天敵の天敵
壊れた校舎に木が至るところに倒れる山荘、そして地下と地上を繋ぐ大きな穴。空の被害はこれほどで止まったが、ダメージの大きさはかなりのものとなった。
それを校舎の屋上から松葉杖をついた織姫が寂しい目で眺める。
そこへ皆無が駆け寄る。
「先生……今回のって……」
皆無の声を聞いた織姫は一旦振り向くがすぐにまた正面を向く。
「あー、あの白服は十二年前の……」
織姫の声はいつもより低く、おとなしい。
「まだ生きていたんですね」
皆無は織姫の隣に並ぶ。
「ちょうど四年前、亡くなったと聞いていたが……まさか、また会うとはな」
「……」
皆無は無言で俯く。
その姿を見た織姫はより真剣な表情で命令を下す。
「あいつを厳重に警備させろ。次は許さない」
皆無もまた織姫の感情が伝わっていくかのように真剣な表情へと変わる。
「はい」
とある時刻、零は見慣れた都市の大道路に一人でポツリと立つ。
「ここは……?」
高層ビルが立ち並び、車がひっきりなしに通る大都市。ビル以外にも大きな病院や大学、市役所などが影を隠すかのように隙間なく建てられる。
零はこの見慣れた背景を前に体が動く。
右足が前へ出ようとした一瞬の間、都市部の雰囲気はガラッと変わる。
ビルのほとんどが崩れ、車も横転したり、真っ二つになったりしている。他にも道路が断層していたり、病院や大学、市役所までも崩れかけている。
まるで地獄のようだ。
(なんだ? 一体……)
零は彷徨った視線を元に戻すと目の前にはある人物と女性がいた。
女性は体がボロボロで今にでも倒れそうだった。だが、立ち続けている。
その一方である人物は無傷なうえ、強い邪気を放っていた。
(やめて……やめてくれ……やめてくれ!)
その光景は自然と零の心を恐怖心で固める。
(もう……俺には……何も……)
女性はある人物に言った。
その言葉は零を意識して言ったのではなかったが、零の心を動かせる。
「私にはできる。守りたいものを守り抜くことを!」
時間は深夜二時を周り、外はほとんど人通りがなく、昼間との温度差に心が落ち着く。
零は市の病院のベットで静かに眠る。
その横で影月が零の看病をする。
「ありがとうな、オマエのおかげで先輩は無事だ。だけど、オマエはこんな姿だ。ごめんな。俺が弱いから、助けにならないから。オマエはいつも頑張るんだ、体を壊してでも俺たちのために……」
影月は感じていた。自分だけが置いて行かれていることに……。
他の部屋にいるるなはベッドで横たわらずに窓の側に立つ。
「綺麗だ」
病室の窓から見える普通の満月はるなの目には特別綺麗に見えた。
(私は人を助けるんだ。このままじゃ助けられない)
るなも自分の弱さを克服するために決心する。
ほぼ同時刻、上空から一点の光が差し掛かった洞窟で怒鳴り声が爆発する。
「おいおい、ここはどこだよ」
織姫にトドメを刺し損ねた白服の男が無闇矢鱈に大声を発する。その声は洞窟一帯に反響する。
「ここは僕の研究場所さ」
暗闇の中から男の声が静かに伝わる。
「ア〝ー? オマエ誰だよ?」
白服の男は首を曲げて睨みつける。
「自己紹介は好きじゃないんだ。後、僕の研究場所で騒がないでくれる」
暗闇の中から出てきた男は前日の空の襲撃の際に気絶した零の側に現れた謎の人物だった。
「嫌だと言ったら……どうする?」
白服の男は男を試すようにして拒否を告げる。
「黙らせるだけさ」
白服の男は目を丸くさせて驚いた。
何故なら、その声は後ろから静かに囁いたからだった。
(さっきまで目の前にいたはず、なのに今は後ろにいるだと。能力か? それとも目では追えない速さ。こいつ強……)
その瞬間、白服の男は首元を叩かれて気絶する。
「まだ、やることがたくさんあるんだ。邪魔しないでくれ」
男は白服の男を担いで暗闇に戻る。
夜が明けかけ、時計の短い針がちょうど六時を差す頃、影月は病院の廊下を千鳥足で歩いた。
(四時頃までいたから、寝不足だ)
影月の目の下は少しくまが出来ており、誰もいない廊下を無言で歩き続ける。
そして、ある場所に辿り着く。それは、零と書かられている病室だった。
影月は扉を開けて目を疑う。
零が病室にいないのだ。
「落ち着いてられないのか、あいつは……」
影月は怒る気力もなく、そう言って誰もいないベッドの上で仰向けになって寝る。
(しんどい)
一方その頃、本部の屋上では皆無が朝日を眺める。
そこに零が霧のようにして現れる。
「先生、どういうことですか?」
「ん、何が?」
皆無は少し惚けたように返す。
「あの人、あの暴走してた人は一体何ですか?」
零は気づいていた、あの魔界からの違和感に。
皆無はため息をつき、仕方なく口を開く。
「あいつは多分、アダプターだ」
「アダプターって……」
「あー、意味通り俺たちの適応者だ」
「適応者って、どういうことですか?」
零は聞きなれのない言葉に戸惑う。
「天敵は悪魔を地獄に落とすという、裏方のヒーローだ。だから、狙われるんだ。ヒーロー殺しの地敵に」
「地敵?」
「地敵は天敵の天敵だ」
「天敵の天敵?」
零は知らない言葉を疑問で返し、答えを繋げていく。
「地敵というのは悪魔と手を組んだ犯罪者のことを言う。だが、犯罪者と違う点は目的が天敵一点であること。地敵っていう奴の思考は大体二つに分かれる。それは天敵に恨みを持つ者と悪魔と天敵という世界線をなくそうとする者だ。まあ、大半が前者だ。天敵に恨みを持つ者は数少なくはない。もし、犯罪者が天敵を殺した場合、罪にはならないからな」
皆無は何かを思い出すかのように空を見上げる。
「何で?」
その答えに納得のいかない零は質問を繰り返す。
「俺たちは死を覚悟して天敵になった理由だ。一年後、一ヶ月後、一週間後、明後日、明日、今日、いつ死ぬかなんてわからないんだ」
「……」
零は黙り込む。
「零。天敵の最後は全員が思っている以上に残酷なんだ。遺体が残れば奇跡なんだ」
静かに風が零たちの横を通る。まるで何かを察するかのように。
「天敵を殺して罪にならない理由は二つある。一つは悪魔と犯罪者が手を組むことによって、どちらが殺したかわからない場面があるからだ。犯罪者が悪魔を指示して殺させた可能性などがあるため証拠にならない。さっき言った通り、悪魔に殺された者は返ってこない。遺体であろうと……。そして二つ目は俺たち天敵は人間から離れた存在で見られているということだ」
「何だよそれ」
零は納得いかなかった。
「しょうがないさ。俺たちはそれを了承して天敵になったんだから」
零は少し考える。
「えっ? 俺は」
零は自分の立場があやふやなことに気づく。
「君も仕方がない。俺たちに出会ってしまったのだから。それが運命というものだ」
「はー」
皆無の回答に零は何も言えない。
すると突然、皆無が何かを閃いたかのように指を鳴らす。
「いい機会だ。天敵について話そう。そして、アダプターについても」
皆無はいつもとは違う真剣なオーラを零に見せつけて語り出す。
「今から話すのは百年以上前の話だ」