チートで全てを失う
深夜。
俺の報告を聞いた師匠はソファーに深く身を鎮めたまま、頭を抱え込んでしまった。
「…そうか。」
そう言ったきり黙り込んでしまう。
俺達は涙を拭うことすらせず、ただ心の痛みに耐えていた。
「ラルフの性格を考えれば…
もうここには帰ってこないだろう。
アリサには、俺から明日事情を話しておく。
いずれラルフと合流させよう。」
『きっと彼は帝都に向かっているでしょう。
リザードの高速鉄道を使えば、明日中には北部に到達しますし
リニアを使えば、最短で明後日に帝都に到着する事が可能です。』
「世界も狭くなったものだ。
そして、天蓋の向かいに…
オマエの故郷があるんだな?」
『はい。
地球という名の星。
球形の大地が浮かんでおります。』
「日本人が良く言っている《地球》
そして《月》。
他人事のように思っていたが…
まさか、グランバルドも当事者とはな…」
『申し訳ありません。』
「オマエが謝ることじゃないさ。
まあ役人共はパニックになるだろうが。
善後策、考えてるんだろう?」
『地球人の思考は大体読めるので
逆算する形で先手を打って行けば実害を蒙る事はないと思います。』
「まあ、そこら辺はオマエや偉い人の仕事だ。
この街が気を付けておくべき事柄は?」
『俺と親密な者は攻撃をされかねないので
しばらく伊勢海地人に関する話題は挙げない方が良いかと。』
「一番危険なのは俺だと己惚れたいな。」
『迷惑を掛けます。』
「馬鹿、楽しんでるんだよw
これからどうするんだ?」
『どのみち数日中にリザード領に出航するつもりでした。
明日から皆に挨拶回りをしてから行くつもりでしたが…
この脚で出発します。』
「それが賢明だ。
俺も… 所帯さえ持っていなればオマエに着いていてやるのだが。
2人も女を養っていると、そうもいかんか…
まあ、オマエにくっつけて貰った女だから、別に捨てても惜しくはないが。」
『やはり、エルザのお母様とも
…その肉体関係が?』
「いや、オマエに言われたことだからな。」
『俺ですか!?』
「《男ならハーレム狙うべき》っていつも言ってただろ?」
『ああ、それで!
そこまで律儀に俺に合わせてくれなくても。』
「男ならハーレム狙うべき、ってオマエの持論は結構カルチャーショックでさ。
ただ想像以上に女ってカネも手間も掛かるから、あの母娘とヤッタ時点で募集打ち切ったよw
歳も歳だしなw
チートは女関係どうするんだ?」
『ノエルとメリッサにはこちらから連絡を取らない方がいいと思います。
これから帝国内で俺がどういう扱いになるか見通しが効かないので。
キティは連れて行きます。』
「あの子、ゲレルさんと一緒で賞金首だろ?
気に入った?」
『まあ、使い道もありますし。
それに置いて行ったら、この街に迷惑が掛かるでしょ?』
「あの子は取り巻きもガラが悪いしなあ。」
『取り巻きを商都かヴィルヘルム領に追いやれないか、キティに頼んでみます。』
「ああ、それは助かる。」
そんな取り留めのない話をしながら、2人で俺の荷物(主にカネだ)を台車に乗せて船に向かう。
「まるで夜逃げだなw」
と師匠が言ったので2人で笑い合う。
少なくない金銭を師匠に渡そうとする。
案の定断られたので、『ラルフ君やアリサの為に使って下さい』というと黙って引き取ってくれた。
テナントを始めとする不動産・係留権のバラン師匠宛て譲渡証明書にも署名をしておくが…
通常なら行政処理的に無効化されそうな気がするのだが、政治的天邪鬼なレザノフなら逆に押し通してくれそうな気がする。
「オマエ、やっぱり死にに行くのか?」
『そう決まった訳ではないのですが。
まあ行けば死ぬような気がします。
この状況なら残っても誰かに殺されるでしょうし。』
「レザノフ君とは仲良くなったんじゃないの?」
『かなり親密になったから分かるのですが…
あの男は親密な相手には尚更手加減しないタイプですよ。
大体、もはやレザノフ1人の問題じゃないです。
今でさえ俺をよく思わない人間が多いのに…
地球と月の件を黙ってた事が発覚したら…
パニックになって殺しに来る奴も増えるでしょう。
師匠も俺とリザード領に来ませんか?』
「うーん。
一応、ヘッピ村に両親や兄弟が残ってるしな。
逃げた方がヤバいだろ。」
『じゃあ、師匠は俺に騙されてたことにして下さい。』
「うーん。
オマエの事は何となく察してたしな。
スライムを悪用していることも、何となく気づいて…
ああ、色々誤魔化しといてやったから。」
『誤魔化す?』
「オマエ、雑過ぎるんだよ。
セントラルホテルのボイラー室から穴掘ってただろ?
