チートでダンジョンを攻略する
「兄弟子、大変です!
ダンジョンが出現しました!」
俺がリビングで古書の解読に勤しんでいるとラルフ君が飛び込んで来た。
《ダンジョン? 君は何を言っているんだ、異世界ラノベでもあるまいし…》と思い掛けて、慌てて現実に帰る。
そうだ、ここはグランバルド。
俺の現実はここ。
『ダンジョン?
その… 俺達も行った方がいいってこと?』
「いやいや兄弟子、何を仰っているんですか?
新規ダンジョンとその周辺は危険地区指定です。
ボクらみたいな民間人が勝手に入れる訳ないじゃないですか!」
おお、グランバルドって社会制度しっかりしてるよな。
冷静に考えたらそうだよな。
ラノベとかで発見されたダンジョンに人だかりが出来る描写があるけど、あれって行政的におかしいよな。
「そうだな。
チートはこの業界入ってから、ダンジョン発見は初めてだったか…
じゃあ、二人の為に簡単に説明しとくな。」
『お願いします、師匠。』
「冒険者達がダンジョンと呼んでいるものは、その大半が地上に入り口が露出した地下亀裂のことだ。
大抵は地震による落盤が切っ掛けで発生する。
ほら、昨日の夜、地震あったじゃない?」
「ありましたねー。
2年ぶりくらいじゃないですか?」
「ん?
チートは感じなかった?
あ、そうか、オマエ昨日は相当疲れた顔してたもんな。
あんまり無理するなよ。
でさあ。
地下ってゴブリンやらドワーフ族が穴を掘り続けてる訳じゃない?
で、ドワーフ族の坑道が崩れた場合は彼らが自主的に補修してくれるから問題ないんだけど。
問題はゴブリンが使い捨てた地下空間が露出した場合だな。」
『ご、ゴブリンの巣穴ですか?』
うおー。
ずっと職人仕事してたから実感なかったけど。
《ゴブリン》って単語を聞いた瞬間、頭がラノベに引き戻されるな。
「ほら、アイツらって地下で魔物の牧畜してるじゃない?
トード系とかスパイダー系とか。
後、長牙猪だな。」
ラルフ君とドランさんがうんうんと頷く。
なるほど、ここまではグランバルドでは常識なんだな。
「で、その巣穴が露出した場合…
ゴブリンが地下で増やした魔物が、そこから湧いて来るんだよ。
生態系も結構変わる事あるしな。
だから騎士団に要請して早めに対策して貰わなくちゃ行けない。
調査とか封鎖とか駆除とか消毒とか、その他諸々だな。
で、それと並行して冒険者たちが周辺の亀裂を探索し、もしも地上に魔物が沸いていたら討伐する。
Bランク以上の冒険者にはダンジョン潜行権が付与されているから、潜って狩りをするパーティーも増えるんだ。」
『へー。 みんな結構大変なんですね。』
「いやいや、解体屋が一番大変なんだぞ?」
『え? 俺達がですか?』
「冒険者たちがこれまでのルーチンを崩すからな。
新種のモンスターが大量に湧いたら、それにも対応しなくちゃ行けないし。
みんなが一斉にダンジョンに入るから、フィールドの魔物が増えるケースもある。
魔石や肉の相場も変わるしな。
ああ、そこら辺はドランの方が詳しいか。」
「じゃあ俺からも補足するな。
結論から言うと、ダンジョンが発生すると食肉相場・皮革相場・魔石相場、そういった相場が大変動する。
例えば、今俺達は大量のスネーク系干し肉を保有しているよな?
通常ならこれは優良資産だ。
だがダンジョンにスネーク系の魔物が大量に湧いていたらどうなる?
そうだ。
干し肉を始めとして関連部材が大暴落する。
特に食肉の世界はシビアだぞ、卸市場が買取を拒否したり重量制限するからな。」
ああ、そうか。
殆どの異世界ラノベって冒険者視点だから、俺達みたいなバックオフィスの事情って考えたことなかったよな。
「バラン。
俺は卸市場に荷台一台分だけ駄目元で持ち込んでみる。」
「売れそう?
