チートで沈黙交易に挑む
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泣いて喜びました。
(;A;)
起床、と言っても昼前だが小太りオジサンと共にレザノフ卿の元へ参上する。
(俺もオジサンも怠け者なので朝が弱い)
これから小太りオジサンにはメッセンジャーの役目をお願いする場面も増えると思うので、その紹介である。
『討伐推奨モンスターは長牙猪でお願いします!』
「承知しました。
それでは冒険者ギルドと周辺村落へ布告しておきます。
チート市長が家紋を入手するまで、我々商業ギルドが多くの業務を代行する形になりますが宜しいですか?」
『はい、お手数をお掛けします。』
「あまりプライベートな問題に踏み込むべきではないと考えているのですが…
配偶者候補はおられますか…」
『いえ、情けない話ですがあまり浮いた話も無く…』
「では、交際している女性。
親密な女性はおられますか?」
『別に交際している訳では無いのですが
同棲している女性が1人だけ居りまして。
逆に言えば、その女性以外に心当たりがなく…』
「ほう!
その女性というのはどの様な方ですか!?」
『メリッサというのですが、エルフの血が入っており…
やや知的障害気味というか…
発達障害的な雰囲気というか…』
レザノフ卿が残念そうに眉間に皴を寄せる。
そして【思考】は以下の通り。
【白痴かぁ… 困るんだよね。
君が急死しちゃった時に喪主兼市長代行として
諸々の引継ぎ業務をお願いしなくちゃいけないんだからさぁ
君ももう公人なんだから、空気を読んだ相手と交際してくれなくちゃ。】
そっか、市長の嫁になるってそういうことなんだな。
確かに何かの拍子で俺が死ぬこともあるしな。
現にスラムでは騎士に踏まれて圧死仕掛けたし、ヤクザとかキティに絡まれた事もあるし。
気弱で頭の回転が鈍いメリッサには政治家の妻とか務まらんだろうな。
「それ以外に面識のある女性は居ないのですか?」
『師匠の婚約者の友人で、グループ交際の様な事をしていた女性が居るのですが。』
「おお! いいですね!」
『彼女の父親に面と向かって交際を拒絶されてしまいまして…
しかも、あまり裕福な家庭ではないので、彼女も家紋がないかも知れません。』
「他に知り合いの女性は?」
『恥ずかしい話なのですが、その二人以外の女性とは本当に縁が無いのです。』
「うーん。
チート市長は優秀で志の高い方ですから、きっと良い御縁があるとは信じているのですが…」
『秘書室長の家紋は使えませんか?』
「使えませんね。」
『師匠の家紋は使えませんか?』
「バランギル氏は職工ギルドの次期会長ですので、特に駄目です。
本来、ギルド長と市長は利益が相反するものですので。」
『なるほど。』
「極めて好ましくない措置なのですが…
チート市長の家紋が用意されるまでは、レザノフ家の家紋を印章として使って下さい。」
『宜しいのですか?』
「極めて宜しくないので、早急に解決して下さいね?」
『申し訳ありません。』
「チート市長が何か問題を起こしてしまった場合、普通に私は廃嫡されますし
レザノフ家の減俸や降爵、最悪の場合改易もありますので。」
『善処します。』
【父上、母上、御先祖様…
不孝をお許し下さい。
我が息子イワンよスマン、陸軍幼年学校は諦めてくれ
多分、オマエはまともなキャリア歩めない…】
え?
レザノフ卿、そこまでですか!?
