私シャナナのこと
私の住むこの世界はかつて最強の7体のドラゴンたちによって支配されていた。人々はドラゴンを恐れ何度も討伐を試みたけど、呆気なく駆逐されていた。
そんな中人々はドラゴンに対抗する為、最強の魔道士を育てる為の学園を設立し多くの魔道士たちを育てあげた。
ドラゴンと魔道士の戦い、魔龍大戦が始まりだ。
魔龍大戦は長きにわたり続いた。ドラゴンは転生を繰り返し、魔道士たちは何代にも渡り戦い続けた。
しかし、そんな大戦にも終わりを迎える時がきた。きっかけは魔道士たちにの中に最強と呼ばれる5人の大魔道士の台頭だ。
豪炎の魔道士グラン、清廉の魔道士ミリエラ、地鳴りの魔道士ガストン、次元の魔道士ヒースクラスト、そして若くして五大魔道士の一角を担った最強の大魔道士氷炎のシャルニエル。
この5人の大魔道士の出現によりそれまで劣勢だった勢力図は一気に対等となり、ついにドラゴンと人は1000年にも渡った大戦を停戦協定調印という形で終了させたのだった。
その後すぐに世界中の度肝を抜く発表がされた。
大魔道士シャルニエルとレッドドラゴン火竜のフレイヤナナシュテルとの電撃結婚発表が行われた。
大魔道士のパパとドラゴンのママ、そう、それが私シャナナの両親なのだ。
「……シャナナ様……シャナナ様」
「う…うぅぅ…ふぁぁぁ」
「おはようございますシャナナ様、フレイヤ様がお呼びです」
「おはよう、ガーちゃん」
私の朝はいつもガーちゃんのモーニングコールで始まる。ガーちゃんはママが大昔から使役するガーゴイル、見た目は少し怖いけどとっても優しくて世話焼きなガーちゃんが私は大好き。
「おはよう、ママ、パパ」
「おはようぅーシャナナ、うん〜」
「ママ苦しいよ」
「うふふ、ママは毎朝こうやってシャナナの温もりを感じないと元気がでないの」
ママはとっても優しくて明るいとびきりの美人、赤いロングヘアの髪は凄く綺麗でまだ8歳の子供の私にもママが凄くセクシーだということはよく分かる。
「もうー……パパおはよう」
「うん、おはよう」
パパはいつも無口で無表情、娘の私でも何を考えてるか分からないけどそれでもとっても優しいていうことが分かる。周りのみんなからは見た目は年齢の割りに若くて驚いている。自分では分からないけど、私はパパに似ているらしい、特にぼーっとした顔が瓜二つと言われるが私はパパみたいに無口で無表情ではないと心の中でいつも叫んでいるが、人見知りの恥ずかしがり屋なので言い返す事はできない。
「ママ今日メリーとタスクとでね感謝祭の演し物で使う光明石を渓谷まで取りに行こうと思ってるのだからお弁当作ってくれる?」
「渓谷に?お弁当を作るのはいいけど、わざわざ渓谷に行かなくても光明石なんてすぐに取って来てあげるわよ」
「もうーママ、友達と行くことが楽しいの」
「そう?……うん分かった、じゃあみんなの分も作ってあげる」
「ありがとうママ!エヘへ」
「うふふふ」
メリーとタスクは小さな頃からの幼なじみで、ママが私の出産を機にこの片田舎のファンタシアに引越してきてからの中だ。
今日は学校のクラスでする演劇の器材に使う光明石を3人で渓谷に取りに行く約束をしていたのだ。
「シャナナー!」
この元気に呼ぶ声はタスクだ。
「はーい!それじゃあ行ってきます」
「あー、シャナナこれお弁当ね」
「あっ!ありがとうママ」
ママの作る料理は本当に美味しい、数千年の歴史の詰まった味だってママは言ってたけど、その通りなくらい美味しい。
「お待たせ、メリー、タスク」
「おはようございますフレイヤさん」
メリーはいつも冷静で、はしゃぎ過ぎなタスクを諌めてくれる、私たちのリーダーみたいな子で私も凄く頼りにしてる。
「おはよう二人とも今日はシャナナをよろしくね」
「任せてよフレイヤさん」
「タスクには任せられないわね、2人は責任をもって私が守ります」
「なんでだよ!メリー!俺は大丈夫だ!」
