チートを謝罪する
朝起きてしばらく経っても大麻ボケが治らなかったので、ベスおばと二人でゴブリン太鼓を乱打して暇を潰す。
鍋底に残ったゴブリンシチューを食べようとすると、ゴブリン達が慌てて止めに来る。
「一晩経ったものはゴブリンでも食べませんよ!?
絶対に腹を壊します!」
彼らは皆、ゲーゲーの親戚なので親身である。
感謝感謝。
昨日のゴブリン達も朝の一服が終わって集まって来たので、お互いに砂を払い合って身づくろいをする。
特にやる事も無かったので、ゴブリンの漁を手伝う。
漁と言っても大した事はしていない、水面を竹竿でパシャパシャ叩いただけ。
何匹かの大魚(多分、鱸だと思う)が腹を見せて浜辺に浮いたので、熊手のような器具を使って浜辺に引き寄せる。
この作業ではギーガーの年下の叔父であるゲルグが指揮を取った、コボルト軍に魚介を納入していた時期があるらしく、かなり慣れた手つきだった。
途中、リザードの監視員が漁業権の確認にやって来る。
ライセンスに問題は無かったようだが、浜辺の使い方が汚かったらしく少し怒られた。
2時間ほどパシャパシャしているうちに目標を達成したので、頭と腸だけ切り落として船上で燻製にする。
腹が減ったので、女衆が洗い清めてくれた焼き網で皆でハーブの鱸焼を作った。
やや塩味が過剰な気もするが、腹は膨れた。
その後、ゲルグの船室に誘われてゴブリンの書籍を見せて貰う。
流石にゴブリン文字は読めないので、スキルを発動して直接【読む】。
読ませて貰ったのは、ゴブリン式の偉人伝であり冒険志向の強い彼らに相応しく登山家や鉱山家・航海家が中心であった。
人間種の襲撃から仲間を守ったゴブリンも英雄として顕彰されており、毒矢を駆使して追手を全滅させたり、と中々勇ましい。
流石にそのページを読んでいる時は、ゲルグも気まずそうだったので
『こういう意味のない種族間闘争は何としても防止したいですね』
と殊勝なコメントをしておいた。
以降、対人間種戦の英雄に関する記載が続いたので、俺の反応を危惧したゲルグが別の書籍を十冊ほど持って来る。
宗教本やお見合いマニュアル本に混じって「異世界からの闖入者」というタイトルの書籍があったので、同じ闖入者として目を通しておく。
《異世界から来る連中にはロクな奴が居ないので、発見したらすぐに通報するように》
冒頭の一文に思わずクスリと笑う。
思い当たるフシがあるので、反論はしない。
『ゲルグさんは、異世界から来たゴブリンに会った事ありますか?』
「子供の頃、村に居ましたよ。
何度窘めても、《コボルトやリザードと戦争しよう》と主張し続けてました。
或る日、居なくなったんですけど…
まあ親父の反応を見る限り、持て余して消されたんだと思います。」
…改めて俺達異世界組は、蠱毒活性化要員だな。
逆に言えば、そういう人材が積極的に投入されても、そこまでの大規模戦争が起こってないという事は、この月世界に居る連中は理性的なのだろう。
俺がゲルグさんと雑談を続けながら本を【読んで】いると。
不意に、【よし! イセカイのスキル発動は感知していない!】という声が聞こえた。
この非常に野太い声、どう考えてもオークの【心の声】だろう。
どうやら、オーク達がベスおば船に接舷しようとしているらしい。
【イセカイのスキル発動条件は対象を《観る》ことだ!
この改造船の構造なら100%視線を切った状態で接舷できる!
