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チートで何度も何度も繰り返す

昼に起きるとラルフ君が食事を用意してくれていた。

最近、ゴブリン食ばかり食べていたので、久々の人間食で嬉しい。



『ごめんね。

ずっとラルフ君に任せちゃって。』



「いえ。

それだけ兄弟子が大仕事をしておられるということです。」



ラルフ君に昨日のスタンピードも含めて情勢を報告する。

激動の数か月だった。



『お客さん、取ってないの?』



「かなり減りました。

師匠が解体技術を広め続けていますから。」



『はははw

技術なんて広めちゃったら、あの人の喰い扶持が無くなるじゃないかw』



「でも、兄弟子の望みでしょう?

徒弟制に頼らない職人育成。」



…。



『…俺が職人業界を改革したい、と言ったから師匠は合わせてくれているの?』



「あまり想いを言葉にされない方ですが…

他に思い当たる点もないでしょう?」



『そんな事は一言も言ってくれなかった…』



「兄弟子に気を遣わせたくないのですよ。」



『…。』




解体なんて、コツさえわかれば誰でも出来る仕事だ。

ましてやバランギルの様な名手が手持ちのノウハウを積極的に広めたら?

この程度の小さな街ならば一瞬で技術が共有されてしまうだろう。


解体技術を持った人間が増えた為、冒険者達の所得が上がり、魔石と食肉の価格が下落した。

結果、庶民の生活水準がやや向上したらしい。

解体屋という商売は、わざわざテナントを構えてまで行うビジネスではなくなった。


幸いにもバランとラルフ君は美品魔石を抽出する技術を持っているので、薬品店の魔石需要に応えるようなビジネスを行っている。

前程儲かってないが、今日もバランはリザードとの交易ポイントに座り、淡々と人間種とリザード種の為に解体作業を行っている。

解体技術を持つ人間種が増えた為、リザードの製薬・製油業者がそれを当てにして遠方からこの交易ポイントを訪れるようになった。

俺の想像などより広く深くリザードの交流は進んでいた。

師は、俺がそれを望んだから叶えてくれているのである。

通訳のニック司祭(コイツいつまで居るのだろう?)と共に今日も黙々と作業を行っている。



『ラルフ君は?』



「店を空にする訳にもいかないので

師匠が出ている間はボクが店を回してます。

逆に師匠が店に居なければならない場合は、ボクがポイントで作業をしています。」



『実質、ワンオペじゃないか』



「好きでやってる事ですからw

それに、もう無理はしていませんし

兄弟子が確立したスライム処理法のおかげで

ずいぶん楽に解体出来てるんです。

今、解体作業している人間でスライム壺を持ってない人間は一人も居ません。

商都の業者も全員導入したらしいですよ。」



『え!?

商都でも!?』



「優れた技術は自然に広まります。

兄弟子の正しさが証明されたのですよ。」



『そ、そうか。

話が急で驚いたが…

報われた気がして嬉しいよ。』



それからしばらく2人で雑談をしながら解体作業を進めた。

何人か懐かしい顔の冒険者と再会し旧交を温める。

やはりトード・スネークは一匹も入荷しなかった。

リザードは爬虫類を丸ごと圧搾するので、解体せずとも納品を受け付けてくれる。

手間なくキャッシュが貰えるのだから、誰だってリザードに売るだろう。



冒険者ギルドも、トード・スネークの買取は断念している。

強引に入手を目論んでリザードとの軋轢を生みたくないからだ。

帝国全体から見た善隣都市の存在意義は、リザードとの友好醸成装置である。

だから、今の形は政治的に結構理想的である。



=================================



師は、結局エルザとその母親の両方と肉体関係を持っている。

勿論、これはグランバルドの倫理意識でも褒められた行動ではないが、エルザ母娘が納得している以上、そして母娘が周囲の女性陣から羨ましがられている以上、誰からもクレームは来ない。

今や師匠はリザードからも好感を持たれる名士だ。

それが誰の目にも明らかだから、街が彼を守っている。



久々にアリサと再会した。

ラルフ君が近所に住ませており手が空くと、こうやって食事を用意しに来てくれるのである。

3人で卓を囲みながら、クレア・ドラン夫妻の話題で盛り上がる。



『ゴメン。

俺の所為でキミ達がバラバラになってしまった。』



「…あの人の所為でしょ。」



俺の赤い糸を見ながらそう呟いたアリサをラルフ君が叱責する。



『いや、いいんだよ。

事実だしね。』



糸の反応から見るに、《あの人》は船に乗船したようだ。

今、大河を下っている。

この緯度だと今日中に海に出るだろう。

その後、こちらに進路を取るのだろうか?




食事中、レザノフがフッガーを伴って工房を訪問する。

俺がヌーベルの死を悼もうとすると、小声でフッガーに制される。



「…伯爵閣下。

ヌーベルの家名を出してはなりません。

あまりに危険です!」



レザノフも素早く頷く。

切腹させられたとは聞いたが、弔辞すら許されない雰囲気なのか?