「どうだか」
「うふふ、2人ともよろしくね」
「はい」「はい!」
私はこの2人が大好きだ。
「じゃあママ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
ママから受け取った三人分の大きなお弁当を鞄に詰めて渓谷へ向けて私たちは歩き始めた。渓谷は決して絶対安全な場所という訳ではないが何度か3人で遊びに訪れていたが事件や災害に合うことはなかった、そんな風に今回もいつも冒険の様に楽しんでいた。
「大きなお弁当、美味しそうな匂い」
「フフフ、みんなの分あるから渓谷で食べよ」
「やった!私フレイヤさんの料理大好き」
「俺も!中身はなんだ?」
「うーん、私にもわからないけど…お昼のお楽しみ」
「楽しみぃ!早く食べたいなぁ」
「なぁ少しだけ今食べないか?」
「ダメ!」「ダメ!」
「なんだよ二人揃って」
「お昼のお楽しみなんだから」
「なんだよ……そう言われると、お腹が空いてくじゃないか」
「フフ」
私たちはそんな風にいつも楽しいお喋りをしながら歩き、渓谷へ向かった。
「でも、光明石ってどうやって見つけるんだ?」
「へっへっへェ、それは私に任せなさい」
「メリー、何かいい方法があるの?」
「勿論、今日の為に天然の光明石の見つけ方を調べて来たのだから」
「流石メリー」
「頼りにしてるぞ」
「へへ、もっと褒めてもいいよ」
「フフ、凄いメリー」
「さぁ!二人とも私についてきて」
メリーが先頭になり、私たちは渓谷へと到着した。
渓谷はいつも通りに姿を変えることなく鳥の囀りや川の流れる音が心地よい美しい場所だ、今日の晴れた日には散策日和だ。
「さて、メリー、どうやって探すんだ?」
「タスク焦らないで、光明石は雷魔法に良く反応して光り輝くのよ」
「そうなんだね」
「それでどうやって見つけるんだ?」
「この杖に雷魔法を流しながら歩いて探すのよ、そうすれば光明石が近くにあれば光り輝いてくれるって寸法よ」
「なんだよ、結局歩いて探し回るのかよ」
「じゃあ、タスクあんたが考えなさいよ!」
「いつもリーダーぶってるんだからそれはお前の仕事だろ!」
「何よあんたなんか火魔法しか使えない単細胞なくせに!」
「単細胞?……お前何か!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて」
普段は凄く仲良しなのだけれど、でも、二人はよくこうやってケンカをする。
「メリーは凄いよ!いつも率先していろいろな事をしてなんでもできちゃうメリーにいつも私たちは助けられてるよ、それとタスクの使う魔法は凄いよ!学校でも一番魔力強いしね…それに比べて私なんか…頭も良くないし、魔法だって未だに下級魔法も上手く使えない……だから2人は本当に凄いんだよ!私の自慢なんだから!」
「シャナナ…」
そう、大魔道士のパパとドラゴンのママの元に産まれた私には二人の様な素質はなく、魔法の才能も戦闘の才能も全くない、ただの凡才なのだ。
私は凄い不器用で、同級生全員が下級魔法を詠唱無しに使う事ができる様になっても私はまだ未だに詠唱なしでは使えない、そのうえ使えたとしてもちゃんと的に当てることもできない。
初めて魔力計測をした時は学校中の皆が私の実力を期待して集まって来てくれていた。最強の大魔道士と世界を支配したドラゴンの娘、学校中に限らず世界中がその力を期待していたけど私はそんな期待を裏切る様に微細な魔力量だった。
ため息が聞こえたり、クスクスと笑い声も聞こえてきた。
私はその時凄く恥ずかしくなり、前を見ることができなかったことは今も思い出す。
それからは私の才能の無さにみんなは落胆し、学校では私はこう影で言われる様になった。
「セブンスブライト」、そのままだ、親の七光りで私自身には何の能力もない。
校内でも街でも、私は笑い者、親の七光りの出来損ないそんな声が毎日どこかで聞こえてくる気がした。
