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3通目 「僕と恋をしませんか?」

かつて一騎当千どころか一人で小国一つを滅ぼせる力を持った残虐な王がいたアウレンティ王国。彼の血を引く唯一の娘である王女と結婚したのは、アウレンティ王に滅ぼされた小国の第三王子。その第三王子はアウレンティの王となり力をつけた…後に『アウレンティ王家の歴史』という展示が行われるほどに。


 時が流れた今でも国力豊かで、魔道具の生産量が世界一の大国がどんなものを展示をするのか。煌びやかな宝飾品か、それとも巨匠の芸術品か。


 衆人環視の元、メインの展示物として飾られたのは一行しかない短いラブレターだった。

「明日から『アウレンティ王家の歴史』の展示だって。明日予定ないし…見に行かない?」

「えー…俺、別に宝石とかドレスとか興味ねえ。」


「あんたの好きな魔道具があるわよ。アウレンティ王国って昔から魔道具作りで有名じゃない。老舗の魔道具工房『ディア』も本店はアウレンティ王国にあるし…あんた、ディア工房に勤めるのが夢なんでしょ?」

「…行くかな。」


 後ろの席の若い男女の話し合いに一人の女性がふふふっと笑っていると、女性の視界に影がさして厳つい騎士が隣に立つ。


「若いって良いわねぇ。」

「マリサ様も十分お若いですよ。」


「女性への褒め言葉としては50点ね。」

「…学びなおします。」


 コロコロと笑う白髪の老女は楽しそうに立ち上がると、慣れた仕草で使用済みカップを返却し、「ごちそう様」と店のスタッフに告げて外に出る。


「王妹の殿下が庶民に気安く声をかけるなど。」

「あのねぇ、あなた自分で料理を作ったことある?お茶だって上手に入れるまでは大変なんだから…「これじゃお湯だ」「これじゃ薬だ」ってお兄様たちは煩かったんだから。」


「旦那様は言われなかったのですか?」

「御兄様たちに文句言われたのなんて最初の2、3年よ。結婚した頃にはイチゴタルトだって上手に焼けるようになってたんだから。」


「大国の王女が厨房に立つなんて…。」

「立たなきゃ生きていけなかったのよ。70年前はかなり殺伐してたんだから。」


「いまの王宮は穏やかですが、王妃様のお人柄でしょうか。」

「お義姉様はお兄様の『初恋の方』にとてもよく似ていらっしゃるのよ。初めてお会いしたとき絶対にこの人と結婚するって、絵姿を見て納得でしたけどね。」


「初恋といえば、今回の展示会のテーマは『初恋』でしたよね。」



 ― 僕と恋をしませんか? ―



展示会の目玉はたった一枚の手紙だった。



 *** 



「陛下、王妃様が御崩御なされました。」

「分かった。白い花だけで花籠を作るよう、政務が終わったら持っていく。」


「―――畏まりました。」


 その場にいる者全員が王妃の死の報せを受けた国王が嘆き悲しむことはないだろうと予測していたが、


「この国には未だあの方を推す声もあります。無駄に反感を買わぬよう、直ぐに花籠を用意致しますので、政務の手を止めて王妃陛下の元へお向かい下さい。」


 国王がこの国に来た時から侍従として傍にいるマッテオの言葉に一同安堵の息を吐いた。


 エドアルド・デ・アウレンティ。


 アウレンティ王国の当代の王であるエドアルドは生まれは王国の北にあったフォンターナ王国だったが、アウレンティ王国の先代国王クラウディオによる侵略戦争以来ずっとアウレンティ城で生きてきた。


 フォンターナ国王の第三王子だったエドアルドは本来なら他の家族と一緒に「後に禍根を残さないため」という名目で処刑されるはずだったが、フォンターナ城侵攻時に暴走させたエドアルドの膨大な魔力に興味を持った先代国王が気紛れにその命を救った。


