チートでイケメンの恋敵になる
俺はゲイではない。
断じてゲイではないが…
シュタインフェルト卿であれば、抱かれても良いと考えている。
勿論、卿の名誉を損ないたくないので、誘われたらまずは窘めるが。
俺は極めて嫉妬深い人間である。
チビで不細工で貧乏で下賤極まりない生まれの所為か、長身者とイケメンと金持ちと貴族を憎む事甚だしい。
この世で妬心ほど醜悪な感情は無いことを知っているが、この世で俺だけは他者を妬む資格があると堅く信じている。
勿論、日常生活では嫉妬を押し殺して生きている。
あまりに惨めだからだ。
シュタインフェルト卿に出逢って驚いたのは、彼に対して妬みや嫉みの情が一切湧かなかった点である。
彼は…
イケメンとか金持ちとかそういうレベルの人間ではなく、言うなれば人知を越えた超絶イケメン・ハイパーイケメンであった。
単にハンサムで背が高いだけではなく、体型が筋肉質かつセクシーで妙に脚が長いのだ。
おまけに凄いイケボである。
低く男性的ながら、洗練されて極めて気遣いのある喋り方をする。
耳元で囁かれた時は気が狂うかと思った。
大人の癖にサラサラロン毛も冷静に考えればおかしい(そもそも帝国の騎士は全員短髪にしている。)気がするのだが、美形があの髪型すると滅茶苦茶似合っている。
帝都では全ての御婦人達の憧れの的らしい。
そりゃあそうだろう。
こんなハイパーイケメンを差し置いてそれ以外の男に憧れる女が居たら、そいつは馬鹿か低能である。
家柄も素晴らしい。
七大公家の一角であるシュタインフェルト大公家の嫡男。
御前会議の常任議員に選出される事が確定しているし、マティアス議長同様に第一人者指名される事も既定路線である。
ただのボンボンではない。
彼は生まれつき《オートエリアヒール》という破格のチートスキルを保有している。
このスキルは存在するだけで周囲2キロの傷病を回復させるという、反則級のパッシブスキルであり、多少のプラシーボ効果はあるにせよ彼の訪問先では数々の超医学的奇跡が記録されている。
なので、彼が起居する丸の内(かつての王城内上級貴族しか住めない)では病人が居ない。
即死でさえなければ、どんな怪我も短期間に治癒してしまう。
なので、貴族社会で全面的な支持を得ている。
性格は極めて勤勉で慈悲深く、医学・衛生学の研究発表グループを複数支援している上に、貧窮者救済プログラムにも多大な寄付を行っている。
ポーズでない。
パフォーマンスでもない。
地の人柄である。
いや、本当なんだ。
このお方は本気で人々を救済しようと日々考えておられる。
【心を読める】俺が言うのだから間違いない。
シュタインフェルト卿のお人柄に関しては、俺が責任を持って保証する。
このお方は別格である。
これだけ書くと卿を文弱の士の様に誤解する向きもあるかも知れないが、このお方は武勲も素晴らしい。
そもそも、このお方は全ての騎士団の頂点に君臨する神聖騎士団(第一騎士団)の団長職を務めておられる。
帝都近郊の討伐任務では積極的に前線指揮を執り多くの実績を残されておられる。
有名な事績としては、帝国の遥か北東の地域でアンデット系モンスターが大量発生する事件が起きた際、手勢を率いて素早く事態を収拾。
自ら抜剣して魔物を征伐して多数の住民を救出した事も挙げられる。
また馬術・剣術・短弓術に秀で、彼が執筆した手引書は新兵訓練用のマニュアルとして採用されている。
まさしく《花実兼備》の将である。
ただ、哀しいかなどんな人間にも欠点はある。
残念ながらシュタインフェルト卿にも弁護の余地の無い欠点がたったの一つだけある。
彼は…
正直、信じ難いのだが…
ベスおばを心から愛していたのだ。
「他ならぬイセカイ卿にですから打ち明けます。
私は…
エリザベス殿に懸想をしてしまっております。
勿論、初対面のイセカイ卿に対して申し上げる事柄ではない事は重々承知です。
今回の任務の重大さ同様に承知です。
…それでも想いを隠してイセカイ卿に接する事は一人の男子として卑劣な行為と思ったので
打ち明けさせて下さい。
その運命線で…
子供の頃からエリザベス殿と結ばれる事を夢見ておりました。
ははは、どうか軽蔑して下さい。」
初対面の挨拶と、緊急性の高い事務引継ぎを終えた後、卿は確かにそう言ったのだ。
最初、聞き間違えかと思った。
一瞬だけ、政治的なトラップも疑った。
再度スキルを全開にして【心を読み直すも】、内面と言動は誠実に一致していた。
エリザベス・フォン・ヴィルヘルムという同姓同名女性が存在するのか?