そんな中でも、メリーとタスクはそんなこと関係なしに私と仲良くしてくれる。
私はこの二人に本当に救われている。周りが何を言おうともこの二人は変わらないでいてくれる。
「どうかした?シャナナ」
「ううん、何でもないよ」
「そう?」
「そう言えば、食品屋のおじさんから聞いたのだけど、渓谷にレッドグリズリーの群れが現れたって言ってたけど」
「安心しろよ、レッドグリズリーくらい俺の火魔法でイチコロだ」
「大丈夫かしら?まぁ私の魔法でイチコロだから心配しないでシャナナ」
「おい!」
「うん!2人がいるから安心だっておじさんも言ってたよ」
「おじさんが?」
「そうなのか…じゃあ大丈夫だな…」
2人とも大人に褒められると凄く嬉しそうにする、本当はおじさんは「まがりなりにも魔導師が3人いりゃ、まあ、なんとかなるか、ガハハハ!」って言ってたけど嘘じゃないものね。
でも、2人はうちの学校でもトップクラスの魔力とスキルを持ってる。私はそんな二人が私に優しくしてくれる事が本当に嬉しく自慢だ。
「なぁ、メリーまだ見つからないのか?」
「うるさいわね、大凡の場はこの辺りなのよ!もうすぐ見つかるわよ」
「フフッ」
「本当かよ」
「フフッアハハハ」
「シャナナ笑い事じゃないわよ」
「ごめんね、でも二人が凄く仲良しだなって思って」
「どこが!」「どこが!」
「アハハハ」
「プッ…アハハハハハ!」
「なんだよ二人して笑って…ハハハハ!」
本当に私はこの二人といるこの時が大好きだ。
「まぁ、宝探ししてるみたいで、いいか」
「そうね」
「あれ?メリー、杖が」
「光ってるぞ」
「近くにあるみたい……あっ!あそこみたいね」
「崖の上の方だね、採れるかな」
「フフン…そんな時は俺に任せろ!」
「何よ、自信あるみたいね」
「どうするの?」
「実は最近俺の火魔法もレベルアップしたんだよ」
「レベルアップ?」
「まぁ見てなって」
そう言うとタスクは拳に力を入れる様に詠唱を始めた。
「フレイムボム!」
タスクの拳から放たれた魔法はバーンと大きな音たてて、崖の一部を爆破した。
「おお、なかなか」
「すごいよ!タスク!」
「ま…まぁな」
「あんたいつの間に中級魔法を使える様になったのよ」
「フフ…俺の才能ってやつかな」
「本当にすごいよ!すごいよ!」
「そんなに褒めてもいいぞ、もっと褒めたって」
「まぁ、これで光明石は集まったわね」
「うん!」
私たちは散らばった光明石を拾い集めると、目的を達した安心がここまで歩いてきて何も食べていない事を思い出したように3人ともお腹の虫が鳴きはじめた。
「お腹すいたね」
「じゃあ、お弁当にしようか」
「賛成賛成!」
「待ってたよ!フレイヤさんの弁当!」
「フフ、さぁ食べよ」
「やったー」
お弁当を広げるとママが腕によりをかけて作ってくれた、彩り鮮やかな美味しそうな料理が現れた。
私たちはその料理を目の前にして空腹がグッと訪れてヨダレが溢れそうになった。
「うわぁぁぁ、ジュるり」
「美味そう!」
「ウフフ、いっぱいあるからね」
「いただきます!」「いただきます!」
ママの料理はどれも美味しいけど、お弁当に必ず入れてくれるサンドイッチは格別に美味しい。2人もこれが大好きみたい。
「フレイヤさんの作るサンドイッチは格別に美味いんだよな」
「そうそう、ただ挟んでるってだけじゃなくて、パンも手作りで、このサンドイッチの為にだけに焼かれた様な美味しさと香り」
「パンもだけど、このベーコン、しっかり火が入ってるのにカリカリ過ぎず丁度いい軟らかさも残してて」
「それとこのシャキシャキの野菜と会い合わさって」
「最高なんだよなー」「最高なのよねー」
「フフ、2人ともありがとう、ハーブティーもあるからね」
「サンキュー」
2人の本当に幸せそうに食べる姿を見て、私も嬉しくなり、ほんのり幸せになれた。