 救っただけでなく、クラウディオはエドアルドを自分の娘の夫とすることに決めた。


 クラウディオ王の血を濃く継ぐたった一人の王女・クラウディア。

 父王の影響で膨大な魔力を持つクラウディアは『兵器』としては申し分が無かったが、王の血を唯一継ぐ跡取りとしては大きな問題があった。


 父王から継いだ膨大な魔力量だ。


 この世界で子を成すには、女は男の魔力を自分の体の中に吸収して安定させなければいけないのだが、女の体は男の魔力に拒絶反応を起こすため魔力量に差がある場合は容易ではない。


 女の方が魔力量が多い場合、男の魔力はあっという間に無力化されるので拒絶反応はほとんど起きないが、同時に子どもを成すこともできない。

 一方で男の魔力量が多い場合、男の魔力が女の体で暴れるため女の体は常に魔力を放出しなければならず、結果として魔力量の差が大きいほど女性はみるみる衰弱していく。


 クラウディオ王には妃たくさんの側妃がいたが、どの妃もクラウディオ王の子を孕んだ瞬間から体調を崩し、産み月を迎える前に衰弱して亡くなっている。


 クラウディア王女が産まれたこと自体が奇跡だったが、それ以上に赤子とは言えぬほど魔力のある『兵器』にアウレンティ王国はお祭り騒ぎになったらしい。

 クラウディオ王にとって産まれた赤子は娘ではなく自分の複製、そのため彼は娘に自分の女名である『クラウディア』と言う名を最初に与えた。



 ***



「国王陛下。」


 自分の妃ではあるが過去に一度、初夜の時以来訪ねたことのなかった部屋の前まで行くと、アウレンティ王国では珍しい褐色の肌の侍女が頭を下げた。


 クラウディア王女が幼い頃から傍に言っという王妃付きの侍女長である彼女と、エドアルドは30年以上の付き合いがあったが声を聞いたのは初めてだった。

 エドアルドの驚いた顔に気づいた侍女が小さく笑う。


「私も久しぶりに聞いた自分の声に慣れておりません。我が祖国を攻め入った頃の先代は呪術に興味があったようで、彼の方の血が絶えるまで終わらない呪術により私は長年行動が制限されました。話をできないのもその一つです。」


 肌の色からして自分と同じように異国民だと思ってはいたが、初めて聞いた彼女の境遇にエドアルドは自分を重ねてしまい花籠を持つ両手に力がこもった。


「暴虐な奴らだ…お前も御苦労だったな、この先の人生は自由にすると良い。このまま城に勤めても良いし、城を出たいならこの先の生活に困らないよう手配する。」

「…ありがとうございます。しかし、それらは全てクラウディア様が手配してくださっていますので、陛下はこれからもどうぞ内宮のことなどお気になされず。」


 侍女の言葉に混じる明らかな棘にエドアルドの眉間にシワが寄ったが、素知らぬ振りをして侍女は一歩横により扉を開けてエドアルドを部屋の中に迎え入れた。


 初めてではなかったが、記憶にもない王妃の部屋。


 狭くない部屋の中は看病で使ったらしい消毒薬のにおいが漂っていたが、エドアルドの目を引いたのは部屋のあちこちにある花籠だった。

 赤や黄色など彩り豊かな、死人の傍には相応しくない、まるで祝いのような花籠たちで溢れかえる光景にエドアルドは鼻で笑った。


「あの女が死ぬのを喜ぶ奴がこんなにいるとはな。」

「―――御言葉ですが、この花籠たちはクラウディア様が御生前の間に王子様や王女様たちが持ってきてくださったものです。自分が死んでも枯れるまでは花とはいえ命を無駄にせぬように言われておりましたので、このまま置かせていただいております。」


