チートでフルボコにされる。
ゴブリンの世界にも法律や刑罰の概念は存在する。
最高刑は嫡系連座処刑。
反逆罪や騒擾罪に適応される刑罰で本人とその嫡流が全て処刑される。
最近の適用例は無いが、90年前にコボルト領内のゴブリン自治区で謀反人一族がこの罰を受けたという噂がある。
なので一般的な意味では最高刑は死刑。
死刑囚の家族は追放される。
次いで宮刑。
但し、これは太古の王国時代に王宮内でのみ適用されていた刑罰なので、現代では行われていない。
(ゴブリン同士の去勢ノウハウも既に失われている。)
次いで追放刑。
家族ごと居住区を追放される。
よく人間種がフィールド上のゴブリンを襲撃しているが、被害者の大半は追放刑に処された一族である。
死刑・追放刑は大抵の場合、家族が無事では済まない。
なので、あまり執行されないし、そもそもゴブリン種は勤勉で秩序的な種族なので死刑になるような悪行を犯す者が少ない。
追放刑の次が労働刑。
日本の刑罰で言う所の懲役刑を想像して貰えれば良い。
被刑者は刺青を入れられた上で、懲罰区域で期限労働に従事する。
労働内容は養魚かキノコ栽培が多い。
ゴブリンは地下掘削技術が優秀過ぎるので、人間種の様に鉱業に従事させられる事はない。
(穴を掘って逃げちゃうからね。)
労働刑と同等くらいに厳しい刑罰が、除外刑。
文字通り、氏族名簿から除外される。
相続の対象から外れたり結婚出来なくなってしまうので、結構キツイ。
それより軽い刑になると、部族内制裁という刑罰になる。
内容は物凄くシンプルで部族長からボコボコに殴られる。
「身内のナアナアで済ませた」
と思われると部族の名誉が著しく傷つくので、部族長達は結構本気で痛めつけて来る。
隣接する他部族に刑罰の執行を報告する義務があるので、顔は執拗に殴られる。
まず原形を留めないレベルでボコられる。
手足が折られる事も珍しくない。
冗談抜きで百発以上殴られる。
厳しい部族長になるとメリケンサックの様なものを拳に嵌めて制裁業務を行う。
文字通りの鉄拳制裁である。
念入りに執行されて営倉に転がされている俺が言うのだから間違いない。
俺を制裁したゲーゲー部族長は恐らくは甲板で関係者各位に囲まれて説明を行っているのだろう。
申し訳ない事に、彼に対しては出逢ってからひたすら俺が仕事を一方的に増やし続けている気がする。
「申し訳ないとか絶対思ってないだろ。」
ようやく一段落したのか、ゲーゲーが営倉の小窓から話し掛けて来る。
『族長に対しては本当に思ってますよ。
最初に逢った時から、ずっと貴方を怒らせている気がします。』
「人間種にも申し訳なく思っとけよ、後ヴァーヴァン閣下にもな。
タイミングを見てお忍びで来られるから。」
『閣下がこんな所に来るんですか!?』
「こんな所って言うな!
もう一発殴るぞ!」
『スンマセン、スンマセン。
流石にもう勘弁して下さい。』
どこか空虚な会話が続く。
俺の正体や目的をゲーゲーだけには打ち明けている。
この男は俺の為にただ茶番に付き合ってくれているだけなのだ。
返礼としてゴブリンの地位向上策を伝えておく。
この男には本当に感謝している、だから最後に彼の望みを叶える方法を遺言しておいた。
「顔は… しばらくそのままにしておけ。
世間のオマエへの憎しみが少しは薄れる。」
顔はしばらく腫らしたままにしておく。
逆さに曲げた手足もそのままにしておこう。
この状況なら動けない事にしておいた方が逆に安全かも知れない。
「俺がやっておく事はあるか?」
『可能であれば、口実を作って母艦に近い場所に係留して頂けませんか?
費用が掛かるなら支払います。
私物箱の中のギルは族長が接収して下さい。
金塊や金粒に関しては女官衆にばら撒きたいです。
族長の方から《二位の局》に何とかコンタクトして頂けませんか?』
「男の俺では近づく事も難しいだろう。
オマエが連れて来た愛人にやらせるのはどうだ?」
『あの女は凶暴で非常識です。
何せ前に俺が申し上げた《狂戦士》の第一候補ですから。』
「馬鹿野郎。
そんな奴を連れて来るんじゃない。」
『スミマセン!
どうしても必要なんです。
ちゃんと社会の役に立てますので。』
「手綱はオマエが握っておけよ。
これ以上人間種の信用を落とすな。」
『人間種の信用…
やっぱり落ちましたかね。』
「どうだろうな。
オマエの正体の一件で、嫌いになる者は多いんじゃないか?
