チートで真のチートに出逢う
連日の激務でゴブリンの代表者たるゲーゲーが倒れてしまったので、代役を息子のギーガーが引き継ぐことになった。
ギーガーとは割と親しくさせて貰っているので、挨拶回りを手伝う事になった。
と言っても、居候先のヴェギータに宜しく頼むだけ。
ヴェギータも元帥職を務める御父上に宜しく頼むだけ。
元帥閣下が閣内の皆様に宜しく頼んで下さるようなので、恐らく悪いようにはならないだろう。
己のいい加減さに悩むが、ベスおばに「周旋なんてそんなものじゃない?」と慰めて貰ったので、割り切る事にする。
ヴェギータ曰く、「まだ空き部屋あるんでギーガーさんも自由に使って下さい」とのことなので、ギーガーも居候を決意。
この船は母艦の隣に係留されているし、判断としては間違っていないと思う。
特にやる事も無かったので、甲板の隅っこで寝転びながらギーガーと身の振り方を相談する。
「人間領に戻らなくていいんですか?」
と聞かれたので。
『…だってあっちは冬ですし。』
と正直に回答する。
「なるほど、イセカイ伯爵にとってはこちらの方が安全でしょうしね。」
とギーガーが裏読みしてきたので、窘めておいた。
元帥の奥様が俺とギーガーに固形食の詰め合わせを差し入れて下さったので、ゴブリン・人間の食性毎に分配する。
(俺は虫系が苦手なのでギーガーに全部くれてやった。)
日が昇って来たので、2人で上着を脱いで日光浴を楽しんだ。
俺達が惰眠を貪っている間にも世界は激変している。
小耳に挟んだところでは、グランバルド軍内で粛清祭が発生しているらしい。
そりゃあ、そうだろう。
つい先日まで戦争をしていたオークやリザードに領土を割譲し、駆除対象に過ぎなかった犬やゴブリンを保護して移動の便宜を払え、などという布告が突然出されれば、少なくない者が反発して当然である。
そしてこの不利な外交情勢では不平分子は一人残らず粛清せざるを得ない。
貴族家もまあまあの数が粛清の対象になっているそうだ。
ブレーメン伯爵家というかなりの名門も改易されたらしい。
当主と嫡男は切腹、そのまま御家断絶である。
人間種もオーク種同様、リザード中心の世界秩序に全ベットする意志はある。
ただギルガーズ大帝という絶対的な専制者が統治するオーク領とは異なり、人間領は共和政体で運営されている。
不意に発生した対外外交という事態にかなり苦慮させられている。
この情勢で人間領に帰還するのは、正直怖い。
人間種から見れば、この訳の分からない情勢を引き起こしたのは紛れも無く俺である。
俺の所為でゴブリンは兎も角、犬にまで配慮させられた上、対オーク戦線に近い版図を大幅にオーク・ゴブリンに対して割譲する事が決定した。
しかも俺はグランバルドでは爵位を獲得し、リザード領ではヴァ―ヴァン主席の猶子の地位を得ている。
(主席閣下の嫡男であるスヴィ―ン様は俺を「我が兄弟」と呼び掛けて下さっている。)
人間種から何回殺されても文句は言えないだろう。
昼過ぎにコボルトのクッド全権が訪問して来る。
彼は突然抜擢された癖に表情一つ変えずに外交官業務をこなしている怪物だ。
(聞く所によると、彼は一介の工兵将校に過ぎずこれまでの生涯で外交はおろか政談に加わった事すらないとのこと。)
流石に地方軍の若手将校(それも一介の尉官に過ぎない)が種族を代表し続けているのは対外的に問題がある、とのことで高位の後任者が赴任して来た。
それが今俺の眼前に起立しているバーヒッキ氏である。
軍隊国家のリザード社会で退役軍人会の会長を務めていたというから、社会の最上層に位置するのであろう。
クッド全権は復命の為一旦コボルト領に帰還するが、「体裁の取れる階級まで昇進してから改めてリザード領に赴任するだろう」とのこと。
クッド全権からバーヒッキ氏の挨拶回りを手伝う様に頼まれたので、本当は嫌だが快諾する。
きっと皆、本心では嫌な赤の他人からの頼みごとを叶える為に奔走して世界を構成しているのだろう。
なあ、標準座標≪√47WS≫。
オマエらにわかるか?
これが文明なんだよ。
宇宙船持ってるのがそんなに偉いか?
星間連盟議会に加盟していれば知的なのか?
