5通目 「私の愛は永遠でした、ざまぁみろ!」
私の幼馴染の『アル』こと、アルフォンス・ヴァン・ブラックは超がつく捻くれ者である。
私の生まれ育ったホワイト伯爵邸の隣は、アルの生ま育ったブラック伯爵家。
同じ通りに門が並んでいるから、私とアルは大人になってそれぞれ行動するようになったいまでも頻繁に顔を合わせている。まあ一応貴族なので徒歩でではなくすれ違う馬車の窓から「よっ」って手をあげる程度の軽い挨拶を交わすだけだけど。
「ミリィ、よく来たね。」
私を『ミリディアナ嬢』ではなく『ミリィ』と幼少期の愛称で呼び続けているのはブラック伯爵、アルのお父様。私にとって親戚よりも親戚っぽい人。
200年近く屋敷が隣り合っているから、父親たちも、祖父たちも、曽お爺様たちもみんな『幼馴染』という私たちの家。血のつながりを重要視する貴族にはあるまじき認識だけど、『遠くの親戚より近くの他人』って言葉を実感してしまう環境で私は生まれ育った。
「小父様、お招きありがとうございます。お元気そうで何よりですわ。」
「ありがとう、ミリィはとても綺麗になったね。月日が経つのは早い、今夜は楽しんでいっておくれ」
「ありがとうございます」
「ほら、次はあっち。私に挨拶してくれたように可愛らしく挨拶してきておくれ」
小父様のいう『あっち』とは勿論アルのいるところ。
目を向けて、逃げようとしていた私を小父様が「こらこら」と苦笑して引き留める。
「喧嘩でもしているのかい?」
「していませんけど、小父様は『あんなところ』に私が挨拶にいけると本気で思っていらっしゃるの?」
「ほんの一言でいいんだから」
「『よっ』っていう合間に彼女たちの目線で穴だらけになりそうですわ」
『あんなところ』では御令嬢たちにアルフォンスが囲まれている。
困っていれば多少はおもしろかったのに、アルときたら『私の方がアル様と親密ですわ』と目と口に出してけん制し合う御令嬢方をワイン片手に面白そうに観察している。本当に捻くれた男だ。
「ご令嬢の挨拶が「よっ」である点には言いたいことがあるけれど、とりあえず大丈夫だから」
「その根拠は?」
「周りにいるのは子爵令嬢と男爵令嬢だけ。君は伯爵令嬢。家格は絶対。ほら、怖くない、怖くない。」
「……そういう問題ではありませんわ」
問題は御令嬢たちだけでなくアルもなのだが……仕方がない。なんて言ったって今日はアルの誕生日祝いのパーティー。主役であるアルに「お誕生日おめでとうございます」と言うまでがお仕事。
「仕方がないので行ってまいります」
「そんな嫌な顔をしないでおくれよ」
「……小父様、我侭ですわ」
「我侭ついでに、アルと結婚してよ。私たちは二人の結婚を楽しみにしているんだから」
小父様には苦笑するしかない、だって――。
「まずはご子息のアルに言ってくださいませ。私を十歳のときにフッて婚約解消したのはアルのほうですわ。アルから、それが筋というものですわ」
200年近く仲の良いご近所さんをやっている私とアルの家、同格の伯爵家同士であってもいまだ親戚ではない理由は単純。この200年近く、お互いに生まれてくる直系の子どもが軒並み男児だったから。
そして私、私は198年だか189年ぶりに生まれた二家待望の直系女児。
私の誕生に私のお父様、アルのお父様、私のお爺様、アルのお爺様、私の叔父様二人、アルの叔父様三人、あと大叔父様が……と、とにかく存命中の男ばかりの親族が雄たけびをあげて喜んだらしい。“らしい”というのは生まれて0日の私に記憶はない。
そして私が生後1週間のとき、祝い酒に酔っぱらった男たちの手によって私と当時5歳のアルの婚約が決まった。
アルの初恋は私の母。出産で里帰りしていた初恋の君との再会に喜ぶ間もなく、初恋の君から別の女、つまり私を初恋の君本人から勧められて暫くふさぎ込んでいたらしい。それでも初恋の君、「アル君が私の息子になるなんて嬉しいわ」と微笑まれてあっさり陥落したらしいが。