最近は相場も落ちてるんだろ?」
「とりあえず買い叩かれてもいいから、少しでも在庫を換金してみるよ。
ラルフ、ミーティア精肉会社がもうすぐ引き取りに来るから。
その手順をよく覚えておいてくれ。
ただこの状況だから、ドタキャンされる可能性もある。
その時、あんまり嫌そうな表情はするなよ。
お互い様だから。
緊急割引の申し出が2割以内なら、値引販売しておいてくれ。」
「じゃあ、ドラン。
卸市場は任せるよ。
俺は皮を三階の倉庫に上げてスペースを作っておく。
チート、オマエは冒険者ギルドに顔を出して様子を探ってくれ。
状況… 特に魔物湧きの有無を知りたい。
湧いてるとしたらどんな魔物か、それさえ解れば対策を立てられる。」
俺が玄関に出るとドワーフのゲド達が話しかけてきたので、中に入って貰う。
【冒険者ギルド追放されてるとこういう時に不便だよな】
と聞こえて来たので、手持ち無沙汰なのだろう。
俺はそのまま冒険者ギルドに入ると、暇そうにしている人間を探して話し掛けていった。
一番暇そうにしているのは魔石取引の連中。
俺は日頃仲良くしてもらってる小太りおじさんに事情を聞いた。
「ダンジョンが新しく出来た時はねえ…
冒険者が一通り帰って来るまで取引はストップするね。
別に禁止している訳じゃないんだけど、状況が判明するまで様子見。
とりあえず今晩が一番熱いかもね。
ほら、魔石売買の常連が殆どここに来てるだろ?
今日はそういう日なんだよ。」
なるほど。
俺は小太りおじさんに謝礼用干し肉(チップ用に小袋を持ち歩ている)を渡して、更にフロアをウロウロした。
食堂をウロウロ。
掲示板の前をウロウロ。
当然、スキルは発動済み。
ただ、昨日みたいに頭痛に襲われたくはないので情報収集範囲を最小限に絞る。
冒険者ギルド内で心を読んで掴めた情報は以下の通り。
・ダンジョンの位置は東門(搦手)から出発して馬車で1時間の距離。
・早馬の報告によると、今回のダンジョン入口は線状のクレーター形
(魔物が大量に流出し易い形状)
・かなり前線都市寄りなので、商都側が縄張り主張する可能性は薄い。
・ほぼ全ての冒険者がダンジョンに向かっている。
・今のところ、有毒ガスは検出。
・暗所特化のギルド公認パーティーが2組調査に入っている。
・ダンジョン探索では傷病者が出易いので薬品相場は確実に上がる。
・魔石売買は今夜まで再開されない。 (みんな様子見モード)
・魔物のサイズによっては現場解体が増える。
・本来なら頑張ってくれる筈のヨーゼフパーティーが先日のリザード騒動で頼りに出来ない。
・ギルド側はゴブリン討伐をやって欲しいが、冒険者側はゴブリン狩りに興味が無い。
ここまで心を読んでいると、ドレークギルド長に呼び止められて代表室に招かれる。
計算通り。
俺がウロウロしていたら、絶対に話し掛けられると思った。
「チートさん、先日から色々とありがとうございます。
おかげさまでヨーゼフも少しずつ態勢を立て直せております。
特に車両整備業の斡旋、あれは本当に助かりました。
何とかキャッシュを回せそうです。」
【あの時は本当にヤバかった。
破産も覚悟してたからね。
今、無事にキャッシュを回せてるのが嘘みたいだよ。】
『いえいえ!
我が師バランギルも、ドレークギルド長とヨーゼフさんの心遣いに常々感謝しております。
何卒今後共宜しくお願いしますとのことです。』
俺はドレーク用に持参した小箱を手渡す。
結構高級品な《燻製牛肉ハーブ漬け》である。
ワイルドオックスじゃないぞ?
