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チートの報いを受ける

俺が驚いたのは、マティアス議長が本当に神像を送って来てくれたことだ。

分解されたパーツ毎に数々の説明書きが添付されており、目録の一番下に議長の署名と《ミスリル代の一部として》と記されていた。

いいのか?

アンタ、俺が日本人であるとほぼ確信しているんだろ?

そりゃあ、レザノフ以外にも俺に監視は付けてるんだろうけどさ。

幾ら約束とは言え、普通送ってくるか?

渡るか? こんな危ない橋…


その律儀に嘆息し、同時に己の怠惰不義理を恥じる。

感動を誰かに吐露したかったので、レザノフにマティアスへの感謝と賛辞を伝える。



「だから以前からそう言ってるじゃないですか。

マティアス閣下が議長を務めている時期に全種族会議が起ちあがった事は、帝国にとっての大きな幸運なんですよ。」



成程。

この独善一匹狼男が傾倒するだけの事はあるのか。




「スキル鑑定機能は残っているんですよね?」



『目録にはその様にありますね。』




レザノフが【今ここでオマエが鑑定してみろ】という目線を向けているが無視する。

無論、断固拒否。


御存知の通り、俺の能力は【心を読む】ことだ。

スキル名は《読心》とか《思考盗聴》あたりだろう。

こんな事実が広まったら、全世界から攻撃されてもおかしくないし

表示された瞬間にレザノフに首を刎ねられても不思議ではない。



『レザノフ卿はスキル鑑定したことあるんですか?』



「官僚は入省試験時に全員チェックされますよ。

《算術》や《会話術》のように優秀なスキルを持っていれば筆記試験も免除されますしね。」



『ちなみにレザノフ卿のスキルは?』



「すみません。

部内の規定で、職員個々のスキルには言及してはいけない事になっているんです。」



流石、情報将校。

切り返し方が一々無難だな。




========================




さて、と。

素材は全て揃った。

後はキティのスキルをチェックしてゲートを開くだけだな。

万が一キティが《狂戦士》を保有していなかった場合に備えて、ゲレルも同行させたいが。

ゲドさん曰く、行方不明とのこと。

どうせベスおばの近くに居るんだろうけどな。


対標準座標戦が即座に始まるケースも十分考えられるので、ゲートは帝国外で開く。

秘かに養殖していたスライムは全て回収しておく。

50万都市である商都の下水道に溜まっていた有機成分を残らず摂取させただけあって、想像を絶する質量にまで増殖してくれた。

もしも対リザード戦が起これば彼らの文明で実験する予定だったのだが、今となってはあり得ないifだ。

あまりに俺は彼らに厚遇され過ぎている。



========================



久しぶりに工房に戻り、師匠とラルフ君と3人だけで食事を取る。

ゲーゲー・ドラン夫妻・シュタインフェルト卿から書簡が届いていたので、早めに目を通しておきたかったが、仲間との歓談を優先する。


話題は工房の扱いについて。

俺はもう解体から離れて久しいので工房から離れるつもりでいた。

いや、来月にはもう生きてすらいないだろうな。

ここは師匠とラルフ君の倉庫として使って欲しい。

昔の俺達であれば、ここの5階家族部屋に女を住ませれば良いと考えていたが、流石にこんな所に嫁さんを住ませるのは酷だ。

今思えば、ノエルもメリッサもよく我慢してくれたものだ。

でもな、何も持たなかった頃の俺にとっては、この肉臭い中古テナントだけが誇りだったんだよ。




『師匠は、これからも解体技術を広めるつもりなんですか?』


「まあ、こんなモン誰でも出来ることだしな。」


『いや、誰でもというのは…』


「ハハハ、《人間なら》誰でも出来るよw」


「ひょっとして師匠は解体業を対リザードの主要産業に育てたいと?」


「おお、ラルフも解ってきたじゃないw

リザードは優秀な種族だが、手が大きすぎてな。

解体には向いてない。

特に魔石抽出は相当難しいだろうな。」



そうか。

師匠もそこまで考えていたんだな。