「ご馳走様でした」
「食った食ったぁ、もう食えねぇ」
「あんた食べ過ぎよ」
「だってさぁ、美味いだよ」
「ウフフ、それじゃあ街に帰ろうか」
「そうだな」
「そうね、遅くなると魔物も出るかもだから」
「アハハハ!メリー大丈夫だよ、魔物が出てきても俺のフレイムボムで一発だよ」
「どうかしら」
「なんだよ!さっきの威力見ただろ!?」
「はいはい、期待してるわ」
「なんだよ…」
「まぁまぁ、遅くなるとみんな心配するしね」
「わかったよ、じゃあ、みんなで誰が一番早く街まで着くか競走しねぇか?」
「競走?」
「はぁー、嫌よ」
「何でだよ!?」
「もうそんな事する程子供じゃないのよ」
「何言ってんだよ、俺たちまだまだ子供だぜ」
「あんただけよ、シャナナ行こ」
「え?あ、うん」
「なんだよそれ!お前なんだか今日おかしいぞ!」
「しっ!」
「なんだよ!」
「メリー?」
「タスク黙って!」
「なっ!?」
メリーの顔付きが突然強ばった。
「メリー、どうしたの?」
「何か来る」
「えっ?レッドグリズリーか?」
私たちの後方から地を鳴らす様な足音が聞こえてきた。その音はみるみるうちに大きくなり、その足音の主は私たちのことを認識しているようでどんどん近づいてくる。
「戦闘準備した方が良さそうね」
「メリー…タスク」
「シャナナ大丈夫だよ、レッドグリズリーくらい」
タスクの言う通り、メリーとタスクの2人が居ればレッドグリズリーを倒す事は難しい事ではないけど、私はやっぱり戦闘は怖い。
「来るわよ」
「初手は頼んだぞ」
魔物の近づく足音は大きくなるにつれて私の心臓の鼓動も大きくなる。
ドスンドスンと近づく足音はとても大きな魔物である事を容易に感じさせる。でもレッドグリズリーは大きな魔物だけど、この足音はなんだか様子がおかしい。
「ねえ、2人ともこの足音って」
「ああ、デカいな」
「レッドグリズリーの主ってところかしら」
それでもどんどんと足音は大きくなり、地響きが体中に伝わってくるのが分かるくらい近くに感じると岩陰から想像していた大きさを遥かに超えた魔物が顔を覗かせ、私たちを鋭く睨みつけていた。
「うそ…」
「何でこんなヤツがこんな所に…」
「これって」
その魔物に睨まれて私たちは刹那の間動けなくなっていた。
「シャナナ!メリー!逃げろ!」
「タスク!」
「なんで…キンググリズリーがこんな所にいんのよ」
タスクはそう叫ぶと、すぐさまに詠唱を始めた。
「フレイムボム!」
タスクの放ったフレイムボムはキンググリズリーの顔に直撃した。
「グワァァァァァ!!!」
「くそ、目くらましにしかなんねぇ!走るぞ!」
「メリー!」
「わかってる」
私たちは街に向けて走り始めた。
「街に行けば何とかなる、大人に知らせねぇと」
「ハァハァ…」
「メリー大丈夫?」
「うん」
「急げ!追い掛けてくるぞ!」
「わかって…る」
メリーは魔法は得意でも体力に関してはあまり得意ではなかった。
「くそ、このままじゃ追いつかれる、俺がアイツを足止めする!」
「バカ!そんなの無理よ!」
「じゃあ!どうすんだよ!」
「私に考えがある、もう街までは逃げきれそうにないわ、だからあの崖を登りましょ」
「あの崖ってメリー大丈夫?」
「大丈夫、崖ぐらい何とか登れるわ」
「そんじゃ、行くぞ!」
私たちは命からがらに崖を何とか登っていった。その間もキンググリズリーは匂いで私たちの居場所をわかっているのだろうか、残忍な性格なキンググリズリーは弄ぶようにゆっくりと私たちを追い掛けていた。
「グワァァァァァ!」
「急げ!追いつかれるぞ!」
「ハァハァ…わかってわよ」
「メリー頑張って」
「もう少しだ頑張れ!」
「ハァハァ…くぅ…」
「メリー!手を掴め!」
「ハァハァ…うーん」
「せーの!」
「よし!」
私たちは何とか崖の上まで登ることが出来たがキンググリズリーは私たち目掛けて崖をかけ上ってきた。