◇
「婚約者だった幼馴染、か。それもまた不思議な関係だね。」
「不思議で仕方がありませんわ。私たち、互いの親戚よりも近くにい過ぎてフラれた3日後に開かれた大叔父様の誕生日会で普通にアルにエスコートされていましたもの」
「そんなに仲が良いのに何でアイツは婚約破棄したのかな」
「小父様、分からない振りはおやめになって」
「……やっぱりアレが原因か」
『アレ』こと、二家の間で名は禁句になった元ブラック伯爵夫人はアルが13歳のときに伯爵と離縁して屋敷を出ていった。
ブラック伯爵夫妻は仲が良く、息子のアルだけでなく隣家の私も「愛しい娘」と言って可愛がってくれる優しい女性だったから、ブラック伯爵夫妻の離縁は青天の霹靂すぎた。
元夫人は伯爵に離縁しか求めず、何も持たずに、呼ぶアルに振り返ることなく真っ直ぐ家を出ていったと聞いたときには驚いた。「今はそっとしておきましょう」という両親に逆らい、私はアルに会いにいった。
勝手知ったるブラック邸。案内なくてもアルの部屋にいけたが、アルは部屋にいなかった。それよりもまるで強盗が入ったような部屋の荒れように驚き、庭で大きな火柱が上がったことに驚き、ベランダに出ると火柱の前にアルが立っているのが見えた。
すでに消し炭となりつつあったが、火の中にあったのは元夫人とアルの思い出の物たち。
その日からアルは変わった。
中等部の友だちと過ごしてばかりで、「ミリィはまだ初等部だろ?」と言って私と一緒に庭で遊ぶことも、図書室で本を読むこともなくなった。
残念ながらここで「アルが遊んでくれない」「アルが他の子とばかり遊んでつまらない」と泣くタイプではない。ミリィ本人にも友人がいたし、オシャレに興味がある年頃だったし、同性の友人と過ごすのが楽しくて「別にアルが遊んでくれなくてもいいや」と私は割り切った。
そしてアルが18歳で成人した日、私たちの婚約は解消。
理由は「もっと他の女の子と遊びたい」と言う、まあ、ふざけたもの。
これに対して一番怒る権利があったのは私と、私の両親。
しかし父は「解るなぁ」と同意し、母は「また200年頑張ればいいですよ」と受け入れ、私も黙っていたので、アルのお父様や双方の親戚は何も言えなかった。
そのあとすぐにアルは学院を卒業し、魔力量が多く火の魔法が得意だったから王城の魔法師団に就職。城住まいなので顔を合わせることは減った。2年前に第3魔法師の団長に任命されたことも、近いうちに第2魔法師団の団長になることもアル以外の誰かから聞いた。
アルが結婚することはない。
私に限らず、誰であっても。
これは私の希望でもなんでもない。
『永遠の愛』を誓った父親を捨てて他の男の元に向かった母親のせいで、アルは結婚式で交わす『永遠の愛』を信じていない。忌み嫌ってさえいる。永遠の愛があるとは思えないから結婚しない。ある意味誠実で、バカが付くほど正直だなって思ってしまう。
◇
「ミリィ」
私に気づいたアルはいつも通り私の名前を呼ぶ。
周囲の御令嬢たちは親し気に愛称を呼ばれた私を睨むけれどそれだけ。アルは私を『大事な幼馴染』だと明言しているし、うちとブラック家の200年近い親交を知らない貴族などいない。私に危害を加えようとすれば、アルに愛想をつかされるだけでなく、うちとブラック伯爵家の二家から報復もある。
彼女たちは『早くどっかに行って』と目で言うしかできず、私の身は小父様の言うように『大丈夫』である。
「アル、お誕生日おめでとう。お祝いのプレゼントはいつも通りだから」
「ああ、ありがとう」
そんなに睨まなくてもこれで終わりよ。婚約解消してから私たちのやり取りは大体こんな感じ。『幼馴染』として義務を果たしたら終わり。
「それじゃあ」
