チートで生活を保護する
以前から「遊びに来い」と言われていた、アンダーソンのパーティーハウスを訪問する。
彼らの本拠はあくまで商都であり、この前線都市には簡易拠点のみ構えるとの事だったが、想像以上に大きい。
商都には倉庫員・警備とその家族を残し、戦闘・補給・修繕のメインメンバーとその家族をしばらく前線都市に張り付けるとのこと。
手土産はドラン謹製の《スパイスジャーキー10種詰め合わせ》である。
(大所帯だと聞いていたので、質より量の手土産チョイスにした)
玄関前には小学生くらいの子供たちが走り回っており、バランギル工房の名前を出すとすぐに招き入れてくれた。
リビングにはメンバーの妻子がおり、一通りの挨拶が済むとアンダーソンの書斎に案内される。
大規模パーティーのリーダーの私室というので、武具やハンティングトロフィーで満ち溢れた部屋を想像していたのだが、入室してみると、壁に精緻な地図が3種類貼られている他には大して特徴の無い極めて簡素な部屋だった。
中小企業の会議室(見た事は無いが)のような印象を受けた。
「「バラン師匠の役職就任おめでとうございます。」」
アンダーソンと副将のコリンズさんが開口一番丁寧に頭を下げる。
俺も深々と答礼した。
「チート君も役職付になったって聞いたよ。
凄いね君、この街の若手の出世頭だ!」
『俺のような新参者が生意気に思われてないか心配です。』
「誰が就任しても反発する人は居るからね。
あまり気にせず行こう。」
『ありがとうございます。
今は役目を全うすることに専念します。』
「当面は挨拶回り?」
『はい。
この街の課題を割り出しつつ、その対応策を皆様に相談していく予定です。』
そこまで話が進むと、副将のコリンズさんがアンダーソンに目線で合図して口を開き始めた。
この人はアンダーソンパーティーの雑務全般を請け負っている人で、パーティーの補給全般を担っている。
脚を負傷して引退するまでは腕利きの槍術家としてフィールドを縦横無尽に駆け回っていたとのことである。
アンダーソンと同郷で彼よりもやや年上である為、パーティーの精神的な支柱となっている。
「チートさん。
この前は支払いを前倒しして頂いてありがとうございました。
随分と助けられました。
また、毒袋の販売先を教えて下った事も非常に感謝しております。」
『いえ、こちらこそ皆様が優先的にご利用して下さっているおかげで、商売の体を取れております。
師も、アンダーソンパーティーの皆様は今後も優先して行きたいと申しております。』
「恐縮です。
こちらこそどうか懇意にして頂ければ幸いです。
それで口を挟んでしまって恐縮なのですが…
御社はギルド活動のウエイトを増やされる御予定なのでしょうか?」
『任命されたからには全力を尽くすべきである、と師は申しております。
ただこれまで懇意にして下さったお客様に御迷惑を掛ける訳には行かない、との意思は工房一同で一致しております。』
「その… 懇意とは… 当方も…」
『勿論です。
アンダーソン様には特にお世話になっておりますので、御業務に差し支えない様に取り計らう所存です。』
「いやあ、バランギル師匠が街全体のことを考えておられる中、自分のことばかり申し上げて恐縮です。
実はお恥ずかしい話なのですが、チートさんが来られた時に私達は少しパニックになってしまって。」
『パニック?』
「バランギル師匠が役職に就かれた事が話題になっておりますので、ひょっとすると業務縮小の連絡に来られたのかな、と。」
『ああ、誤解を与えてしまって申し訳ありません!』
「いえいえ。
お恥ずかしい話です。」
『師の就任が話題になっているのですか?』
「ええ、職人連中の間で評判になってますよ。
バランギル師匠は単に役職を貪る人ではなく真剣に職工ギルドの任務を果たそうとしている、と。
そしてチートさん。
貴方もです。」
『自分がですか!?』
「切れ者だって評判ですよ。」
『恐縮です。』
「それで…
バランギル師匠は職工ギルドをどのように…」
『あ、いえ。
そんな大それた考えは持っている訳では無いのですが…
業種の穴を埋めて行こうと考えております。』
「それは空き店舗を埋めて行く… 的な?」
『はい。
俺も来たばかりでこの街の事情はそこまで理解出来て居ないのですが…
この規模の都市に最低限揃っているべき産業が不足している気がするのです。』
「確かにここは空き家・空きテナントも多いですな。
このパーティーハウスも驚くほど安価に賃貸出来ております。
間取りは商都と変わりませんが、家賃は1割ほどしか掛かりません。」
『裏を返せば、10倍の家賃を払ってでも商都で暮らしたがる人が多いということですね?』
「ここは軍事基地跡であって、街として設計されている訳ではありませんから。
それに子供の進学等を考えると、申し上げにくい事ですが… やはりここでは。」
俺が地球に居る時…
そんな風に評価されてる街ばっかりで暮らしていたな。
