チートを駆使して犬だけが残った。
ベスおばからの心遣いなのか、何かの策略なのか。
(…後者に決まっているが。)
こちらにキティが乗艦して来た。
特にクルーに挨拶する訳でもなく、当然の様な顔で俺の隣に無言で座る。
それだけフリーダムに生きる事が出来たら幸せだろうな。
『キティ、会釈くらいしろよ。
俺の仲間なんだから。』
「…どうも(ペコリ)」
一応、最低限の敬意を払う気はあるらしい。
でもまあ、この船ってゴブリン語かリザード語が解らないと、居心地悪いだろうな。
人間種の言語を話せるのは、この中ではヴェギータくらいのものか。
「キティ様はじめまして
イセカイ卿の友人のヴェギータと申します。」
「…どうも。
…グランバルド語上手ですね。」
最低限の挨拶だけ交わし、キティは頭を俺の肩にもたれさせて目を閉じてしまった。
…コイツら本当に邪魔だなあ。
「イセカイ卿。
尋も… 事情をキティ殿から伺った方が良いのでは?」
『あ、はい。
クュ中尉の仰る通りだと思います。
今から彼女に色々尋ねてみますね。』
そんな遣り取りがあって、
俺がキティを尋も… 質問しようとした時だった。
「おお、君は!」
「泳いできたのか!?」
「お疲れ様。」
船尾にいたコボルト組(クュ小隊の随員で操船クルー資格で乗船している)が騒ぎ出す。
『ん?
誰か来たのですか?
え?
この大海原で?』
「嫌だな、イセカイ卿。
増援を頼んでいたのは貴方ではないか。」
『いや、今は少しでも戦力が欲しい時期だけど。』
「イセカイ卿とも旧知の仲だし、まさしく適任だろう。」
『知り合い?
この大海原で?』
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…ああ、オマエか。
やって来たのは例の秋田犬だった。
俺を一瞥してからクュ中尉に何やら報告している。
何故かコボルト組はイヌ語を理解出来るので、秋田犬の報告にウンウン頷いている。
(後で教わったのだが、イヌ科同士は普通に会話出来るものらしい。)
犬コロ如きにスキルを使わされるのは敗北感があるのだが、状況が状況なのでやむなく発動する。
【うむ、久しぶりだな。
励んどるかね?】
第一声がこれである。
コボルトの目が無ければ蹴り飛ばしているところだ。
【私も忙しいのだがね。
助太刀に来てやった。】
心底から不本意だが犬に頭を下げて礼を述べる。
『あ、ありがとうございます。
こ、心強いです。』
【うむ。
大船に乗ったつもりでいなさい。】
なあ、みんな。
犬に頭を下げた経験はあるかい?
…これ、すっごく腹が立つぞ。
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『なあ、キティ。
エリザベスの腹話術って…』
「ああ、あれ?
宴会の〆にいつもやってくれるけど。」
『俺は見た事ないんだけど…』
「腹話術なら、この前エリーが聞かせてあげたばかりじゃない。」
ああ、聞かせて貰ったよ。
…無線機越しにな。
まんまと神像を騙し盗られた。
あまりに巧妙だったので、廃棄も隠蔽も出来なかった・
『…宴会とかするんだな。』
「男の人はいつもしてるじゃない?」
『…いつもはしてない。』
「エリーがね。
《男の人ばかっり宴会しててズルいから
私達もしましょう》
って言ってくれて。」
『好きで宴会に出席してる訳じゃないから。
あれも仕事だから、付き合いで仕方なくなんだよ。』
「嘘よ。
そうやって男の人だけで楽しんで、ズルいのよ。」
『楽しそうな素振りも見せなきゃならないんだよ。
仕事だから仕方ないだろ!』
「男の人は仕事仕事って。
それが楽しい癖に。」
…そりゃあ、飲みの場が好きな男も居るよ?
でも好きで。取引先とか役人とかと飲みに行くやつなんていないよ。
俺も師匠も顔で笑って心で泣きながら偉いさんの飲み会をセッティングしてたんだからな。
『楽しくなかった。
仕事だから仕方なくだ。』
「…それ。」
『ん?』
「女子もそういうのがしたいの。
何か仕事仕事って言ってたいの!
よく解らないけど、そういうふいんき(当然変換出来てない)のがしたいのよ。」
…電通に就職しろよ。
「エリーは凄いんだよ。
あれこれイベントを開いてくれるの。
《新春一発芸大会》とか《熱唱・歌姫決定戦》とか。
だからみんなエリーに付いていくの。」
え?
