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チートで話の本筋に還る

「チートは本当に生き急いでるなぁ。」


昼に起きて俺の報告を受けたバランはしみじみと感嘆する。


『勝手な事をして申し訳ありません。』


「そのお手製エリクサーの所有権が曖昧だったってこと?」


『一応… 

俺が彼らに使った1本は口頭で譲り受けたものだったのですが。』


「残りのエリクサーはベスさんの所有物だった訳だな。」


『はい。 

そして、現場では俺からベスさんに譲渡をお願いしておりました。』


「あー、なるほどね。

冒険者さん達の世界じゃ一番揉めるパターンだわ。」


『やはり揉め事の元になりますよね?』


「命掛かってる場面で高額な薬品を譲る譲らない、って話でしょ?

昔、それでパーティー同士の抗争に発展した事件とか聞いたことあるよ。

で、そのお手製エリクサーは… お高いんでしょ?」


『本人は最低2億の市場価値と言い張ってます。』



「仕事増やす人だなあw」



美少女とセックスした直後なので、バランは機嫌が良く余裕もある。

エルザちゃんの好感度はかなり良かったらしい。



「そんな事よりチート。」


『はい。』


「エルザちゃんの件…  

俺、凄く感謝してるから。

オマエには何から何まで助けられっぱなしで…

いつもありがとうな。」


『いえ、俺もバラン師匠と会えたからこそ

この街で暮らしていけてます。

こちらこそ御礼を言わせて下さい。』



俺とバラン師匠はしばらく無言で見つめ合うと堅い握手を交わした。

今、改めて実感した。

男の幸福とは真に信頼出来る師に巡り合うことなのだ。

その後、バラン師匠に頼まれて、エルザちゃんの実家に贈る贈答品選びに付き合う。

このグランバルドでの婚姻の手順は下記の通り。


----------------------------------------------------------


『大前提として身分差が大きいと結婚できない。』


01.交際中にお互いの身分を婚姻可能か確認。 

02.互いの在所を確認し合う(セックスの有無は関係ない)

03.男性側が相手の家長に贈答品を贈る。 

04.家長が婚姻を承認した場合、返礼品を娘に持たせて御礼言上させる。

05.双方の家長同伴の元に居住都市の役所で婚姻報告


----------------------------------------------------------


以上の手順なので、03の贈答品は特に大事。

ここで手を抜いたりセンスの悪い物を選ぶと、相手の家長から拒絶されてしまう。

(拒絶の場合は、娘以外の者が贈答品を突き返しに来る。)

