草根を掻き分けて。
広場を後にして、いよいよ森林地帯に入っていく。
「一応訊いてみるけど、戦闘経験は?」
「ないけど、まかせて」
「どうして任せてもらえると思った!? ……“導き手”が出てきたら下がってくれよ?」
「…………」
「あ、こら、返事しなさい!」
意気込む少女——リズを背に隠しながら、踏み鳴らされた道の上を歩く。
迷宮世界の森は静まり返っている。
木々に括りつけられた魔術灯のおかげで道は明るいものの、光の届かない闇には常に注意を払う必要がある。だから、探索者たちは夜に迷宮に行きたがらない。
それに、魔術灯の恩恵を受けられるのは次の広場まで。その先に待つのは、本当の闇だ。
「リズ」
「まかせて」
「敵は出てないし、出ても任せないからな。……探してる“特別なホルトリープ”ってのは、どの辺りにあるとか分かってるのか?」
「このあたりにはない、とだけ。もっと奥までいかないと」
「見ればそれだって分かる?」
「わかる」はっきりとした声が返ってきた。「“ 迷宮因子”を含んだホルトリープは、錬金術士の目をごまかせない」
「……その、レンキンジュツシじゃない人間には?」
「ごまかせる」
誤魔化せるらしい。だめじゃん。
ので、そこら中に生えている植物を注意深く見るのをやめて、警戒だけしておく。俺の副業的探索の方は、彼女の探しものが見つかってからにしよう。
しばらく辺りには二人の足音だけが響いていた。
…………。
あ、そういえば。
「ここまで来ていまさらだけど、日が昇ってから探すってのはダメなの?」
「だめ。……ししょーとの、約束だから」
ししょー、と何者かを呼ぶリズの声に、温度が宿った気がする。ちょっと驚いた。
「約束……時間制限があるってこと?」
「明日の、九時」
「……朝のほうか?」
「そう……だと思う」
「やっぱこの探索で見つけなきゃか……」
「…………難しいの?」
「ま、見つかるまで探せば見つかるだろ」
そう言っておく。不安になっても仕方がない。話を変えよう。
「そういや、『迷宮因子を含んだホルトリープ』って言ってたけど、迷宮因子ってなに?」
答えを考える空白。やがて、
「“扉”の記述を阻害し、自身の理に従うもの。そういえば、ジンは分かる?」
「うん、全然分からん。もっとわかりやすく頼む」
「……迷宮のものを、迷宮のものたりえるようにする因子のこと。迷宮のものらしさを与えるもの。現実とは決定的に違う、別種の仕組みに変えてしまうもの……」
一生懸命説明してくれたので、一生懸命考えてみる。
「えーと……現実ではホルト草だけど、迷宮ではホルトリープ草になる……みたいなことか?」
「そう。迷宮に存在するものは、すべて迷宮因子の影響をうけている。人間も、おなじ」
「ほ~……え、人間も?」
「迷宮にはいると、力が強くなっていったり、魔法がつよくなったりする、はず」
「えっ、あれって成長してるからじゃないの!? こわっ!」
「でも、大量に取りこまなければ強くなるだけ。安心して」
「……大量に取り込むと?」
「……安心しない方がいい」
答えの中で一番怖い答えが返ってきた。
……というか、リズはどうしてそんなこと知ってるんだろうか。その迷宮因子とやらは有名な話だったりするのか? 俺はもちろん知らなかったけど。
「錬金術士、だから」
尋ねると、どこか得意げにリズは答えた。っていうか、それだ。
「その、レンキンジュツってなんなの?」
「…………」
「あれ? 聞いちゃいけないやつだった?」
「……その説明は、とても難しい」
あるいは、説明したくない手のものなのか。まあ、それはともあれ。
とにかく今重要なのは、彼女が特別なホルトリープ草を欲しているってことで。
「……ついに、着いちまったか」
そしてとうとう見つからないまま、リミットである二つ目の広間に着いてしまったのだった。