最低の街、最低の団地、最低の民度。
結局、異世界に来た所で俺の居場所は大して変わらない。
『ここにも人々の営みがあります。
貧しさが理由で出て行く事が困難な人、更なる貧しさが理由で出て行く事の必要性を認識するのが困難な人…
彼らにも…
最低限文化的な生活を提供する義務はあると俺は思います。』
「「最低限文化的な生活?」」
『同じ人間である以上、最低ラインの暮らしを送る権利が誰にでもあります…
いえ、あって欲しいと願ってます。』
「それはバランギル師匠の御意見ですか?」
『いえ、今言語化出来た私の勝手な意見です。
ですが、師も必ず賛同してくれると確信しております。』
「御志は素晴らしいと思います。
私も可能な限り見習いたいです。
ただ、チートさんが今仰られたのはギルド役員が負う義務の範疇を越えている気がします。
中央の貴族なら兎も角…」
『この街は自治都市です。
なので、街の一員である俺にも…
義務はあります。』
「承知致しました。
お考えに反対する気はありません。
その… 本日はその話をする為に?」
『…はい。
俺が知る冒険者パーティーの中で一番大勢のメンバーを抱えている皆さんに教えて欲しい事がありまして。』
「我々で解る事がありましたら。」
コリンズさんの表情に少しだけ警戒の色が浮かぶ。
勘のいい人だ。
『率直に質問します。
冒険者ギルドの加盟者の中で手が空いている人を、職人仕事に回して貰う事は可能でしょうか?』
「…チートさんは勉強熱心な方ですので、既にご存知かも知れませんが。
冒険者の半数以上が、職人仕事を嫌って現在の生活をしている者なのですよ?」
『はい、存じております。
ただ、彼らが嫌っているのは職人仕事そのものではなく、職場の親方であったり先輩だったり…
いえ徒弟制が嫌いだから冒険者になったのではないですか?』
「…コリンズ。
口を挟んでいい?」
「どうぞボス。」
「チート君。
今ね、リビングに職人から転職したのが何人か居るんだ。
ここに連れて来ていいかな?」
『お気遣いありがとうございます。
是非、お願い致します』
アンダーソンが連れて来たのは、ボブ・ジョン・ロッドの3名。
3人共21歳。
俺より年下とは思えない程、精悍な顔つきをしている。
(俺が童顔なだけだが。)
元々徒弟だったが、酷い扱いに耐え兼ね同郷のアンダーソンの元に逃げ込んで来たとのこと。
3人の略歴は以下の通り。
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《ボブ》 冒険者ランクF
ファーストキャリアは鍛冶屋の徒弟。
精神主義的な社風に我慢できずパーティーに加盟。
武具や車両の修繕を担当。
《ジョン》 冒険者ランクE
ファーストキャリアは土建屋。
典型的な「見て覚えろ式」の新人教育に反発しパーティーに加盟。
牧場従業員の親から学んだ乗馬スキルを活かして御者・連絡員として活躍中。
《ロッド》 冒険者ランクE
ファーストキャリアは染物屋の徒弟。
家族経営特有の閉鎖性と薄給から職場を脱走しパーティーに加盟。
弓が得意な事から後衛アタッカーに抜擢され、現在修行中。
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「チートさん、この間は差し入れありがとうございました。」
『いえいえ!
こちらこそ炎天下のまま立たせっ放しなのに気が付かずにごめんなさいね。』
「いやいや、それが俺達の仕事ですからw」
『やっぱり冒険者って見ててハードですね。』
修繕担当のボブ君以外とは面識があるのでスムーズに話が進む。
「確かに冒険者はハードですけど… なあ。」
3人が顔を合わせて頷き合う。
『職人よりかはマシ… という事ですか?』
「ははは。 職工ギルドのチートさんの前じゃ言いにくいですけど。
職人の世界にはもう戻りたくないって、いっつも3人で話してます。」
『やっぱりしんどいですか?』
「うーん。
俺達の世代じゃ《職人になったら負け》って価値観あります。」
『職人は負けですか!?』
「あ、スミマセン。
別にチートさんのお仕事を悪く言うつもりはないんです。
ただ職人の世界はバランギル師匠みたいな人格者は稀ですので…
その《配属ガチャ》って言葉分かります?」
『俺の地元でも使われてた言葉です。』
「じゃあ説明は省きますね。
徒弟になる時って村に求人票が来るんですけど
実際に職場に入ってみないと、雰囲気や人間関係が分からないんです。」
「ガチャと言いつつ当たりが入ってないんですけどねww」
「だよなw 徒弟なんて全部外れだよw」
「ボスに拾って貰えなかったら、俺発狂してたかもww」
なるほど。
ネットで色々調査可能な地球ですら職場ガチャがあるのだから、グランバルドでは尚更だろう。
『親方や先輩に当たり外れがあって、それが職人業が嫌がられる原因であることは理解出来ました。
それで3人に教えて欲しいんですけど。
職人仕事そのものはどうですか?