そのような慣習があるので、俺達はマシな店が多少ある中央区(商業ギルドがある地区)の進物屋を訪れた。


「チート、頼む。」


『はい師匠。』


俺は受付嬢に1人で声を掛けた。



『あ、スミマセン。

婚姻の贈答品を購入したいのですが。

…いえ私でなく、あちらの。

はい、職場の代表なのです。

ええ、私は秘書です。

代表の婚姻です。

いえ、相手の方はまだ十代です。

あ、予算は大丈夫ですよ。

公的団体で役職に就いておりますので。

はい、経営者かつ公人です。

ええ、格式相応の贈答を。』



受付嬢と会話しながら【心を読んで】相手の本音をチェックする。

まあ想定内の本音だった

殴り倒してやろうかと思ったが、歯を食いしばって耐える。

受付嬢は最も高額な贈答品を売りつけてくるが、『相手はシングルマザーなんだけど?』と言った時に反応した贈答品(大型のソフトソファー)を購入した。


善は急げと言うことで、俺はグランバルド人の正装に着替えるとその足で工業区に向かい、エルザと母親が帰宅したタイミングで贈答品を届けた。

母娘とは既に面識があったのでリラックスした応対を受ける事が出来た。

茶菓子を頂きながら談笑する。

聞こえてくる【本音】は多少打算的だが好ましい反応だった。

エルザ母娘には上昇婚志向が強く、バラン師匠の社会的地位は想定以上のものだったらしい。

そもそも工場作業員の二人にとって《職工ギルド》自体が雲の上の存在らしい。

気持ちは解る。

俺だって内部を見るまでは漠然とギルドを凄いものとして認識していたからだ。


嬉しかったのは、バランが単なる金蔓ではなく男として評価されていたことだ。

エルザの母親はそれとなくバランの評判を集めていたらしく、《解体業界屈指の腕利き》という社会的な評価を知り満足していた。

加えて娘に内緒でバランギル工房を遠目に確認していたらしい。

玄関で冒険者達と談笑しているバラン師匠を見て、《甲斐性のある旦那様》と判断してくれた様だ。



「それでチートさんはどうするの?」


帰りがけにエルザに声を掛けられる。


『ん? どうするとは?』


「あはは、やだあ♪ 

チートさんも恋人欲しいって言ってたじゃないですかぁ♪」


『ああ、そうだなあ。

ドランさんとラルフ君を片付けたら俺も本気を出すよw』


「あははw 

お見合い婆さんみたいww」



『あ、エルザちゃん。

今回の返事とは別にさあ。』


「はい?」


『師匠が今、空きテナントを埋める方法を探してるんだ。

俺達、職人業界に疎いから色々教えてくれよ。

最近知ったんだけどさ、この街には漬物工房が無いみたいなんだ。』


「うそだーーーww

漬物くらい誰だって作れますよーww」



だよな。

俺だってそう思う。

この街の現状は異常だ。


母娘に見送られて俺は、グランバルドの婚礼作法に従い馬車で工業区を去る。

贈答使者の格は乗り物で決まるのでわざわざ馬車を雇ったのだ。

(徒歩<騎馬<人力車<駕籠<馬車の順番で格が上がる。)

母娘の満足気な笑顔に、俺も満面の笑みで手を振った。


御者に礼を述べてから帰すと、俺はバラン師匠に復命する。

相当心配だったのか途中まで不安気な表情だったが、俺の報告をしばらく聞いて破顔した。

明日は冒険者ギルドに訪問するので、今晩は解体に専念しなくちゃな。

今夜の我々の作業内訳は下記の通り。



-------------------------------------------------------------


《今夜のバランギル工房作業予定》



バラン・バランギル (工房代表)


・ジャイアントベア1体解体

・ロングスネーク10体解体



ドラン・ドライン


・ジャイアントベア解体補助

・ジャイアントベア干肉化下処理



ラルフ・ラスキン


・トード2体解体

・封箱整理



チート・イセカイ


・翌日納品用干肉の梱包

・清掃


-------------------------------------------------------------


想像以上にこの街では干し肉の需要が多い。

干し肉を主食にして雑穀を副食にしている者も珍しくない。

なので、干し肉はガンガン売れる。

正直、喰いっぱぐれの無い商売だ。

どうしてみんな携わらないのか不思議だが、考えてみれば地球でも皆がみんな精肉店や焼き肉屋になる訳でもなかった。

ドランに聞いたのだが、乾燥工房はマイナー業なので知らない人間からすれば中々敷居が高いらしい。



「おいチート。 

ヨーゼフ達が来てるぞ。

後は全部俺がやっておくから、行って来い!」



『す、すみません!

作業ほったらかしで!』



「馬鹿w

それを補う為のチームだろw

ほら、行ってやれw」



地下から一階に上がると昨日の7人が神妙そうな顔つきで並んでいた。

俺がエリクサーを振りかけた大柄なルッツ君も居る、見た所命に別状はなさそうだ。

ヨーゼフさんを始めとしてメンバー達が俺に礼を述べ握手を求めてきた。



「チートさんは命の恩人です。

神話に出て来る復活を自分が体験するなんて想像もしてませんでした。」


『いえ、恐縮です。』


「正直、驚いております。

私などは目を潰され、腕を斬り落とされたので、仮に助かったとしても…

心の中で一思いに殺してくれと叫んでいたのですから。」



そう言うヨーゼフさんの左眼はやや充血しているようにも見えるが、外傷があったとは思えない。

右腕も昨日は肩口から落とされていたが、今は上腕まで生えてきている。

ルッツ君もそうだ。

昨日は肘より先が無かったが、手首まで生えてきている。



「そうなんですよチート君…

目も、ちゃんと見えてるんです。

ええ、視力はやや落ちてますが、潰れていた方の眼でも人の顔が判別できる位には回復しております。

もしや…

これは…

伝説のエリク…

高価な薬を使って頂いたのでは?」



だよな。

幾ら異世界とは言え、この回復力は異常だし。

ヨーゼフさん達が戸惑うのは理解出来る。

「治療費はちゃんと支払いたいとは思っているのですが…」

申し訳なさそうに彼らがこちらの様子を伺う気持ちも同様だ。


どうやら冒険者ギルドの規約で、救命された側は相応の対価を支払う義務があるらしい。

それを怠って除名された者もいるらしいので、単なる紳士協定ではなさそうだ。

冒険者同士ならある程度の融通を利かす方法もあるのだが、俺達が職工ギルドという別組織のしかも役職者である事から、ヨーゼフ達には法律的な債務が負わされかけているのだ。

俺はグランバルドが意外にキッチリしている事に感銘を受けた。



『…あの薬品については新薬なので定価がありません。

なので、あなた方にうるさく請求するつもりも無いんです。』



「いえ!

