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フードと煙草と錬金術師。  作者: 秋サメ
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ユイと煙草とトリーネ


 オルドで煙草は、だいたい一五〇〇エンするらしい。


「……相場のおよそ五倍なんだけど、俺の気のせい?」


 そう控えめに抗議すると、十一歳の少女は洗練された営業スマイルを浮かべて、


「一五〇〇エンになります!」


 と、価格を繰り返した。絶対に値引きなんかしないよ!、という強い意思をビシビシ感じる。

 カルムラ商店の看板娘、トリーネちゃんは今日も強かである。


「えーと、一箱の値段じゃないよね? カートンで?」


「ううん、一箱だよ?」


「ぼったくりだ!」


「ぼったくりじゃないよぅ!」


 うがが、と笑顔を崩してトリーネちゃんは叫んだ。


「煙草なんてジンさんしか買わないから、仕入れるときに割高になっちゃうのっ」


「みんなもっと吸おうぜ!?」


「探索者で喫煙者なんて、大陸中探してもジンさんだけだよ!」


「いやあ」


 照れる。


「褒めてないよっ!?」


「褒めてないの!?」


「なんで驚くの!? あーもう! とーにーかーくっ! 煙草はこれ以上安くなりませんっ」


「ぐっ……」


 厄介だな、と俺はうめく。日々値下げの難易度が上がっている。この幼女は成長型だ。


「……ねえ。もう諦めたら? タカってるみたいで恥ずかしいんだけど」


 その呆れたような声は、店内を手持ち無沙汰に眺めていた少女のものだった。


 新米の探索者らしく、腰回りにはまだ新品同然の探索道具を下げている。幼さが残る顔つきと、やや強気な目つきが、新人という印象を強めている。


 ここ最近、俺とパーティを組んでいるユイという少女の特徴をあげるとしたら、そんなところだろうか。


 そんなユイは手に持っていた薬の小瓶を棚に戻して、ため息をついた。


「よく分かんないけど、この街じゃ適正価格なんじゃないの?」


「止めるなユイ! この暴利を許せば、いずれケツの穴の毛までむしり取られることになる……!」


「下品」


 いやそれはそういう言い回しじゃん……。


「てか、ジンが禁煙すればいいだけの話でしょ?」


「それは無理だな」


「……はあ、これだからヤニカスは……」


「ヤニカスってなに!?」


 すごい、知らない言葉なのに馬鹿にされてる感じがちゃんとする!


