4 self-help(自援護)
私は一年前、バッセンであった事件以来、連絡先を交換して瀬戸くんと時々会うようになった。
助けてくれたお礼として、時々彼が所望するお弁当を作ったり、彼の行きたい遊園地に行ったりした。
ただ、お互いに恋愛下手なのか、告白して付き合っているわけではなかった。
そうして、幾度か会っているうちに気づいた事がある。
瀬戸くんの野球の才能は半端ではない。
アスリートの両親を持った私の目に間違いはなく、さり気ない私のアドバイスで瀬戸くんの野球の実力はメキメキと伸びていった。
何しろ、驚くべきことに高2の夏までストレートとチェンジアップだけで県大会ベスト4まで凡庸なチームを勝ち進めた逸材だ。
私のアドバイスにより、変化球と組み立てを覚えることで、あっという間に実力を伸ばした瀬戸くんは三年の夏を迎えた今、遂に県大会決勝の舞台へと駒を進めた。
決勝の前の夕方、私たちはファミレスで、ミーティングを兼ねて他愛無い話をしていた。
机の上のノートには、相手高の選手を分析したデータが書き連ねられている。
そろそろ暗くなってきた頃、私は瀬戸くんの目を見つめて励ます。
「瀬戸くん…… 頑張ってね」
「ああ、森山。ここまで来れたのもお前のお陰だよ。何も返せなくて悪いな」
そんな事を真面目な顔で言うものだから、私は思わず赤くなってしまう。
「そんな事ないよ。瀬戸くんにはいつも励まして貰ってるし」
瀬戸くんのお陰で、男性不信になりかけていたのも克服できた。
そして時折こうやって会ってくれる。
それだけで充分だ。
でも瀬戸くんは澄んだような目でじっと私の顔を見つめてくる。
「明日はさあ、お前の為に投げるよ」
「……瀬戸くん」
瀬戸くんは時々、天然でこんな事を言ってくる。
私は耐えられず、机の上にうつ伏せてしまった。
翌日、ポータブルラジオのイヤホンを片耳に嵌めながら、私はスタンドで決勝戦を見守っていた。
『ダークホースのD高、最近成長した瀬戸建太郎選手の活躍で決勝にまで駒を進めました。○○さん、この試合の見どころはどこでしょうか?』
『やはり、鉄板の優勝候補A高相手に、瀬戸選手がどう投げるのか、今日はそれにかかってますね』
良い選手の数でいえば、県外からも名手を取ってきている名門A高の数の方が有力だ。
D高が対抗出来る選手は瀬戸くんだけだろう。
でも、私は瀬戸君の勝利を信じていた。
「プレイボール‼︎」
サイレンの音と共に早速、振りかぶった瀬戸君の投球がいい音を立ててミットに収まる。
瀬戸くんの調子は絶好調だ。
ラジオの解説者も舌を巻いている。
『瀬戸選手! 得意のスライダーがコーナーに決まり三振! 中軸を簡単に打ち取りました!』
『今日の変化球もキレてますね。二回り目以降が勝負です』
瀬戸くんは優勝候補A高の打線を無失点で抑え、スコアレスドローのまま、遂に最終回を迎えた。
解説者も、食い下がるD高と瀬戸君の投球に驚いているようだった。
『瀬戸選手の驚きのピッチングでここまで両チーム共に無得点。延長も見えてきました』
『瀬戸選手は予想以上の出来ですね』
そうして、最終回の裏、瀬戸君の打席が回ってくる。
代わったばかりの投手の選択は恐らく……
(この投手は昨晩、瀬戸くんと話した通りの……)
……カキィィィィン!
快音が球場に響き渡る。
瀬戸くんは初球のスライダーを思い切り叩いた。
快音と共に放物線を描いた打球は、バックスクリーンへと飛び込んだ。
観客の声援が地鳴りのようにグラウンドに鳴り響く。
瀬戸くんは満面の笑みでガッツポーズすると、スタンドの私の方を見たような気がした。
そして、悠々とダイヤモンドを一周すると、チームメイトから手荒い祝福を受けた。
『瀬戸選手の一発で試合が終わりました! 何という幕切れ!』
解説者の興奮した実況を聞き届けると、私は拍手する。
「おめでとう、瀬戸くん」