知らない存在〜作戦の裏〜
過密した木は空を模様づけて光を微かに通す。そして、不思議なほど森閑とする。まるで、木も何かに怯えているかのように。
だが、それは数秒にして事態を逆にする。皆無の流星は林の中を照らし、轟かせる。静かだった木たちは不思議なほどに揺れる。まるで、木も流星に連なりを見せるように。
そのような状況の中、三人の天敵が流星の向かい風を切って走る。
「あいつ、派手にやりやがって」
刀を左越しに収めた黒髪ショートの男、ソルは羨ましそうにする。
「全くです」
高身長で緑の長髪の男、易陽は呆れたようにため息をつく。
「いいじゃん、皆無くんらしくて」
ピンクと白が半分に分かれた髪色のツインテールの女、空夢は笑顔でソルと易陽の後に続く。
「そう言う問題じゃねぇーんだよ」
すると、後ろから追いかけて来ていた織姫がソルたちに会う。
「織姫さん!」
突然、林の中の光が消え、皆無の魂の圧も消える。
「挨拶は後だ。先を急ぐぞ」
「はい」
宙を飛んだ皆無の身体はゆっくりと地面に降りる。
戦いは終わったように感じられたが、皆無の脳はそれを否定する。
「さーて、どうしようか」
(今回の綿密な計画性といい、霊魂級の悪魔を従える指示者、こいつらを狙った理由……不可解な点が多すぎる。少しの魂量だがあいつの仲間が近くにいるのはわかる……が囲まれているな。ざっと数えて十はいるか? すぐに地獄に堕としにいきたいところだが、こいつらが狙われている以上、応援が来るのを待つしかない。早く来いよ、オマエら)
皆無は警戒心を解かずに、ただ応援を待つ。
すると、草陰から物音が微かに聞こえる。
皆無はその方向に右手を向けて構える。
「おい、皆無!」
「来たか」
草陰から出てきたのは応援で駆けつけたソルだった。
「皆無くーん」
「おう、空夢」
ソルに続いて空夢も駆けつける。
「ギリギリ間に合ったって感じですか?」
ソル、空夢に続いて易陽も顔を出す。
「あー、ありがとうな。ソル、易陽、空夢」
「当然だ、仲間だからな」
「さっきは焦ったぜ。途中、先生の魂を微かに感じたんだが、気のせいで良かった」
皆無は少しほっとしたが、ソルは苦笑いする。
「それは……」
「呼んだか? 皆無!」
その声が暗闇の中から聞こえた時には皆無の首には帯が巻かれており、声の方向からは鬼の顔をした織姫が帯を辿って皆無に突っ込む。
「すいません」
織姫は皆無を地面に敷いて、その上に立つ。
「まあ、謝罪諸々は後でたっぷりしてもらうとして……早くここを離れた方がいいな。約十といったところか」
皆無以外にも状況が悪いことに気づく。
「それよりそろそろ退いてもらっていいですか、先生?」
だんだん声が掠れていく皆無を見て、織姫は帯外して上から降りる。
皆無はゆっくりと立ち上がり、織姫たちの方向へと歩み寄る。織姫やソルたちから見える皆無の顔はいつもの穏やかさはなく、目に力の入った覚悟の顔だった。
「今の俺なら五はいける。だから、そいつらを頼みます」
皆無は織姫の肩に手を置いて通り過ぎる。
「何言ってんだ!」
織姫は背中越しの皆無に静かな怒鳴り声を上げる。
「生徒が大変な時にオマエは側に居てあげられないのか?」
皆無はいつも側にいてくれた織姫の存在を思い出す。
「オマエはもう我儘、身勝手に動いていい逸材じゃない。生徒を守ってやれ、オマエは先生だろ」
皆無は織姫の方を振り返る。
「すいません。俺が間違っていました。生徒の成長を手伝い、守り続け、最後まで見届けます」
「良くぞ、言った」
皆無の覚悟の顔は少し和らぎ、織姫の顔も和らぐ。
「で、これからどうするんですか?」
話頭を転ずるかのように空夢が話に入る。
「どうするって、オマエらが呼ばれた理由わかっていないのか?」
織姫は不思議そうに聞き返す。
「はい。さっぱり」
空夢は笑顔で応える。
織姫はそれに対してため息をつく。
「まじか……仕方ない。簡単に説明するぞ。まず易陽の不可視壁で完全に気配を消す。次に空夢のメタバースで空間を移す。そして、ある程度走ったところで空間を戻して脱出する」
「なるほど、それはいい提案ですね」
易陽は納得するかのように相槌を打つ。
(オマエらのいつもの策戦じゃねぇか)
皆無は心の中でツッコむ。
「で、俺たち三人は?」
「私が三人を帯で担ぐ。ソルと皆無は念の為の護衛だ」
残った織姫、皆無、ソルの三人にも役割が振られる。
「「了解!」」
ソルと皆無は少し嬉しそうに返事をする。
「早速だが、やるぞ」
織姫の合図で易陽と空夢は能力を展開する。
「不可視壁」
「열고 내 세상」
易陽の周りを半径十メートルくらいの球が囲む。
空夢によって別空間に繋がった扉が出現する。
そして、皆無は聞きなれない言葉に首を傾げる。
「今何て言ったんだ?」
「確か、『開け、私の世界』みたいな。恥ずかしいから言語変えたらしい」
ソルが翻訳する中、空夢は顔を赤くする。
「それ言ったら意味ないじゃん、もう。早く入って」
空夢は皆無とソルを扉の向こうへと押し入れる。
その頃、二キロほど離れた木の頂上に魔女の道具を覗く男が一人いた。
「消えた。そっちはどう? だよね。気配が完全に消えた」
その男は遠隔で誰かと情報のやり取りをする。
そこへ輪廻が隣の木の頂上に現れる。
「今、どういう状況なんだ?」
男は魔女の道具を服へしまい、月を見上げる。照らされた男の顔は輪廻たちに作戦を教えた張本人だった。
「皆無たちが逃走中さ。だけど、ここまでは想定内さ」
「想定内か」
輪廻は心のどこかで黒い渦を巻く。
(どこまでがこいつの想定内かは俺にはわからない。だけど、俺が皆無に負けることも想定内だったというのか?)