嫌いですか?』
「ん? いや、そこまで考えた事無かったですけど…
鍛冶自体はやり甲斐ありますよ。
自分の働きがダイレクトに形に反映されますからね。
パーティーの皆さんの安全に関わるポジションなので緊張感はありますけど
今は充実しています。」
「俺はボブと違って染物はトラウマになってますw
正直染物桶なんて二度と見たくは無いんですけど、手を動かす事にはアレルギーないです。」
「土建屋って言っても半年も我慢出来ませんでしたからねw
…俺、根性無いんでw
親方は嫌いでしたけど、仕事は面白かったです。」
予想通りの回答だ。
話に集中したいのでスキルは限界まで絞っているが、彼らの発言が本音である事は十分伝わって来ている。
【【【徒弟はイヤだ…】】】
という表示が3人の胸元にポップアップし固定されている事からも、相当嫌だったのだろう。
『あの… 三人共…
思い付きで物を言って申し訳ないのですが…
冒険者ギルドのクエストの様な形で職人仕事が募集されていたら…
どうですか?』
「??
職工ギルドが冒険者ギルド式に依頼を出すということですか?」
『例えば…
染物30着金貨1枚、とか…』
「つまり長期就職ではなく、タスクごとの請負ということですか?」
『はい。
俺はずっと考えてたんです。
どうしてみんな冒険者になりたがるのか、って。
で、結論なんですけど
《実力さえあれば1人でやって行けるし
好きな人間とパーティー組めるからストレスが少ないから》
が理由なんじゃないかって。
職人仕事って逆じゃないですか?
設備産業だから新人が1人で仕事を覚えるのは難しいし
仕事仲間を選ぼうと思ったら徒弟以外に選択肢ないでしょ?
なので、仕事の形を変えたら業界に人を呼び込めるのではないか、と。』
「うーーーーーん。
チートさんのお話は面白いし、徒弟の言い分を凄く汲み取ってくれていると思うんです。
正直そこまで真剣に考えてくれる人はこれまで居なかったので嬉しいです。」
『あ、いえ。』
「ただ。」
『はい。』
「現実…
すみません。 ストレートに申し上げますね。
現実的ではないんじゃないか、と。」
『問題箇所が知りたいんです。
どの辺が非現実的ですか?』
「仰る通り職人仕事って設備産業なんです。
勿論、業種によって差異はありますけど…
何か職人仕事をしようと思えば、工房や機材を揃える必要があるんですよ。
逆に冒険者って精々武器とバックパックさえ準備すれば、誰でも出来ます。
要領の良い者なら竹槍を自作して生活費を稼いでる元手ゼロ冒険者も居ますし、ウチのような村民会的なパーティーなら地元の先輩達が装備を貸してくれるんです。
例えば俺の鎧なんかはコリンズ副長から譲って頂いた物ですし。
でも、鍛冶屋や車屋じゃそれは無理ですよね?
なあボブ、鍛冶屋開業するのに幾らくらい掛かるのかな?」
「うーん、鍛冶って相当カネ掛かるからね。
《本来個人でやる仕事じゃない》って親方が言ってたし。
ちゃんとした炉は原価だけでも200万ウェンはするよ?
業者に納入させるなら搬入料金も凄いし。」
『あ、ボブさん。
もしも鍛冶設備を無料で使えるなら
仕事って出来るものですか?』
「え?
うーん、いや、そんな想像したことないですけど…
俺は出来ます。
勿論、工房によって型式や配置が異なるので、スムーズには出来ないと思いますけど。」
『これは全くの思い付きなのですが、職工ギルドで鍛冶屋跡を購入します。
そこの運用を任せられる人間を公募するってどうですか?
