静かな夜
昨夜かかっていた東の山の霧は時間の経過と共に降りてきて、早朝には北校舎の校庭を覆い尽くす。視界の悪い中、太陽の光は小さな水滴を輝かせる。
そこへ三つの黒い影が霧を掻き分けて校庭へと現れる。
「今日こそ一本取るぞ」
「言われなくてもわかっている」
東側には背の丈が高い影が一つ、西側には小さい二つの影が距離を取って構える。お互い相手を目視することすら困難な霧だったが、それは数秒経つと台風後の空のように綺麗に消える。
それから数時間後、授業の実践を終えた零と影月は休憩を取るため居間でくつろぐ。
「これでも無理かよ」
零は座っている状態から後ろへ座布団を枕に倒れる。
「まあ、最強と謳われている先生だからな」
影月はいつものルーティンである紅茶を一口に飲み干す。
「霧で俺の狐火や氷結が役に立つと思ったんだがな。それも全て消された。まるで霧のようにな」
「一瞬だったな。悲しいほどに」
零と影月が授業の反省をしていると、居間に一つの足音が近づいてくる。その足音は居間の手前で止まる。
「ねぇーねぇー。零、影月」
「どうしました?」
いつも眠そうにしているるなが嬉しそうに影月と零のいる居間に入ってくる。
「もしよかったらだけど、私の故郷に来ない?」
(珍しく先輩が誘っている、ここは行くべきか)
真剣に考える影月の隣にいた零は迷いもせず即答する。
「俺行きます」
零は影月が迷っているのを雰囲気で感じ取る。四班はここ最近休暇がまともに取れていない上、荷に合わない負担だけが溜まっていく。だが、他の班より経験があることで自身の弱さをより知っている。
影月は迷いの末決断する。
(今回はパスしとくか)
「俺は……」
影月がるなに断りの話を入れようと切り出すが……。
「じゃあ決定。五日後の連休に行くから準備しといて」
るなは影月の返答なしに行くことを決める。零は不思議そうに影月に問う。
「先輩って時々、影月に拒否権なしだよな。なんでだ?」
「俺にもわからん」
影月は深いため息をつく。
「そうか」
五日後ー
静かな夜、騒々しく盛り上がった木の群れの中を四班たちはるなを先頭にして故郷へと向かう。
「そう言えば、先生は誘わなかったのか?」
「先生は今会議中だ。最近の悪魔の行動について話しているらしい」
「確かにここ最近、悪魔の勢力が固まっている気がする」
「もしかしたら、統率することのできる悪魔の王でも誕生したのかもな」
零と影月の話を耳を立てながら、るなは黙々と前へ歩み続ける。
時は同じく、静かな夜の会議室に約五十人ほどが集まる。落ち着きをなくした皆無の隣にソルが座る。
「イライラが心から溢れ出ているぞ」
「そりゃそうだろ。なぜ俺がこんな面倒臭い会議に出席しなければならないんだ。こっちは疲れてんだよ。休みをくれよ」
皆無はべったり背もたれにもたれて、足も極限まで伸ばす。
「何子供みたいなことしてんだよ」
「子供じゃねぇよ」
「そんなことより……」
「そんなことだと」
皆無は速攻でツッコミを入れる。
「今回の会議は長くなるぞ。なんせ、あいつが関わっているかもしれないんだからな」
先ほどの戯れはなかったかのように顔色が急変する。皆無は背もたれから離れて、体を前へと屈める。
「かもしれないじゃない。関わっているのは確実だ。だから次こそ、俺の手で決着をつける。戦闘放棄は趣味じゃねぇからな」
皆無の目はいつも以上に鋭く、笑顔は無となって消えていた。
会議室が開いて数分、席は一つを除いて満席となる。そして、最後の一人が会議室の扉を開けて入ってくる。その者は静かに着物を揺らしながら一つ空いた上座へと向かう。そして、席に辿り着くと全ての者が立ち上がる。
「これから魔議を開始する」
声高らかな始まりの合図とともにモニターが起動する。全員が席を座ると、着物を着用した者は立ち上がって全員の注目を浴びる。
「今回はお忙しい中集まっていただき誠に感謝いたします。これから始める議はここ最近の悪魔の行動とそれに関わるある一人の人物について話していきます。そして、進行を進める私は皆がご存知の通り、天敵東京担当管理長織姫。皆の力を今一つにする時が来ました」
四班たちは暗さを増す森の奥まで到達する。
「まだですか? 先輩」
零と影月は額に汗をかき、声を枯らす。通常とは違う道のりに体力が奪われていく。
「あと、三十分くらいかな」
「マジっすか」
るなは二人とは違って汗一つかくことなく、笑みを見せる。
「それより、何でここ一帯にシールドが張られているんだ?」
「ここは天敵が管理している区域だからシールドが張られているんだよ」
るながウキウキ調子で語る。そのようなるなの姿を見た零は頭の中に残る疑問を思い切って聞く。
「あのー、失礼なことだとわからっているのですが、最初からずっと気になっていたことがありまして……」
「なにー。言ってみな」
「るなさんって、人間なんですか? それとも悪魔なんですか?」
先ほどまでの明るい空気は消し飛び、凍りつく。
「オマエ!」
「いいんだよ、影月」
影月は零の胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、それをるなが止める。
「でも……」
いつもとの違う影月の表情に零は事の重大さを初めて知る。
「そうだね、どっちでもあるって言った方がいいのかな。いい機会であり、いつか班の仲間として話さないといけないことだ。だから、私の過去を話してあげる」
るなはいつかの月を覗くかのように空を見上げる。
「私の最初の人生は猫又という悪魔だった。猫又は山岳地帯に集落を置いて暮らす弱小悪魔」
るなは立ち止まって零の方を見る。
「これを聞いて君は驚くかもしれないけど、悪魔にも家族がいるんだ。父がいて母がいて妹がいる。家族というのは誰もが愛おしく思える存在だ。それを壊されたら、我など忘れてしまうものだ」