リザードがトードやスネークを丸ごと圧搾してから遠心分離させているのも、彼らの肉体的構造が個別解体に向いていないからだ。

彼らも我々同様に魔石を必要としている。

人間種が今以上解体に熟達すれば、こちらに流れてくる利益は必ず増えるだろう。



「ラルフ。

これは職人として褒められた指示ではないのだが…

オマエも解体技術を広める方向で動いてくれれば嬉しい。」



「ええ。

ボクも賛成です。

師匠や兄弟子の手助けにもなりますしね。」



『ゴメンねラルフ君。

君の得にならない行動をとってしまって。』



「何を仰るんですか。

ボクがこうして生活出来ているのも

元々は兄弟子が誘って下さったからですよ。

貴方のおかげで人生が劇的に変わりました。」



『俺だってラルフ君に色々な場面で助けられた。

いつもありがとうな。』



この遣り取りを見たバラン師匠はとても上機嫌で

「弟子同士が仲が良い事は本当に嬉しい。

俺が若い頃はオマエ達の様に円満な先輩後輩の関係はなかった。」

と目を潤ませて喜んでくれた。


幸か不幸か、これが俺達にとっての最後の晩餐となった。




========================



部屋でこっそりと神像のチェックを行う。

想像していた通り、俺が最初に出逢った標準座標≪√47WS≫の自称神と全く同じデザインだった。

成程ね。

もしも奴を本物の神か何かと誤認させられていたら、スキルチェックへの警戒心も沸かないだろうな。



どうやら、像の腹部に貼り付いているディスプレイっぽい箇所にスキル名が表示されるようだ。

参ったな。

俺が想像していた以上にディスプレイ部が巨大だ。

つまり表示されたスキル情報は立ち会った者全員に共有されてしまう。

本音を言えば、判明したスキル情報を俺だけが独占出来るような仕組みが理想だったのだが…


うーん。

俺の構想からやや逸れるな。

誰か信頼できる者で実験させて貰うか。


俺は迷わず小太りオジサンを部屋に招き、頭を下げてスキルチェックをお願いする。

この人は口も堅いし、何より彼の性格であれば《狂戦士》のスキルを保有していないと断言できるからだ。

彼も俺の事情は概ね理解してくれていたらしく、すんなりと装置に手を触れてくれた。



《算術LV1》



突如、大きな合成音声が鳴り響く。

嘘だろ?

こんなにデカい声で判定結果が発表されてしまうのか?

しかもディスプレイにスキル名が表示される時間も長い。

慌てて目録を読む直すも、音量調整機能は存在しないらしい。



「ああ、思い出した。

スキル判定って発表音声がデカくて、皆に知られちゃうんだよね。

学校卒業シーズンに先生に引率されて判定したんだけど、恥ずかしかった事を覚えてるよ。

クラスの中で僕だけスキルが無くってっさ。

クラスメートからも先生からも散々馬鹿にされた。

ああ、思い出した。

それで故郷を捨てたんだった。

同窓会も一度も行ってない。」



成程。

思い遣りの無いシステムだ。



「算術LV1かあ。

もしも学生時代にこれが備わっていれば

今頃、もっと別の人生歩んでたのかなあ。

名の通った商店に就職出来たり…

公務員試験にもチャレンジしてたかもね…

まあ、人生にもしもは無いから、ずっと無能扱いされてたんだけどさ。」



『無能なんかじゃないですよ。

最初会った時から、貴方は優秀な方だと感じました。』



「ありがとう。

チート市長も、最初からずっと鮮やかだったよ。

魔石売買、初めてとは思えなかった。

殆ど魔石も見た事なかったんでしょ?」



『ええ。

懐かしいですね。

この世界のルールを何もわかってなかった頃なんで

随分、皆さんに失礼な態度を取ってしまっておりました。』



「…やっぱりチート市長って日本から来てたんだね。」



ん!?

ああ、そうか。

今の俺《この世界の》って言ってしまっていたか。

ニュアンスで確信されてしまった?

駄目だな。

これで最後の所為だからか、警戒能力がとことん薄れてしまっている。



『…。』



「安心して欲しい。

素性は内緒にしておきたいんだよね?

