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チートでリニア政策に加担する

グランバルド帝国にリニアモーターカーが開通した。

帝都と西部の研究都市を結ぶ全長180キロの実験沿線である。

本来は、兵員を対オーク戦線に輸送する目的で敷かれたのだろうが、現在の国際情勢では口が裂けてもそれは言えない。


当然、この計画は転移者を多く送り込んできている日本への対抗心によって生み出されたものである。

グランバルドの科学力は決して日本(というより地球)に劣っている訳ではないのだが、転移者の持ち物・証言から断片的に垣間見える技術力の高さに対して、グランバルド人は言い得ぬ劣等感と対抗意識を抱き続けて来た。

特にここ100年は地球側の急激な発展に脅威を感じ、航空機・鉄道網・高層建築・原子爆弾・人工衛星などの地球の成果物を自分達も開発する事で精神の安定を図ろうと考えていた。


そして今回のリニア開設。

これには極めて大きな意義がある。

とうとうグランバルド帝国が日本に先んじたのである。

最大時速は何と440キロ!

これをグランバルド帝国は伝聞だけで建造し、運転に成功した。

紛れも無い偉業であり、誇るべき壮挙である。

最新の転移者である田中グループの証言から、日本でリニアモーターカーが商業稼働していない事は確認済み。

帝国は、遂に目標である日本を超越した。


帝都は歓喜と熱狂に包まれる!

…筈だった。  




だが、それどころではない。

突然樹立された全種族会議。

不意の終戦、何の準備も無く放り込まれた国際社会。


それに対応する為、現在帝都では激しい粛清ラッシュが繰り広げられている。

国際化に反対する者は全て切腹、改易。

だが国際化の定義が何なのかすら定まっていない。

幾度も無く繰り返される上意討ち、七大公家領内で徐々に増加する抗議デモ。

そして再燃する共産主義賛美の風潮。


とてもではないが、リニア開通を祝える雰囲気ではない。

展開によっては世論が、この巨大過ぎるインフラの過大投資を起爆剤に燃え上がる可能性も十分考えられる。

なので政府系広報はリニアの必要性・重要性を帝国全土に必死に訴え続けている。



この辺境の善隣都市ですら、リニア宣伝政策にはかなりの予算が付けられている。

マティアス議長やヴィルヘルム公爵からも、リニア賞賛コメントを出す様に執拗に要求された。

事情は分からなかったが、レザノフと相談して各掲示板にリニア開通を祝福するポスターを掲示する。

ドレークやヘルマンにも頭を下げて、息の掛かった飲食店でリニアフェアを開催して貰う。


街はリニア一色である。

リニア団子やリニア串焼きリニア鍋、ゴードン夫人がリニアポーションなる新商品を発売しているが、これはどちらかと言えば半分皮肉だろう。



「…イセカイ市長。

これで何とか格好は付きました。

関連商品、帝都に送っておきますよ。」



『ポスターを500枚以上掲示しております。

その旨も次の通信で伝達しましょう。』



「ですね。

これで議会の面子も立つと思います。」



『ヴィ―ハン領主様から届いた祝辞ですけど。

これ、そのまま帝都に送って大丈夫ですかね?』



「添え状には、《上手く活用してくれて構わない》とありましたし

お言葉に甘えましょう。」



『あ、そうだ。

私の船のゲルグ居ますよね?

その兄のゲーゲーから祝辞を貰えそうです。

今、調整中ですが確認取れ次第、ゴブリン様式の祝辞を頂けます。

書類では無く石板ですが大丈夫ですよね?』



「よくゴブリン側にお願い出来ましたね。」



『まあ実質はゴブリンからの祝辞と言うよりは、私が所属するゲーゲー一門からのものなのですが…』



「他種族から称賛されている感が出ていて素晴らしいですよ。

いつか…

他種族の連中を試乗会とかに招待できるといいですね。」



『出来るんですか?』



「いつか、ですよ。」



『いつか、でしょうねえ。』



今の帝都はとてもではないが他種族を招聘できる状態では無いし、万が一そんな事を行えば確実に攘夷運動が沸き起こり、それはすぐに共産主義運動に変化するだろう。

帝都を見たことも無い政治素人の俺にでも容易に想像出来てしまう。

グランバルド貴族にとっては、下手をすると帝国開闢以来の危機的状況である。

都合の悪い事に、今まで散々敵対してきたオークやリザードの社会の方が、富の再分配に積極的な事が知識人の間で知られ始めている。

何千年も軽侮して来たゴブリン種が一種の平等社会を築いているレポートも帝国に衝撃を与えている。

(ちなみに執筆者は俺だ。)


遥か世界の果ての野蛮種族コボルト種に至っては、完全軍隊社会なので世襲の概念すら存在しない。

二等兵の子も元帥の子も、全く同じ条件で軍学校に4歳で入校し、成績上位の者が機械的に士官学校へ入る事を許され将官としての訓練を受ける。

(そりゃあ戦争強くて当たり前だよね。)

これを見たグランバルドの平民階級が、貴族階級に対してどんな感慨を抱くか?

