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チートで被告席に向かう

今や神聖グランバルド帝国にとっての最大の脅威となった絵師クレア・モレー。


彼女は元は普通の女の子だった。

前線都市(現・善隣都市)で工員の子として生まれ、大した教育も受ける機会もないまま、自身も工員になった。

朝から晩まで食品加工作業に勤しみ、休息日は友人と花占いや裁縫遊びに興じていた。

誓って言える事だが、この時点では彼女は全くの無思想である。

飲み会で政治の話題が出た時も、見るからに関心が無さそうだった。

少なくとも、恋愛やスイーツやファッションの話題になった時ほどの目の輝きは見せなかった。



そんな彼女の人生における転換点は、初老の職人ドランとの結婚ではなく、リザード領に翻訳・記録を業務とする絵師として足を踏み入れた時である。


最初は軽い気持ちだった。

「リザードの絵を描いたら私も街の有名人になれるかな!?」

無邪気な笑みで彼女は確かにそう言っていたのだ。


ちょっとした冒険。

狭い界隈で人気者になれたら嬉しい。

そんな動機で彼女は世界に踏み出した。


そして。

リザードやコボルト、オークやゴブリンにVIPとして歓迎され、俺以上に彼らの社会の細部を案内された彼女は、グランバルドの負の側面を敏感に想起し、自分達が如何に不当な扱いを受けていたかを改めて認識してしまった。



===================


技術至上主義のリザード社会では、労働効率が極限まで高められ女性が労働を強いられることはない。

10歳から女工として酷使されていたクレアが、その実情を知って如何なる感情を抱いたか?


国民皆兵のコボルト社会は権力が世襲されない。

逃亡農奴の孫であるクレアが、それを見てどんな感慨を抱いたか?


公平性を重視するゴブリン社会では富の均等なる再分配が至上命題とされている。

スラムを襲った厳冬に母を餓死させられたクレアが、その実態を目の当たりにして何を思ったか?


中央主権が徹底されているオーク社会では、人材登用に地方格差が存在しない。

厳密な意味で帝国国民とすら認められて来なかった善隣都市住民のクレアが、それをどう捉えたか?


===================




彼女が独自に共産主義的な思想に辿り着いたり、グランバルドの貴族政体打倒に動いても一切の不思議はない。

当初、彼女の政治的価値を理解出来ていなかった帝国上層部も、今は正当にこれを評価し恐れている。



もはや気づいてない者など1人も居ない。

他種族に向けて描かれたクレア・モレーの絵は、その実グランバルドの平民に向けられたものなのだ。



「如何に帝国貴族が自分達を不当に搾取し弾圧して来たか。

私達が普通だと思って来た政治体制が如何に他種族にとっては非常識で酷烈なものか。


リザードはそうではなかった!

コボルトはそうではなかった!

オークはそうではなかった!

ゴブリンはそうではなかった!


我々は国際常識に沿った正常な社会を築かなければならない!」



クレアの描く絵には、いつからかそんなメッセージが込められるようになった。

勿論、他種族に向けた非言語的な往還であるので、どこにもそんな文章は記されていない。

ただ、余程の馬鹿でも無ければ、意図が十分に汲み取れる性質の絵であった。


この絵は、善隣都市を中心にして急速に帝国全土に広まりつつある。

取り締まる法律が無い上に、外交関係上取り締まることなど出来る訳が無いからだ。


クレア・モレーの打った手も秀逸だった。

コボルト軍の協力を得て大量印刷した自身の絵記録を包装紙として、幾社かのリザード企業に使わせたのだ。

帝国に対する輸出では多くの品目にこの包装紙(要は反体制プロパガンダである)が用いられ、必然として大量に流通するに至った。


人々は帝国法によって禁止されている共産主義ではなく、帝国が否定したくも否定できない国際主義を政府打倒の武器として手に取りつつあった。

クレア・モレーが振り上げた絵筆と云う名の剣は、帝国貴族達の心臓に真っ直ぐ向けられていた。



帝国の貴族制度は明らかに打倒される寸前であったのだ。

俺が地球人であると発覚するまでは…

天蓋に既に地球人が着陸しているという事実が、挙国一致体制をグランバルド人に強いた。

それが幸か不幸か、過激な政治運動を抑止する効果となっていた。


リニア効果もあり、グランバルド上層部の《支持率》はそこまで下がっていない。

だが、《支持率》という封建政体では絶対に存在してはならない概念が自然発生してしまった時点で、もう終わりは始まってしまったのだ。



ちなみに《支持率》などと云う封建権力を相対化させる目的を持った用語を作った男は、二の矢三の矢を既に準備している。


辺境の貧村に生まれ、使い捨ての丁稚として30年以上暗い乾燥工房で低賃金労働を強いられて来た男がささやかな報復を企む事を誰が批難できるというのだろう。


少なくとも俺は、親友の弟子と言うだけの理由で大切にしてくれた業界の大先輩の邪魔をするつもりはない。



『最初からそのつもりだったのですか?』



「ん?