ちゃんと食肉用に飼育された牛肉の加工品だからな。
お高いんだぞ!
(この前ベスおばが勝手に食べようとしてたからチョップしてやった)
「おお!
いつもすみません。
バランさんからの頂き物は家内がえらく喜ぶんですよ!」
【ワシも大好き!
酒のアテになるんだよ!】
そりゃそうだ。
俺はプレゼントする時に必ず相手の【心を読んでる】のだから。
この街で一番贈答文化を有効活用しているのは間違いなく俺だろう。
「それでいつもお願いばかりで恐縮なのですが…」
【こういう事って職工ギルドに頼んで怒られないんだろうか?】
『はい、何でしょうか?』
「ダンジョン発見で色々トラブルが起こるかも知れないのですが…
職工ギルドの方にもフォローをお願いする事は可能でしょうか?」
【今まで没交渉だった職工ギルドと上手く連携出来て、この事態に対応出来たら。
ワシの株は上がるだろうしな。】
『ええ、私もこの後付き合いのある職工を回ってみるつもりですので。』
「単刀直入にお願いしますね。
職工ギルド内にですね。
冒険者ギルドからのお願いやお知らせを掲示させて貰う事って可能ですか?」
【これ、私が色々考えた中ではかなりグッドアイデアだと思う。
実現ハードルが低いし、実現した時にワシの評判が上がりそうだしね。
いやあ来期どうやったら続投出来るか、ずっと考えてたんだけど…
地道に真面目に仕事するのが一番だね。】
『素晴らしいお考えだと思います。
私も師やギルドに掛け合ってみます。』
「おお、賛成してくれますか!?
はは、荷が降りた気分です。
実はですね?
これ私が冒険者時代に経験したことなんですが、ダンジョンが発生すると
絶対に物資の需給に過不足が出ちゃうんですよ。」
【ワシみたいな実力者パーティーになると、その過不足を調整出来たんだよねぇw
今の地位もその手口で貯めたカネで買ったようなもんなんだけどw
こんなこと若者に知られたら軽蔑されちゃうねw】
いや、ドレークギルド長。
俺は貴方を尊敬する。
過去がどうあれ、今社会にとって有意義な振舞をしているなら、それは評価されるべきなんだ。
『勉強になります。
私は若造で、この街にも来たばかりですので。
これからもギルド長から色々と学ばせて下さい。
役に就いてから知った事ですが、職工は冒険者の生活サイクルをそこまで熟知している訳ではありません。
冒険者の方が頻繁に会敵されているスケルトンの存在を知らない者もいます。
私も実物を一度も見た事がありません。』
「え!?
スケルトンなんて、フィールドを歩いてれば…
あ、そうか…
確かに一般の人はフィールドに出ないもんな…」
【ワシは小僧時代から冒険に出ていたから
スケルトンなんて見飽きてるけど…】
『はい。
非戦闘員は他の街への移動も乗合馬車を使いますし。
この街の人間の9割以上が非戦闘員です。』
「あああ…
私、これまでの人生、冒険者やら騎士やらとばっかり付き合ってきましたから…
そういう視点に本当に欠けておりました。」
【…割とマジで非戦闘員の視点なんて考えた事も無かった。】
『情勢が落ち着いたら、ギルド間の交流会とかやってみませんか?
商業ギルドの方も招いて。
きっと前線都市の利益になると思うのです。』
「いや、なりますよ!