お気持ちはありがたいのですが…

やはり法的にも道義的にも我々には薬品代を支払う義務が生じている訳で…

ただ御存知の通り、今回の失態で思った以上の出費がありまして…」



『率直に申し上げます。

ルッツ君に使用したエリ… 薬品は俺の私物ですが

それ以外の薬品は制作者の所有物なのです。

なので、薬品代の件に関しては俺の一存では…』



「制作者?」



『ええ、弊社の寄宿人とでも申しましょうか…』



等と話していると、上階からベスおばの奇声が聞こえる。

「キエー! キエー!」

あのBBA、本当にうっさいな。

ヨーゼフパーティーが怪訝そうな表情で真上を見上げる。


「職員の方ですか?」


『いえ部外者です。』


「エリ… 薬品を提供して下さった方ですね?」


『…まあ一応は。』


「御礼を述べさせて頂くことは可能ですか?」


『…声を掛けて来ます。

皆さん、立ち話もなんですから、そちらのソファーを使って下さい。

チェストの上のスナックは来客用ですので、どうぞ。

いえ、本当に。』



心の底から気は進まないが、俺はベスおばが居座ってる2階の調合室(ベスおばが勝手にそう呼んでる)の扉を開けた。


「あら、伊勢海地人君じゃない。

ワタクシ、忙しいのですけど

何か御用?」


嘘つけ、ふんぞり返ってフルーツポーション飲んでるじゃねえか。

そのフルポ、俺が後で飲もうと思って取っておいたやつだぞ!!


『昨日のジェネリックエリクサーの件でお話があります。』


「あらあら~♪

ようやくワタクシの偉大さを理解出来たんですの?

プークスクスクスwww」


『今、ヨーゼフさん達が訪問されてます。』


「ヨーゼフ?」


『ほら、エリクサーを使った…』


「…ああ。

それで?」


『貴方の提供したエリクサーなのですから、謝礼の受け取りについて彼らと協議してやって下さい。』


「は?

あれは貴方に差し上げたものですわ。」


『俺が頂いたのは賭けに勝った1本だけです。』



そういう押し問答をしているうちに面倒になったので、ベスおばの手を引っ張って一階に降ろした。

ゴチャゴチャ五月蠅かったが『それ俺のフルポだから!』と言ったら口を尖らせて(可愛い子がやると可愛い仕草なんだけどね。)おとなしくなった。



「謝礼を払いたい? 

じゃあ1本2億ウェンだから7本で14億ウェン。

端数はサービスしてたったの10億で許してあげますわ。

でもあれが使われた時点での所有者は伊勢海地人。

だから後は伊勢海君と話をつけて下さいな。」



一方的に宣言するとベスおばはドスドスと階段を上って去って行ってしまった。



『申し訳ありません。

ちょっと非常識な人で…

ヨーゼフさん、非礼をお詫びします。』



「あ、いえ。

では、チート君に《10億債務》とさせて下さい。」



『いやいや幾らなんでも10億は法外でしょう。』



「確かに10億は我々にとって難しい金額です。

ですが、あなた方が居なければ我々全員確実に死んでましたからね。

命の対価が一人1億強というのは、どちらかと言えば良心的な値段だと思います。

だってそうでしょう。

抉れて失明した目だけでも、1億強で治してくれる人なんか居ないですよ。」



『あー、そっか。

一理ありますね。

それに… 冒険者ギルドの皆さんが現場を見ておられたから。』



「はい。

我々があの薬品… エリクサーですよね?

エリクサーの提供で一命を取り留めた、というのは冒険者ギルドの公式記録に残っております。

しかも提供者のチート君は職工ギルドの役職付ですよね?