「でも、あたしも禁煙した方がいいと思うなーっ。身体に良くないよ?」


 おまけに、トリーネちゃんまで敵に回ってしまった。いや、最初から味方じゃなかったか。


「分かった分かった。じゃあ次回から禁煙するから、もうちょっと安くしてくれ。これが最後だから」


「……ほんと?」


「ほんとほんと!」


 誠実な笑みを浮かべると、背後でユイがため息を吐く気配がした。


「絶対嘘だからね。信じちゃだめだよ、トリーネちゃん」


「わぅ、そ、そっか……って、そういえば毎回同じこと言われてる気がする! ジンさんっ」


 ちっ、とうとう気づかれたか……。

 どうやら、少女の無垢さにつけこむのもここまでのようだ。


 俺はしぶしぶ言い値を支払うと、煙草の箱をポケットに入れた。

 ……まったく、相変わらず喫煙者に厳しい街だ。


「はい、毎度っ。……あ、あとね、お父さんから伝言があるの」


「ジルじいさんから?」


 トリーネの父親であり、店主のジルヴェスターからの伝言。……あまり良い想像はできない。もしかして、煙草の仕入れをやめるとかだろうか。


 少女はごそごそとカウンターの中からメモを取り出して、読み上げる。


「えーっとね。『そろそろ迷宮サボテンも見飽きた。とっとと良い素材を取ってこい。さもないと——』」


「……煙草はもう仕入れない?」


「『——お前を殺す』」


「あれ!? もっとひでえぞ!?」


 俺は慌てて重い背嚢を背負い直して、店を出る準備をする。


 なんせ、今日持ち込んだ素材も迷宮サボテンなのだ。ジルじいさんが帰ってくる前に出て行かないと、面倒なことになる予感。


「『返り討ちにしてやる』って言っといて! またね、トリーネちゃん!」


「あ、ちょっとジンさんっ」


「あーあ……ほんと、ごめんねトリーネちゃん。えっと——それじゃ、また」


 トリーネちゃんとユイの声を背に、仕切りをくぐって夕暮れの道に出る。

 カルムラ商店、ボロ宿、怪しげな薬屋が立ち並ぶ裏通りじみた道を抜けて、大通りに向かう。


「ちょ、ちょっと、早いって!」


 声に振り向くと、ユイが小走りでやってくるところだった。追いついて、息を整えている。


「なんだ? 煙草ならやらないぞ?」


「そうじゃないし。ってかいらないし。……じゃなくて、その」


 ユイは言いづらそうに視線を彷徨わせる。やがて決心したように息を一つ吸って、


「……ごめん」


「はいはい、今度はなにやったんだ?」


「それは——って、なにその言い方! あたかも私が常習犯みたいな!」


「じゃあ、なんだよ?」


 問うと、駄々をこねるみたいにユイは呟いた。


「サボテンのこと! アンタが良い素材採れてないのって、私のせいじゃん……!」


「まあ、たしかに」


 否定しても仕方がないので、俺は頷く。


 ユイは、ド素人の探索者だ。

 魔法は使えず、身体能力はいいとこ中の下。

 剣を振らせれば肩を痛め、魔物——“導き手”から素材を剥ぎ取る作業にもいちいち悲鳴を上げていたくらいだ。


 そんな調子だから、戦闘なんて無理に決まってる。だから、ここ二週間は“導き手”がほぼ出現しない浅いエリアでの採集がメインになっているというわけだ。

 ユイが謝っているのは、そのことだろう。


「じゃあ、はやいとこ自衛できるくらいにはなってくれ」


「……うん」


 ユイは何か言いたげに口を動かしたが、結局ただ頷いた。そうするよりどうしようもないことくらい、他でもない彼女自身が分かっているんだろう。


 と、いい感じに話を締めた俺だったが、


「足手まといなら捨て行けよ、ジン」


 唐突に、背後から歩み寄ってきた男がそう言い放った。

 聞き覚えがある。低く、威嚇するような声だった。


 うげ、とユイがげんなりしたうめき声をあげ、俺は苦笑しながら横目でそいつを見る。


「……アレクセイ、急に人の会話に入ってくんなよ。びっくりするから」


「クク……俺にルールは無用だ」


「頼むから必要としてくれ。みんなそうやって生きてんだ」


「人は独りで生きるもの——ジン、以前のお前はそれが分かっていたはずだ」


「そうだね、そうだね」


 適当に流す。まともに付き合うと長いからな。


「一ヶ月ほど前までのお前は、」 


 だが、アレクセイはめげずに言葉を続けようとする。そうだった、と俺は思い出す。まともに付き合わなくても長いんだった……。


「──お前は、孤高を貫いていた。単身で迷宮に乗り込み、黙々と“導き手”を狩る……。まあ少々の悪癖はあったが、概ねお前は誰に与することもなかった」


「いや悪癖って……そもそも、救命は“医療術士”の役目じゃん」


「だが、お前は変わった」


 あ、駄目だコイツ話聞いてねえや。


 アレクセイは濡れたような黒髪の下から、じろり、とユイを睨んだ。睨まれた方は俺の服の背中のあたりを強く掴んだが、それでも気丈にも睨み返している。どうどう、どうどう。


「そこの女を拾ってからだ。今まで誰とも組まなかったお前が、そいつを連れて迷宮に入るようになった。戦力にもならない、クソみたいな女にも関わらず、だ」


「ちょっ! たしかに戦力にはなってないけど、私だって発展途上っていうか……っ!」


「なぜそいつを捨てない。なぜ世話を焼く。なぜ孤高であることをやめた。なぜだ、ジン」


「き、聞きなさいよぅ!」


「女、黙っていろ。答えろ、ジン」


 まあ要するに、アレクセイはどうにも俺が誰かと一緒にいることが気に入らないらしい。


「あのな、アレクセイ。別に孤高気取ってたわけじゃないぞ。単純にみんなから嫌われてただけだ。……なあ、俺はなぜこんな悲しいことを口に出さなくてはいけないんだ……?」


「事実だからだ」


「うるせえ!」


 お前、俺は人を殴れるタイプの医療術士だぞ覚悟しとけよ!


