする。
「それってやばくないか?」
「相当危険な領域の中だ」
話をしている中、魔界の侵入を駆けつけて来た三体の悪魔が姿を現す。
それを皆無はいち早く見つける。
「おっと、早速門番が駆けつけに来たか。よし、オマエら実戦だ。行って来い」
急な実戦に生徒たちは驚く。
「え、先生は?」
「まだ、出る幕じゃなさそうだからさ」
「えー」
「遠足にも学びが必要だからね」
零は炎を纏い、影月は右手に電気を溜め、るなはクラウチングスタートの姿勢をとり、各々準備を整える。
そして、皆無の掛け声により幕が切って落とされる。
「実戦スタート」
零は炎を一発放って悪魔の視界を奪う。
悪魔が見失っている隙に零は距離を詰める。だが、悪魔もそう甘くはない。
悪魔は近距離に応じて零に拳を打ち込むが、零は左腕で受け止め、右手で悪魔の腹を突く。
影月は正面から突っ込み、溜めておいた右手を突き出す。
悪魔は地面に手を突き、壁を作る。壁に影月の攻撃が当たり粉々に崩れる。
「能力は地面操作ってところか」
零と影月が戦闘を始める中、るなはまだ動かない。
(こいつ何してんだ)
皆無は不思議そうに見つめる。
零と戦闘中の悪魔は体から炎を発火させる。
十メートルほど離れている零にもその炎の熱さを感じさせる。
「オマエも炎か。気が合いそうだ」
零も火柱を上げて対抗する。炎はまるで縄張り争いをする虎のように激しくぶつかり合う。
零と悪魔はお互いに高速で接近し、炎の拳をぶつけ合う。周りにあった建物の窓ガラスを吹き飛ぶ。両者どちらも炎の火力を上げ、気を緩めない。
だが、零の方が火力は高く、悪魔は風圧に耐えきれず後方へと吹き飛ぶ。悪魔は燃え続けながら姿を崩す。
影月の相手である悪魔は地面を操り、地面の高さを変え影月を近づけさせないようにする。
だが、影月の足は電気を帯びており高速で動いて距離を詰める。
影月は悪魔の上空高く飛び、指に電気を溜める。
悪魔は地面をドーム状にして防御する。
「意味ねぇーよ!」
影月は先に雷を自分の頭上に落とし、下にいた悪魔の防御を破壊する。
影月は雷の力を吸い、指に強力な電気を流す。それを悪魔に向けて放つ。
影月が地面に降りた時には悪魔の姿はどこにもなく、地面に電気が残る。
「月がねぇと力の使い方が難しいな」
皆無は零と影月の成長に小さく拍手をする。
だが、その中まだ動かないやつがいた。
「オマエはいつ動くんだ」
るなはまだ姿勢を変えずそのままだった。
るなは息をスーっと吐く。そして、目の色を獣の目へと変貌させる。
悪魔はその目に危機感を感じ、嵐のような強風をるなに向けて吹き付ける。
(これほど強い風だとなかなか前へ進めないな。さーどうする、るな?)
るなは目の色を変えることなく、相手を睨みつける。
そして、姿が一回り二回り大きくなり、戦闘時のるなへと変わる。
るなが地面を蹴り上げた一瞬で決着はついた。一秒も経たないうちに風を切り裂き、悪魔に飛び蹴りを喰らわしたのだ。
これを見て皆無も思わず感心する。
「実戦お疲れ様。まさか、ここまで成長するとは思ってもいなかったよ。流石、俺の生徒だ。ここからは見学ということで。自分の仕事は自分でしないと。後は任せな」
そう言って、皆無は生徒の前に出る。
前には一際目立つ邪気を放っている者がいた。
その者は高層ビルの屋上から四班たちを睨みつける。
その雰囲気から、皆無はいつものおおらかな雰囲気ではなく、真剣な眼差しで相手に視線を送る。
「オマエがここの主か」
皆無が大きな声で堂々と聞く。
「そうだ。だからどうした?」
その者は態度を変えることなく大きく立つ。
「いや、特に」
「俺はここの主、他人。ここを去れ、人間ども」
零たちは他人の気迫に潰されそうになる。だが、皆無だけは冷静に心を保つ。
「嫌だと言ったら?」
他人は掌に大きな禍々しいエネルギーの球体を出現させる。
「オマエらにこれをぶち込む。さもなくば、ここを立ち去れ。そうすれば命は助けてやる」
「脅しのつもりか。それなら、俺には通用しねぇよ」
皆無は恐れることなく微笑する。
「そうか」
他人は球体を皆無目掛けて放つ。
皆無は笑みを浮かべて、三本指をピストルのようにして右手を他人の球体に向ける。
「壊!」
その瞬間、球体が空中で散る。零たちは目を丸くさせる。
「さー、始めようか」
皆無がゴングを鳴らし、魔界の決闘が幕を開ける。