「…王子たち、だと?」


 エドアルドとクラウディアの間に子はいない。

 アウレンティ王国にいまいる二人の王子と三人の王女は全て側妃たちの子だった。


「陛下、クラウディア様が王子様たちの教育係であったことはご存知ですね?」

「自分の子のことだぞ、当たり前だろう。あの女がアウレンティ王国流に育てるために自ら希望したとマッテオから聞いている。」


「…また、マッテオ様ですか。あの方も悪い方ではないのでしょうが…とにかく、王妃様は王子様方や王女様方が学院に通われるようになるまで御自身で教育なさいました。」

「そうだ、その学院だってあの女が勝手に。あんな幼いうちから管理の厳しい寮で生活させるなど、私がどんなに反対したか!」


「そうしなければ陛下の御子様はお一人残らず死んでおりました。」


 ニッコリ笑って言うには迫力のある言葉にエドアルドが息を飲むと、


「第一王子マルコ殿下の母君と第二王子ファビオ殿下の母君は御自分の王子を王太子とすることに命を賭けていらっしゃいます。まあ、魔力差を考えれば命がけで産んだ御子様ですからね。その結果、マルコ殿下もファビオ殿下も、回復魔法があれば死にはしないと、母君たちが毒殺を恐れて食事の一切を禁止しました。」

「な…んだと?」


「それを知ったクラウディア様は陛下の御子様方全員の教育係を申し出て、日中はご自分の宮で彼らが安心して過ごせるようになさいました。食事をしながら学べるように、この宮の図書室を改築したのもそう言った理由なのですが…どうせご存知ないのでしょうね。」

「…王妃の我が儘ではなかったのか。」


「王子様たちも王女様たちもよほど母君たちに厳しく言われていたのでしょう。一番幼い3歳のマリサ王女も食事をなさろうとは致しませんでした。そのためクラウディア様は図書館に併設するように小さな厨房を作り、クラウディア様と王子様方で食事を作って食べておりました。一つの鍋で作った物をみんなで食べれば怖くないでしょ、と笑いながら。手を傷だらけにしながら、それでも嬉しそうに。」


「そんな…あの女が?」


「陛下、御言葉ですがクラウディア様は未だそこにいらっしゃいます。いくら皇帝陛下でも、夫、いえ一人の人間として『あの女』と仰るのは如何(いかが)かと思われます。」


 侍女の言葉にエドアルドは静かな寝台を見て、白い布団の上で重ねられた両手を、指輪のひとつもしていない細く長い手を見た。


「それに―――クラウディア様ご本人が貴方に何か害を与えましたか?」



 ***



「ただいま戻りました。」


 王城の正面につけられた大きな馬車が開くと、学院の制服に身を包んだ5人の少年少女が出てきた。


 出迎えた侍従や侍女に対して一番年長のマルコが顔を上げるように指示をする一方、他の四人の子どもは誰かを探すような素振りを見せたと思うと、褐色の肌をした50代の侍女を見つけると笑顔で走り寄る。


「フィオレラ殿下、またお美しくなられましたね。イゾルデ殿下、今日も艶やかな御髪を素敵にまとめていらっしゃいますね。マリサ殿下、大きくなられましたね。」


「ああ、サラはそんな声をしていたのね。」

「ふふふ、話し方が王妃陛下みたい。」

「サラ…私もお姉さまたちみたいに褒めてもらいたいわ。」


「大きくなることは大切なことですわよ?きちんと栄養バランスのよい食事を心がけていらっしゃいますね、美しさは内面からですわよ。」


「マリサは学院の食堂に入り浸ってメニューにあれこれ注文をつけているらしいからな。」

「まあまあ、兄上。おかげであの味気ないメニューから救われたのですから。」


 仲睦まじい5人の王子たちと王女たちにその場にいた侍従や侍女は、「母君たちはあんなに仲が悪いのに。」と驚いてしまった。


「さあさあ、皆様。お疲れでしょうから、まずはお部屋でお休みください。」

「しかし…」


「それに国王陛下への御挨拶が未だですわ。先ほど侍従長が陛下の執務室に向かいましたから御待ちですわよ。その間に花籠を用意させていただきますから。」



 執務室の窓から下を見ていたエドアルドは、5人の子どもたちがそれぞれ仲良く、『サラ』と呼ばれたクラウディア付きの侍女を慕っていることを目の当たりにして理解せずにはいられなかった。



 ――― クラウディア様ご本人が貴方に何か害を与えましたか? ―――



「何もしていない。」


 エドアルドの祖国を滅ぼしたのはクラウディオ王であり、クラウディアではない。

 結婚を強要したのもクラウディオ王であり、クラウディアではない。


 アウレンティ王国の真の後継者はクラウディアであり、先代のクラウディオが死んだあとクラウディアが女王となりエドアルドが王配となるよう進言した家臣もいたが「そんなに面倒なことは嫌だ」といって女王になることを拒否した。


