表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フードと煙草と錬金術師。  作者: 秋サメ
2/51

探索準備


「さて、と。……行くか」


 なにもなければ、一日を労ってユイと夕飯でも行くところだが、あいにく俺にはやることがあった。


 食事でも寝床を求めてでもない。

 探索者なら、一日の始まりに必ずお世話になる場所。


 小型飛行船——球型船停留所に向けてだ。


 そう、つまり本日二回目の探索である。なぜなら、


「そろそろ手持ちがなあ……」


 ユイにはああ言ったものの、実はこっちこそ金がないのだった。


 ……はっきり言ってしまえば、ユイのせいではある。


 なにせソロで迷宮に行ってた時よりも素材の集まりは悪く、それでいて金は均等に分けてしまっているし。

 貯金はしているものの、それだって彼女の装備一式を揃えるのに切り崩してしまった。


「たしかに、悪癖かもなあ」


 奇しくも、アレクセイが指摘したとおりかもしれない。

 見ず知らずの他人を助けるために、こっちの生活が危うくなっている。本来であればもっと早く、適当なところで手を引くべきだったのだ。


 だが、俺はそれができなかった。

 もちろん、俺が妙なところで世話焼き体質なのかもしれないが……一因はユイの事情にもある。


 彼女には、記憶がない。


 一ヶ月前、俺は迷宮を探索している時に、倒れている彼女を見つけた。


 “導き手”に襲われたのだろう、彼女は血だらけで、死にかけていて。


 まだ息はあったから、治療はできたものの……記憶は元に戻らなかった。

 意識が戻った彼女は「ここはどこですか」と繰り返し、錯乱状態に陥っていた。一時期、「元の場所に帰らなきゃ」とうわ言のように言っていたくらいだ。


 身体は治せても精神はどうにもできないので、落ち着くのを待つしかなかった。


 食事が喉を通るようになったのはしばらく経ってから。

 まともに会話が成立し、ここで彼女が記憶喪失らしいということが分かる。


 それから、怯える彼女を外に連れ出して知り合いを探したが……。


 奇妙なことに、誰も彼女を知らなかった。探索者ではないばかりか、この街の住人ですらないようだった。


 彼女は何者なのか? どうして探索者でもない人間が迷宮で倒れていたのか?


 謎はある。怪しい、と言っても良い。

 だが、それよりも問題なのは、俺は彼女をどう扱うのか、ということだった。


 ユイは記憶喪失で、知り合いもいないのだ。

 そんな人間を、治療を終えた時点で、『強く生きろよ』と送り出せば良かったのか。

 当分生活できるだけの金を用意して放り出すだけでも、医療術士としては十全に過ぎたかもしれない。

 自分のことを考えれば、それらの方法が正しいのは明白だ。


 それでも、できなかった。


 だから、俺は彼女と行動を共にしている。


 けっきょく、アレクセイの『なぜ世話を焼くのか』という問いかけには、そう答えるしかない。


 俺には、放っておけなかった。

 あの日、ユイは死にかけていた。

 彼女は記憶を失っていて、身寄りもなかった。

 そして彼女は、生きるすべを身につけることを——探索者になることを望んだ。


 それが全てだ、とは言わない。


 俺にも“放っておきたくない”事情があって、目的がないわけじゃない。


 それに、だ。

 俺に「助けてくれ」なんて、あいつは一言も言わなかったし、あの強情さを考えれば、きっとこれからも言わないだろう。


 そしてなにより重要なことは。


 俺は別に彼女に惚れたわけでもなく、なにか対価を求めているわけでもない、ということ。

 だからつまり、俺が勝手に手を差し伸べているだけだ。


 ——もちろん俺はまだまだ若造だが大人なわけで、それでも、こういう傲慢さをなんと呼ぶか知っているわけで。


「自己満足……ってやつか」


 まあ、そういうわけだ。

 言うまでもなく、自己満足の結果発生する苦労は、全額負担で自分のものである。

 だから、疲れたとか腹減ったとか、泣き言は言ってられない。

 言っていられないのだが、ぐう、と腹が鳴る。


「腹減った……」


 半分泣きながら、俺は停留所に足を踏み入れる。


 探索ラッシュを終えて眠そうな受付の姉ちゃんに申請を通して、更に奥へ。球型船を搬入する作業員たちを遠目に見つつ、操縦手の詰め所——川沿いの小屋に向かう。


 操縦手は、球形船単位で契約を結ぶものである。つまり、個人やパーティ単位ではないので、球形船のレンタル利用がほとんどの探索者にとって、必ず空の旅を共にする決まった操縦手、というのは存在しない。


 のだが、俺の場合は話は別である。


「どーぞー?」


 ノックの後、聞き慣れた女性の声が返ってくる。

 ドアを開けると、狭苦しい部屋に女性が一人立っていた。

 俺の姿を認めると、メリィは笑顔を見せる。


 ……上裸で。


「あれ、ジンさんじゃないッスか。また探索っすねー」


 動じないメリィの声に返事もせず、俺は音速で小屋の外に出ていた。


「……っ! はあっ……! はあっ……!」


『いやあ、そんな興奮されると嬉しいような怖いような』


「びっくりしたんだよ!」


 メリィの普段と変わらなさが異常なのか、罪悪感で死にそうな俺が異常なのか。いや実際、知り合いの女性の裸を見て喜ぶ人間はいるのだろうか。ただただ気まずくないだろうか。


 ……いや、違う。この気まずさはちょっと嬉しい感じの気まずさだ。


 認めよう。


 男の子だもの。


 乳と尻。好きでもいいじゃない。


 でも知り合いの乳と尻を好きになってはいけないと思う。俺は獣ではなく、紳士的に生きたいから。

 だから、忘れよう──。


「さらばメリィの乳と尻……」


「私の乳と尻に一体なにをするつもりなんすか!?」


 いつの間にか着替えて近くにいたメリィが恐怖に震えていた。紳士への道は遠い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