「帝都では《意見調整》がまだ続いております。

巻き込まれ兼ねない言動はお控え下さい。」



ちなみに《意見調整》とは単なる大規模粛清のことである。

新しい国際秩序に賛同しない者が、片っ端から切腹させられているのだ。

今の帝都は、もう自由に会話が出来る状況ではないらしい。

フッガーやレザノフの実家も、堅く門戸を閉ざし職務以外での外部との交流を一切遮断しているということ。



「勝手にイセカイ伯爵の名前を出してしまっております。

申し訳御座いません。

まるで私が伯爵閣下と親密な友人であるかのように、帝都に報告しておりました。

誠に申し訳ありません。」



フッガーが深く頭を下げる。

そりゃあ、仕方ないだろう。

相勤のヌーベルが粛清された以上、フッガーにも政治的な踏み絵は執拗に迫られた筈だ。

俺との親密度を誇示する以外に彼には保身の術が無かった。

ただ、それだけの話である。



『フッガー少佐、いえ確か御昇進されたのですね。

中佐は私のかけがえの無い友人です。

その旨、不自然に聞こえない様にマティアス議長にも伝える事を約束します。

レザノフ卿もそれで宜しいですね?』



フッガーが身を震わす様に頭を下げた。

仕事とは言え、大変だよね。

中佐はフッガー子爵家の若き当主である。

家全体を守る為にも、細心の注意を払い続けなければならない。


《一段落すれば帝都に戻してやる》


とは上層部から約束して貰えているようだが、何をもって《一段落》なのかは教えて貰っていない。

軍務とは言え、大変だよね。

この男の場合、主家がヴィルヘルム家であり、その馬鹿娘がこの街に居座っている。

少なくとも娘を送還するまでは任務は解かれないだろう。

(その場合、高い確率で俺も共に帝都に召喚される。)




その後、先日のモンスタースタンピードの件について合議。

勇気ある通報者であるデッダへの感謝状発行についての便宜を頼む。



「現在の外交情勢を鑑みるに、デッダ氏への顕彰は帝国議会名義で行った方が後々のプラスになるかと愚考します。」



レザノフがそう言ったので議会との折衝をお願いする。

そう、何度も繰り返すがグランバルド帝国の外交情勢は極めて不利である。

打てる手は全て打たねばならない。



=================================



夕方。

俺とラルフ君は交易ポイントの師匠を尋ねる。

丁度、冒険者達がスタンピードで溢れたトードを運搬して来ていたので、皆で解体する。

リザード側の業者と協議して実需の範囲で魔石を両種族で分配する。

(俺達人間種もトードの魔石は製薬に必要だからね。)


そこから1時間ほど経過して、大量の虎皮が持ち込まれてリザード勢に歓声が挙がる。

(リザード貴族が非常に虎皮を好むので、贈答需要が大きい)

リザードの買い付け業者が大量のギルが入った袋を並べ、気前の良い買取査定が始まる。

運搬して来た冒険者達は獲得したギルを無邪気に掲げて歓喜を示した。


外交感情って、要はカネだ。

儲けさせてくれれば、例え相手が父祖の仇でも魅力的に映ってしまう。

この善隣都市では特に親族がリザードに殺された者が多い筈だが、儲けさせて貰っているので対リザード感情は極めて良い。

無論、リザード側がこちらの世論に細心の注意を払っている所為でもあるのだが、それを差し引いても儲けさせてくれる相手ほど貴重な存在はない。


リザードはリザードで、人間種の方から必要な資源を運搬してくれるのだから非常に助かっている。

特に彼らは陸上作業を嫌うので、陸上で狩猟・採取を行い、その成果物を陸送してくれる人間種の存在を重視してくれている。

要はコスパの良い鵜飼なのである。

俺達と言う物分かりの良い鵜を維持する為なら、多少のギル流出やゴブリン・イヌの通行補助は安いものである。



=================================



妙に立派な船が河を上ってくると思ったら、蛇屋アダムの旗艦だった。

船倉で大量のロングスネークを養殖しているらしい。

リザードが歓声を上げて手を振り、対照的に人間種が乾いた笑いでお茶を濁す。


あの人も嫌われたものだなあ…


等と思いながら解体を続ける。

甲板で小腰を屈めて愛想笑いをしているアダムが妙に幸せそうにしているのが印象的だった。

リザードと船に乗るアダムにゴブリンと船に乗る俺。

不快に思う方が多いのも理解できるが、俺達の存在は外交上必ず使い道がある。

だから看過してくれると嬉しい。



=================================



薄暗くなって来たので撤収。

何人かの人間種が残ってリザード業者の船積作業を手伝う。


俺・師匠・ラルフ君。

3人でドレークの息の掛かった個室レストランに入り、改めて再会を祝福する。

途中、居合わせた冒険者やヤクザ(この店に居る時点でドレーク派である)と挨拶を交わした以外は、ずっと3人で話し込んだ。


外交の話も商売の話もなく

ただ昔話をした。

何度も何度も繰り返し同じ話をして笑い合った。


そう。

もう俺達の間にすら無難な話題はあまり残っていないのだ。


皆、ゴメンな。

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