「少し話がある」
「……アル?」
去年と違い、アルに腕をつかまれてベランダに連れ出された。
「寒っ! ちょっと~、アルは男性だから上着があるけれど、夜会ドレスは肩や胸元やらが露出していて寒いのよ……話なら早くしてちょうだい、早く中に戻りたい。」
「知り合いの神官がお前を神殿で見かけたと言っていた。お前、結婚するのか?」
「……あなた方、それはプライバシーの侵害よ」
「結婚するのか?」
……なるほど。
高位貴族の家ならお抱えの専属医師がいるのが普通。当然我が家にも私が幼い頃から慣れ親しんでいるおばあちゃん先生がいる。
そんな貴族が神殿に行くのは①お祈りのため、②結婚のための健康診断書の作成、大体この2つ。私の信仰心を知っているアルだから②を選択したのは自然なこと。
ふむ……。
「別に不思議じゃないでしょ? 私はもう20歳、結婚していてもおかしくない年齢はとうに過ぎて『結婚しなくて大丈夫?』って心配される年齢になったもの」
「俺は25歳だぞ?」
「残念ながら男性と女性は違うの。私はアルとは違うの」
「……ミリイ?」
「アル、私は―――永遠の愛を証明してみる気になったの」
◇ side アルフォンス
「で、お前はミリディアナ伯爵令嬢に何も言えず、こーんなところまで逃げてきたってわけか。
「逃げたわけじゃない。国境沿いの森で魔物の大量発生が確認され、うちの第3師団が派遣されたんだ」
「それ、師団長のお前が討伐隊長に立候補したからだからな。本当なら新任の第5騎士団長を討伐隊長に任命する予定だったらしいぞ、お前、奴にあとで謝れよ」
回復要員として連れてきたこの友人のロアンは、普段は神殿で神官をしている。ミリイが神殿に来ていたことを俺に教えてくれたのがこいつだ。
ミリイこと、俺の幼馴染であるミリディアナ・コナー・ホワイトは令嬢として一風変わっている。
ホワイト家とブラック家の両家に約200年ぶりに生まれた直系女児。ホワイト家一同、ブラック家一同、こぞってミリイを甘やかしたが彼女は芯がしっかりした人間に育った。
他の貴族令嬢を見ると、あの環境でああやって育ったのは奇跡だと思う。暴走する男共を抑え続け、ミリイにしっかりした教育を施したたホワイト伯爵夫人の偉業だな。
「お前もさぁ、可愛い幼馴染の結婚を祝福くらいしてやれよ」
「祝福は…………している。」
「嘘つけ」
秒で否定したロアンは周りを指さす。
「ここら一帯はお前の八つ当たりを受けて真っ黒こげになった魔物だらけだぞ……一体、何が気に食わないんだよ。ミリディアナ嬢が結婚したっておかしくないだろう。知り合って2、3年だけどあの子がすっごくいい子なのは俺にも分かる。美人で優しいし、他の御令嬢たちと違って人の悪口とか言わないし、いつも笑顔で癒されるし……あんな子と結婚出来る奴が心底羨ましい」
……ロアン、お前、既婚者だろうが。
「おい、怒気と殺気と魔力が漏れてるぞ。抑えなさい。新たな魔物の軍団が来ちゃったら明日の帰還予定が延期になる」
「……帰りたくない」
ここに連れてくるときからずっと愛妻のいる家に早く帰りたいとぼやいていたロアンには悪いが、俺はいま心底帰りたくない。王都に居たくない。
「魔物討伐みたいな大義名分がなくちゃ、ホワイト伯爵家からの婚約式の招待を次期ブラック伯爵のお前が断れるわけがないもんな」
「何で突然結婚なんて……」
俺の言葉にロアンが呆れた。
「突然ってことはないだろう。ミリディアナ嬢だって適齢期に入って大分たってる」
「ミリイにもそう言われた」
「しっかりした子じゃないか」
結婚、結婚……。
「なあ、結婚したらミリィと会うのはまずいかな?」
「お前とミリディアナ嬢の距離感が適切であることと……彼女の夫の度量次第じゃないか?」
「度量……」