何で今までそれをしなかったのか不思議なくらいです!」
【不思議でも何でもなくて…
ワシが本来行くべき他ギルドへの挨拶に行ってなかっただけどね♪】
『では早速師に報告致します。
進展あれば、ギルド長かヨーゼフさんに連絡入れるようにします。』
「お気遣い感謝します。
では、冒険者ギルドからも連絡員…
多分ヨーゼフの所で余ってる者になると思うのですが
誰かを連絡役に指名しておきます。」
【冒険者ギルドから人を派遣したら、後で他の派閥の連中からつつかれるからね。】
俺はドレークに礼を言うと、その足でバランに復命。
ミーティア精肉会社への出荷を手伝った。
案の定、今回出荷のスネーク干肉1㌧で一旦買取は中止。
「ダンジョン事情が落ち着くまで相場を見させてくれ」
とのこと。
お茶を出されてくつろいでいたゲドと情報交換。
今、部下のカイン・ゲレル両名をダンジョンに斥候に出しているとのこと。
「地下のダンジョンなら、ワシが得意中の得意なんじゃが…」
確かにドワーフなら坑道探査はお手の物だろうが、ギルド出禁じゃ仕方ないね。
ん?
待てよ?
『ゲドさん達って、今回みたいなダンジョン発生の対策に向いたパーティーだと思うんですけど。
もしもダンジョン付近に入れて貰ったら、力を活かせますか?』
「そりゃあ、ワシらドワーフは坑道に住んどる種族じゃし。
カインもゲレルも戦闘・伝令・探索のオールラウンダーじゃし。」
『出禁っていつ解けるんでしたっけ?』
「えっと、あと半年くらいじゃないか?」
『ちょっと待っててくださいね。』
俺は小走りで冒険者ギルドに戻ると、ドレークにゲド一派の出禁期間を短縮出来ないか質問。
【ワシはどっちでもいいんだけど、規律委員のコンラッドが反ワシ派閥の巨頭なんだよね。
ぶっちゃけワシが工作しなければ、今頃順当にアイツがギルド長だったんだよな…】
この人、心中が分かり易くて好きだわあ。
『ギルド長。
ゲドさんが職工ギルド所属なら、ダンジョンに入れますか?』
「え!?
いや、そうなると普通にフリーパスだけど。
どこかの工房に所属してないと職工ギルドメンバー扱い出来ないよ?」
【みんなゲドさん達のこと嫌いだからね。
そっちで引き取ってくれたら万々歳。
多分コンラッドも大賛成してくれる。
特に、あのキチガイ遊牧民は… 形振り構わず縁を切りたいからね。】
『もしも、今。
バランギル工房にゲドさん達が所属したら…』
「いやいや青年部長の工房で雇われてる職員なら無条件でギルドメンバー扱いになるし
その場合、冒険者ギルドは口を挟めない。」
【それはそれで怖いけど。
あの糞殺人鬼が離れてくれるなら助かるな。
あー、あのキチガイ女を二匹共引き取ってくれないかな。】
ゲレルさん以外にもう一人嫌われ者が居るらしい。
どうせキティだろうけどさ。
俺は小走りで工房に戻ると、ゲドさんと師匠に発案を伝える。
『全くの思い付きで恐縮なんですが、ゲドさんにウチの所属になって貰うというのは如何でしょうか?』
「俺は賛成だけど。
ゲドさん達にメリットあるか?」
「ワシはありがたいけど。
アンタらにメリットあるのかいの?」
『ゲドさん達が本腰を入れて手伝ってくれたら…
前線都市の問題解決の大きな弾みになると思うんです。』
「じゃあ俺は賛成。
ゲドさんさえ良ければ名義使って下さい。」
「いやいやいや!
ワシらにとってはありがたいけど…
君らに何のメリットあるの?」
『ゲドさん達は腕利きですし、一緒に居れば自然に相乗効果があるでしょう。』
「そんな大雑把な…」
『ダンジョン付近に入る事が出来ればゲドさん達は儲かりますか?』
「…ワシは稼ぐ自信がある。
あの辺って鉱脈の交差点なんじゃ…
ワシならレアメタルを取って来れる。
カインとゲレルにも地下戦闘は仕込んであるから、3人で潜れるしな。
商都に優秀な追加メンバーを待機させているから、サポートも万全じゃ。」
『ほぼ万能ですね。』
「後、ワシら馬7頭と馬車を持っとるから。
ぶっちゃけそれだけでも役に立つよ。」
そういう遣り取りがあったので、俺は再度ドレークに逢いに行き。
ゲド一派がバランギル工房の所属(ただの名義貸しだけど)になった事を伝えた。
「あ、じゃあ。
ゲドさんはウチの買取所使って貰っていいですから。」
『え?