ちゃんと墓まで持って行くよ。」



『申し訳ありません。

結果としてあなた達を騙す形になりました。』



「騙してなんかいないよ。

市長は公約を全部守った。


…初めてらしいよ。

1人の死者も出さずに冬を越せた年は。」



『そう言って頂けて嬉しいです。

肩の荷が降りた気分です。』



「チート市長日本人説は、最初は結構囁かれていたんだ。」



『やっぱり皆さんに悟られてましたか。』



「ただ、ヤクザの隠し孫説やら、貴族の隠し子説やら、ゴブリンの混血説やらが次から次へ出てきてw

日本人説がどんどん追いやられていってw

結局、キミの正体って誰も解らなかったんじゃないかなw」



『なんか、皆様を混乱させてしまったようで恐縮です。』



「今はゴブリン説が最有力。

ゴブリンの血は入ってないんだよね?」



『すみません。

俺が生まれつき不細工なだけですww』



「はははw

それじゃあ、謝らなきゃいけないのは世論の方だった訳だw」



どうやら、俺のゴブリン混血説は今最も信憑性を持たれているらい。

そもそも俺の船のクルーが全員ゴブリンな上に、俺がゴブリン風のファッションをして、ゴブリン食も普通に食べていて、片言のゴブリン語も話せて、ゲーゲー部族の一員である事も隠してはいないので…

そりゃあ、周囲から見ればゴブリン以外の何物にも見えないわな。

ゴブリン難民の逃避行に危害を加える者が殆ど居ないのは、それが原因とのこと。

それもあってか、チート=日本人説は完全に掻き消えてしまったらしい。


再度、自室の鏡(ノエルの置き土産だ)を覗き込むが、確かにゴブリンっぽい顔立ちとも言えなくもない。

要するに、人間種の基準で俺は不細工なのだ。

(ちなみにゴブリン種の美的基準でも不細工の部類に入るらしい)


グランバルドに転移して来た日本人は概ね体格の良い美男美女揃いだったらしく、それも俺が日本人である事がバレなかった理由らしい。

あまりに不快なオチに気が重くなる。



その後、帰ろうとした小太りオジサンを少しだけ引き留めて、事後の処理を色々とお願いしておく。

多少、無茶なお願いもしたが、彼は一切異論を挟むこともなく快く受け入れてくれた。

この人には本当に無茶振りばかりしてしまったと思う。

俺が善隣都市で上手く立ち回れたのも、彼の気遣いの賜物だろう。



========================



夜陰に紛れて神像を船舶に積み込む事にする。

見た目の割に重量は大したことが無いので、小太りオジサンと2人で台車を使って移動させる。

城門を出てすぐ側の交易ポイントの係留権を俺が独占している事が功を奏した。

殆ど目立たず、そして労苦なく荷物を船倉に積み込めた。

係留地点付近まで運ぶと、ゴブリン船員のゲルグ一家があっという間に作業を終えてくれる。

少なくない人間種がその場に居たが、ゴブリンの存在に文句を言う者は居ない。


ゲルグ達にはリザード風の衣装を着せてあるからだ。

今やリザード種は善隣都市の最上位顧客であり、リザード風の衣装を着用している者の作業に物言いを付けれる者はもはや存在しない。

ゴブリンを嫌う者は多かれど、リザード配下のゴブリンであれば話は別である。

親リザード派の中には同僚のように親しみを持つ者すら居た。



========================



積み込みを終えて帰路に就こうとすると、眼前にはラルフ君が居た。

俺が一人になるタイミングを計っていたらしい。



「盗み聞きをする気はありませんでした。」



開口一番、ラルフ君はそう断る。

思いつめたような覚悟したような表情からも、彼の言いたいことは理解出来る。



『キミに隠し事をしてしまう形になったのは申し訳なく思っている。』



「いえ、ボクも…

配慮が行き届いておりませんでした。」



『さっきの会話、聞こえていたかも知れないけど。

俺は日本からやって来た。

君と出逢ったのは、こちらに転移してから数日のことだった。

ゴメン、今更だよね。』



「…それでこの街の事情に疎かったのですね。」



『すまない。

その事でキミにも迷惑や負担を掛けていたと思う。』



「…いえ。

兄弟子は何も御存知の無い状況でベストを尽くされたと思います。」



『身元を明かさなかったのは、誰かに救いを求めるより先に生活が軌道に乗ってしまったこと。

そしてグランバルド人の対日感情があまり良くない事を感じ取ってしまったからだ。』



「ボクも兄弟子の前で、日本の皆さんに対して厳しいコメントを何度か出してしまいました。」



『いや、忌憚のない意見だったと思う。

俺が生粋のグランバルド人なら、君と似たような対日観を持っていた気がする。

日本人が持ち込んだ産業知識も、結局その果実は貴族階級が独占している気もするしな。


何よりエリザベス。

彼女は実家の方針からして対日最強硬派だし、本人も対日戦を想定していた。

それに田中も日本人の癖に、ずっと日本人男性への憎悪を語っていただろう?