「まあ、俺だったらお前みたいな『元婚約者』や『幼馴染』が傍にいるのは嫌だな。25歳、見映えがよくて次期ブラック伯爵。魔法師団所属の高給取りで……お前、小説の登場人物か?」
「でもうちの場合は特殊だろ?うちとホワイト家の仲の良さを知らない貴族はいない」
「そうかもしれないけど……それってさ、『夫』にエスコートされるミリディアナ嬢をずっと見続けるってことになるんだぞ? お前、それで良いのか?」
……嫌だ。
「そんな顔をするならお前が結婚すればいいじゃん」
「それは……」
「お前だって、ミリディアナ嬢がお前を好きだって分かってるだろ? お前のことを思ってそれを口に出さないだけで、お前が彼女に『結婚しよう』と言えば最短で彼女はお前の花嫁だ」
分かってる……俺だって別に鈍くはない。
いつの頃からかミリイの目は俺を男として、恋慕の目で俺を見ていた……まあ、ここ2年くらいは完全に兄を見る目、それも残念な兄を見る目になっている気はするが、まだほんの少しだけ好意が残っている……はずだ、きっと。
ロアンの言う通り俺の肩書きは豊富で、そんな俺にまとわりつく女たちはミリイのことを『未練がましくブラック伯爵夫人の座を狙っている』と笑うが、彼女は自分の人生にそんなのを求めていない。
彼女に、ブラック伯爵夫人になるメリットは特にない。
仮の話、ミリィが何かを欲するならば俺なんて頼る必要はない。俺の親父、ミリィの親父、俺の爺さん、ミリィの爺さん、俺の叔父3人、ミリィの叔父2人、大叔父たち……とにかく周囲に甘えればミリイの願いはある程度叶う。ミリィに対してはポンコツだが皆そろって優秀な実力者だ。
現在進行形で優秀な武官や文官を輩出しているブラック家とホワイト家。二家が野心を持てば国の名前は『グレイ王国』にでも変わるとまで言われている。
ミリイが誰かと結婚したいと願えば、その願いはすぐに叶う。
それは俺も例外ではない。
そう、ミリィが俺と結婚したいと一言いえば、明日にだって俺は祭壇に引き摺って連れていかれるだろう。でもミリィは絶対に言わない。俺が『永遠の愛』を嫌悪していることをミリイは知っている。
永遠の愛を誓えないなら、愛を求めない結婚がいい。
だから俺はミリイとは結婚できないし、それを知っているからミリイは俺と結婚しない。
―― 私が愛しているのはあの方だけ。
10年以上俺に「愛している」と言ってきた母は、「我が子だから愛せると思ったのに!」「あの方への愛を裏切った証拠の子など愛せるわけがない!」と俺の前で泣き喚いた。
それならなんで「愛している」なんて言ったんだ?
所詮「愛している」なんてその場しのぎの言葉、『永遠の愛』なんて結婚式で耳触りの良い定型句でしかない。
―― 永遠の愛を証明してみる気になったの。
そう言って笑ったミリイは……ミリディアナは月の光に照らされてとても美しかった。
ベビーベッドで寝ていた赤子の姿さえも思い浮かぶほどずっとそばにいたのに、あのときのミリディアナは初対面の『女』だった。
……漠然とだけど、彼女なら証明してみせるんじゃないかと思う。
俺の知っている彼女はそういう人だ。
人生100年。
24歳の俺はまだその四分の一、20歳のミリィはまだその五分の一。
残りの時間のほうが圧倒的に長いけど、彼女はその愛を貫くと決めたらしい。
……愛。
彼女の愛する男はどんな男なのだろうか。
あの蕩けそうな甘い瞳でその男を見るのだろうか。
あの大きな瞳に俺以外の男が映る。
この先80年、ずっと、ずっと……永遠に――。
「ブラック師団長、失礼いたします」
伝令官からの声に思考が途切れた。
「閣下宛ての私信です。軍事上の機密もありますのでこちらで閲覧させていただきました。事後で申しわけありませんが、ご了承ください」
「ああ、ありがとう」
受け取った手紙は少し端がくしゃりと折れていた。他の隊員たちへの手紙と同じように届いたものだが……条件付き消印?