 後継ぎについても初夜こそ床を共にしたもののそれ以降は「嫌だ。」の一点張りで拒否し、子どもを作る様に強要するような進言する家臣たちを「不敬」の一言で王城から追放した。


 クラウディアが我が儘を言うたびに王城内のクラウディオ派(前王派)は力を弱め、代わりにエドアルド派が力をつけていった。

 エドアルドがクラウディア以外の女性を側妃として娶ったとき、エドアルド派は勝利宣言をしたも同然だった。

 


「なんだ、騒がしいな。王子たちが来たのか?」


 ふと部屋の外がざわついていうのに気づいたエドアルドが扉の前にいる侍従に訊ねると同時に、衛兵の一人が部屋の中に入ってきて、


「マッテオ様と王妃様付侍女の…名前は忘れましたが、彼女が埋葬品の件でもめておりまして…お手数ですが、陛下に仲裁して頂きたいのですが。」

「分かった…行こう。」


 本来なら家臣の諍いに国のトップであるエドアルドが出ていくことはないが、自分の片腕と、昨夜自分に冷たい目を向けた侍女が争っていると聞いて自分が出なければいけないと認識した。


 マッテオが悪いわけではないが、マッテオは故意にクラウディアを貶めた。


 狂王に踏み躙られたフォンターナ王国の生き残りの一人としてアウレンティ王国に平伏したくない気持ちもわかる。

 しかしその気持ちのままクラウディアを貶めたことは誰の為か、「エドアルド(主君)のため」という大義名分を掲げつつも私欲は全くなかったのかと考えると疑問も浮かぶ。


 一つ目の扉を抜けると言い合う声が大きくなる。


「この包みを棺に入れること、これが亡きクラウディア様の唯一の願いです。ドレスだの宝飾品などは取っておくなり燃やすなり好きにして下さいませ!」

「だから、その包みを改めると言っている。王妃陛下の嫌がらせ、例えば陛下を傷つける呪符などではないことを確認させてください。」


 主人を嘲笑するようなマッテオの言葉にサラの顔が怒りでカッと赤くなる。


「無礼な!この国の王妃であるクラウディア様の願いを臣下が拒否するおつもりか!」

「口を開く様になればキャンキャンと騒がしい…王妃であろうが関係ない。王を守るため、その包みの中身を改めさせてもらう。」


「触るな!!」


 逼迫した状態を示す女性の激高する声にエドアルドは扉に急いだが、女性の力が男性の力に適うわけもなく、扉を開けるとサラに伸びたマッテオの腕はサラが大事に両腕で抱えていた包みを奪うところだった。


 マッテオは近くにいた衛兵に「陛下を守るためだ」といってサラを抑え、エドアルドが制止する前にマッテオは包みの紐を解いていた。


 バラバラと紙が散らばる。


「…絵?……何を大事にしていたかと思えば、こんなもの……うわっ。」


 嘲笑っていたマッテオが足元に落ちた紙に触れようとした瞬間、その手が何かに弾か、マッテオの体が仰け反って手が上がったと思った瞬間に手が炎に包まれる。

 王城の深部、それも王のいる執務室の前で攻撃魔法が使われたことにその場にいた者全てが驚き

、攻撃した者を見定めようとしてまた驚くことになる。


「マルコ殿下…?フィオレラ王女…?。」


「サラを離せ。いくら陛下の兵と言えど、王妃陛下直属の侍女長であるサラに力を向けることが許されると思っているのか。」


 兵士たちを脅すようにファビオが雷魔法を展開させる。


 父王の魔力をそこそこ継いだらしい彼らの凄まじい魔力に威圧されてほとんどの者が動けない中、唯一の例外、彼らの父親であるエドアルドは足元で広がっていた数枚の紙を拾った。