我々が支払いを怠った場合、ギルド間の問題になってしまいます。」



『なるほど…

俺は社会経験が乏しいので、そういう視点に欠けてました。』



「現金をかき集めて来たのですが、お恥ずかしい話ですが30万弱しかありません。

遺族への弔慰金も支払わなければならないので…」



『あ、では。

まずは遺族の方々へのケアを優先なさって下さい。

こちらは後回しで結構ですので。』



「魔物の現物もあるにはあるのですが…

レッドスネークが10匹程度で…」



『現金が必要でしたら弊社で買取致しますよ。

いえ、何を仰るんですか!

当然定価で買取対応致します。

師匠、それで宜しいですね?

…はい、承知しました。 はい。

OKです。

持ち込んで頂ければ、その場で支払い致しますので。』



「お気遣い感謝します。

あの… 我々に何か出来る事はありませんか?

手負いとは言え人手はありますので、何かの形で御礼をしたいのですが…」



そういう話の流れになったので、職工ギルドの空きテナント充填プランの手伝いをお願いした。

ヨーゼフパーティーにも何人かの徒弟崩れが居るらしいので、頭を下げて協力を依頼する。

相手の弱みに付け込むようで申し訳なかったが、本心を言えば助かった。


その後、バランとドランがメンバーにお土産を配って打ち解けた雰囲気になった。

しばらく皆で雑談で盛り上がってから解散する。

明日は冒険者ギルドに会談に行くから準備しなくちゃね。





「ねえ、取引しませんこと?」


『取引?』


「貴方の欲しいものを教えて下されば

ワタクシそれを提供致しますわ。」


『欲しいもの…

まあ、女ですかね。』


「あーら下世話な男。」


『それだけ健康なんですよ。』


「物は言いようねw

他には?」


『…欲しいもの。』





欲しいもの、ね。

俺、何のためにここに居るんだったかな。

前線都市の自給率を…

違うな、俺なんで前線都市に居るんだ?

あの猛者揃いのヨーゼフパーティーを一瞬で壊滅させるほど強いリザード族に狙われてるんだろ?

あ、違う違う。

俺、昔から異世界に行きたかったんだ。

ラノベとか好きだったし、父さんともそういう話して…

父さん。

あ、でもここ異世界じゃないんだよな。

日常に忙殺されてたけど…

ここは月の内側。

あ、そうか。

俺、それで醒めちゃったんだ。

憧れの異世界が…

ただ戦争奴隷を作る為の…

よく覚えてるよ。

アイツ、俺達のことを《蠱毒の養分》とか言いやがったよな?


…俺達?


そうだよ…

俺の夢がさあ…

ずっと夢見た世界がさぁ…

違うな。

夢を笑われて、馬鹿にされて、利用されていて…

悔しかったんだ。

自分のスキルのおかげとは言え…

いきなりネタバレされたんだもんな。

あー、そうだそうだwww

俺、何やってんだろwww

ほーんと馬鹿だよな



『…標準座標≪√47WS≫』



口が勝手に動いていた。

今、自分がどんな表情をしているのかわからない。

ベスおばはゴミでも見るような目でこちらを眺めている。


「なあに?  

位置とか距離とかそういう数式?」


『!?   

アンタ…  これがわかるのか!?』


「ハア? 

わかるわけないでしょう。

方位学の数式に似ていると思っただけよ。」


『…取引に応じます。』


「ふーん、それはそれはアリガト。」


『俺は何をすればいい?』


「思いついたらお願いするわ。

で?

ワタクシは何をすればいいの?」


『思いついたらお願いさせてくれ。』



俺とベスおばはしばらく無言で睨み合ってから、それぞれの自室に帰った。

明日、冒険者ギルドを訪問し、職工ギルドを代表し空きテナント改善計画の協力を要請する。

話の本筋では無いが、徒弟としての俺の本筋だ。


そしてこの道が、標準座標≪√47WS≫に繋がっている事を何故か俺は直感していた。

【伊勢海地人】



資産 550万ウェン強  

   古書《魔石取り扱いマニュアル》

   古書《帝国本草学辞典》

   北区冒険者ギルド隣 住居付き工房テナント (精肉業仕様)

   債権10億円 (冒険者ヨーゼフのパ―ティー)


地位 バランギル解体工房見習い (営業担当)

   前線都市上級市民権保有者

   職工ギルド 青年部書記  (青年部のナンバー2)


戦力 なし





【読者の皆さまへ】


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[良い点] チートくんとベスおばの因縁の行方、気になりますね。
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