「……黒歴史がよみがえる」
俺の手元を見て、条件式消印に気づいたロアンが頭を抱える。
条件付き消印とは一種の魔法で、送り主が指定した条件が満たされると発送され、どんな仕組みか分からないが送り先がどこにいても死んでいない限りは絶対に届くようになっている。
ロアンは10代半ばに初めて恋人ができ、浮かれ切った頭で「俺が結婚する前日に彼女に届く」という条件で条件付き消印の手紙を出した。手紙の内容は思春期の少年が書くようなもの、【一生幸せにする】みたいな内容の手紙だったらしい。
条件を『俺“達”』にしないで『俺が』としてしまったのが問題だった。
その彼女ととうに別れて手紙のことなどすっかり忘れていたロアンの結婚式の日の前日、その元恋人にその手紙が届いてしまった。ロアンからのラブレターを受け取った元恋人は「ロアン、私も愛しているわ♡」と叫んで教会に飛び込んできて、まさに誓いのキス直前だった花嫁はぶち切れた。
……無事ではなかったが、なんとか式が終わり花嫁もロアンの奥方になった。
「この封蝋、ホワイト家だろ?」
「……だな」
「あ、ミリディアナ嬢の結婚式の招待状か? 条件付き消印の手紙ならお前が死んでいない限り、どこに逃げたって絶対に届くし」
「なにを馬鹿なことを……」
「いや、実際にこうして逃げてきたお前に届いたじゃないか」
……ぐうの音も出ない。
そういえば、さっきの伝令官は同情するような眼をしていた……気がする。
「覚悟を決めろよ。ミリディアナ嬢はこうまでしてお前に花嫁姿を見て欲しがっているんだ」
……他人事だと思いやがって、ロアンの結婚式の修羅場を大笑いして傍観していたツケか?
=====
親愛なるアルへ
この手紙は私、『ミリディアナ・コナー・ホワイトの死亡届が役所に提出』かつ『提出日の前日のミリディアナ・コナー・ホワイトがアルフォンス・ヴァン・ブラックを愛していた』という二つの条件を満たしたときにアルに届くようにしました。
つまりこの手紙は、私が死ぬときまであなたを愛していたことの証明書です。
私の愛は永遠でした。
ざまぁみろ!
=====
「……………………は?」
◇ side ……
「この手紙がグレイ家の成り立ち……俺、知りたくなかったんだけど」
「この国を影から支配……ゴホンッ、王家の方々を支えるグレイ家の後継ぎが何を言っている! ……と、普通の当主なら怒るべきなのだが俺も同意見だ」
だーよーねー。
呆れながら俺は壁にかかった若い男女の結婚式の肖像画を見る。花婿は初代グレイ家当主アルフォンス・ヴァン・ブラック・グレイ、花嫁は彼の妻ミリディアナ・コナー・ホワイト・グレイ。
200年近い宿願を果たしたブラック家とホワイト家は王家にお願いして、ホワイト家とブラック家はその父の代で終わりにして子どもたちの代からグレイ侯爵家となった。
「あの結婚式の肖像画は爺ちゃんの妄想? いや、そもそも俺の記憶の中のミリイ婆ちゃんは誰?」
え、ここまで感動させて実は爺ちゃんには妾がいて、親父はその妾の子で、俺はその妾をミリディアナ婆ちゃんだ思っていたというオチ?
え、ヤダ、貴族怖い。
「いや、このとき母さんは死んでいなかったんだ」
「……それじゃあ、俺の婆ちゃんはちゃんとミリディアナ?」
そうだと力強く頷く父に安堵して、俺は事の詳細を尋ねた。
いや、尋ねるでしょう、普通。
「当時、体調が悪い日が続いていて母さんは神殿にいったんだ。ホワイト家の主治医がご高齢で、ぎっくり腰とかで診察できなかったらしい。財政難の神殿はこれを機にホワイト家から多額の治療費をせしめようと思い、母さんは徹底的に検査されたことで病気が発見。神官でも治せない病気が見つかっちゃって、神殿としては『これはやばい』という事態になったらしい」
なんでも治しますっていうのが売りの神殿が不治の病を見つけちゃったのか。
「さて、肝が据わっていた母さんは余命宣告に焦ることなく、ついでに神殿に口止めして、親父にあの手紙を書いたらしい」
「あの手紙ね」
「でもさ、ホワイト伯爵令嬢が口止めしてもホワイト伯爵が『うちの子が神殿に来ていたみたいだけど?』と尋問すればぺろりと結果を話すわけよ。そもそも神殿勤めに親戚もいたし、ホワイト伯爵の従兄弟の神官が『ミリィが不治の病だって聞いたから連れてきた』てな感じで聖女を連れてきて母さんの病気をあっさり完治させたらしい」
