チートで役者が揃う
ヒステリックに俺達を糾弾し続けていたゴブリン商人の一団が、とうとうコボルト士官たちによって退席させられた。
どうやら人間という種族は余程ゴブリンに憎まれているらしい。
曰く、【理由もなく遊び半分にゴブリンを殺して回る狂獣の群れ】とのこと。
俺も本当は否定したかったのだが、全くの真実なので遺憾ながら認めざるを得なかった。
冒険者ギルドでは「今日は何匹ゴブリンを討伐した!」と冒険者達が自慢し合っていたし、彼らが存在しない地球においてもラノベやゲームの中で理由なくゴブリンは殺され続けていた。
そりゃあ、憎まれるだろう。
コボルト達の目線が異常に厳しいので、最悪の第一印象を与えてしまった事は否めない。
【我々とゴブリン族は長い付き合いでな。
大小合わせて10を越える相互協定を締結している。】
コボルトの将校は簡潔にそう説明した。
成程、俺達人間種は彼らの同盟種族を恒常的に虐殺しているのか…
ここから外交交渉とか可能なのだろうか?
協議はともかく友誼は結べないだろうな。
種目が近いせいか、コボルトは犬と喋れるらしく普通に会話していた。
どうやらリザード領内でどのような扱いを受けてきたのかを問い質しているらしい。
犬の方は《お手》のポーズでコボルトにワンワン語り掛けている。
ざっくり心を読んだ限り、犬科のヒエラルキーの中ではコボルトが一番偉く、犬やオオカミはコボルトに服従する義務を負う反面、コボルト側にも保護義務があるらしい。
なるほど、わからん。
俺達は檻に入れられた訳でも枷を付けられた訳でも無かったが、これだけ多くのコボルトに包囲されている時点で虜囚も同然だった。
一応、向こうも気を遣ってるつもりではあるらしいが
【殺した方が良いのでは?】
【情報を聞き出してからだ。】
という問答があちこちで行われているので生きた心地はしない。
その気になればいつでもこちらを殺害可能な状況の為、あまり性急な気配はない。
【ねえ、人間種がゴブリンを虐殺しているって本当?】
リザード元帥の息子であるヴェギータが俺に耳打ちする。
『はい、本当のことです。』
【そっか…
僕達の領土にゴブリンは殆ど見掛けないのだけれど…
たまに物々交換したりはするよ。】
『え!? そうなんですか?』
【それくらいするでしょ?
ゴブリンとは戦争状態なの?】
『いえ…
多分、意思疎通が可能である事を誰も解ってないと思います。』
【ゴブリンの声帯って僕らよりも人間種さんの方が近いでしょ?
一回話し掛けて見たら?
気のいい連中だよ?】
あ…
この流れは拙いな。
リザード・コボルト間の調停は人間種が善意の第三者であるという前提で成り立つ。
このままでは悪意の第三者になりかねんぞ。
待てよ…
まさかオーク種もゴブリンと仲が良いとかないよな?
もしそうなら、俺が試みてきた調停工作が全部ひっくり返る可能性もある。
さあ、どうするか…
俺には彼らに売り込む材料が二つある。
一つは異種族の言語を理解出来ること。
もう一つは自種族の最高指導者と直接通話出来る権限を持っていること。
コボルトにしてもゴブリンにしても魅力的に映る筈だし、こちらを解ってくれれば交渉の余地はある。
俺の見た所、コボルト種は冗談こそ通じない雰囲気だが、話を聞く姿勢は見せてくれている。
知性的にも問題はない。
精強な軍隊を維持しているだけあって、少なくとも極めて秩序的ではある。
問題は先程のゴブリン商人の一団。
かすかに離れた所から甲高い彼らの声が聞こえる。
恐らくは俺達の危険性を訴えているのだろう。
下手をすると処刑を進言している可能性はある。
「伊勢海クン、ピンチなら助けてあげても良くってよww」
何故か嬉しそうなベスおばが寝転がったまま、俺に野次を飛ばして来た。
念の為この女の【心もチェック】するが、どうやら何らかの戦闘力を保有しているようで、この状況からでも自力でリザード領内に離脱する自信があるらしい。
【術式】とか【発動】とかいう単語が微かに見えたので、どうせロストテクノロジーの魔法でも隠し持っているのだろう。
『ピンチだからこそ部外者の俺が外交交渉している訳だろ?
こんなのは想定内だ。』
何がおかしいのかケラケラ笑いやがる。
この女さえいなければ、もっと積極的にスキルを発動出来るのだが…
くっそ、さっきから軽口を叩くフリをして俺の挙動を観察しやがって…
【伊勢海地人の能力は恐らく、何かを看破する能力。
その挙動から視覚に依存するものと判断した。
自動翻訳? 最適応答? 精密鑑定? 精神操作?
それとも相手の心でも読んでいる?】
駄目だな。
この旅で俺の手の内はほぼベスおばに見破られてしまった。
帰郷次第、この女はゲレル・キティ・田中に俺の能力予想を披露するだろう。
機嫌次第で父親であるヴィルヘルム公爵にも伝達するかも知れない。
いや、この女なら俺の手の内を材料にして親と交渉するな。
気が重いな。
この【心を読む能力】は最強チートだが…
周知されてしまうと最優先で対策(物理)されてしまう性質のものだからな。
(だってサトリなんてパブリックエネミーそのものじゃないか…)
不意に今までうるさかったコボルト達が黙り込み、一帯を静寂が包む。
かなりの偉いさんがやって来たらしい…
使い古された表現ではあるが、モーゼの様にコボルトの群れが割れる。
やって来たのは軍帽に羽飾りを付けた大柄なコボルトだった。
【司令官閣下!?】
とコボルト達が驚いているので、本来こんな前線までは出てこない地位にあるのだろう。
【まさか私の視察に合わせてやって来た訳ではないのだよね?