嘘だろ?
ちょ。
ちょっと待って。
え?
そんな下らないやり方で軍隊って作れるものなのか?
え?
ゴメン、理解不能。
「あ、チート。
今《そんな下らないこと》って思ったでしょ。」
『【心を読む】のはやめてくれるかな?
マナー違反だからね?』
「だってそんな顔したじゃない。
男の人はみんなそんな反応するもの。
ウチの組の子も結局そういう感じだし。」
あー。
俺、あの女を侮ってたわ。
(厳密に言えばアイツに興味が無かっただけなのだが。)
カリスマとかスペックとか、そういうチャチな次元の話じゃないな。
あの女、女向けのなろう主人公だわ。
それも無敵チート級のガチな奴だわ。
今更だけどさ。
所謂、悪役令嬢って奴か…
いや、「役」なんて甘いモンじゃないな。
…女向けも一応読んでて良かった。
あそこまで極端なパターンなら逆に対策出来るわ。
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『なあ。
エリザベスって今何をやってるんだ?』
「知らない。」
『キティはいつも、エリザベスの真横に居るだろう。
話は聞いているはずだ。
アイツ、演説好きだし。
暇さえあればペラペラ1人で喋ってるし。』
「うん、喋ってるね。」
『その内容を聞かせてくれよ。』
「エリーの話って長いし難しいから聞いてない。」
『いや、そうだとしても!
ちょっと位聞いてるだろ!?』
「ちょっとも解らない。
《何か喋ってるな~》って感じ。
多分、他の子も殆どがそう。」
『いや。
エリザベスの話は一部の専門用語さえ抑えれば理解出来るぞ。
論旨は明確だし、主張は一貫している。
ちゃんとあの女の論文を前もって読んでいれば理解の補助線が得られるんだ。』
「ゴメンね。
チートが何を言ってるかわからない。」
『だからぁ!
あの女の主張は真面目に聞き取れば十分理解出来るってことだよ。
学部2年の頃にあの女が出した論文があるだろう。
《特許申請数が社会生産量の成長曲線に及ぼす影響》
あれは歴史的名著だ!
いや、普通読むだろう?』
「…それチートだけだよ?」
『???』
「エリーが言ってた。
実家でも学園でも、誰も話を聞いてくれなかったし
誰もシソ―やリネンを理解して貰えなかった、って。」
『あの女は、単に社会を改善したいだけだ。
言動のままなんだよ。
いや、論文を読めよ!
ちゃんと話を聞いてやれよ。』
「ふーん。
やっぱりチートはエリーが好きなんだね。」
『いや、そこではなく!
《技術・学術を極限まで進化させ続ける事により、社会を最適化する。
最適化された社会は余剰を産み、分配された余剰は人々に最低限文化的な生活を保障する。》
それがエリザベスの目指すゴールだ。」
…もっとも、俺とあの女では《最低限》の認識に乖離があり過ぎるんだがな。
「ごめんね、難しくて何を言ってるかわからない。
でもチートがそう思うなら、それがエリーの目的なんじゃない?」
『あの女の目的は俺が一番理解している。
問題はそこじゃない。』
だってそうだろう?
俺が一番あの女の話を聞いて、論文を読み込んでるんだぞ?
賭けてもいいが、アイツの指導教官よりも俺の方が遥かに熱心だぞ?
共著で論文も執筆(俺は口頭で補足しただけだが)したし、幾つかの特許を折半している。
なので、俺はあの女が目指すゴールを誰よりも理解している。
要は俺のゴールの対極の位置にベスおばのそれが存在するってだけで。
『そんなことはどうでもいい。
俺が知りたいのは、あの女が用いようとしている手段なんだよ。
今、どんなアクションを取っているのか
直近のアプローチを知りたいんだ。』
「むつかしくてわからない。」
『…キティはあの神像を使ったのか?
スキル診断だよ。』
「使ったー。」
『使ったのか!?