「真実、お前は喫煙者であるという点で疎まれている。──いや、喫煙者という点でも、と言うべきか」


「キレそう」


「だが、お前は喫煙をやめようとしない。そうすれば、“それを口実に”避けられることを知っているにも関わらず、だ。それを孤高と言わずしてなんと呼ぶ?」


「…………あのな」


 そんな大した話じゃない、と口を開く。


 俺にとって喫煙は——


「それとも……好きなのか? その女が」


「は?」


 素っ頓狂なことを言われて、言葉が詰まってしまった。

 まあ、アレクセイはこれで十五歳とかだから、すぐそういう事に話を結びつけちゃうんだろう。適当に流しても良かったが、ここははっきりと言ってやったほうがいいか。


「あのなあ、十歳とかの子どもを恋愛対象にするわけないだろ」


「ちょっと! じゅ・う・な・な! なんですけど!?」


「ははっ」


「なにその微笑ましい目!? おいやめろ! その目をやめて! 背伸びしたい年頃なんだなあ、みたいなの! ……ねえちょっと、なんで無視するの!」


 いやだってどう見たってお前、その見た目で十七歳はないだろ。


「……で! アンタは結局なにが言いたいわけ?」


 ユイが疲れたような声で問う。アレクセイは低く嗤うと、


「ジンは孤高でなければならない。そのためには女、お前が邪魔だ。だから——」


 剣呑に目を細める。

 が、アレクセイはくるりと翻って、


「——さっさと実力をつけるか、記憶を取り戻せ」


 そう言い放ったかと思えば、来た道を戻っていく。

 その後姿を見て、ユイはなんとも言えない途方に暮れた顔をした。


「あれ……? なんか……。フツーに励まされたんですけど……」


「ああ、激励だったな」


「あと、道を戻ってるってことはそれ言うために着いてきたってこと!?」


「俺たちと話したかったんだろうなあ」


「ええ……? そのコミュニケーションはちょっと、キモ……。……高度すぎじゃない?」


「まあまあ。悪い奴じゃないから。若いだけだから」


 アレクセイをフォローすると、ユイはもにょっとした表情になった。


「わけわかんない……ってか、なんでアンタ気に入られてるの?」


「さあ、同じぼっち同士だからじゃないか?」


 ここ最近やけにつっかかってくるのは、ぼっちだと思ってた奴に友達ができて嫉妬してる、みたいな感じかね。


 ……まあ、たぶんそうだな。アレクセイだしな。


「まあ、そんなことより……」


 目を向けると、ユイは首を傾げた。


「ん? なに?」


「アレクセイに記憶喪失ってバレてたけど、どういう経緯?」


「あ、それね」


 言ってなかったけ、とユイは大して気にした風もなく、


「私、トリーネちゃんのところの下宿先にお世話になってるんだけど、あいつも偶然、住人でね? いろいろと迷惑かけちゃうかもだし、記憶喪失だってことは下宿のみんなに話したの」


「なるほどな。お前もアレクセイもあそこに住んでるんだ——」


 って。


「トリーネちゃんのって……。ジルじいさんの——あのボロ下宿か!?」


 まさか、あの裏路地に立つ建物か……!?

 見るからにボロボロで、外壁中に蔦が張っているような下宿で、通るたびに「誰が住んでるんだこんなところ」って思ってたけど……。


「お前か! アレクセイもか! うわばっちい! ちょっと! 近づかないでください! 人を呼びますよ!」


「酷くない!? トリーネちゃんだってあそこに住んでるんだけど!」


「トリーネちゃんは愛らしさで清潔が保たれる仕組みだからいいんだよ」


「なにそれ!? 私だってお風呂入ってるし! しかも毎日!」


「毎日風呂入る金があるならもっと良いとこ住めよ……。って、もしかして、お金足りてないのか? 大丈夫か……?」


「深刻なトーンで心配するのやめて!」


 ユイは一通り叫んでから、そっぽを向いた。


「その、お金は大丈夫だから。ていうか、むしろ、もらい過ぎちゃってるくらいだし……」


「ほら、お駄賃だよ。もっと良いところに住みな……」


「ねえ聞いてた!? ジンってほんと人の話聞かないよね!?」


 むかつくなあ! と、荒れを知らない肌がリスのように膨らむ。可愛らしい仕草だが、ぐっと来るような趣味はなかった。


「良かったな、俺に幼女趣味なくて」


「じゅ・う・な・な・さ・いッ!」


 ユイの叫びが、探索者たちの喧騒に混じっていく。


完結済みなので毎日投稿し……する……やりたい……できる……と思います!

応援していただけると幸いです。

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