逆に俺は《思ってたより正直な連中》という印象を持ったがな。」
『何とか俺個人へのヘイトで収めたいです。』
「わかった。
俺も憎しみが人間種全体に向かわない様に尽力する。」
『何から何まですみません。』
「謝るな。
最初からそういう取引だった筈だ。
少なくとも俺はオマエに感謝している。
人間種領内から多くの同胞が無事に退去出来たのは…
ほぼオマエ1人の尽力だという事も勘の良い者は気づいている。」
『本当は人間種全体にゴブリンへの攻撃をやめさせたかったのですが。』
「何千年も続いた憎悪が一瞬の政変で薄れると思うほど楽観はしていない。
…互いにな。」
『俺はこの星の人間ではありません。
だから、あなた方の潜在的な憎悪を想像する事が中々出来ない。』
「安心しろ。
オマエの予想は概ね当たっている。
特にゴブリンの人間種に対する感情への洞察は完璧だ。
腹が立つほどに完璧だ。
なあ、本当に地球にはゴブリンは居ないのか?」
『はい。
それに似た種族も地球には存在しません。
ただ、物語上には頻出しているので、多くの地球人がゴブリンの概念を知ってます。』
「そこなんだよな。
オマエの地球解説で唯一理解出来ない点は。
ゴブリンが存在しないのに、何故地球人の物語にはゴブリンが登場する?
そして腹立たしいことに悪役なんだろ?」
『はい、極めて例外的にゴブリンを主役・味方役に据えた作品も存在しますが…
10万作の中の1作程度の確率です。
数学的に申し上げれば0.001%程度ではないでしょうか。』
「オマエも俺達を嫌っていたのか?」
『いえ。
あまりに悪役として語られているので…
無意識に敵視しておりました。
ちなみにオークやコボルトやリザードも概ね同じポジションです。』
「これも念を押しておくが、地球には本当にオーク・コボルト・リザードは存在しないのだな?
後出しはやめてくれよ!?」
『本当なんです!
もうこればかりはゲーゲー族長に信じて貰うしか無いのですが
地球上で知的生命体は人間種だけです。
他種族に関しては、同科目の動物が存在するのみで、考古学上の痕跡すら存在しません。』
「だが、《コボルト》という概念は知っていた…
こちらの世界の人間種ですら知らなかったのに?」
『これは俺の予想なのですが…
悪意の第三者が種族間構想を煽る為に、その様な世論工作を行っていたのではないかと。』
「オマエの口癖の標準座標≪√47WS≫か?」
『それ以外に考えられないんです。
彼らの目的は俺達を戦わせて戦争奴隷を生み出すことです。
だから…
転移させた者が自然に他種族との闘争に踏み切る様に、予め他種族を憎むプロパガンダをばら撒いているのではないでしょうか?
あくまで仮説ですが、これ以外の可能性が見つけられません。』
「思い当たるフシはある…
ゴブリン社会にも異界からの闖入者は存在するからな。
オマエに貸した書籍、ちゃんと読んだか?」
『ええ。
出身地がハッキリしないゴブリンは
他種族との争いを引き起こそうとするから
見つけ次第通報せよ。
そうですよね?』
「実際、俺も若い頃にそういう者と出逢い、世話をし、結局は粛正せざるを得ない場面に陥った経験がある。
オマエの話を聞いて妙に納得している自分が居る。
あれは本人が言う通り、全く別の世界のゴブリンだったのだ。
当時の俺は、オーク領かどこかからの流れ者だと決めつけてしまっていたがな。」
『その方は何と仰っていたのですか?』
「空を飛ぶ船が故障して神の国に迷い込み神託を受けた、と。」
『…。』
空を飛ぶ船?
少なくとも飛行船や宇宙船を保持する文明レベルの惑星から送り込まれたのか?
大変だったろうな!?
…いや、俺や田中も似たようなものか。
「正義の刃で魔王を倒し平和をもたらせ、と。」
『…同じことを俺も言われました。』
「なあチート。
魔王とは何だと思う?」
『昔の俺は人間種と対立する種族の王を指す言葉だと思ってました。』
「今は?」
『人間種を他種族と対立させる為に作られた概念です。』
「…まあ、この辺までは次の全種族会議で擦り合わせておきたいな。
次の会議に議題として提出するけど、それで構わないな?」
『はい、必要であれば証人喚問にも応じます。』
「…オマエの場合は先に本国の議会に出頭するべきなんだがな。」
『そうするのが筋だとは理解しております。
ただ、俺の目的を完遂する為にも、その選択は採れません。』
「まあ、オマエの場合。
帰還したら二度と出国出来ないだろうな。」
グランバルドには二度と帰れないだろう。
そもそも帰るつもりがない。
ゲートを開いて、その向こうに居る連中に即先制攻撃。
初手で刺し違える。
それ以外の未来は存在しない。
俺はゲートの先の敵と必ず刺し違える。
その為だけに着々と準備を整えて来た。
今の状況も概ね計算の上に作り上げた通りになっている。
全てが俺の想定内!
…ゴメン、イレギュラーが発生した。
赤い糸が妙な動きをしている。
あの女、この水域に真っ直ぐ向かってやがる。
この微振動、燃料動力の高速船…
しかも、この航路取りは公的船舶のものではない。
信じられない。
どんな手を使ったのか、高速船を入手しやがった…