どんなスキルだった!?』
「色々。」
『差し支えなければ、その色々を教えてくれないか?』
「覚えてない。
いっぱいあったから、コレットが書き写してくれた。」
『コレット?』
「キティの秘書。
まだ、子供だけど、頭は凄くいいよ。」
…そりゃあそうだよな。
あれだけ色々やらかしてる女が戦闘要員だけを揃える訳がないよな。
『1つくらい覚えてるだろ?』
「うーん。
何か難しい言い回しばっかりだったから。
あ、思い出した。」
『ん? 何?』
「人をいっぱい殺せるスキルがあった。」
…オマエ、そのスキル無くてもいっぱい殺すだろ?
「後ねー。
人を素早く殺せるスキルもあった。」
『…なるほど。』
「あ、思い出した。
人を殺した時に物音が立たないスキルも持ってるみたい。」
『…そ、そうか。
どうでもいけど、もう少し俺から離れてくれないかな?』
「はなれなーい♪」
『ゲートはどれくらいの大きさだった?』
「…。」
成程。
今の沈黙で確定した。
ベスおばチームはゲートを開き、その情報を隠蔽する事を徹底している。
『ゲートを開いたのはキティか?
それともゲレルさん?』
「…。」
ダンマリかぁ。
喋っていい箇所と駄目な箇所を明確に指示された形跡があるな。
恐らくゲート関連に関しては全面的にNGなのだろう。
まあ折角開いたゲートだからな。
あの女の性格なら独占状態での検証を望むだろう。
だとすれば、一つ謎なんだが。
何故、あの女はグランバルド方面に向かっている?
赤い糸の進路にブレが無い。
ほぼ最大船速で帝国海域に直進している。
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ゲートを帝国領で解析したがっている?
ゲートに入ろうとして入れなかった?
既に父親と話が付いている?
他に協力者がいる?
わからんな。
キティも黙り込んでしまったし。
俺は赤い糸に耳をくっつける。
…この気配。
ベスおばは仮眠を取っている。
うたたねレベルではなく、数日徹夜をしていた後の回復を意識した睡眠だ。
これは経験則だが、次の行動の為に長めの仮眠を取っている。
つまりグランバルドに到達してからがあの女の本番。
何だ?
ゲートはグランバルドでしか開かないのか?
わからん。
まあ、考えても仕方ないか。
幸い、キティを入手出来た。
俺も俺もスキル診断を行おう。
『ヴェギータ。
気は進まないが第2案だ。
リザード領でゲートを開く。
陸地の空き地を俺名義で借りてたよな?
あそこでやる。
リザード版の神像、何時頃届きそうかな?』
「多分、僕達が帰港する頃には届いている。
本当は査問会前に届く予定だったし。」
『キティを診断に掛けたいんだけど。
リザードの神像で人間種の診断って出来る?』
「…出来る。」
『やけに断言するね。』
「僕達の先祖が他種族の戦場捕虜をスキル診断しているから。
ゴブリン・オーク・人間種、いずれも正常に診断出来た。」
『あれコボルトは?』
「有史以来、コボルト種が僕らの捕虜になった事例は存在しない。」
『1名くらいは居るだろう?』
「…そんなに甘い連中じゃない。
さっきの中尉の動き見てればわかるだろう。」
『よくそんな連中と戦争してたな。』
「一方的にボコられ続けてただけだけどね。
今、こうやって同じ船に乗ってるのが未だに信じられないよ。」
非常に不本意だが、キティのスキル診断はリザード領の陸地で行う。
参ったな…
俺もベスおばみたいに海上でこっそりやりたかったのだけど。
衆人環視の中でゲート開いちゃうか…
クッソ。
あの女の所為で何もかも予定が壊されるな。
『キティ、約束通りスキル診断を受けて貰うぞ。
いいよな?』
「いいよ。
そんなに嫌じゃなかったし。」
よし。
狂戦士の同意も取れた。
俺もゲート入手確定だ。
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かつて、俺の側には師匠がいた。
ドランが居た。
ラルフ君と肩を組んで笑い合っていた。
ノエルが支えてくれた、メリッサが励ましてくれた。
最高の日々だった。
どうしてもっと大切にしなかったんだろう。
一日一日にもっと感謝するべきだった。
心なんてとっくに存在しない筈なのに、抉られるように痛い。
終わりのない孤独感…
友を悉く失った。
利害や立場の無かったあの頃。
あの頃の絆は本物だった。
俺は一番欲しかったものを自分で捨てたのだ。
【私が居るじゃないか?】
いつの間に寄って来てたのか秋田犬が不思議そうな顔で俺を覗き込む。
クッソ、犬に泣き顔を見られるとか終わってんな、俺。
…ありがとよ。