そして、彼女はこう言った。
ユイとトリーネちゃんにこれまでのあらましを話しながら、作り置いてあったらしい飯をごちそうになる。
全部正直に話したわけじゃない。ユイの手前、金がないから昼夜二回探索してた——とは言えず、ばったり出くわしたリズに頼み込まれて迷宮に連れて行った、ということにしておいた。
二人の反応は「いつものやつね」と言わんばかりのもので大変不本意だが、何事も少し世話を焼きすぎる自覚はあるので言い返せない。
……昔、そういう癖は無くすように散々言われたはずだが、言ってきた側もなんだかんだそういうタイプだったから似たのかもしれない。
「さて、なにをするか……」
がらんどうの部屋で、ひとまずそう呟く。やることは山積していた。
強制退去となった前の部屋にあった荷物は、すでにこちらへと運び込まれていた。そんなに品数はないが、ありがたい。
明かりは点けず、カーテンを開けてから、元・住居の前から取ってきた荷物を整理し始める。備え付けの家具はベッドとクローゼットくらいのもので、充分と言えば充分なんだが、収納がちょっと欲しいかもしれない。槌をベッドに立てかけておくのはなんとなく落ち着かないし。
あとはまあ、前まで住んでいた部屋より格段に狭いんだけど、そこは仕方ないか。
とにかく。
「ここに住む……んだよな……」
いまだに実感が沸かない。
あのボロボロの宿にこうして寝泊まりするってこともそうだし、リズやトリーネちゃん、ついでにユイとジルじいさんとひとつ屋根で暮らすことになったのもそうだ。
あ、あとアレクセイもいたか。まだ姿を見てないけど、ここに住むことを知ったらどんなことを言われるやら。俺だってつい昨日まで、こんなことになるとは思ってもみなかったから許して欲しい。
「孤高の存在と言われた俺が、共同生活とはね……」
しかも、俺の数少ない知り合いばかりが集まった下宿だ。どんな奇跡だよ。
一部であまり好かれていない俺(婉曲的表現)にとって、共同生活する選択肢は頭になかったが……ここでなら、それなりにうまくやっていけるかもしれない。
「おう、“煙突”」
硬い木椅子に座ってぼんやり考えていると、唐突にドアから大男が入ってきた。ひっくり返りそうになる。
「おい! ノックしようぜジジイ!」
「んだよ、うるせえな。反抗期の息子みてえなこと言いやがって」
「常識の話だろ!」
悪びれる様子もなく煩そうに手を振るこの髭面ハゲこそが、トリーネちゃんの父親——正確には「父親代わり」だが——であり、カルムラ商店のオーナーであるジルヴェスター・ハイセルターだ。
筋肉質で、ごつい顔の眉間には深い皺が刻まれており、まるで探索者か殺人鬼でもやってそうな見た目だが、その実、単なる経営者である。
商店の他にこのカルムラ荘、そして酒場を経営しており、本人曰く“ 起業家”だそうだ。
確かにそのバイタリティはすごい。大したものだ。
……どれもこれもまったく流行っていないという点を除けばな!
「で、なんか用?」
「とりあえず、お前を殺す」
「なんで!?」
「なんでじゃねえ! オレは言ったよなぁ? 次に迷宮サボテンなんぞ持ってきたら殺すってよ!」
「うわ、聞いたなーそれ……」
そう、夕食の後にトリーネちゃんに素材を売却したのだった。
大量につめ込まれた迷宮サボテンを見て、一瞬で悲しげな表情を浮かべたトリーネちゃんのあの顔はちょっとしたトラウマだ。
「で、でもちゃんとサボテン以外にも売ったぞ!?」
「ああ!? あんなしょぼい素材なんぞいるか!」
「いるか! と言いつつ買い取ってくれるのはなんなの? 愛かな?」
「んなわけねえだろ! ウチの娘に感謝しろ! ったく、いちいち癇に障るガキだなてめえは! ……だが、まあ」
と、ジルじいさんはニヤっと笑みを浮かべて、
「オレが手を下すまでもなく、勝手に死にかけやがったみてえだな。ハッハッハ!」
「笑い事じゃねえだろ!」
ジルじいさんはげらげら笑い転げ、気が済んだのか奴は帰っていった。なにしに来たんだ?
「お?」
——と、一息ついたところでノックの音。
用件を思い出して引き返してきたか。
どうやらあのゴリラもついにノックという文化を習得したらしい。
「はいはい、どうぞ」
「…………」
軽い足音。ドアが開く。
果たして、そこに居たのは、ジルじいさんではなかった。
「リズか」
「うん」
リズは、表情を変えずに頷く。
なんだけど……なにか違和感があるような……。
「……ああ!」
「っ、……なに?」
「いや、フード被ってないなって」
「…………」
はた、と頭に手をやって、
「…………変?」
「え? いや、別に」
どっちかって言うと、フード被りっぱなしの方が変じゃないか?
「単に見慣れないだけだ。大丈夫、変じゃない」
「……そう」
本当に変じゃないけど……なんというか、別人と対面してるみたいだな。
フードを被っているときは分からなかった、肩に触れるくらいの長さの髪。影になっていて分からながったが、目には落ち着いた雰囲気が沈殿している。子供のような世界の見方をしていない瞳、というか。
話していると幼い印象があったのに、こうして見ると無表情も相まってそうでもないような気がしてくる。
「やっぱり、変……なの?」
じっと見ている俺に不安になったのか、リズが不安そうに自分の頭を撫でる。
「大丈夫だって。似合ってる似合ってる。……お互い、無事でよかったな」
「——うん」
雲を抜けた月明かりが室内を照らす。まだなにもない殺風景な部屋に、二人の息遣いが落ちる。
訊きたいことはいろいろとあった。
たとえば、探しだしたホルトリープ草をなにに使うのか、とか。どうしてこの宿に住むことにしたのか、とか。どこからここに来て、どうしてここに来たのか、とか。
それを口に出さなかったのは、リズがなにか言おうとする気配を感じ取っていたからだ。
「ジン。わたしは」
言葉を選ぶように途切れ途切れに、リズはこう言った。
「——わたしは、ジンのことが知りたい」
「……え、俺のこと?」
「ん。もっともっとたくさん、知りたい」
「お、おう」
「——ジン」
一生懸命な表情が、薄い唇が、静かに言葉を紡ぐ。
「わたし、ジンのこと——」
組んだ指を落ち着きなく動かしている。雲の間から漏れた月明かりが、殺風景な部屋の中を照らす。
真新しい壁紙の匂い。木造の優しい匂い。あるいは、リズの匂い。
決意したような息遣い。紫色の澄んだ瞳。祈るような指先。
そして、リズは俺に——
「ジンのこと——実験体にしたい」
…………。
は?
「……だめ?」
「そもそも意味がわからないんだが!?」
「……被験体になってほしい?」
「言い換えただけじゃねーか! そうじゃねーよ!」
いや、待て。あれだ、ひとまず深呼吸しよう……。
「フーッ、フーッ……」
「? 獣みたいになってる……威嚇?」
「落ち着こうとしてんだよ!」
一向に落ち着かないが、ともかくリズに訊く。
「いろいろとツッコミたい所だが……実験って、なんの実験なんだ?」
「不老不死」
「はい?」
「不老不死の実験」
「すげえ、さっきからなに言ってるのか一つも分かんない」
ますます混乱する俺に、リズは小さく息を吸って、
「——わたしは、不死の霊薬を作るためにここに来た」
と、言い放ったのだった。
どうでもいい話ですが、ここまでが五年くらい前に書いた部分です。