と不審に思うが、シュタインフェルト卿の脳内ではやや美化されたベスおばが微笑を湛えていた。
(顎がしゃくれてなかったので、一瞬誰だかわからなかった。)
『あ、いえ…
私こそ、配慮が行き届かず恐縮しております。
きっと卿に対して非礼を働いていると思います。
誠に申し訳御座いません。』
「いえ!!
イセカイ卿が詫びる筋合いではありません!
失恋男の他愛もない嫉妬であるとお笑い下さい。」
嫉妬?
このお方が?
俺に?
?
脳が理解を拒む。
このお方が何を言っているのか微塵もわからない。
『その…
尊貴な方に対して、極めて不躾な質問になってしまうと思うのですが…
シュタインフェルト卿であれば、言い寄る御婦人には事欠かないのではないでしょうか…
私は何人か貴族の方にお目に掛からせて頂きましたが…
卿ほど魅力的な男性は一人も居ませんでした。』
これはお世辞ではない。
地球も含めて、卿を越えるどころか並ぶ者すら見た事がない。
今まで、レザノフはかなりの美男だと思っていたが、卿と見比べてしまうと「地方回りの下級貴族」にしか見えなくなってしまうのである。
ヌーベルも精悍だし、フッガーも偉丈夫であるが、シュタインフェルト卿の圧倒的なイケメンオーラを目の当たりにした現在では、ルックスの話をするのが気の毒に感じてしまう程なのだ。
この美形がベスおばに惹かれる?
???
理解不能、理解不能?
グランバルドではブスがモテるのか?
貴族の美意識は平民と真逆なのか?
騎士団長の昇進試験には視力検査が含まれてない?
激務で頭がおかしくなった?
イケメン過ぎると遺伝子的に問題があるから、ブスと結婚する事で中和しようとしている?
「エリザベス殿は最高の女性です。
唯一無二です。
他の女性を貶める意図はありませんが…
他にあんな女性はいないでしょう?」
『ええ、まあ。
確かに、他にあんな女性は見た事がありません。』
あって堪るか!!!
「イセカイ卿…。
エリザベス殿のあんな柔和な笑顔を見たのは生まれて初めてです。
まさか、あそこまで丸くなられるとは思いもよりませんでした。」
?
丸くなった?
あれで?
逆に聞きたいんだが、あの女はどんな帝都生活を過ごしていたのだ?
「どうしても諦めきれないのです。
エリザベス殿に興味を持たれてない事は重々承知です。
それも… 未練を断ち切れない自分がおります…
今日、お二人を結ぶ赤い糸を見て…
胸を掻きむしる想いです。」
『…なるほど。』
あまりに居た堪れないので。
『用事が溜まっているので外出して来る。 どうかエリザベスと旧交を温めて欲しい。』
と言って俺はヴァ―ヴァン主席の母艦に逃げ込んだ。
まだ正式な着任式が行われてないので、卿も追ってはこないだろう。
幾人かのリザード閣僚を「今日、会議あったでしょうか!?」と動揺させてしまったので、慌てて『いえ、ちょっとした相談事があって』と答える。
『実は帝都からの正式な特使が先程到着したのですが…
私の準備不足で、ちゃんと皆様に報告し切れていたか不安になってしまい…
非礼は承知で訪問させて頂いたのです。』
と、とって付けたような言い訳をする。
リザード側も安堵してくれ、様々なフォローや下準備を約束してくれた。
課長クラスの外交官僚も紹介して貰い、色々と現場の情報も教えて貰えた。
俺はもっともらしくメモを取り、真面目そうにウンウン頷きながら、リザード官僚の間をペコペコ頭を下げて回った。
【心を読む限り】迷惑には思われてなかったが、リザード官僚は心を偽る事すら上手そうなので、過信はしない。
その後、行政官用の食堂で一服させて貰っているとゴブリンの派遣団と居合わせた。
後から考えるとリザード側が気を遣って引き合わせてくれたのだろうが、幾名か見知った顔があったのでリザードの若手官僚も交えて、軽い現状報告タイムとなった。
もしもセックスしていたら卿に申し訳ないので、ベスおばの船には帰らずヴェギータの部屋に帰宅。
休暇で帰宅していたというヴェギータの姉に挨拶した。
どうやら女官として貴人女性の艦に勤務しておられるらしく、女性視点のリザード情勢を教えて貰った。
特に収穫だったのは、裏ルートの使い方(要はリザード式の賄賂の渡し方である)を教えて貰った点である。
通常、昇殿を許されるレベルの中央女官は要人アポに関する便宜枠を公式に保有しており、それを売買する事で生計を立てているらしい。
リザード官界では周知の事実だが、ルートの存在が公式に否定されているので、一般リザードや地方リザードはこの仕組みをよくわかってない者が多い、とのこと。
アポ権を買っているうちに、徐々にその女官が所属する派閥と仲良くなり、耳より情報を教えて貰えるようになったり、権力者に口添えして貰えたりするようになる、らしい。
『あ、あの。
その枠って、人間種でも買えるんですか?』
「あははははww
前例が無いけど、多分歓迎されるんじゃないかな?