目安は二週間から一ヶ月。
相手が希望すれば店舗の買取にも応じます。』
「いやーーーーーーー。
斬新ですけど、俺は面白いと思いますけど。
でもそれってこの街の鍛冶屋さんから怒られませんか?」
『仰る通りです。
現在、前線都市に鍛冶屋は4件ありますし無理に増やす気はありません。
ボブさんの様に自前で鍛冶仕事をされておられる方も居ますし。
逆に言えば、現在存在しない業種で募集があればどうでしょうか?
今、この街には漬物工房や陶器工房が存在しないんです。』
「え?
漬物くらい流石にあるでしょう。
ほら、東通りに大きな看板が出てるじゃないですか?
思い出した、アボット漬物会社。」
『俺も確認したのですが、アボット家は商都に移転済みです。
あの看板は未撤去のもので、現在アボット漬物会社は廃墟です。
他にも確認出来ただけで3件漬物屋跡があります。
ちなみにバランギル工房は精肉店跡に入居したものです。
我々が入らなければ半永久的に放置されていたかも知れません。』
「その…
ギルドで買い取った漬物屋からクエストを出したい、と?」
『漬物業では難しいかも知れませんが、分業が成立する業種で実験的にやってみたいです。
要は職人仕事とクエスト方式が噛み合う点を探したいだけなので。』
「…チートさん。
さっき陶器工房も無いって仰いましたよね?」
『はい、現在この街には陶工が存在しません。
なので陶器類は全て商都からの輸入に頼ってます。
街の通貨が流出していて、その分住人が貧しくなってます。』
「陶器工房の仕事なら分業出来ませんか?
俺達の故郷のコハン村にも陶器窯はありますけど、年寄りが娯楽半分に焼き物を作ってますし。
俺も子供の頃、学校の授業で粘土をこねて陶器を作った記憶があります。
ボスの頃もありましたか?」
「あったあった。
今思い出したよ。
村民学校の授業で皿を作ったなあ。
流石に焼成まではしなかったけど。」
『俺も焼き物には疎いんですが…
焼成は難しいけれど、粘土から原形を作るのは子供でも出来る、と?』
「職人仕事ってそういうの多いですよ。
部分部分なら子供でも出来る部分。」
『その部分をクエストとして出したいのです。』
「いや、理論的には可能でしょうけど…
でもそれって素人に職人仕事をやらせるんですよね?
クオリティが異常に下がるんじゃないですか?」
『下がってもいい工程を出しますし。
それに… 練習したら職人仕事は上達しますし。
練習の機会が無ければ一生身に付きません。』
「ああ、なるほど。
チートさんやバラン師匠が仰りたい事が見えてきました。」
『不器用な俺ですら、練習してたら解体出来るようになって来たんです。
師匠や弟弟子の足元にも及びませんが、それでもホーンラビット位なら解体出来る様になりました。
1回だけですけど美品魔石も取り出した事があります。』
「おお!
今度俺の狩ったホンラビの解体を発注させて下さいよw」
『じゃあロッドさんに一体だけサービスしますw』
「ははは、言ってみるものですw
そしてチートさんの提案に賛成します。
俺もそういうやり方なら、染物仕事に取り組めて居たかも知れません。」
『ロッドさん、一点確認させて下さい。
もしも貴方が自由に染物仕事を練習出来ていたら。
当時の師匠と同じクオリティで仕事は出来ましたか?』
「これは断言出来る事ですが。
同じ条件なら俺の方が良い仕事を出来ていました。
師匠一族よりもこっちの方が器用で体力もありますから。
…あんな仕事。
誰だって出来ますよ!」
ありがとう。
その一言が聞きたかった。
俺の中で結論が出て、戦略も完成した。
アンダーソンパーティーに礼を言うと、俺はバランに経過報告する為に工房に戻った。
俺の考える前線都市再生プランは次の通り。
01.空き家となっている窯元を職工ギルド名義で購入
02.精密性を必要としない陶器を大量に仕入れている業者から受注。
03.職工ギルドから《窯運用》と《粘土造形》を発注
04.陶工経験者を増やす事により陶器の自給自足体制を目指す。
大丈夫、きっと上手く行く。
【伊勢海地人】
資産 500万ウェン強
古書《魔石取り扱いマニュアル》
古書《帝国本草学辞典》
北区冒険者ギルド隣 住居付き工房テナント (精肉業仕様)
地位 バランギル解体工房見習い (営業担当)
前線都市上級市民権保有者
職工ギルド 青年部書記 (青年部のナンバー2)
戦力 なし