これでイセカイの精神操作に怯えずに済むぞ!】
外が騒がしくなってきたので、ゲルグさんが様子を見に甲板に上がる。
俺は「絶対にここから出ないように」と指示されたので、おとなしく寝転んで【心を読む】スキルを発動し続けておく。
【ふー。
もしもイセカイが高所に位置していたら、どうしようと心配していたが
どうやら上手く裏側から周り込めたのが功を奏したようだな。
観られさえしなければ、奴など脅威でも何でもないわ!】
まず。
俺のスキルは《心を読む》or《精神を操作する》の二択まで絞られてしまっている。
正解は前者であり、流石の俺も他者の精神を操作することなど出来る筈も無いのだが、オーク達は万全を期すため《精神を操作する能力》を俺が保有している前提で動いている。
どうやら、この能力を使えば【心の声も聞ける】ことまでは悟られていないらしい。
向こうは俺に《観られる》事にだけ警戒を集中しているようだ。
多分、ギルガーズ大帝が部下に「イセカイの能力は視覚系だ、絶対に見られるな!」と指示しているのだろう。
結局、俺に対しては裏目に出ている。
「イセカイさん。
ブラメチャ―殿下が面談を申し出ているのですが、どうします?
一対一の申し出ですが、浜には相当な数のオークが待機してます。」
『顔出しますよ。
引き籠ってたらゲルグさん達に迷惑が掛かってしまう。』
俺は【スキルをオフ】にして甲板に上がる。
亀甲船の様に覆いを付けたオーク船がベスおば船を囲んでる。
…あのさあ。
女の船を囲むのやめろって。
リザードに確認したけど、それ滅茶苦茶マナー違反らしいぞ。
【心】は先程聞き終わったので、オーク側の事情は完全に把握している。
昨日、ベスおば船に乗り込んで俺を恫喝した非礼をブラメチャ―殿下は謝罪しに来た。
だが側近たちは納得していない。
殿下の様な貴人が俺に何度も頭を下げるのは種族的な尊厳を傷つけるし、何より俺に精神操作をされてしまうことを近臣衆は恐れていた。
殿下の気持ちも理解出来るのが、これは近臣衆が正しいだろう。
俺が精神操作能力を保有している確率が1%でもある限り、殿下の様な最重要人物は絶対に近づくべきでは無いし、どうしても用事があるのなら書簡での往還に留めるべきである。
(もっとも、書簡外交は【行間を読める】俺にとって限りなく有利になってしまうのだが。)
俺は砂浜に降り立つと、ゲルグの息子達に場を整えるようお願いした。
ベスおば船を囲んでいたオーク達から「そっちに居たのかよ…」という雰囲気が漏れて来る。
砂浜に胡坐を掻いた俺が海を睨みつけていると、船上から飛び込んだ殿下が無言で俺に近づいて来た。
途中、近臣達が何事かを叫ぶが一喝して黙らせる。
九歳とは思えぬ威厳である。
途中、豪奢な佩刀を浜に投げ捨て、単騎丸腰で殿下は俺に会釈をする。
「この度は…」
疲れの残る表情で殿下は俺に話し掛けた。
『どうぞお掛け下さい。』
他に言う事も無かったので、殿下を砂浜に座らせる。
俺と目が合うのは苦痛だろうので、二人で並んで砂浜に座って海を眺めながら話す事にする。
お立場故か殿下の話の内容はどれも無難なものばかりであったが、このお方が俺(というより人間種全体に対して)と友好的な関係を築きたがっている事は理解出来た。
外交云々では無く、殿下の御気性によるものだろう。
可能だな。
今日、殿下達が来てくれた事により。
俺に【心を聞く能力】がある事まで、誰も勘づいてない事を確認出来た。
(視覚的に内面を探る能力に関しては、ほぼほぼ看破されてしまった。)
しばらくヴェギータ船から広範囲に【聞いて】みるか…
ベスおばはしばらくゴブリン水域に留まるらしいので、1人でヴェギータの元に帰ることにした。
途中、オークの高速艇の方向から
【ふふふ。
イセカイのスキルは完全に攻略した!
まさか我々がここまで短期間に船を改装するとは思いもよらなかっただろう!
これで人間種に対する外交的優位は完全に確保したぁ!!】
という勝ち誇った声が聞こえる。
…なんかゴメン。
本当にゴメンな。