チートで接敵する
俺は当初、グランバルドの文明レベルを地球の中世程度と認識していたが、それは完全な間違いだった。
リニアモーターカー建造プロジェクトを伝聞から企画して成功させた辺り、相当なものである。
人間種1種で既に地球文明に匹敵・凌駕し得るポテンシャルがある。
それに隣接したリザード文明という技術尊重文明と外交関係を樹立できたことにより、大小の技術交換プロジェクトチームが発足、月世界のテクノロジー水準は爆発的に進歩し始めた。
恐ろしい事に、テクノロジーにあまり興味の無いコボルト種やオーク種も付き合いで、この技術革新に食らいついてきている事である。
この2種の恐ろしさは、興味のないジャンルでも必要なら器用に学び取ってしまう点だ。
そりゃあ、戦争強くて当たり前だよな。
(我らがゴブリン種も通訳や図面起こしでそこそこ活躍しているぞ。)
その調和と革新の象徴こそが、全種族会議に今回から導入される映像通信である。
最初の議題が俺の身元詐称・報告義務違反に対する審問でなければ、俺も無邪気に月世界の技術革新を万歳三唱で歓迎しただろう。
自分を糾弾する法廷の準備を手伝うのも奇妙な話だが、調整作業には立ち会っている。
何せ俺は、この月世界では数少ない映像通信経験者である。
ちなみに、極めて短期間ながら父親と共に生ポ系youtuberとして配信した経験もある。
(世論からの強烈な批判を浴びてすぐにアカウントを消したが。)
画角やら座席の配置やら、色々と助言できる点はあった。
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マイクテストにはマティアス大公やギルガーズ大帝も立ち会っており、かなり緊張感がある。
「あ、あ、あテステス。 マイクのテスト中マイクのテスト中。
こちらギルガーズです。 音声聞こえておりますか?」
「ありがとうございます。
こちらコボルト軍総司令本部です。
極めて明瞭に聞こえております大帝陛下。」
こんな感じで、つい最近まで何千年も戦争状態にあった異種族同士が積極的に一つのプロジェクトに邁進している。
目的が俺の糾弾で無ければ晴れやかな気分で手伝えたのにな。
当初、人員の派遣が遅れていた人間種も順調に外交団を充実させ、ニックの実家であるフランコ家や七大公の一角シュタインフェルト家も私的に莫大な費用を投下し始めている。
ニックが富豪のボンボンだとは聞いていたのだが、4隻からなる艦隊を派遣し、一等水域の占有権をポケットマネーで買い上げてしまったのを目の当たりにして、改めてその富強に畏れ入る。
そりゃあ趣味で司祭するよな、という月並みな感想を抱く。
『ニック、ゴメンな。
なんか色々と俺を弁護してくれてるんだって?』
「帝国領内の法的問題に関しては僕の顧問弁護士にも対応策を練らせているから。
どさくさに紛れて微罪を付け加えられる心配はしなくていいからね。」
『ゴメン。
何から何まで。』
「今回の公開査問会次第では、今までプレゼントして貰ったイセカイ聖遺物が、司法省の犯罪博物館に見せしめとして展示されてしまう可能性もあるよww」
『そうなったらゴメンな…』
「問題ない問題ないww
コレクター的にはカルトな人気が出るからww」
そう言って2人で笑い合っていると怖い顔をしたリザード官僚に叱責された。
「この一大事に当事者が何を笑っているのですか!」
とのこと。
全くその通りで反論の余地が無い。
俺は母艦内のホールをチョコチョコと走り回り、自分を吊し上げる為の舞台作りの手伝いを続けた。
各種族の官僚達から地球の配信文化や政府広報について質問を受けたので、分かる範囲で回答していく。
「最終的には我々の間でも個人端末が普及するのでしょうなぁ。」
他人事の様にリザード技術局のイェギーガン局長がそう言ったが、彼がこういうトボケタ表情をしていると言う事は、既にリザードはスマホ普及に向けての準備を始めているということである。
(何度かこういう場面を経験してきた。)
遠い未来。
月と地球で市民同士が通話を楽しむ時代が来るかも知れない。
…どちらかが滅びない限り。