『レザノフ卿、今この場で私が家紋をデザインするというアイデアは如何でしょうか?』
「それ私文書偽造で10年以下の労働刑ですよ?」
結構法律厳しいなグランバルド。
あ、そうか。
ここは貴族社会だから家に関する虚飾が冗談では済まされないんだ…
「チート市長。
言い忘れてましたが、スライムによる食肉残渣処理。
明日から合法化されます。」
『え!?』
「貴方の作った法律でしょう。
不思議そうな顔をしないで下さい。
関係者各位には貴方から説明に回って下さいね。
この法律の運用って、世界中でもチート市長以外に理解出来る人間いないと思いますので。」
『あ、はい。』
こんな遣り取りがあったので、小太りオジサンと共に街中の食肉工房・乾燥工房・解体屋・ゴミ処理場をひたすら行脚する。
皆、嫌そうな顔をしながらも「作業効率は向上するだろうね。」と同意してくれた。
スラムの処理場も全て回った。
経営者は「実入りが減るなぁ」とボヤいていたが、現場の作業員は満面の笑みで俺に握手を求めてきた。
「チート君は本当に顔が広いなあ。」
小太りオジサンが心底感心した表情で呟く。
『たまたま仕事先だっただけですよ。』
「君は勤勉だなあ。
ねえ、何でそんなに勤勉になれるの?」
『人生をゲームだと思い込むことですね。
俺、グランバルドをどこか遠くのファンタジー世界だって思うようにしてますからw』
「はははw
そりゃあ毎日が楽しいだろうねえw」
ああ、楽しい。
貴方との遣り取りも含めて最高だな。
その後、ゴードン夫妻に挨拶に行く。
市長就任を告白し、望遠鏡を譲って貰えないか交渉する。
「望遠鏡なんて冒険者ギルドの売店にでも売ってるだろう?」
『あ、いえもっと倍率の高いものが必要で…』
しばらく二人は眉を顰めるが、夫人が「リザード?」とこちらの目を覗き込みながら問いただして来る。
俺は思わず言葉に詰まるが、それは認めたのと同義である。
「区分としては魔法具になってしまいますが、2キロ先を観察可能な特殊望遠鏡を所有しております。」
『2キロ!?
凄いですね。』
「…イセカイさん。
リザードを見て、どうするつもりですか?」
『沈黙交易を試みて、それを端緒に緊張を緩和したいです。』
「…。」
『駄目ですか?』
「リザード族はジャスミンの香りを好みます。」
『え? それはどういう?』
「我々同様、リザード族の社会でもジャスミンが高貴な、友好的な雰囲気を醸し出す香りとされています。
余談ながらオーク族はシトラスの香りを好みます。」
これ以上は言えない、という表情でゴードン夫人が黙り込んでしまう。
『貴重な情報に感謝します。
あの… 望遠鏡の価格はお幾らになりますでしょうか?』
「これは妻との思い出の品でね。
正直、値段のつけようがないんだ。
贈呈するよ。
就任祝いだ。」
『え!?
そんな大切なものを?』
「いいんだ。
我々夫妻も先人から譲り受けたものだしね。」
『何か大切な由来があるのではないですか?』
「我々の物語は終わった。
君はただ自分自身の物語を紡ぐ事に専念しなさい。」
『有効に活用します。』
この日は礼だけ述べて店を去った。
小太りオジサン曰く、あの老夫婦は駆け落ち組だそうだ。
恐らくは夫人が貴族で、ゴードンさんが平民。
言われてみれば、それに近い雰囲気はある。
きっと、それこそ異世界ラノベの様な青春を送った夫婦なのだろう。
「チート君。
何でリザード?」
『今の状況のまま放置しているのは危険でしょう?』
「そりゃあそうだけどさ。
望遠鏡で覗き見して、どうにかなるものなの?」
『…俺、鑑定持ちだって前に言ったじゃないですか?』
「うん。
どうりで魔石売買が上手い訳だよ。」
『かなりレベルが高いんですよ。
遠目からでも鑑定出来ます。』
「見ただけで鑑定出来るって事?
それも望遠鏡越に!?」
『望遠鏡を使った事は無いのですが、多分行けると踏んでます。
それにしても2キロか。』
「2キロだったら、城壁に昇れば見えるんじゃない?」
『ちょっくら昇ってみますか…』
小太りオジサンに案内されて、街の西側(リザードの軍船がひしめいている大河に隣接している)に入る。
この辺も空き家が多いな。
冒険者が多く済む為か実質的なスラムになっている。
東側は工業区の職人が多いのでDQN職人系のスラム。
西側は冒険者が多いのでDQN冒険者系のスラム。
南側は帝国の最南端なので最果て系のスラム。
ホント、この街終わってるよね。
そして西側の城壁に昇る。
昇って見て改めて認識した事だが、西壁は大河に沿って建てられている。
眼下をリザードの軍船が通行していて怖い。
直線距離なら50メートル離れてないんじゃないか?
俺は駄目元で双眼鏡を覗き込む。
目標は城壁の真下でプカプカ浮いているリザード。
【ったく。
今月中に修繕なんて無茶ぶりすぎだろ。】
『え!?』
思わず声を出してしまう。
今の、リザードの【心の声】だよな?
