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1 one day

 夏の盛り、彼氏である矢野修一やのしゅういちがテニスの全国大会の出場を決めた帰り道、私たちは久々にファミレスで食事を摂ることになった。

 料理をあらかた食べ終えると、私は徐に切り出す。


「修くん、インターハイ出場おめでとう。それはそうと浮気してるよね?」


 修一は飲んでいたコーラを吹き出すと、目を見開いて私を見つめ返した。


「……おおう いきなり何を言い出すんだよ? 浮気? してねーよ!」


 あくまでもしらを切る修一に私はスマホの写メをずいと近づける。


「じゃあ、これ何?」


 そこには私の知らない女と修一が、ラブホテルから腕を組みながら出てくるところが、ばっちり写っていた。

 修一は顔を真っ赤にしながら、口を曲げる。


「どこで撮ったんだよ、こんなもん! 悪質な悪戯だよ、悪戯!」


「友達がたまたま、ラブホに行ってて…… それで修くんとこの女の子と出てくるところを見たんだって」


 修一はスマホを突き返し、顔を顰めながら声をますます荒げる。


「知らねーよ! 俺に似てるだけだろ」


「……じゃあこれは?」


 私はまたスマホの写真を差し出す。

 そこにはまた違う女と修一が遊園地で遊んでいる動画が映っていた。

 日付はたった数日前だ。

 さすがの修一も絶句して、不機嫌そうに膝を揺する。


「……」


「ひどいね、修くん。三股掛けてたんだ? いや、もっとかな?」


 やがて、修一は観念したように息を吐くと驚いたことに、腕を頭の上に組んで両脚を広げて、面倒だ、といった態度をとった。


「ああ、もういいや。はいはい、お前に隠れて他にも2人の女と付き合ってたし、合コンにも参加してたよ。だってさ、お前こういうのさせてくれないじゃん? 悪い? 俺さ、インターハイ出場のスター選手だぜ?」


 それは正に居直りの態度だった。

 いったい何様になったつもりだろうか。

 私が呆然としていると、修一はフンと鼻を鳴らし笑う。


「だいたい、お前重いんだよな。体調管理だの対戦相手のデータだの、俺様には必要ないっつーの。天才の俺にはこれから輝ける未来が待ってるから1人の女に構ってる暇なんてねーんだよ」


 近頃、約束をドタキャンされる事も多く、この男への愛情は薄れてきていた。

 そこへきて、この態度だ。

 修一の言葉を聞いているうちに、修一に微かに残っていた気持ちも、ますます冷えて萎んでいくのを感じる。


「そう、開き直るんだ。最低だね。私たち、もう別れよう」


 修一は脚をテーブルの上に投げ出しながら、嘲るように笑う。


「はっ、つまんねー女。わかった、わかった。別れよう。じゃあな」


 こうして、私は一年ほど付き合った初めての彼氏と別れた。




 カキィィン、と辺りには心地のいい金属音が響く。

 私のバットはボールに対して半分くらいは空振りする。


「えいっ! えいっ! このっ!」


 私は気晴らしにバッティングセンターに来ていた。

 ボールがバットに当たるととても気持ちいい。


 50球くらい相手にしただろうか。

 私は息を切らせてベンチに腰掛けた。

 動いていないと修一の顔が頭に浮かんでイライラが募ってくる。


「はあっ! はあっ! もうっ! 何がスター選手よ! 何なのアイツ!」


 ──カキィィィィン!