 王城の中庭などエドアルドが知っているところもあれば、王妃宮の図書館などエドアルドの知らないところもあった。

 エドアルドが知らない庭師の顔もあるが、エドアルドの見覚えのある他国の使者の顔もあるため描いた人の想像が容易についた。


「王妃が描いた絵か。」


 エドアルドはクラウディアに絵心があるなど知らなかった。

 30年以上側にいたのに、絵をかくことが好きなことさえ知らなかった。


「エドアルド陛下、後生でございます。その絵たちはクラウディア様の御心そのもの。彼の方は誰にも知られず、それを御自分と一緒に燃やして欲しいとご希望なさいました。何も陛下に望まなかったクラウディア様のお願いでございます、どうかお聞き届け下さい。」


 額を床に擦り付けるように頭を下げるサラからエドアルドは目を逸らし、誰も動かないように命じるとサラに散らばった絵をまとめさせ、自分はマッテオの足元にある布をとり眉を顰める。


「破れてしまっているな…女官長を呼んで新しい布を用意させよう。それでいいか?」

「はい、ありがとうございます。」


「みな下がれ、王子たちはあとで食事を共にしよう。サラ、それを整えたら一応医者に診てもらえ…お前に何かあったら王妃に申し訳が立たない。」



 誰もいなくなって静かになった廊下にエドアルドは溜息を吐くと、部屋の扉を開けて足を止めた。


 足元には一枚の紙。


 驚いて扉を見ると、扉の下には紙なら数枚余裕で入りそうな隙間が空いていて、あそこから入ったのだと簡単に予想できた。


 サラを呼び戻すかと思ったが、紙の端に小さく書かれた「エドアルド」の文字に好奇心が勝ち、手に取ってみると男性の絵だった。

 何となく見覚えのある服を着ていからこの絵の男が自分だとエドアルドは気づいたが、


「…顔が、ない。」



 ***



「こんな時間に私を酒席に誘うなど…陛下は私を側女にでもするおつもりですか?」

「妃の眠る棺の傍でそんなことをいうほど厚顔ではない。それに、なれと言ったら舌を噛んででも拒否するであろう、お前は。」


 「然様ですね。」と言ったサラにエドアルドはため息を吐いてワイングラスを渡す。

 聖堂で酒など神官に知られたら説教ではすまされないが、畏まった場で酒の力なくできる話しではかなった。


「クラウディアのことを教えてくれ…なんでもいい。」


「恨み節でも?」

「構わない。」


「…そんなのありませんわ。クラウディア様は貴方との結婚を望んだわけではありませんが、それは貴方に限らず…クラウディア様は可能なら誰とも結婚するおつもりはありませんでした。クラウディア様は御自分の胎に子ができない呪いをかけておいでです。先王が呪術にはまっていた時期があったのをご存知でしょう?おかげでこの城の書庫にはその手の呪いが書かれた本がたくさんあったのです。あ、御安心くださいませ。先王が亡くなった翌日にクラウディア様が全て燃やして処分しています。」


「どうしてそんなことを?」


「…私共がいけないのです。私は陛下を責めましたが、私たちも最初はクラウディア様に、本来なら先王に向けるべき怨嗟を向けておりました。呪術をかけられたせいだ、自由を返せと…そう叫ぶ私たちに未だ幼いクラウディア様は泣いて謝られ…その数日後です、クラウディア様が自分の胎に呪いをかけたのは。こうするしか私たちに詫びる方法がないと。」


 サラはグラスを煽って空にした。


「恐らくあのときクラウディア様は子を持つのを諦めると同時に、恋をなさることも諦めたのだと思います。御自分はもちろん、御自分の周りにいる御令息たちも『後継ぎ』を望まれる立場の方々です。そんな彼らに恋をして、子を成せないことに絶望するのが怖かったのだと思います。」


 エドアルドの頭の中に恋に怯える幼い少女のクラウディアが浮かんだ。


「この国の者にとってクラウディア様は『兵器』です。ある程度魔力が安定したら戦場に連れて行くと先王は言っていたので、そうなる前に先王が死んで本当に良かった…戦争とは名ばかりの殺戮など、あの優しいクラウディア様に耐えられるわけがありませんから。」


 サラの目から涙がこぼれる。


「あの方は本当に優しい方なのです…御自分の力を厭いながら、自分しかできない力の使い方を考えていました。陛下…御側妃様たちが全員無事に出産したのが不思議ではありませんか?」