…戦争が勃発しない限り。
まあ、俺の所為でその2つの悪夢が発生しかねない状況に陥っているんだけどさww
その後、ヴァ―ヴァン主席の私室で打ち合わせ …というより口裏合わせ。
若き日は切れ者官僚として有名だった主席閣下である。
俺がドン引きする位に悪辣な官僚答弁の数々を仕込んでくれた。
役人って怖いよね。
ヴァ―ヴァン主席の御一族(一応俺もその端くれだが)も集まり、皆で俺への説教も兼ねてランチを取る。
普段オイル食で済ませがちな閣下が、鮭や昆布などの固形物料理をガッツリと摂取していた。
まあ、気合を入れるべき場面だよな。
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ゲーゲー艦に帰艦し、今度はゴブリン各族長から説教&口裏合わせタイム。
「地球にゴブリンは居ないのだな!?」
と何度も繰り返し詰問される。
俺が『いない。』と答えると
「本当は地球の中で人間種がゴブリンを既に滅ぼしたのではないか!?」
との厳しい指摘が入る。
勿論否定しておいたが、人類史を振り返ればそういう事件があったとしても誰も驚かないだろう。
少なくとも我々ホモサピエンスがネアンデルタール人を絶滅させたことは考古学的事実として既に証明済み。
今後、「実はゴブリンも滅ぼしていました」という発見がされる可能性も無きにしもあらず。
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その後、久々に私室に戻ると(俺が地球人だとバレる前に)支給された通信機に着信が入っている。
査問会の打ち合わせかと思いリダイヤルすると数分待たされて懐かしい声がした。
「私だ。
ああ、チートか。
済まないな急に呼び出して。
この通信は建前上は我々二人の私的な通信だが、当然各所には話を通してある。
通信終了後は御前会議に対して概要を報告する段取りにもなっている。」
声の主はフリードリヒ・フォン・ヴィルヘルム。
ヴィルヘルム公国の国主にして神聖グランバルド帝国で最大野党を率いる大物政治家。
対日最強硬主義者として帝国内の国粋グループから絶大な支持を得ている。
この度、何の因果か娘のベスおばが俺と結ばれてしまった。
『いえ!
公爵閣下。
この度は誠に…』
「いや、今回はその話ではないのだ
君の素性については薄々勘づいていた。
流石にここが君達が月と呼ぶ世界だと聞かされた時は驚いてしまったがねw
私は古い人間なので、未だに半信半疑だよw」
『申し訳ありません。
閣下にだけはもっと早く報告すべき 「スマン! 事態が切迫している! 本題に入るぞ!」
『あ、はい!』
「結論から言う!
エリザベスが大量破壊兵器の製造を企んでいる。
いや、もう完成真近だ。」
…あの女。
とうとうやりやがったか。
余計な問題ばっかり起こしやがって。
大量破壊兵器か…
マズいな、俺の手札とは別系統だと信じたいが…
こっちにまでマークが入り兼ねん。
本当にあの女は俺の邪魔ばっかりしやがる。
「チート。
聞いているのか!?」
『はい、公爵閣下!』
「時間が無い。
本題に入るぞ。
神像はそこにあるんだな?
プランタジネット議長閣下から譲渡された分の話だ。」
『あ、はい。
現在乗艦中の、このゲーゲー艦に保管してあります。』
「エリザベスがそれを狙っている。
どうやら大量破壊兵器の最後の素材らしい。」
『あ、あれが兵器の素材となるのですか?』
「私には理解出来なかったが、学者達は理論的に実現可能だと言っている。
…核爆弾という兵器が地球にはあるんだな?」
『あ、はい。
所持は制限し合ってますが。』
「その核爆弾に似た兵器を量産する方法をエリザベスは以前から研究していたらしい。
そして君が所持している神像に辿り着いた。」
『…。』
「勿論、私はこれを阻止する方針だ。
万が一地球との交渉が始まった場合、大量破壊兵器の所持自体は必要だと考えている。
だが、それは全種族会議の中で歩調を揃えて行うべきだ。
一部の過激分子が勝手に行って良い訳がない。
…エリザベスだけには絶対に渡すな!