いいんですか?』
「どこの街でも冒険者ギルドは職工ギルドと協定結んでますよ。
当然、職工ギルドの人には普通はこっちのサービス提供します。
だって私達だって職工ギルドメンバー扱いであなた方の割引とか案内サービスを普段使ってますし。」
俺は小走りで工房に戻るとギルド間特典の説明をした。
バランもゲドも半信半疑だったが、試しにゲドが討伐部位を持って行くと普通に買取してくれたので3人で驚いた。
「ゲドさーん!
ゲレルさんにはくれぐれも厳しく注意しておいて下さいよ!
貴方の言う事しか聞かないんだから!」
「おっけー♪」
どうやら前に娼婦を斬殺したのはゲレルさんだったらしい。
そして多分ゲドさんはあんまり反省していない。
ややカネに困っていたのかも知れない。
ゲドさんは大いにはしゃぎ、年甲斐もなくピョンピョン飛び跳ねて金貨を得た歓びを表現した。
「バランさん。
上納金は何割払えばいい?」
「あー、そういうつもりで提案した訳ではないので。
ここの家主はチートですので、チートと交渉して下さい。」
「えーマジ?
ここの家主ってチート君なの?
君、若いのにやるねえ。
あれ、この遣り取り前もしたっけ?
まあいいや。
ワシ、君に幾ら払えばいい?」
『いえ、討伐報酬はそのまま御三方で取って下さい。
今、職工ギルドの仕事をしてまして。
それを色々手伝ってくれれば幸いです。
私が世間知らずで仕事が滞っているので。』
「ほーん。
まあいいや。
報恩については考えておくから。
君も何かあったら言って。」
そんな話をしていたらゲレルさんが帰って来たので、ゲドさんが事情説明。
不思議そうな表情をしていたが、あまり頓着の無い性格なのか情勢報告を始める。
「ゲレル。
ワシら、この工房に世話になっとる身分だから。
以後、報告はバランギル工房さんにも必ず共有しとけよ。」
「了解
状況報告。
立ち入り禁止エリアの外周を2時間偵察。
他パーティーから聞き取りした所、スパイダー系の拡散を確認したそうです。
スパイダーの他にはポイズンスネークも散見されるとのこと。
現時点ではゴブリンとの会敵はないそうです。
禁止エリアの周辺を走ってみましたが、ゴブリンの気配はありませんでした。」
「スパイダーか…
じゃあゴブリンの廃棄巣穴だな。
高い確率でガーリックスパイダーが含まれてる。
ニンニクの相場が下がるな。」
乾燥工房の取り扱い品目にはニンニクも含れている。
なので長年そこで勤務していたドランさんが言うのならニンニク相場は下がるのだろう。
『ガーリックスパイダーというのは?』
「ん?
前に喰わせてやっただろう。
ニンニクの上位互換だ。
精力効果はニンニクほどでは無いが、臭いが残らない上に腹に溜まる。」
「ゲドさん。
問題はスパイダー系って病原菌ある点ですね。」
「だな。
スパイダーが大量発生すると、人か家畜のどちらかに伝染病が流行る。
後、ポイズンスネークがダンジョンに居るということは、ポーションや毒消薬が足りなくなる。
帝都の連中はダンジョン探索に暗視薬を使うらしいが、この街は貧乏人の集まりだから関係ないか。
よし、ゲレルは休憩。
ワシはカインと途中合流して、もう一度偵察させる。
状況が許せば明日から狩りに行こう。
バランさん。
探してる魔物や部材があったら言ってね。
ワシら狩ってくるから。」
それだけ伝えるとゲドさんは厩に向かった。
皆の許可を取ってゲレルさんを4階の空き部屋に案内する。
「ねえ、チート君と言ったか?