どんどん自分の身元を語れるような状況ではなくなってしまっていたんだ。


今思えば。

君と師匠、そしてドランさんの4人で暮らし始めた時にカミングアウトしておくべきだったと後悔している。』



「これからどうするんですか?

他の日本人の様に帰還の方法を探ったり、他種族との交戦を主張したりするんですか?」



『君が予想している通り、どちらの選択肢も選ばない。

俺はこの世界に日本人を送り込んでいる連中と決着を付けるつもりでいた。

最初からそのつもりでいた。

もう準備も終わったし、今週中にはこの街を去るつもりでいた。』



「兄弟子がいつも言っておられる天蓋の話ですか?

天蓋の外に向かわれるんですか?

そこだけはどうしても理解出来ませんでした。

荒唐無稽に過ぎるというか…」



『いや、天蓋の外にも…

何と説明すればよいだろう。

宇宙という無の… 大気の無い空間が広がっているんだ。


俺は元々、天蓋の向かいにある地球の出身だしな。

子供の頃から表面だけとは言え天蓋を見ていた。

だから、そんなに俺にとってはそこまで荒唐無稽でもない。』



そこでハッキリとラルフ君の様子が変わったことに気付いた。



「…ちょっと待ってください。

ちょっと待って下さいよ!

あなた… 今、何を?」



『いや、俺が生まれた日本という国は地球という惑星。

まあグランバルドと違って天蓋の無い大地なんだが…』



「そこじゃない!


…見ていた!?

子供の頃から天蓋を見ていたと、今言いましたよね?

今言いましたよね!?」



『いや、グランバルドは…

ああ、俺達は月と呼んでいるのだが…

それは肉眼で十分に見えるから…』



「…月。」



『ああ、俺達はそう呼んでいるんだ。

勿論、こっちの世界も守りたいと考えている。』




「…ちょっと待って下さいよ!!

ここは日本人が月と呼んでいる世界なんですか?

地球の衛星の月なんですか!?」





『?

衛星という概念まで広まっていたのか?


ああ、そうだよ。

俺達の世界でもその名で親しまれている。

内部にこんな文明がある事までは知らなかったけど。


だから他人事では無かったし

何としても、この世界を守…』



「…貴方は!

ここが月だと知っていて

ずっとそれを隠していたのですか?」



『…結果としてそうなる、

だが、それはグランバルドに対する攻撃に対して対策を練る為であって…』



「…攻撃しているのは貴方達ですよね?」



『攻撃?

俺達が?』



「転移して来た日本人達は、自分達の世界を説明する時に

必ず月への着陸と基地建設を誇示しております。

ユーキさんですらそうでした。」



転移者達が月の話をする?

ああ、まあそうか。

自国の技術水準を説明する場合、宇宙開発の進度を語るのが無難か。

日本も国際的な宇宙計画に多数参加しているしな。



「兄弟子…

これだけ他種族に配慮出来る貴方が、どうしてそんなに鈍感で居られるのですか!?

貴方はボク達の世界を自分達が侵略していることを隠していたのですよ!

標準座標の脅威?

グランバルドにとっては日本の方が遥かに脅威だ!」



ああ、やっと理解出来た。

君の怒りは極めて正当だ。


…みんな、ゴメン。

俺、意識すらしたことなかったよ。


そっか。

ここが月なら、俺達はキミ達の世界の表面に勝手に着陸して基地建設している存在、ということになる。

そんな星からやって来た事を、俺はずっと伏せていた。

いや、この地にやってきた転移者の中で俺だけがここを月だと認識した上で、その事実を伝達しなかった。


確かに月世界グランバルドから見れば、俺達の方が遥かに有害だよな。

思い至らなかった。

隠していた自覚も騙していた自覚も無い。

ただひとえに思い至らなかっただけなのだ。




『ラルフ君。

悪意が無かった事だけは信じて欲しい。

君達が当然抱くであろう危機感を今の今まで想像出来なかった。』



「兄弟子。

…貴方を告発します。」



一筋だけ涙を流してからそう宣言すると、ラルフ・ラスキンは身を翻した。

我に返った俺が追おうとした時には、彼はリザードの輸送船に飛び乗っていた。





…そうか。

俺は報いを受けたのだ。

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