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フードと煙草と錬金術師。  作者: 秋サメ
51/51

***エピローグ***



 難攻不落の迷宮を擁するオルドの街は、大まかに分けて三つのエリアに分別できる。


 ひとつは、探索者で賑わう探索街。

 ひとつは、家屋が建ち並ぶ宿街。

 そしてもうひとつが、広大な農地である。

 

 その一角。

 “ヴェスターの酒場”と書かれた看板の立つ背の低い飲食店の前に広がる草原は今、かつてないほどの盛況を見せていた。


 オルド迷宮屈指のギルド、“ディルク探索団”の非番だった数人を含む選りすぐりの九人と、巨人討伐で一躍名を馳せた“フードと煙草と錬金術”と、暇そうな人間を適当に入れた混合チームが、激闘を繰り広げているからである。


***


 雲一つない快晴に、快音が響く。


 打ち上げられた茶色の球は、徐々に勢いを失い、やがて草原に落下した。


「――ファールだよっ!」


 トリーネ審判が無情にも両手で大きくバツ印を作ってそう宣言し、俺は膝から崩れ落ちた。


「なんでだよ! あんなに飛ばしたんだから“一番いいやつ”でよくないか!?」


「ホームランね。いいわけないでしょ」


 冷たくヤジを飛ばしてくるのは、ベンチに腰掛けているユイだ。探索時と同じように、黒髪をひとつにまとめている。なんとかゴネて一番いいやつに変えようと口を開いたそのとき、


「――とっと位置につけ、ジン」


 再開しない試合に苛立ったような声が、“ストライクゾーン”の後方でしゃがむ男から発せられた。目つきの悪い、見るからにガラの悪い男……アレクセイだ。


「これ以上俺を待たせるようなら……背後からお前を攻撃する」


「悪かった、悪かったからせめてルールに則ってくれ」


「クク……」


「クク……じゃねえよ」


 いきなり後ろから両足を折られる可能性に怯えながらも、


「ジンさーん! カタキは取るんで思いっきりやっちゃってくださいっす!」


 ベンチのメリィからの頼もしい声援を背に受け、俺はバットを構える。

 よし。冷静にいこう。落ち着けば打てるはずだ……。


「打てなかったら“あのこと”バラしますよーっ!」


「……ッ!? はあッ……! はあッ……!」


 あわわわわわわ! はわわわわ!


 バラされるものの心当たりはひとつしかない。大分前に事故でメリィの裸を見てしまったことだ。どうしていま脅すの? 完全に面白がってるよね? 冗談だよね? やめてよね?


「フー。……では、なんとしてでも“すとらいく”を取らねばな」


 グローブを構えたマクセンが、嫌なこと言いながら眼鏡をくいとあげると、大きく振りかぶった。


「俺も本気を出すぜ……!」


 ぐ、と構えて――。


「ここだああああああ死ねえええええい!!!」


 ハチャメチャに叫びながらバットを振る。

 当たった! 芯を捉えた良い感触だ!

 

 鋭く地を這うように進んでいく球は、一塁と二塁の絶妙な間を飛んでそのまま抜けて――!

 いかなかった。


「……あ、とれちゃった。わーいわーい、やったよー!」


 すげえええええ!!

 信じられないほどの俊敏さで球に飛びついてキャッチした幼女大家が、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。どんな運動神経だよ!? 大家なんかやめて迷宮でいい汗を流さないか!?


「よくやった、チセ。助かったよ」


「貸しイチ、ね!」


 チセはマックに返球しながら、再び膝からくずれ落ちている俺を横目で見て、「おとなの本気って、こんなもんなんだぁ」と無邪気に笑っている。こんなのもう立ち上がれねえよ……。


 それにしても、

 

「へぼー!」


「がははは! いいぞチセー!」


 観客として酒を飲み食らいながら、ジルじいさんたちがヤジを飛ばしてくるのがウザすぎるわ。おまえらもやってみろよ! こんな細い棒で、こんな小さい球打つんだぞ! 当たるだけ奇跡だろこんなん!


「どんまいっすー!」


「すみません。僕は…………虫です」


「いやそんな卑屈にならんでも……さっきの冗談っすからね。あたしも恥ずかしいし」


 メリィにバットを渡すと、頭上高く持ち上げて、


「よーし、じゃ、いっちょ打ってくるっす!」


 そう宣言して、バッターボックスに入る。おお、頼もしい限りだ。……いまのところ打率ゼロ割という点を除けば。


「ただいま……っと、あれま」


 ベンチに座ろうとしたが、そこには黒い布が丸まっていた。


 いや。


 布というか、それは――。


「――――」


 フードを被ったまま、すやすやと寝ている少女だった。


「今日が楽しみで寝られなかったみたい」


 笑いながら、ユイは右側から人差し指でフードを軽く押す。

 ふらり、と揺れた少女が、俺の肩に体重を預けてきた。

 陽の光を吸った暖かさが、触れた場所から伝わってくる。


「…………」


 フードの端を摘まんで、頭から脱がせる。

 なんとなく、だ。

 いや、寝顔が見たいとか、そういう気持ち悪い理由じゃなくて。


 ただ、なんとなく。

 フードごしの影からじゃなくて、この空を見てほしくなったのかもしれない。

 この世界を、っていうと大げさだけど。

 この時間……この景色を。

 

 まつげが震えて、ゆっくりとまぶたが開いていく。


「ん……」


 まぶしそうに一度、ぎゅっと目を瞑って、それからまばたく。


「……ジン、ユイ」


 リズはあくび混じりに、続けてなにかを言いかけて。


 快音と、続けて歓声が聞こえてきた。

 

「嘘だろ!?」


「わー! メリィちゃんすごいっ」


 どうだー! とばかりに、一塁からメリィが手を振っている。満面の笑み。


「あ、てか次!」


「そうだ、リズだ! たのむぞ!」


「うん」


 フードを脱いだ髪が、風に揺れている。


「まかせて」


 バッターボックスに向かうリズが、親指を立ててそう言った。


***


 俺はこれからも、何度も間違えるのだろう。

 幾度も間違え、後悔するのかもしれない。

 きっと、“扉”に刻まれた終わりのときまで。

 

 それでも、いま。

 いまできることを、やりたいと思う。




***





「……ただいま」


「おかえり!」




***





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