アンタ甲斐性あるねえ。
いい男だ。」
『その割にモテないですけどね。』
「馬鹿w
男の癖に何を眠い事言ってるのっさw
モテるモテないとか受け身なこと言ってんじゃないw
モツんだよw」
ゲレルさんは何気なく言ったことだが、妙に頭の中に残った。
《モテるモテないとか受け身なこと言ってんじゃないw
モツんだよw》
恐らく金言なので脳裏に刻み付ける。
階段を上ってる時にベスおばとすれ違うが、ゲレルさんとは互いに一瞥しただけで挨拶もしない。
『仲良くして下さいね。』
と呼びかけたが双方に無視されたので
『狩人と薬剤師、お互いに相乗効果見込めます! 儲かりますよ!』
と慌てて訂正する。
二人は無言で見つめ合っていたが、俺を除け者にしてヒソヒソ声で商談を始めた。
念の為【心を読んで】みるとベスおばが屑魔石を探していて、ゲレルさんが収集販売を約束していた。
コイツら絶対気が合うよな。
昨晩からずっと騎走していたらしいゲレルさんは4階の1人部屋に案内するなり、寝具もクッションも無い部屋で山刀を枕に眠ってしまった。
留め金を外しただけで鎧すら脱がなかった。
常在戦場とはよく言ったものである。
ゲレルさんの部屋から出た俺はリビングで共用の食糧を貪っているベスおばに状況説明をした。
「あー、これは疫病流行るパターンねw
人間か鶏かのどっちかが纏まって死にますわねw」
『解決方法はありますか?』
「おやおやw
少しは口の利き方が分かって来た様ねww
仕方ありませんわ。
ちょっとだけ助け船を出してあげましょう。」
『後、それはラルフ君の明日の朝食なので勝手に食べないで下さい。』
「前言撤回w
やっぱり助けてあげませんわw」
『それは残念です。
ほら、これをあげますから
そっちのブロックを棚に戻して下さい。』
「何コレ?」
『俺の分の朝食です。』
ベスおばは白けた表情で俺を睨むと食糧を投げ捨ててどこかに行ってしまった。
犬でももう少し話が通じるぞ。
その後、俺は職工ギルドの本部に行ってドレークから頼まれていた冒険者ギルド内の告知や依頼を貼らせて貰った。
渋られるかと思っていたが、あっさり掲示させて貰った。
ただいつも盛況な冒険者ギルドと異なり、職工ギルドは閑散としているので、ドレークに少し申し訳なく感じた。
職工ギルドの職員と雑談したが、やはり疫病を恐れていた。
《新ダンジョン発見→疫病流行》というのは鉄板の流れらしい。
ダンジョンに潜った冒険者達が悪気なく病原菌を持ち帰るらしい。
「帝都はきっちりしているから帰還者は必ず《防疫剤》で消毒してから街に入るんですけどね。
ペニシリンの配給も前線都市はいつも後回しにされるしなあ。」
『防疫剤?』
「文字通りですよ。
全身に振りかける事で病原菌を殺菌出来るんです。」
『じゃあ前線都市でも!』
「いやあ、結構高くて…
この街の予算じゃあ…」
『そんなに高価な薬品なんですか?』
「一人一回分で6万ウェンくらいしますからねえ。
材料にワイバーンの魔石が必要なんです。
だから我々では手が出ない…」
『うーーーん。
やっぱり世の中カネですねえ。』
「全くです。
家畜用の防疫剤にはライガー系の魔石が必要とかで
この街じゃ手は出ませんしね。
あ、チートさん。
車両の件、助かりました。」
『ヨーゼフさんのことですか?