理由は言うまでもないな!?」
『あ、はい。
個人が扱って良い軍事力では… 「あの女は地球を焼き尽くすまで撃ち込み続けるつもりだぞ!!」
…驚く方がおかしい。
なあ、公爵。
その発射ボタンを押すのは本来アンタの仕事だと思うぞ?
アンタら権力者が税金を盗んでばかりでちゃんと仕事をしないから、ベスおばが孤軍奮闘しているんじゃないのか?
なあ、大量破壊兵器の何が悪い?
俺があの女でも必ずそうする。
いや普通はそうするべきなのだ。
どうやら世界で正気なのは俺とあの女だけらしい。
「今日中にもエリザベスが君の乗艦を襲撃するとの分析も上がって来ている。」
『絶対に渡さない様にします。』
勿論、公爵に協力するよ。
俺は俺の戦争を遂行するのに忙しいからな。
「いや、エリザベスは自前の部隊を保持している。
資料を見る限り相当な手練れ揃いだ。
本職の警備兵でも守り切れないだろう。
襲撃には抵抗するな。
いや、最初だけ軽く抵抗する素振りは見せろ。
そしてすぐに降参するんだ。」
『神像を渡してしまうのですか?』
「安心しろ。
策は練ってある。
諜報部に探らせた所、エリザベスが運河都市の大型倉庫を改造して研究所として使用している事が判明した。
物流の流れから言って、間違いなくそこに隠すつもりだ。」
…運河都市か。
確かにあの女が何度も話題に挙げていたな。
あの街のヤクザと親密な事を誇示していた気がする。
「なので先手を打って、周辺には治安部隊と俺の近衛戦隊を配備した。
一旦帝国領内に送らせてから確実に抑える!」
『な、なるほど。』
「チート。
オマエの役目は重大だ。
エリザベスに怪しまれない様に神像を奪われろ。」
『渡してしまうのですか?』
「娘は本職の傭兵や名の通ったヤクザ者を多数抱えてる。
えーっと、遊牧民の何と言ったかな?」
『ゲ、ゲレルですか?』
「そう。
そんな名前だった。
帝国正規軍に一騎で突っ込んで来るような野蛮人を武力でどうこうするのは不可能だよ。
出来たとしても周辺に被害が出る可能性が極めて高い。
査問会の直前で、他種族に死者を出してしまったら…
考えるだけでも恐ろしい。
駄目だ!駄目だ!駄目だ!
エリザベスなら故意に騒動を拡大させるに決まってる!
何としても阻止しなけばならない!」
…ったく。
テメーがちゃんと躾けないからだろうが。
あんなキチガイを今まで散々野放しにしておいて、何を今更。
『解りました。
神像はそのまま引き渡します。』
海中に捨てようかと思ったが…
その場合、ヤケになって暴れ出す可能性もあるな…
「スマン。
神像が君の私物である事は重々理解している。
運河都市にエリザベスが帰還次第、身柄を拘束して帝都に強制送還する事は決定済だ。
これはあくまでオフレコだが、司法省や現場の憲兵師団にも話は付けてある。」
…ふう。
遅きに失した感はあるが、ようやくグランバルドもあの女をどうにかする気になったか。
手間取らせやがって。
「エリザベスの送還と研究所の完全閉鎖を確認後、神像を君に返送する。
返送宛先は…」
『ゲーゲー部族の一番艦にお願いします。』
「了解だ。
私の方から各部署に伝達しておく。」
クッソ。
また時間を奪われる。
査問会なんて無視して標準座標に攻撃を開始してやろうか…
駄目だな、背後から撃たれかねない。
「エリザベスの身柄を抑えるまでは油断させておきたい。
娘は昔から異常に勘が働く。
拘束されると知ったら死に物狂いで暴れ回るだろう。
絶対に怪しまれないでくれ!