音、漏れ過ぎだ。
あそこに防音シート貼ったの、俺だぞ?」
『す、すみません!
今の今まで気づきませんでした!』
「オマエが無防備過ぎるから
俺はいっつも冷や汗掻いて誤魔化してたんだぞ?
ベスさんが色々探ってたから、貴重品も見つからない場所に隠しておいたしな。
『何から何まで。』
「楽しかったよ。」
『え?』
「オマエの悪だくみ、少しは手伝えたか?」
『はい!
師匠は最高の相棒でした!』
「はははw
そうか。
願わくば、ラルフとオマエがそうあって欲しかった。
だが、別の意味でオマエ達は潔癖過ぎたんだ。
チート、オマエ…
ラルフだけには泥を被せない為に必死だったもんな。」
『そりゃあ、ラルフ君は最初で最後の弟弟子です。
いや、彼こそが最愛の弟でした。』
「ラルフはラルフで、何とかオマエの役に立ちたくて
謹厳に生真面目に振舞い続け、そういうキャラクターに自分を押し込んで行った。
そりゃあそうだよな。
市長の弟弟子が不真面目な人間だったら、オマエの評判下がっちゃうからさ。
オマエが公職に就きだしてから、アイツは言動の隅々に気を遣い始めて…
《兄弟子の迷惑にだけはなってはならない》というのが口癖だったよ。
まあ、元が生真面目な男だったから。
下手をすればオマエ以上にこの街や帝国の事を考えるようになっていた。」
『俺なんかより、政治に向いてますよ。』
「アイツは多分、帝都に着いて着の身着のまま馬鹿正直に議会に向かうと思う。
で、チートも予感しているとは思うが、議会はラルフを受け入れその告発を受理するだろう。
アイツは議会が持つ最高のカードとして帝国の為に動く事になる。」
クレアは人間種を他種族に解説する為、しきりにチート・イセカイの絵を描いた。
俺を解説するイラストには、俺が師匠やドランそしてラルフ君の4人で笑顔で肩を組んで並んでいる構図が最も多用された。
だから、俺達4人はこの世界で最も有名な人間種なのである。
人間領内では無名かも知れないが、コボルトもゴブリンもリザードもオークも、ラルフ・ラスキンの事はハッキリと認識している。
生真面目で誰よりも頼りになる男として全世界で知られている。
何故なら俺が彼をそう認識しているから、それをクレアが好意を込めて全世界に紹介してくれたから。
帝都が血眼になってクレアのプロパガンダ絵の把握に努めている事は俺も知っている。
ラルフ君の世界政治上の価値にもいずれは気づくだろう。
故に帝都は余程の馬鹿でもない限りラルフ君の告発を受け入れ、現実政治に反映させる。
そして帝国議会は常軌を逸して敏い。
あまりに政治的判断が正確かつ迅速なので、内情を知っている筈の俺ですら彼らが合議制を敷いている事実を信じ切れていない。
神聖グランバルド帝国は共和政体を採用している。
重要な政治的決議は72名の貴族議員で構成される帝国議会の協議を経てから採決されている。
そんなプロセスが存在する事を彼らの神速を目の当たりにしてきた俺にはどうしても信じる事が出来ない。
断言しよう。
ラルフ君は七大公家が手厚く保護し、政治的カードとして必ずや有効活用してくるだろう。
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キティを起こして船に乗せ、ゲルグ達に出航準備をさせている間。
俺と師匠は取り留めもない話をしていた。
「やっぱりいつでもヤレる女が欲しいよな」
とか
「いつか金持ちになったらみんなで温泉旅行にでも行こうか」
とか
「美人メイドを雇ってもいいんだけど、本気で恋に落ちたらどうしよう」
とか
「朝から晩までゴロゴロ寝てて給料貰える仕事ってないのかなあ。」
とか
「やっぱりいつでもヤレる女が欲しいよな」
とか
遂には涙も喉も枯れて、それでも俺と師匠は帰らぬ日々に語りかけ続けた。
世界なんて、どうだっていい。
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