「え、聖女って神聖国の奥の殿にいるあの聖女? え、貸し出しって可能なわけ?」
「まあ、できたんだね……いまは無理だぞ。その大叔父さんはすでに亡くなっている」
彼が生きていれば可能ってことが怖い。
「でも、そうなるとどうしてあの手紙が爺ちゃんのもとに?」
「ホワイト伯爵は母さん専属の侍女から『実はお嬢様がこんな条件でアルフォンス様にラブレターを』という報告を受けて、ホワイト伯爵は母さんに親父と結婚してほしかったから、これ幸いと母さんに病気が治ったことは秘密にして、母さんが死んないのに死亡届を役所に出したらしい」
「え、それって良いの?」
「よくはないが役所の窓口にブラック家の者がいてな」
「今度はブラック家」
「ブラック伯爵も親父と母さんの結婚を願っていたからな。それでブラック家の彼はホワイト伯爵の事情を聴き、快く死亡届を受け取って、その場で燃やしたらしい」
……つまり提出の事実はあったが、記録的には何もなかったということか。
「それだけこのグレイ家の擁立は両家にとって悲願だったのだろう」
父さんはいい感じにまとめているけど、最大の被害者がいる。
「爺ちゃんは? 手紙を読んで婆ちゃんが死んだと思った爺ちゃんはどうしたの?」
「母さんへの愛を認めて副官に討伐隊を任せて王都に急いで戻った。昼夜ぶっ通しで2日間馬替えながら王都を目指し、ホワイト邸についたときは汗と涙と泥と……どこかで落馬したらしく血もついていたりと汚れまくっていたらしい」
「……ヘタレとはいえ気の毒だな」
「亡骸でもいいから愛する人に会いたいとホワイト邸に駆け込めば、その愛する人が元気いっぱいに食事していて『あら、アルどうしたの?』なんて言うもんだから……」
ずっと頭をグルグル回っていた後悔だ何だの感情が一気に脳に押し寄せて、爺ちゃんはその場で気絶したらしい……ヘタレとはいえ、本当に気の毒でしかない。
「遺書的な手紙を生前に公開された婆ちゃんも恥ずかしかっただろうな」
「そりゃ、墓場まで持っていく予定の秘密だったからな」
気絶してから3日間ほど眠り続けた爺ちゃんは、起きると臆病風に対する防風対策もバッチリ☆な男になっていた。
「羞恥に耐えかねて母さんは逃げる、それを追う父さん」
それから毎日婆ちゃんを追いかけては壁ドンで捕まえては「愛してる」と囁いて、限界にきた婆ちゃんが「分かったわよ!」といえば婚約の了承とかなり曲解し、ホワイト伯爵に「ミリイの了承はもらいました」と婚約を願い出たらしい。
すごい。
後ろ向きの奴が突然前を向くとこうなるんだな。
「こうしてグレイ家ができましたとさ、めでたしめでたし。」
「……俺、この手紙と話を子どもに伝えていくのか。」
「グレイ家の定めだ……というより、お前は先に嫁さんだろう?」
「嫁かあ」
嫁と言われても想像がつかない。
嫁候補にはそれなりに会ってはいるけれど、正直ピンとこない。
俺、婆ちゃん子だったからなあ。
あの婆ちゃんに育てられればそうなるよなあ。
「俺、結婚するならミリィ婆ちゃんと結婚したかったなぁ」
……って、何、その『あ゛っ!』て顔。
「実はな、俺も言ったことがあるんだ。『母さんと結婚する』みたいなこと」
「まあ、そんなの誰でも言うんじゃない? 俺も母さんに言ったことあるらしいよ」
そんな黒歴史、覚えていられるかい。
「そう、普通なんだよ。しかしその『普通』を受け入れない狭量な父親だったんだ」
爺さん、何やっているの。
「俺がそれを言った日の翌日、ポストに手紙が入っていた。条件付き消印の手紙。あて先は俺、送り主は父さん……『ミリィと結婚したいとか言った男』を条件に送りつけられてくる不幸の手紙だ」
「……それが俺にも来るわけ?」
「来る。孫の代まで届くようにしていると聞いたことがある。それに送り主が死んで200年たっていようと、あて先が死んでいなければ送られてくるのが条件付き消印だからな」
「爺ちゃんが死んで10年だけどね……死んで10年もたつのにそんな手紙を送りつけるなんて……」
「永遠の愛は重いな」
「それで不幸の手紙の内容は?」
「開けた瞬間に付与された火魔法が発動して前髪が焦げる。髪を濡らしてから開けることをおすすめする」
……爺さん。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。