違う。
俺達が今成し遂げている融和こそが文明だ。
俺は蟲毒に居合わせた、この聡明な隣人達に心から敬意を払う。
バーヒッキ氏は時間の余裕があるようだったので、ヴェギータを交えて俺が知る限りの国際情勢知識を提供する。
軍のトップに居ただけあって、序列を非常に気にする方だったので、ヴェギータに頼んでリザード文明圏の階級秩序を解説して貰った。
真面目な方なのだろう、水晶製の手帳の様なデバイスにものすごい速度で備忘を書き込んでおられる。
【心を読める】俺はコボルト族が船の揺れに弱い事を以前から知っていたので、この機に『船は外交上不便ですから陸上に大使館を用意するように頼んでみましょうか?』と提案する。
(船舶技術の高度に発達したリザード社会で不便な訳がないのだが。)
水上生活に本心では辟易していたクッド・バーヒッキ両名には大いに感謝された。
彼らコボルトは異常に我慢強いので他種族が気を遣わなければ、どんな苦境も根性で耐えてしまう。
神経を遣う相手である。
丁度、元帥閣下が休息の為に一時帰船されたので、ギーガーやバーヒッキを紹介する。
【心中を推し量った】所、閣下も本当は仮眠を取りたいようだったが、その疲れをおくびにも出さず両名と抱擁し便宜を約束した。
その後、着替えてすぐに母艦に再出勤されておられたので、少し申し訳なかった。
リザード領はこの月世界の中心となるだろう。
いや、既に将来行われる事が決定した全種族合同会議は、この地で執り行われる事が内定済である。
公用語は当然リザード語以外考えられないし、彼らの社会で流通しているギルこそが基軸通貨となるだろう。
まさにリザード族の天下と言っても差し支えないが、その分彼らの負担は常軌を逸して重い。
少なくとも我が猶父ヴァ―ヴァンは、年内に過労死する事を既に決めている。
そう。
これこそが外交なのだ。
俺とベスおばはスナックをポリポリ齧りながらしきりに各関係者の無私な姿勢に感心した。
ちなみにこのスナック菓子の様な食糧はゴブリンの伝統銘菓らしく、俺がベスおばの船に持って行ってやったものだ。
(本当は嫌だったがゲーゲーの奥様にお願いされたので仕方ない)
「ガビッドンじゃない!
まさか実物を食べれるとは思わなかったわ!」
それが何なのか、興味は湧かないが中々の珍味ではあった。
『なあ、この生活ってアンタにとってメリットあるのか?』
「ワタクシが祖国にもたらすメリットが多大ね。」
『例えば?』
「グランバルドを最適化する為の技術が全て完成したわ。
ワタクシの中でね。」
『最適化するとどうなるんだ?』
「最低でも日本を越える国力が備わるわ。」
『に、日本?』
突然、故郷の名を出されたので俺は必死に動揺を押し殺す。
「当然でしょ?
研鑽には目標が必要だわ。
それに当家は元々対日強硬論を提唱しているし。」
『対日って…
別に日本とは接点すら無いだろう。』
ベスおばの胸元に大きく【対日戦】の文字がポップアップする。
俺の経験上、このサイズは不屈の決意を意味する。
ベスおばは、いやヴィルヘルム家は以前から水面下で対日戦を想定して、その為のシフトを敷いている。
この女の狂ったような探求行も、或いは対日戦が目的かもな。
くっそ。
ますます日本人カミングアウト出来なくなったじゃねーか。
この女に正体を知られたら、その場で解剖実験されかねんな。
「何を言ってるの?
これだけ多くの日本人が帝国に漂着している。
しかもペースは年々増加しているわ。
もしも彼らが、街単位・県単位で漂着してきたらどう対応するの?
しかも戦闘系のスキルを身に着けた状態なら?
日本の技術を持ち込まれたどうするの?
貴方も聞いたことあるでしょ?
《航空機》
日本人の軍隊は音より早く空を飛んで爆炎を投下出来るそうじゃない?」
『…。
まあ、そういう技術もあるのかも知れないな。』
「最悪のケースには備えるべきよ。
我々が生存する為にね。」
『…出来る範囲で協力はするよ。』
「ねえ、帝国の中じゃ伊勢海クンは一番貢献してくれてるわよ。
ワタクシ、アナタのこととっても評価しているの。」
『流石に一番というのは大袈裟だろう。』
「謙遜する必要はないわ。
帝都には私のお父様を含めていっぱい税金泥棒が居るもの。」
『手厳しいな。
皆様、高潔な方ばかりだとは思うが。』
これは本音である。
平民が権力を持つ構造になる日本には卑しい為政者が多い。
貴族が支配するグランバルドの為政は一貫した美意識がある。
「ほら、税金泥棒が来たわよw」
ん?
人間領との連絡船?
見慣れない旗が立っているな。
「覚えておきなさい、あの家紋。
シュタインフェルト大公家のエムブレムよ。」
『ああ。
アンタの幼馴染が確か今日着任するって話だったな。
騎士団長って聞いたけど。
偉い人?』
「シュタインフェルトは七大公家よ。」
『ああ、言われてみれば聞き覚えがある響きだった。』
「で、騎士団長ということは
ジークね。」
『ジーク?』
「ジークフリート・フォン・シュタインフェルト。
神聖騎士団の団長よ。」
『神聖…
なんか凄い名前だな。』
「第一騎士団の別名。
暗黒騎士団と並んで、七大公家直属の騎士団よ。
将来マティアス様と同じ地位に就くことが約束されている男。
会えば解かると思うけど、正真正銘のチート野郎よ。」
おお、マジか。
俺みたいな偽チート野郎としては肩身が狭いな。
『おい、こっちに向かってるぞ?
航行法違反じゃないか?』
「ざーんねん。
外交官が公務で乗船する船舶には優先権が付与されるのよねー。
一昨日の臨時改正公告、見なかったの?」
『…今度目を通しておくよ。』
役人でも無いのに、そんなモン読むわけねーだろ。
「舟の揺れ、気を付けなさい。
スタイリッシュなポーズで飛び乗って来るわよ。」
『まさか。
まだ距離が…』
その瞬間、遠景から何かが舞い上がった。
金色に輝いていたので、鳳凰かと思った。
ヒュー、シュタッ、バ―――ン! (ロン毛サラサラー)
余程、着地が丁寧だったのだろう、金色の影はかなり遠方から飛んできたにも関わらず船は殆ど揺れなかった。
俺が呆然と顔を上げると、そこには微笑を湛えた超絶イケメンがスタイリッシュに立っていた。
あー、みんなゴメン。
俺、自分の事チートだと思ってたけど。
多分、あっちが本物だわ。