【あーあ。
この間の負け戦でこの村の中堅は全員死んじまった。
俺みたいな若造が普請部長なんて無茶ぶりもいい所だよな。
大体、ワンオペでどうやって水路整備なんてするんだよ。
俺が申請している銀線も全然送って来ないしさ。
せめて銀塊でいいから送って来いよ。
あーあ。
俺らの村なんて戦場から一番離れてるのに…
なーんで毎回前線送りにされるのかね…
新兵器の起動実験ではいつも手伝われるしさぁ。
コボルトに勝てる訳ないんだから…
もう降参しちゃおうよ。】
『ま、マジか!?』
「チート君!?」
『うおおおお。
マジか!?』
「チート君!?」
健気にも小太りオジサンが俺の背中をさすってくれる。
彼なりに俺を鎮静させようとしてくれているもかも知れない。
『久々にネタバレ来ました。』
「ね、ネタバレ?」
『リザードの内情が分かりました。』
「え!? あれで!?」
『リザード族は現在、コボルト族と交戦中です。』
「コボルトってあれ?
子供向けの劇とかに出て来る?」
『実在はしないんですか?』
「いや、あれは創作物でしょ?」
『つまりこの世界でコボルトは…
ドラゴンやユニコーンなどの架空の生き物と思われているのですね?』
「え? ドラゴンは普通にいるよ?
たまに飛んでるし。
常識だろ?」
『ああ、失礼。
グランバルドにはドラゴンやユニコーンは存在するんですね。』
「ユニコーン?」
『ほら、額に角の生えた馬みたいな。』
「チート君、からかうのはやめてくれよ。
馬に角なんか生える訳ないだろう。
そんな非常識な。」
なるほど。
グランバルド人にとって、リザードとドラゴンは常識だが
コボルトとユニコーンは非常識。
覚えておこう。
『話を戻しますね。
あの、プカプカ浮いてる彼。』
「ああ、リザードの背中見えてるね。」
『彼はこの地区の普請部長です。
かなりの若手ですが…
コボルトとの戦争で地域の中堅が全滅してしまった為に、今の役職に就いてます。
そして物資の不足に困ってます。
具体的には銀。
彼は線状の銀、銀線ってのがあるんですかね?
それを欲しがってます。
ただ銀であれば銀塊でも良いと言ってます。
ということは、金属加工の技術は保有しているのでしょう。
そしてここからが話の核なのですが、この地区は新兵器の実験場として使われているようです。
恐らく前線から一番離れているからでしょうね。』
「おいおい、彼らにとっては前線だろ?
我々の街が目と鼻の先にあるじゃないか!」
小太りオジサンは突っ込みつつ、俺が状況を瞬時に把握した事には何の疑問も抱いていない。
俺を《そういうものだ》と認識してくれているようだ。
『いえ、彼らにとっての敵とはコボルト族に他ならず、我々は敵として認識されていないのでしょう。』
「いやいや!
それはおかしい!
小規模とはいえ、戦闘も発生してるじゃないか!」
『うーん。
彼らにとっては戦闘じゃないんじゃないですか?
だって、ヨーゼフパーティーが鎧袖一触で壊滅させられたんですよ?
ヨーゼフさんって強いんですよね?』
「そりゃあ、彼は正規の騎士教育を受けているし。
ジュニア時代はレスリングの有名選手だったし。
冒険者として数々の難敵討伐に成功している。
言わばこの街の最強の一角だろうね。」
『我々の中で最強扱いされているヨーゼフさんが一方的に殺されかけたんですよ?
リザード族にとって我々は、そもそも警戒対象にすらなってないんじゃないですか?』
「うーむ。
要するにリザードにとっての人類は、我々から見たゴブリンみたいなポジションってこと?」
『ゴブリン見た事ないんで、何とも言えないんですけど。』
「雑魚種族だよ。
質の悪い冒険者が虐殺したりして顰蹙を買ってる。
…ゲレルさんとか。」
『誰も注意しないんですか?』
「噂だけど、注意した冒険者が殺されたって…」
くっ、あの人ならやりかねんな。
ジーンといいゲレルさんといい、何で俺の隣室には殺人鬼が住んでるんだよ。
『話を戻しましょう。
グランバルド領内にゴブリン族は居るんですよね?』
「そりゃあ、アイツらは地下から湧いてくるから。
そこらで普通に見かけるね。」
『でも、グランバルド帝国はゴブリン種族と交戦状態にはないんですよね?』
「そりゃあ、ゴブリン如きに交戦とか、そんな大袈裟な話でもないでしょ。」
『多分、リザードは我々をそんな目で見ています。
だから刺激しない限り、反撃もして来ないんでしょ?』
「筋が通ってるな。
いや、みんな薄々はそう思ってたんだよ。
明らかにリザードはこっちを相手にしてないしね。
眼中に無いんでしょ。
屈辱だけど、ありがたいかな。」
そう。
きっとグランバルド人もこういう仮説は立てていた筈なのだ。
ただ相手とコミュニケーションを取る術が無いので、確信が持てなかった。
それだけのことである。
工房に帰った俺は《帝国本草学辞典》でジャスミンを調べる。
都合の悪い事にグランバルドでは高級品にあたるらしい。
《金と同じ重さの…》という記述を見た瞬間に気が重くなる。
『取引をさせてくれ。』
「今度はなあに?
