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チートで権力を濫用する

このグランバルドでベスおばの次に俺への敵対度が高いのが、このレザノフである。

地方回り専門の情報将校。

巡察の名目で各地で不穏分子を粛清し続けて生きた。

帝国への貢献度は極めて高い。



不穏分子の最たるものである俺への殺意が薄れた訳ではないが、「イセカイを殺すな」という命令が複数のルートで彼に下っている。

その為なのか、俺がリザード領に居る前からありとあらゆるサポートをしてくれた。

一応、その点について礼を述べておく。



『レザノフ卿のおかげで任務を果たすことが出来ました。』



「いえいえ、自発的なご善行恐れ入ります。」



一々、一言多い男だ。

ああ言えばこう言いやがる。

一見如才無さそうなルックスなので、俺も最初はこの男を優秀な情報将校だと評価していたのだが

知れば知れるほど、癖の強い性格が鼻につくようになった。

レザノフは、トラブルの元になる事が目に見えているから帝都に戻さず地方の厄介事にぶつけ続けられているのだ。

…まあ、官僚機構にはこういう癖球も一つは必要なのだろう。




『エリザベス様は、ご一緒では無かったのですね?』



「別の船で帰って参りましたので。

じきに帰って来るでしょう。」



いや、この赤い糸の動きを見る限り、あの女はじきには帰って来ない。

糸の指す方角を逆算した所、オーク領とリザード領の国境辺りに滞在している形跡を感じる。

全種族会議でも最後まで帰属が議論された白骨山脈の周辺か?

何のためにそんな所に居る?

オークと接触している?

それとも俺にそう思わせたがっている?

判断が付きかねるな。

ギルガーズ大帝が俺を警戒して遠ざけたから、敢えて接触した?

あの女の性格なら、それが一番あり得るか…



『帰って来たばかりで、まだ師にも帰還の挨拶を行えておりません。』



「そんな中、私如きにお時間を割いて頂き恐縮ですな。」



『いえいえ。

レザノフ卿は私にとって父の如く敬うお方ですから。』



笑顔が消えた。

おいおい、自分は散々皮肉めいた物言いをする癖にさあ。

たまに反撃されたら、その幼稚な反応か?

前から言いたかったんだけど…

アンタ、もう少し大人になれよ。



その後、互いに淡々と進捗報告。

担当官僚も交えて、現状の各部署レクチャーを受ける。

修正すべき関連法案に署名。

次いで中央政界の動向を擦り合わせ。

基本的に帝国議会と通信し続けた俺の方が帝都の政局に詳しかったが、中央貴族の文脈で分かっていなかった点や誤解していた点を意識修正して貰う。

(ヌーベル家粛正の真意や、官僚機構の対ゴブリン観など)



俺からは善隣都市周辺の係留権を丸々要求した。

元々、陸上文明のグランバルド帝国には《係留権》の概念が無く、今の俺の立場で押し通した場合、掣肘する法律がない事は知っていた。



『ご存じの通り、私はル・ヴァーヴァン主席及びンドゥ・ヴィ―ハン領主に彼らの領内での自由航行特権を与えられております。

また、多くの港湾での係留枠も頂戴しております。』



これは事実。

俺はリザード側からあり得ない厚遇を受けている。



『ですので、リザード側が今後当方を訪問して下さった際に係留許可の付与が滞れば。

深刻な外交的齟齬を引き起こす可能性があります。』



これも事実。

リザード側は人間種の航行や係留に細心の配慮をしているが、帝国側はそこまで気を回せていない。



『従って、私が管轄する善隣都市の周辺水域に関しては私のフリーハンドとします。

但し。

既にマティアス議長には私的な内諾を得ておりますが、公的な調整を行えておりません。

ですので、あなた方が反対される場合、その旨を帝国議会に申請して頂いて結構ですし

私は最終的には議会の判断に従う事を決定しております。』



俺も…

随分、役人を動かす方法が解って来た。

コツは偉い人の名前を出し続けながら、「反対表明して下さって結構ですよ」と投げかける事。

こうすれば大抵の役人は黙るので、《黙った=反対が無かった》という事で、現場ではゴリ押せる。

思えば、俺はこういう手口を誰よりも憎悪していた記憶がある。

だが哀しい事に、立場は容易に持たざる日の正義を忘却させるのだ。


この状況で反対する気骨のあるのは、月世界広しといえどレザノフだけだったが。

この男はこういう横紙破りが好きで好きで仕方が無いので、表向き俺の専横を厳しく糾弾しながらも全ての書類に署名し、頼んでもいないのに補足上申書まで執筆してくれた。



役人を下がらせてから、二人きりで話し合い続ける。


・帝国全体にとって善隣都市の存在はプラスかマイナスか?

・リザードが開放政策を行っている隣で鎖国政策を行う吉凶は?

・善隣都市の主産業に何を据えるべきか?

・そもそも現在の善隣都市への自治権付与は政治的に正しいのか?

・活性化した対リザード交易が帝国経済を疲弊させていないか?

・帝国はどこまで海洋シフトを行うべきか?

・残留希望ゴブリンをどう扱うべきか?

・入国希望リザードへどういう姿勢を取るべきか?

・現在のリザードの友好関係が損なわれた場合への保険は?



日が沈んでも議論の種は尽きず、俺達はボソボソと声を落してひたすら論じ続けた。

勿論、幾つかの点で激しい思想的対立点はあったが、俺とレザノフは概ね同意見だった。

そもそもこの男と俺は、政治思想が近い。


何より、《大の虫を活かす為に小の虫を殺す》という大元の哲学が共通している。

更には互いを小虫だと認識しているのだから、世の中には気の合う男もいたものである。

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