抜き打ち視察のスケジュールが漏れている、とか…
そうなら軍法会議ものだな。】
そんな風な思考を発しながら司令官は俺達の眼前に立った。
俺とベスおばを繋ぐ赤い糸を一瞥してから、形式的な黙礼をする。
俺達も同様のポーズで返礼。
【君達は我々の言語を解すると聞いたのだが…
今の私の発言は理解出来るかね?】
俺は『はい。』と頷く。
【ああ、これは本物だ。
完全に私の発言を聞き終わってから、適切なタイミングでレスポンスを返した。
《はい》というのはリザードか人間の言語で肯定を意味するのだろうな。】
あー、この人滅茶苦茶頭が切れる人だ。
どうしてみんなこんなに賢いんだ?
【で? 君達は突然我々の陣中に乱入してきたわけだが…
何? 攻撃部隊なのか?】
司令官が不意に俺に顔を近づける。
威圧感凄いな…
『いえ! 違いますよ!』
【ああ、了解した。
否定は《いえ》だな。】
『いいえ。』
【?】
『《はい》《いいえ》《はい》《いいえ》』
【ほう。
こちらの言語をそこまで正確に理解するか…
惜しむらくは一方通行。
聞き取りは可能だが喋る能力はない、と。
OK、後はこちらで何とかしよう。】
コボルト司令官は常軌を逸して頭の回転が速く、こちらの意図を瞬時に理解し状況を咀嚼してしまった。
これだけ精悍な兵たちをこれだけ聡明な指揮官が率いているのだから、そりゃあ戦争強い筈だよな。
リザード達が連戦連敗するのも仕方ないよ。
【要は、だ。
リザード種の皆さんは我々の眷属を意識して虜囚にしている訳ではなく
こちらが返還を要求すれば、引き渡しに応じてくれる
それを伝達しに来てくれた訳だね?】
『はい。
リザード達は犬の扱いについて貴方達を刺激している事までは思いも至らず…
私も全力を尽くします。』
司令官は人語を微塵も解してはいないが、俺のリアクションのタイミングのみを観察して発言の趣旨を理解してくれた。
【わかった。
攻撃計画は一旦凍結する。
その代わり、眷属の引き渡しに関しては全力で行って貰うよ?】
『はい!
攻撃の停止に感謝します!』
【当然、人間種の皆さんには…
ゴブリン種への攻撃を停止して貰いたい。
この要求は呑めるかね?】
『はい!
連絡手段がリザード領にあります。
帰還次第、大至急本国に打診します。』
そんな遣り取りがあって、コボルト側は軍陣を100メートル程後退させた。
彼らなりの意思表明らしい。
司令官は背後で整列している将校の中から一人を呼びつけると、5分ほど耳打ちで指示を与え、俺達に紹介した。
【私の幕僚のクッド君だ。
まだ若いが優秀な男だと保証する。
これをキミ達に付けよう。
眷属引き渡し作業に関しては、先程全権を与えた。】
【クッドであります!
若輩者ですが誠心誠意務めます!】
要は、リザードがちゃんと犬をコボルトに引き渡すかの監視役、という意味らしい。
船へ戻る事が許可されたので、こちらは胸を撫でおろす。
長身のクッド全権が乗り込み、少し揺れるがヴェギータ曰く【まだまだ乗れる】らしい。
離岸しようとすると、先程のゴブリン商人が乗り込んで来た。
思わず司令官を見ると
【連れて行きたまえ。
多分、キミ達の益となる!】
と叫んで来たので『お気遣いありがとうございます!』と叫び返した。
余程早く帰りたいのか、リザード達が全速航行するので一瞬でリザード領に戻る事が出来た。
生還してすぐにベスおばがカタコトのリザード語で一堂に状況を解説したので、情報の共有はすぐに出来た。
丁度、返還犬の第二陣が揃っていたので、リザードが恐る恐るクッド全権に見せる。
全権は5分ほど犬たちと話し込んでから。
【なるほど】
納得顔で頷いた。
どう《成程》なんだよ?
と思ったが、外交問題になるので黙っておく。
いや、もう既に外交問題なのか…
ゴブリン商人が喧嘩腰でやたらと俺に議論を吹っ掛けてくるので、ドランに頼んでグランバルドから持ってきた食糧を分けてみる。
色々試すとホーンラビットの干し肉には反応(口は付けてくれなかった)があったので、今度からゴブリンにはこれで応対する事を決意する。
リザードに、オーク、コボルト、そしてゴブリン…
これで打ち止めか?
月の内側に住んでいる知的生命体は人間種も合わせて5種?
5種族なら何とか意思疎通が可能だ。
これが10も20もあると、意思統一は不可能だろうな。
いや、標準座標≪√47WS≫は【蟲毒の為にこの環境を用意した】と言っていた。
それなら種族は敢えて隣接させる筈だ。
新たに別種族が存在したとしても、この5種のいずれかが認識しているのではないだろうか?
【未開星人共がワシら高等文明人様の計画を察知するなんてぜーーーたい無理だけどねww
全部族に結託されたら流石にこっちが詰むけどww
翻訳装置も無しで未開星人同士の協議なーんてぜーったいに無理だしwwww】
神を騙っていた標準座標≪√47WS≫は、確かにそう言っていた。
俺という《翻訳装置》は存在する。
人間⇔リザード⇔オーク
コボルト⇔ゴブリン
は既に意思疎通に成功しているので、話の持って行き方次第でこの5種を結託させられるのではないだろうか?
もしも、それに成功したら…
いよいよアイツらが詰むのか?
状況は好転している筈ではあるのだが…