「クラウディアが…何か、してくれたのか?」


「クラウディア様は御自身にかけた呪術を応用し、女性の胎の魔力を外部から安定させる魔道具を作りました。そして…陛下がどなたと夜を過ごしたか調べさせ、その妃の侍女を買収して妃の身近に置物に見せかけた魔道具を置かせました。権力欲しさに抱かれる女のために、寵をもらえない正妃だとクラウディア様を嘲笑う女たちを守るために、御自分の力を使われたのです。その魔道具はいま3人の王女様たちがお持ちです、御疑いならお確かめください。」


「疑うわけがない……あの頃、私の情報をクラウディアが集めているとマッテオから報告を受けて……てっきり私たちは彼女が妃たちに危害を与えるためだと……。」

「あなたはそこまで、嫉妬するほどクラウディア様に愛されておりませんわ。そうですねぇ、クラウディア様は貴方様の顔も知らないのではないでしょうか。」


 エドアルドはあの顔のない絵を思い出した。


 最低限しか顔をあわせていない夫。

 それだけなら未だしも、自分に対して嫌悪の表情しか向けない男に顔を向けるなんて誰だって嫌だろう。


「だからお前は彼女を“王妃”とは呼ばないのだな。」

「クラウディア様を愛さない夫など決して私は認められません。クラウディア様は仰ったのです、『次の世があるなら、今度は恋をしてみたい』と…病床に一度でも来ていればこの自意識過剰な王に一矢報いることができましたのに。」



 ***



「この前見に行った『アウレンティ王家の歴史』、すごい評判で展示期間の延長決定ですって。」

「ディア工房の最初の魔道具とか本当にすごかったよな。あのあと母さんに聞いたんだけど、俺が無事に生まれたのもディア工房の魔力を安定させる魔道具のおかげなんだって。あー、俺もあんな世界に注目される魔道具を作りたい。」


「魔導具は誰かの役に立ってこそ、それがディア工房の創始者で当時第二王子だったファビオ王弟殿下の言葉なのよね。王子で魔道具製作の第一人者なんて素敵だわぁ♡」

「でも王子様がどこで魔道具の作り方なんて習ったのかな。当時は呪術めいた技術で厭われていたはずだから、誰も進んで王子様に教えるわけないよなぁ。」


 数日前も聞いたような、後ろの席の若い男女の話し合いにマリサがふふふっと笑っていると、あの時と同じようにマリサの視界に影がさして厳つい騎士が隣に立つ。


「やっぱり若いって良いわねぇ。」

「マリサ様も十分お若いですよ。…お綺麗ですし。」


「あら、レベルが上がっているわ。展示会でロマンス指数が上がったおかげかしら。この国の婚姻率や出生率が上がったらお兄様に御褒美もらわないと。」

「それも良いですね…確かにあの手紙にはグッときました。あれは何方(どなた)が書いた手紙なのですか?」


「顔のない肖像画を死ぬまで後生大事に持っていた方が書いたのよ。」


 父の遺品を整理しているとき見つけた端の黄ばんだ古い絵。

 兄妹がそれぞれ描かれた肖像画に似た絵だったから『誰が描いたもの』かすぐに分かったし、彼女の死後に他の妻たちの悪事を公にして全員と離縁し「もう跡取りは十分だから」と再婚を拒み続けていた父を思い出せば、この絵をとっていた理由も簡単に想像がついた。


 「自分が死んだら彼女の墓前に供えて欲しい。」と父王は長男に頼んだが、自分の初恋の君を蔑ろにしていた恨みは時間が経ってからも忘れられなかった息子は『彼の方の想いを衆人環視に晒したのだから、父上の気持ちも大勢の前に晒すべき。』とよくわからない理由を挙げて、随分時間が経ったが世界一のの博物館で『アウレンティ王家の歴史』を実行した。



 ― 僕と恋をしませんか? ―



 大勢の前でラブレターを晒された父王は今頃羞恥に悶えているだろう、とマリサは孫がいる年齢になっても変わらない無邪気な笑みを浮かべた。

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