「そういえば、あのじいさんは?」
「殺られたよ」
「えっ?」
輪廻は眼をぱっちり開ける。
「皆無が魂ごと焼き払った」
男から出る言葉は輪廻の心に少しづつ刺激を与える。
「マジかよ」
(やっぱり、俺にはこいつを理解することはできない。想定内とは、どこまで何だ? あのじいさんが殺られたことは想定内なのか?)
輪廻の心の黒い渦の正体は男の存在だった。
数日前ーー
「何故そやつらなのじゃ?」
「それは……極霊者だからだ」
「極霊者?」
輪廻は首を傾げる。
「何じゃ、そんなことも知らんのか?」
獺酩は輪廻の言葉知らずさに驚く。
「この前教えたじゃないか、輪廻」
「そうだったか?」
男は輪廻にもう一度説明する。
「極霊者、それは核の周りに存在する魂の層『極霊』をもつ者のことを言う。極霊はある一定の魂の量、質、精度がないと発生しない。よって、天敵であっても極稀にしか存在しない。例外はあるが、極霊者はもつ者だけが与えられる称号さ」
「へー、それが何故いいんだ?」
輪廻は少しつまらそうにする。
「決まっているじゃろう。わしらがいつも喰らう一般的な魂とは別格、一で百はくだらん。この意味わかるじゃろう」
獺酩は嬉しそうに口を横に開ける。
それを思い出した輪廻は脳内で整理する。
(この作戦は零たちを餌とし、俺たちを釣り上げた。そして次は、俺たちが餌となった。そして、釣り上げた者が今回のこいつの目的。皆無か!)
「どうした、輪廻。珍しく表情が固いぞ」
男は輪廻の不審さに一早く気づく。
「いや、時にはポーカーフェイスも大事なんだって」
輪廻から興味というオーラの魂が溢れ出る。
「へーー」
「それよりこれからどうするんですか?」
「んー、そうだな。賭けといこうか」
白い空間に移動した皆無たちは空夢を先頭にしてひたすら走り続ける。
「空夢、後どれくらいだ?」
「後十キロはある」
「少しペースを上げよう」
織姫は距離と時間からペース配分を考える。
ソルはいつも以上に静かで表情の硬い皆無に気づいて声をかける。
「何暗い顔してんだよ。らしくねぇ」
「何か感じるんだよ。忘れてはいけない何かが近くに……」
頭に残る何かが皆無を惑わす。
「それならよく考えて、思い出せ。忘れちまう前にな」
「ありがとうな。ソル」
硬かった表情は少し和らぎ、皆無は前を見て走り続ける。
だが、それは束の間これから織姫が話す内容は皆無だけでなく、ソル、易陽、空夢までも表情を暗くさせる。
「それより皆無、バッドニュースが一つある」
「何ですか?」
「今回のオマエらが担当した任務なんだが、確認したところ、記述全てが作られた偽りだった。警察や県、市にも尋ねてみたが、該当者なし。よって、この任務は偽造任務として判断付けられた」
「と言うことは……」
「私はオマエたちを信用しているから言うが、天敵の中に内通者がいる。だが、これは可能性の話だ。他にも、敵に空の結界を通ることのできる人物がいるかもしれない。例え、前者が仲間であろうと恩人であろうと容赦はするな。情けは人を弱くする。この話はここにいるオマエら以外には話していない、機密情報だ。しかと肝に銘じておけ。いいな!」
織姫は強い口調で皆無たちに念を押す。
「「はい」」
「おう」
すると、空夢が急にスピードを落として伝える。
「皆さんそろそろ着きますので準備を。直下二十五メートル、열고 모두의 세계」
皆無、ソル、易陽、空夢、四班生徒を担いだ織姫は空夢の空間を抜け、元の世界へと戻る。
空夢の計算通り、林を抜けた後に広がる草原へと繋がる。風一つない夜の草原は静かで寂しく月に照らさせる。
皆無たちは草原へと足を踏み入れた時、突如として影が飛び出す。その影は五人を軽く囲むほどの大きさで下から現れる。足場はなくなり、草原は奈落と化する。
この状況に一番早く反応した皆無は極少量の魂を右指に集めて放つ。スピードに特化した壊は素早く影の中で爆発する。爆風により五人は影から外に出る。
右側に皆無と織姫、左側にソルと易陽と空夢が爆風によって押し出される。
すると、その方向からも影が飛び出す。先ほどの地中から出てきた影は光が通さなかったため、姿を確認することができなかったが、この影は地中から出たかとにより、光が姿を晒す。その影の正体はは鯨の悪魔だった。
右側にいる皆無は予備で溜めていた左指の魂を鯨の口の中目掛けて放つ。
一方、左側にいるソルは刀を抜き、鯨を一刀両断する。
二匹の鯨は塵となり空へ登る。
皆無たちは悪魔を堕としたが、気を一切緩めない。何故なら、後方から強い魂の圧を感じたからだった。
五人は林の方を振り向く。
すると、そこには針葉樹の頂上に立つ二つの影が揺らいでいた。