どうかな?

もしもオマエに迷惑掛けてたらゴメンな。」



『いえ。

俺は貴方にどうこう言う気はありません。

グランバルドの未来に口を出す資格も持ってないと思いますし。』



「若い嫁に色々吹き込んで、盾にしてコソコソ隠れてる無力なオッサンって…

恰好悪すぎて笑っちゃうよなwww

オマエは軽蔑するか?」



『いえ。

皆が自分なりのベストを尽くして戦ってます。

ただそれだけなんです。


俺、最近気づいたんです。

結局は自分に配られたカードで戦うしかないって。

やっと気付きました。』



「俺なんて最近そういう世の中の仕組みに気づいたぞww

こんなオッサンになるまで、次の給料日のことしか考えたことなかったわw」



『俺や父親だってそうですよ。

生活保護の支給日だけを指折り数えていました。』



「はははw

わかるわかるww


…支給する側にとってはさぞかし配り甲斐があったんだろうな。」



そうなんだ。

皆、自分の届く範囲で世界に牙を突き立てようとしている。



絵を利用して革命を目論むクレア。

そう仕向けた初老のドラン。

解体技術を駆使して善隣都市周辺に巨大な商圏を生み出したバラン師匠。

スタンビードを引き起こして人間種への報復を画策したデッダ。

俺を告発する事で街から反社勢力を駆除しようとしたホルムルンド氏。

貴族の不当な弾圧から無数の平民女性を保護し続けて来たエレノア。

過度な国際融和ムードに毅然と反論し、無惨に粛正されたヌーベル大佐。

職人仲間の生活を楽にしてやる為、必死に皆を纏めているホセ。

ゴブリン同胞の保護の為、東奔西走し続けているゲーゲー。

辺境で不穏分子を暗殺し続ける事によって秩序維持を成し遂げてきたレザノフ。

そんな暴走官吏達に役割を割り振り、国益に寄与させ続けて来たマティアス閣下。




別に俺だけが特別な訳じゃないさ。

チート能力をたまたま手に入れたから、戦いの幅が広くなっただけ。


最近ようやく気付けたよ。




=============================




査問会が迫っている事もあり、母艦周辺は大量の連絡艇で満ち溢れている。

リザードの主要官僚に加え、オーク・コボルト・ゴブリン・人間種も連絡艇を用い始めているからである。


シュタインフェルト卿の随員も日ごとに増えている。

七大公家はみな国主を兼任しているので、その気になれば無限に人員を国元から補充可能だ。

昨日、遂にリザード側が2回目の減員要請を発表した。

もうキャパが無い。

これ以上各種族が艦船を送り込めば水運機能がパンクしてしまう。



ゲーゲー達と合議して、手足を正常化する。

顔の腫れは少しだけ戻しておいた。

流石に自動治癒能力者のシュタインフェルト卿と面会しておいて、手足が折れっ放しでは不自然過ぎるからである。

これ以上、世論からの不信感を負うのは今後の計画に差しさわりがある。



密かに来艦したヴァーヴァン主席とも口裏は合わせた。

お忍びで面会に来たブラメチャー殿下にも筋は通してある。

コボルト退役軍人会にも話を通すことに成功した。

ギーガーがゴブリン諸部族の同意を取り付けてくれた。

ゲレル・キティ両名にスキルチェックの同意を取り付けれたのは僥倖だった。

司祭職も相続権も捨てて、俺の元に駆けつけてくれたニックに何より救われた。

人間としての俺はまだ13%も残っており、偽装は決戦時まで充分持つ計算だ。

全てが俺の計画した通りに進んでいる。

問題は無い。


俺は標準座標≪√47WS≫を殲滅する。

奴らの星に住む生きとし生けるものを、その罪に連座させる。


こちらの世界に足を引っ張れては困るので、一応義理は果たしておく。

ここが月だと伏せていた事も、嘘か誠かアポロが月面に着陸したことも、こちらの世界の住民にとってはきっと許し難い罪なのだろう。

極めて多忙の身だが、査問には応じる。



査問会は4日後。

被告は伊勢海地人。

原告はラルフ・ラスキン。

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