チートで謝罪する
この辺に居ると実感が無いのだが。
善隣都市には冬が訪れているらしい。
少なくとも手紙にはそう書いてある。
「ワタクシ、寒いのはあまり好きではありませんの。」
『俺も苦手だな。
膝が痛くなるんだよ。』
「伊勢海クンって老人みたいよねww」
『余計なお世話だw』
要するに、俺達は冬の間は善隣都市には帰らない、ということだ。
ドラン夫妻も似たようなスタンスだったので、4名丸々リザード領に残る事になった。
リザードに聞いた事だが、海流の関係で、ここら辺は冬でも温かい。
逆に、冬場の善隣都市の辺りは二つの寒流が交わる立地にあるとのこと。
「あの辺、冬は冷えるでしょう。」
幾名かのリザード達が真顔で尋ねてくる。
彼らには海流の寒暖が肉眼で判明出来るらしく、人間種が善隣都市に定住している事に対し無邪気に感心していた。
「え!? 人間種の方には寒暖が見えないんですか!?」
なるほど。
ここにも種族差か…
「今頃、あの街も大変そうねぇ」
半袖姿のベスおばが、フルーツジュースを啜りながら相槌を打つ。
『あまり、そういう事言うなよ。
今年だって凍死者が出かねない状況なんだぞ。』
ヴェギータと並んで甲板で日光浴をしながら俺は窘めた。
ここら辺は立地的に暖流が常に流れ込むので、風まで優しい。
やや暑くなって来たので、上着を脱いで袖を捲った。
朝からゴロゴロしているだけなので何も疲れる事は無い筈なのだが、逆に眠い。
俺は欠伸をしながらゴブリン名物の柑橘ゼリーガムをくちゃくちゃと味わう。
これはガムとゼリーの中間の様な食べ物で、ゴブリン種に好まれる嗜好品の一つである
大量の薬草も混ざっている為、漢方薬のような後味がする。
「ねえ、伊勢海クン。
今日は悪巧みはしないの?」
『夜に。
ゴブリンの若手達が主催する祝賀パーティーに顔を出す予定だ。
リザードの若手を連れて行くように頼まれている。』
「ちゃんと予定空けてますから安心して下さいよ。」
ヴェギータが寝転がったままの体勢で返答する。
『ごめんね、無理言って。』
「いえいえ。
今は少しでもゴブリン勢の意見を汲み取っておきたい状況ですので。
父も同席して良いですか?」
『え!?
元帥閣下が?
来て下さるの?』
「迷惑でなければ。
彼らも軍との面識は欲しい場面でしょう?」
俺は慌てて置き上がり、水上ハイヤーを呼ぶための信号旗をマストに上げる。
1分もしないうちに細長い短艇が接舷してくれた。
10分程かけて、ゲーゲーの船に届けて貰い、元帥出席の可否を問うた。
これが、最近の俺の仕事だ。
よく言えば下級外交官、悪く言えば種族間の使い走りである。
自分ではアホみたいなポジションだと思うのだが、皆が【割と本気で】俺を評価してくれているので、意外に役に立っているのかも知れない。
久しぶりにゲーゲー本人に再会出来たので、抱き合って喜ぶ。
恐ろしく多忙なのだろう、少し痩せた気もする。
元帥が来たがっているという話を聞いて、ゲーゲーは大いに喜び、俺に食事の好み等を尋ねて来たので細かく伝達しておく。
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ヴェギータ家はゴブリン食が概ね苦手なのだが、固形以外のジュース・スープであれば、余程酷くない限りにこやかに摂取可能。
フルーツ系・魚介系は歓迎。
哺乳類系は根性で飲む事も可能だが、基本はNG。
海辺のゴブリンが好んで食べる寒天には興味を持っている。
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俺の【心を読む能力】は一々口に出さない本音部分での嗜好が把握出来るので、接待には滅茶苦茶向いている。
まるで種族共有の宴会部長の様な役回りだが、このピーキーな時期に余計なトラブルが避けられるのなら、喜んで裏方に回るべきだろう。
俺は急いでヴェギータの元に戻り、元帥閣下の出席が歓迎されている事を伝える。
ドラン夫妻も夜は空いているようなので、顔だけ出して貰えないか頼んでみる。
クレアは高速船で4時間揺られたばかりにも関わらず「行けます♪」と力強く笑った。
タフな女だ。
この子には、皆が感謝している。
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夜まで何もせずゆっくりしていたかったのだが、人間領から速達が届いたので仕方なく開封する。
『なあ、シュタインフェルト卿って知ってるか?』
「?
どっちの?」
『騎士団長って書いてるけど。』
「ああ、ジークね。
ワタクシの幼馴染よ。」
『明日中にはこっちに到着するらしい。』
「何の用で?」
『全権って書いてる。』
「はぇー。
あの甘ったれた泣き虫が全権…
世も末ねえ。」
『アンタにも逢いたいって書いてるぞ?』
「ふーん。
パス。
ワタクシ忙しいの。。
伊勢海クンが相手をしておいて。」
『わかった。
手が空いたら顔を出せよ。』
「考えとくわ。
そんな事よりゴブリンのパーティー
ワタクシも連れて行ってよ。」
『おとなしくしとけよ?
アンタが馬鹿な言動をすれば、ゴブリン・リザードの両方の面子が潰れるんだぞ?』
「ちっ。
るっさいわねー。
わかってる、わかってるわよ!」
結局、その夜は皆でゴブリンパーティーに出席した。
案の定、調子に乗ったベスおばが下らない宴会芸を披露して顰蹙を買ったので、謝罪行脚させられる羽目になった。
ちなみに、【心が読める】ことの最大の利点は謝罪が円滑に進むことである。