実入り増えるかもじゃない?」
『あの…
謝礼の相場とかって…』
「あはははw
私の口から言える訳ないでしょw
弟に聞いておいてよ。
私は上司に感触聞いておくからさ。」
女官ネットワークは氏族とは異なる原理で動いているので、内戦や政争の調停に用いられる事も多く、無視出来ないもののようだ。
話が盛り上がったので、冗談めかして1000万ギルの提供を打診してみる。
「あははははw
もー、そんなに金額膨れたら逆に問題になっちゃうでしょーww」
と口では言っていたが、【心の中】では大歓迎されていたので、その場で支払う。
直接渡すと汚職になるので、一旦ヴェギータに贈答してから、そのまま姉君に渡して貰った。
こんなもの贈賄以外の何物でもないのだが、リザード社会的には極めて合法であり、知られても批難はされないらしい。
(但し他種族からの贈賄に限っては、後々規制される可能性が大。)
『で、ではお姉様。
以後、何卒宜しくお願い致します。』
「あはははw
この金額なら頭を下げるのはこっちだよw
私の官名は《キューズ805》、階級は《二位の局》。
ちなみに本名はフィーウォンだけど、これは本来親か旦那以外には明かしちゃ駄目なものだから。
805って呼んで頂戴。」
『はい、805お姉様。
以後宜しくお願い致します。』
後になって知った事だが、《二位の局》はとてつもなく高位の役職だった。
官僚で言えば局長クラスで、それより上は事務次官に相当する《一位の局》しか存在しないとのこと。
冷静に考えれば元帥の娘なんだから出世してて当然だよな。
(ちなみに女官への謝礼は年間50万ギルが相場だったらしい。)
その日はヴェギータの部屋で夜食でもつまみながら微睡むつもりでいたのだが、ベスおばに呼び出されたので嫌嫌出頭する。
『折角ですからもっとお二人で旧交を温めて下さいよ。』
「いえ、イセカイ卿!
こういうケジメはしっかり付けないと!」
『あ、ではシュタインフェルト卿の宿所までご案内します。
今、元帥閣下の居宅に居候させて頂いているのですが来られますか?_』
「いえ…
流石にこの時間帯にアポなし訪問は…」
ですよね。
外交問題になりますよね。
俺は迎賓船(シュタインフェルト卿用に改装されたかなり豪華な宿泊用船舶)を呼び寄せベスおば船の隣に係留させた。
(卿へのささやかな好意である)
案内がてら、先程の官僚とのミーティングを報告し女官情報を提供する。
「…申し訳ありません。
私が浮かれている間に、イセカイ卿お一人に仕事をさせてしまって…」
卿は余程真面目な性格なのか、眉間に皺を寄せしきりに恐縮し始めた。
(イケメンは恐縮する姿もイケメンだった。 …妬ましい。)
『あ、いえ。
お時間ある時に引き継ぎさせて下さい。
御任務が少しでも円滑に進む様に、全力で報告致します。
あ、これ本日オョヴァン課長からレクチャー頂いた時のメモです。
宜しければどうぞ。
後で清書した物を改めて提出致します。』
「もう何と申し上げて良いのやら…
何から何まで、恐縮です。」
そんな遣り取りをしているとベスおばに呼び出される。
『今、仕事中だったんだぞ?
シュタインフェルト卿の着任式も、真近なんだぞ?』
「伊勢海クン、貴方ねぇ。
もっと大切なお仕事があるでしょうに。」
『大切な仕事?
着任引継より大事な仕事って何だよ?』
「夫婦の営みに決まってるじゃなーいww」
『アンタは何を言ってるんだ?
状況わかってるのか?
ギルガーズ大帝陛下も近く首都入りされるんだぞ?