神像を渡すときは、ちゃんと悔しそうな表情をしろよ!?
誇張抜きで帝国の、いや世界の命運は君の立ち回りに掛かってる!
一世一代の芝居を打て!」
『はい。』
…クッソ。
その一世一代は、俺の最終決戦に使うんだよ。
娘が娘なら親も親だな。
自分の都合ばっかり並べ立てやがって…
その後も公爵は中身の無い愚痴をこぼし続けた。
精神的にかなり参っているらしい。
こんな様子で本当に映像査問会に出席出来るのだろうか?
確か公爵も地球情勢分析で答弁に立つ予定だったと思うが?
「なあ、一つ謎なんだが。」
最後に公爵がポツリと呟く。
『あんな娘のどこが良かったんだ?』
父親のアンタに解らないものが俺に解かる訳ねーだろうが…
一瞬、そう答えそうになってしまうが、これ以上敵を増やしても仕方ない。
ベスおばのいい所を適当に幾つか挙げて、この男の心証を稼いでおくか。
…いい所なあ。
何かあったか?
そもそも不細工だから一緒に歩いているだけで恥ずかしいんだよな。
何か老け顔だし…
アレ?
そもそもアイツ、歳は幾つなんだ?
アレ?
ノエルやメリッサとは初対面で歳の話をした気もするんだが…
そう。
あの女とはそういう人間的な会話をした記憶が無い。
政治・戦争・外交・技術・未来。
お互いの関心事だけだな、あの女と交わした会話は。
それ以外に何かあったか?
俺、あの女に散々殴られたし、小銭や食料を奪われたし…
面倒事ばかり起こすし、誰に対しても喧嘩を売るし
私兵を集めてヤクザの親分気取りだし。
そもそもメリッサやノエルが逃亡する羽目になったのは、あの女の所為だしな。
極めつけは、この赤い糸だ。
祝福?
呪い以外の何物でも無いんだが。
いや、あの女の存在が俺にとっての呪いだな。
アイツさえ居なければ、適当にハーレム作って適当に金持ちライフを満喫してたよ。
で?
やりたい放題やった挙句、とうとう大量破壊兵器か…
うーん、参ったね。
褒める所が1つも見つからない。
『良い所は一つも無いですね。』
あ、しまった。
思わず本音を漏らしちまった。
「あのなあ。
少しは義父の顔を立てなさいよ、君ぃ。」
これでもオブラートに包んでいるつもりなんだがな。
『…でも、そこが気に入ってます。』
「ん?
答えになっとらんぞ。」
『はははw
別に良い所が無くたっていいじゃないですかww
俺は娘さんのそこを気に入ってるんです!』
「…君がそこまで楽し気な声を出す男だとは知らなかったよ。」
『娘さんの話をする時はテンション何故か上がるんですよww
まあ、いっつも悪口ばっかり言ってるんですがねww
世界に1人くらいあんな女が居ても構わないでしょ?
大量破壊兵器?
エリザベスが必要だと判断したのなら、きっと帝国の国益に合致するのでしょう。
俺も自分の用事が無ければ手伝っていたと思います。
まあ、残念ながら帝国の捜査活動にご協力しますが。
俺は…。
あの女にそこまでの非は…
結構好きですよ。
娘さんのこと。』
「やれやれ。
ミイラ取りがミイラにならないようにな。
あんな娘だが…
男を見る目は本物だったようだ。
ありがとう。
心から感謝しているよ。
伊勢海地人クン」
そして通信は不意に終わった。
あーあ、最後の最後に下らない話をしてしまった。
公爵には伏せていたが、赤い糸の反応が強くなっている。
この揺れ…
海風を直接受けている。
高度から判断するに甲板上で指揮を執っているのだろう。
あ、今真上に向かって何かを短く叫んだな。
檣楼員に指示でも出したか?
…?
加速?
そうか。
艦に加速命令を出したか。
つまり、さっきのタイミングで公海からゴブリンの割り当て水域に侵入したということだな。
接敵は7分後。
親子揃って休む暇を与えてくれないようだ。
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