彼らも片手間ですよ?』
「その片手間が助かるですよ。
ボルト鉄工さんがチートさんに感謝してましたよ。」
『ボルトさんが?』
「ほら、彼ら重量物運搬用の車両を使い潰してるから。
車両整備士が一人この街にいるだけで全然違うんですよ。
かなり仕事が円滑になったみたいですよ。」
おお…
改めて成果を聞かされると、手応えあって嬉しいな。
そうかあ…
俺、この街の役に立ててるんだな。
それにしても、前線都市ってやっぱりカネが無いんだな。
職工ギルドから帰る際、たまたま人力車を見つけたので中央区の商業ギルドまで飛ばして貰う。
手ぶらで恐縮だったが、レザノフ卿に挨拶。
・新ダンジョン発見に際して何か出来る事はないか?
・疫病が怖いので防疫剤が欲しい、何とか入手する方法はないか?
・冒険者・職工ギルド間で連携し始めている、商業ギルドも懇親会に出て貰えるか?
・ウィルヘルム博士の捜索依頼
『申し訳ありません。
…何かレザノフ支部長にはお願いばかりしております。』
「ははは、チート書記の御来訪には助かっておりますよ。」
『助かる、ですか?』
「だってそうでしょう。
今まで私は職工ギルドや冒険者ギルドの内情や要望がわからず困ってました。
ここは自治都市なので私からどうこう言えませんし…
貴方の様に皆の顔を繋いで下さる方の存在は貴重です。
規則とは言え…
車両整備のリソースを提供出来て居ない事、この街の皆さんに対して心苦しかったですが…
チート書記が道筋をつけてくれたと人伝に話を聞いて、敬意を抱きました。
私に出来る事は少ないですが、ペニシリンの配給を急いでもらう様に早馬を出しておきましょう。」
『ありがとうございます!』
その後、レザノフ卿としばし歓談。
砂漠地帯や湿地地帯のダンジョン体験を聞かせて貰う。
二人で軽食を取っていると、奥様と息子さんが来られたので挨拶を交わす。
長男のイワン君は8歳。
帝都の陸軍幼年学校に進学を希望しており、毎日修練に励んでいるとのこと。
8歳とは思えないほどにしっかりした受け答えに圧倒され、まともなエチケット・マナーを知らない自分を強く恥じる。
ああ、イワン君の様な人材がエリートとして社会を支えるんだろうな。
…劣等感。
この訪問で俺は勝手に凹んだが、一つ大きな収穫があった。
レザノフ卿がこの街の郵便通信記録を調べてくれたところ
ウィルヘルム博士のイニシャルが判明したのだ。
「これですね。
Dr.E・フォン・ウィルヘルム。」
『おお!』
「Drは博士。
Eはファーストネームのイニシャル。
フォンは貴族称号です。」
『E?』
「ほら、エリックとかエーミールとか。
ああ、でも帝都貴族ならエドワードが多いかな。」
おお!
全然進展の無かったウィルヘルム博士探索が少し進んだぞ。
そうか…
今まで《ウィルヘルム》でだけ探索していたが、本人がファーストネームしか名乗っていない可能性があるんだよな。
俺もこの街で何人かと仲良くなったが、姓を知らない相手も結構多いよな。
まあいい。
これからは《頭文字E》も意識して探索を続けよう!
【伊勢海地人】
資産 現金1200万ウェン強
古書《魔石取り扱いマニュアル》
古書《帝国本草学辞典》
北区冒険者ギルド隣 住居付き工房テナント (精肉業仕様)
債権10億円1000年分割返済 (債務者・冒険者ヨーゼフ・ホフマン)
地位 バランギル解体工房見習い (営業担当)
前線都市上級市民権保有者
職工ギルド 青年部書記 (青年部のナンバー2)
戦力 冒険者ゲドのパーティーが工房に所属
【読者の皆さまへ】
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「心を読みたい!」
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