いや、その前にゴブリン側が国境策定会議の予備交渉をしたいと打診してきている。
それ以前に人間種だけが正式な大使船を用意できていない現状は明らかにまずい!
コボルトの大使船は見ただろ?
最低でもあのサイズの船舶は用意しなくちゃ!
国際社会の心証を損ねる!』
この女に言っても仕方ないことなのだが、思わず日頃の鬱憤を漏らしてしまう。
いやグランバルド議会が怠慢な訳ではないのだ。
あまりに他種族の動きが速すぎて、人間種だけが国際秩序に非協力的かのように見えてしまっているのだ。
この点、シュタインフェルト卿とは先程危機感を共有出来た。
聡明な方なので、直ちに善後策を具現化して下さるだろう。
「ほーん。
じゃあ、セックスしましょうか。」
『俺の話ちゃんと聞いてるのか!?』
「聞いてる聞いてるww
ここまでお仕事に危機感持ってくれる殿方が二人も居るのだから
グランバルド淑女は幸福よねえ、皮肉だけどww」
『このままではグランバルド帝国が国際社会での地位を低下させ兼ねない!
もっと真剣に考えてくれよ!』
思わず叫んだ俺をベスおばは鼻で笑った。
「この状況…
狙って作った癖にww」
…。
「伊勢海クンが均衡主義者なのはよく分かってるわ。
まさかゴブリンまでその対象に含める所までは、このワタクシでも予想出来なかったけどw
アナタって本当上手いわねww
まるで愛国者みたいよw?
興味ない癖にww」
『なあ。
アンタ本当に何が言いたいんだ?』
「男として認めるって話よ。」
『すまん、意味が解らない。』
「あのねえ。
これは女の仕事なの。
2人の男を鉢合わせちゃった訳でしょ?
ここで結論出さなきゃ不誠実じゃない。」
『…。』
「ねえ、伊勢海クン。
ジークからはずっと求婚されてたのよ。
アナタとどちらを選ぶか。
この結論を放置するのは、社会通念上許されないことだわ。」
『俺は求婚なんかしてない。』
「暴力で手籠めにした癖にww
あー、あの時殴られた顔が痛いわーw
傷痕も残っちゃったしww
しかもこの赤い糸ww
どうしてくれようかしらww」
『なあ、一つ謎なんだが。』
「ん?」
『どうしてシュタインフェルト卿ではなく、俺なんだ?』
「アナタ以外に予想を越えてくれた人が居なかったもの。
みーんな予想内。
生まれてこの方、評価に値する男なんて一人も居なかったわ。
若い頃の尖っていたお父様なら30点位はあげてもいいんだけどw
あははw
ねえ、自覚ある?
アナタってぶっちぎりの異常者なのよ?
賞賛に値するわ。」
『奇遇だな。
俺もアンタだけを賞賛している。』
結局、夫婦の義務を履行する羽目になった。
ベスおばは故意に左舷に身体を密着させて、シュタインフェルト卿の船舶に向けて下品な喘ぎ声を放ち続けた。
人の嫌がる顔を見るのが楽しくて楽しくて仕方ないらしい。
…酷い女だ。
標準座標≪√47WS≫にぶつけよう。
【伊勢海地人】
資産 現金3500万ウェン (人間種通貨)
現金200万ギル (リザード種通貨)
古書《魔石取り扱いマニュアル》
古書《帝国本草学辞典》
北区冒険者ギルド隣 住居付き工房テナント (精肉業仕様)
債権10億円1000年分割返済 (債務者・冒険者ヨーゼフ・ホフマン)
ミスリル1㌧
住宅用船舶1隻
地位 バランギル解体工房見習い (廃棄物処理・営業担当)
全種族会議設立委員会 オフィシャルアドバイザー
ル・ヴァ―ヴァン総主席の外交顧問 (ニ等官)
伯爵 (善隣都市伯)
元職工ギルド青年部書記 (兼職防止規定により職工ギルドを脱盟)
善隣都市魔石取引所・スペース提供者
廃棄物処理作業員インターン
2代目ヘルマン組組長(襲名予定)
戦力 始祖赤スライム (常時着用)
放牧スライム群 (全てテイム済)
冒険者ゲドのパーティーが工房に所属
市長親衛隊 (隊長ラモス)
土建アドバイザー・ホセ
ヘルマン組
家族 猶父 ル・ヴァ―ヴァン
第一婦人(自称) エリザベス
祖父 エステバン・ヘルマン
元妻 メリッサ
元妻 ノエル
非嫡出児 ニート
非嫡出児 キュート