解らない奴は大馬鹿だろう。


グランバルド上層部は国際社会での生き残りのために、他種族との融和路線を推進せざるを得ない。

だが相互理解が進めば進むほど、平民の上層部への感情は悪化し続ける。

これは構造的な問題なので整合のし様がないし、ゴブリン種やオーク種にはこの点が人間種のアキレス腱である事を看破されてしまっている。

正直、帝国上層部は行き詰まっている。


だからこそ、異端軽輩のレザノフや最下層出身の俺を本能的に繋ぎ止めようとしているのだ。

俺達が尊重されている様子をアピールする事により、少しでも政治体制に公平性があることを示したいから。



「貴方が思っている以上にグランバルド人は保守的ですよ?

帝都より辺境の方が、貴族より平民の方が保守的で権威志向ですね。」



うん。

日本も割とそうだと思う。

だからこそ、社会が都市化・平等化した昨今、左翼が強いのだけれど。



『そんなに釘を刺さなくても、社会運動とかを煽動する気はないので安心して下さい。』



「イセカイ市長の存在が既に革命運動そのものなんですけれどね。

あなた、活動家の象徴的存在になってますからね。」



だろうな。

俺だって、日本に俺みたいな成り上がり方をした政治家が居ればフォロワーになっていただろう。

少なくとも選挙があれば、世襲政治家なんかより、そっちに入れる。

ただ、俺は良くも悪くも体制に取り込まれている。

最近知った事だが、ヴィルヘルム公国内では俺とベスおばの婚姻が肯定的に発表されているらしい。

万が一、帝国に革命の嵐が吹き荒れた時、卑賤の俺は公爵家にとって最高の保険となる。

何せ長嫡女をゴミ処理作業員に嫁がせた訳だからな。

そりゃあ、反貴族思想も拳の降ろし所に困るだろう。

身分を争点にヴィルヘルム家を叩きたい者は、娘をゴミ処理作業員以下の者に嫁がせる必要があるからだ。

俺も仕事柄色々な職業を調査したが、解体屋の丁稚・ゴミ処理作業員よりも社会的身分の低い職業は今のところ発見出来ていない。

ゲイリー親方曰く「我々より差別されてる仕事なんてある訳ないでしょーが!」とのこと。

最近はヴィルヘルム公爵閣下からの書簡は《我が最愛の息子チートへ》と宛名されている。

ここまで徹底されるとただ感心させられるばかりである。



================================



久しぶりに街を歩いてみたが、世論はリニアに表向きは肯定的。

但し、【俺達の税金もそっちに流れたの?】という素朴な疑問は皆が抱いている。


予算の内訳だが。

このプロジェクトはグランバルド上層部が莫大な私財(予算の9割方は大貴族の拠出だ。)を投じている。

七大公家・五公爵家が足並みを揃えて、リニア建設推進機構に投資し続けた。

本音ではその事実と詳細金額を喧伝したいのだが、今や世論は《貧富の格差》そのものに目をやり始めている。

ここで投じた金額を発表するのは逆効果だろう。

何故ならその原資は結局、庶民から徴収した税金に他ならないからである。

日本(と言うより地球)の政治家を見て来た俺からすれば、グランバルド上層部はかなり廉潔であり志も高い。

ただ不幸な事に、ある日突然比較対象が4種族も出現してしまった。

そして今まで蔑んでいた彼らは、グランバルド平民の目から見れば平等社会を築いているように映ってしまうのである。


今の所、善隣都市の住民は様子見。

特に政治的な主張を発信している者は居ない。

但し、殊更にリザード社会を賛美することにより、暗に帝国の体制に物申す層は少なくない。

その最先鋒こそ冒険者からリザードの御用商人に転職した蛇屋アダムであり、激しい賛否に晒されながらも彼は新時代の象徴となっている。



後、街を歩いていて気付いた事だが。

俺のあだ名は【不倫市長】で定着していた。

こればかりは反論のしようもないので、批判を真摯に受け止めようと思う。

何とか評価を向上させたいのだが、勝手にキティが着いて来て俺と手を繋ぎたがり、人目のある所で子分も動員してキスを強要する。

その所為もあって、今や俺の評判は地に堕ちていた。


俺もアダムも、《街を大いに潤してはいるが見下げ果てた男》という評価が定まった。

反論したいことは山ほどあるが、無言で耐える。


似たようなムーブをしているバラン師匠が皆から敬愛されている所を見ると、ここら辺が人徳の差なのだろう。

俺は屋台のおかみさん達に説教されながらも、リニア関連商品を片っ端から大袈裟に褒めて回った。




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これが、グランバルドで過ごした最後の日々だ。

いささか不格好だが、ここらが俺の器だったのだろう。


振り返れば、今まで結構楽しかったよ。

みんな、ありがとうな。

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