 私の近くのゲージに入っている人は心地よい音を立てて、全ての球を遠くに飛ばしていく。

 よく見ると同じく高校生くらいの男の人だ。


「よく飛ばすなあ…… あの人。野球部かな?」


 そんな風にぼうとしていると、ぬらりと不審な人影が現れ、私はそちらを振り向く。

 見ると、金髪に染めた男やピアスを開けたチャラそうな男達が3人いて、私をニヤニヤと見つめていた。


「ねえ、1人ぃ?」


「暇ならファミレスでも行かない? 晩めしおごるよ!」


 私は毅然として立ち上がり、荷物を纏める。

 もう7時を回っている。

 そろそろ潮時らしい。


「いえ、結構です」


 しかし、そんな私の前に回り込み、男の1人が追い縋ってきた。


「待って! 待って! そんなに冷たくしないでよ! 俺たち怖くない! イケメンだし結構いい奴らだよ? 俺ら!」


「いえ、忙しいので」


 冷たく言い放っても、男たちは耳に触る声で、更にしつこく絡んでくる。


「すぐバレる嘘つかないでよー。ねえ、暇だからこんな所で1人で遊んでるんでしょ?」


「それとも君も出会いを求めてこんなとこきたんじゃないの?」


「もう夜だし、女の子1人で帰るの危ないよ!」


 男たちが気持ち悪くなってきた私は、通せんぼされている間をすり抜け、帰ろうとする。


「アンタたちみたいなのがいるから危ないんです。では失礼します」


 そうすると、不意に男の1人がわざと肩をぶつけて大袈裟に転ぶ。


「イタタタ! ちょっとー! ぶつかったじゃない!」


「あーあ、腫れてるねえ。かわいそ」


「お詫びにご飯一緒に行こうよ。ね?」


 そう言って今度は私の腕を掴んできた。

 その気持ちの悪い笑みを見てると、私はますます気分が悪くなってきた。


「……ちょっと! しつこいですよ! はなして! はなしてったら!」


 そろそろ泣きたくなってきた私の後ろから、太いしっかりした声が響いた。


「おい、そろそろやめとけよ」


 振り返ると、先程豪快にボールを飛ばしていた男の人だった。

 その人は、長身でかなり日に焼けていて、身体つきもがっしりしていた。

 やはり野球部っぽいな、と窮地を忘れて私は思わず一瞬、その身体に見とれてしまった。


 私に絡んでいたナンパ男たちは、醜く顔を歪めながら不快感を露わにする。


「ああ? なんだ、てめえ?」


「引っ込んどけよ、間抜け!」


「この人数が見えねえのか? 回れ右な」


 しかし、その野球少年は無表情のまま、じっと男たちを見つめ返す。


「黙れよ。その子嫌がってんのがわかんねえのか? 飢えてんなら他所にいけよ。頭チンパンども」


 その冷静な風貌から、予想もつかない毒舌が飛んできて、私も驚くが、チャラ男たちは顔を真っ赤にして怒りだした。

 いつの間に私の腕を離すほどに、彼らは怒っているようだった。

 そして、男の1人が拳を固めて、野球少年に向けて繰り出す。


「てめえっ! 舐めてんじゃねえ!」


 私は思わず目を瞑る。

 しかし、次の瞬間、金属音と共に蹲ったのはパンチを繰り出した男だった。


「うがあっ⁉︎」


 チャラ男の拳が青黒く変色し、その目には涙さえ滲んでいる。

 どうやら野球少年は拳に合わせて金属バットで防御したらしい。

 もしかすると男の拳の骨は折れているかもしれなかった。


「おい! 大丈夫か? くそっ! よくも!」


 残された仲間たちはますます怒り、顔を真っ赤にして、野球少年に向かっていく。


「コイツが勝手にバットを殴ったんじゃねえか。バカがよ」


 そうして、少年はひょいひょいと涼しい顔で、男たちのパンチをかわしていく。


「このっ! こいつ!」


 数発避けると、野球少年は男たちの脚を引っ掛け、転ばせる。


「ぐあっ!」


 そして、フリーズしていた私の腕を掴むと、思い切り駆け出した。


「ほら、逃げるぞ」


「……えっ、ちょっと」


 急な事で中々うまく走れない。

 少年は後ろを振り返ると意を決したように、済まなそうに片手で私に向かって拝むようなポーズをした。


「ごめんな、少し我慢してくれ」


「わっ」


 次の瞬間、私の身体が浮くと、野球少年の背中へと乗っていた。

 少年のスピードにより、夜風が頬を打ち心地よい。


「くそっ! あいつら逃げるぞ!」


「待てっ!」


 遠ざかる夜の蝉の声に奴らの声が細く聞こえてきたがもはやそんな事どうでも良かった。

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