あの白痴女の世話ならお断りよ。」
『メリッサを苛めるなよ。』
「会話が成立しないのに苛めようがないでしょ。」
『成立しないなりに優しくしてやってくれ。
どうせアンタは他人が全員馬鹿に見えるクチだろ?』
「それが取引?」
『そんな事はどうでもいいさ。
それより、ジャスミンの香料ってあるのか?』
「あら?
ワタクシに頂けるの?」
『俺が使うんだよ。』
「ふっw 男の癖にw
…ひょっとしてリザード?」
『どうしてわかった?』
「だって伊勢海クン、リザードの話題になる度に異常に喰いつくじゃない。
あれ、狂人だと思われるからやめた方がいいわよ。」
『アンタは俺の正気を信じるのか?』
「和戦どちらかは分からないけど…
有効活用したいのよね?」
『残念ながら《和》だ。』
「あら残念。
要するにトカゲさんとお友達ごっこがしたいからジャスミンの香料が欲しいのね?」
『理解が早くて助かる。』
「貴方には高いわよ?
本来、庶民風情が触れていいものではないから。
それだけは覚えておいてね。」
『そんなに貴重なのか?』
「ワタクシの誕生日に殿方が跪いて捧げて来るくらいには尊貴なのだから。」
『そいつは貴重だな。
リザードやアンタが喜んでくれるように精進するよ。』
「殺されるわよ?」
『接触には細心の注意を払う。
沈黙交易を試してみるつもりだ。』
「あれって相手の需要が分かってこそでしょ?」
『彼らは銀を欲しがっている。
それも工事の責任者が線状のものを必要としているんだが。
中々支給されずに困っているようなんだ。』
「…。」
『ジャスミンの香料が手に入り次第、それを噴霧した状態で沈黙交易を試みる。』
「…あのねえ。
ジャスミンみたいな貴重品。
帝都、それも丸の内にしか存在しないわ。」
『調合できないのか?』
「レシピがあればね。
それこそ皇帝時代以前は…」
『見つけた!
流石は本草学辞典だ。
読み上げるからメモをとってくれ。
カネはちゃんと払うから。』
「…そのレシピだけで、お釣りが来るわ。
ロストテクノロジーなのよ?」
『レシピはアンタにやる。
好きに使ってくれていい。』
「ふーん。
《日頃、携帯しておいて誕生日に言い寄って来た殿方に見せつける》
というアイデアはどうかしら?」
『メリッサにはそういう酷い事するなよ。』
「はいはい。」
そんな遣り取りがあって、次の日の朝にはジャスミン香料が大量に完成した。
空き瓶のストックがなかったので、メリッサの髪や身体に染み込ませて実験する。
『ちょっとそのままシャワーを浴びてきてくれ。』
「服のまま全部洗い流してみて頂戴。」
「チート、臭い取れないよー。」
『よーし実験成功だ。』
「実験成功ですわね。」
「これ何の臭い~?」
『ジャスミンだ。』
「貴女には10億ウェン分の分量を振りかけたわ。」
「いい匂い-ーーー!!!
私、これ好きーーーーーーー!!!!」
まあ、人間の価値観などこんなものだな。
後はリザード族の【心】がメリッサの様に清らかなものである事を祈るだけである。
【戦闘力比較】
チート≦小太りオジサン≦スライム<各種魔物<ゴブリン族<人間族<ドワーフ族≦リザード族≦オーク族≦コボルト族<ドラゴン
【伊勢海地人】
資産 現金5400万ウェン強
古書《魔石取り扱いマニュアル》
古書《帝国本草学辞典》
北区冒険者ギルド隣 住居付き工房テナント (精肉業仕様)
債権10億円1000年分割返済 (債務者・冒険者ヨーゼフ・ホフマン)
地位 バランギル解体工房見習い (廃棄物処理・営業担当)
前線都市市長
前線都市上級市民権保有者
元職工ギルド青年部書記 (兼職防止規定により職工ギルドを脱盟)
前線都市魔石取引所・スペース提供者
廃棄物処理作業員インターン
戦力 赤スライム(テイム済)
冒険者ゲドのパーティーが工房に所属