「フレイムボム!」
「メリーどうする?」
「あの岩をアイツ目掛けて落とすのよ」
「あんなのどうやって落とすんだよ!?」
メリーはキンググリズリーと同じくらいの大きさの岩へ駆け寄り魔法で岩の裏を凍らせ始めた。
「何してんだよ!?」
「いいから黙って!」
「メリー」
「タスク、私が合図したらフレイムボムでこの氷を壊して!」
「ええ?ああ、わかったよ」
「シャナナ大丈夫、私たちがあんたを守るから」
「メリー…」
「タスク!今よ!」
「フレイムボム!」
タスクが氷を破壊すると同時にメリーは地系魔法で大岩を押すと岩はキンググリズリーに向けて転がり落ち、キンググリズリーは岩の下敷きとなった。
「やったか?」
「ふぅ…なんとかなったかしら…」
「メリー!タスク!すごいよ!」
「ハハ…シャナナ、俺の魔法でイチコロだっただろ」
「何言ってのよ、あんたは…でも良かったわ」
「うん!フフ」
私たちはキンググリズリーを倒したと思い安堵していた。
でも、そんな思いは直ぐに壊された。
「メリー!危ない!うわアアア!」
「タスク!メリー!」
キンググリズリーはあっという間に崖の上まで跳び上がり、メリーを鋭い爪で襲いかかったけど、タスクが体を張って庇ったけど2人は突き飛ばされてしまった。
「痛たた…ちょっと!タスク!」
「うぅぅぅ……」
「メリー!タスク!大丈夫!?」
「私は何とかでも、タスクがすごい怪我を!直ぐに治療魔法をかけるわ!」
「バカ……いいから早く…逃げろ…」
「バカはあんたよ!あんたを置いて行ける訳ないでしょ!」
メリーは直ぐにタスクの傷に治療魔法を掛け始める。
「メリー、タスクをお願いね、私がなんとかしてみる」
「バカ…シャナナ…お前でどうにか出来る相手じゃねぇ…」
「シャナナ…」
「大丈夫だよ、私が2人を守るから」
キンググリズリーに私がかなうわけがないのはわかっていた。本当は凄く怖くて、逃げ出したいけど、大好きな2人を置いてなんか行ける訳がなかった。
余裕なのだろうか、残忍な性格のキンググリズリーは私たちの様子を見ながらゆっくりと近寄ってきた。強者が弱者を弄ぶかのようにゆっくりと表情は変わらないがまるで笑っているように残忍に近寄ってくる。
「フレイムボール!」
そんなゆっくりと近寄ってくるキンググリズリーに私は何度も魔法ぶつけようと試みたけれど、私の魔法はキンググリズリーからそれていった。
「フレイムボール!」
「グルルル」
「ハァハァ……フレイムボール!」
「シャナナ…」
「フレイムボール!」
何度も何度も撃っても私の魔法は当たることはなかった。例え当たったとしても私の下級魔法なんかじゃダメージすら与える事もできないだろうが、それでも私は諦めることが出来なかった。
「フレイムボール!」
「シャナナ!もういいから!逃げて!」
「ハァハァ…フレイムボール!」
私がここで逃げたら、大好きな2人を失ってしまう、そんなの絶対に嫌だ。
「フレイムボール!」
「シャナナ……」
「シャナナ!お願い!逃げて!」
「嫌!フレイムボール!」
私は心の中で願った。
(私はどうなってもいいから2人を助けて下さい!)
でも、そんな願いも虚しくキンググリズリーは私の目の前へと迫った。
「グルルル、グワァァァァァ!!!」
腕を振り上げたキンググリズリーは私に向けて鋭い爪を振り下ろした。
「シャナナ!」
「グワァァァァァ!!!」
「パパ…ママ…」
私は覚悟し目を力いっぱいつぶった。
「うっ……」
恐怖で動けなくなった私の体にはキンググリズリーの力いっぱい振り下ろした腕の風を感じたが痛みも何も感じることはなかった。
「えっ?」
私は恐る恐る目を開けるとキンググリズリーはギリギリの所で鋭い爪を止めていた。
「えっ?」
私は顔を上げ、キンググリズリーの顔を見るとその表情には血の気がなく何かに怯えているように見えた。
「クゥゥゥン……」
キンググリズリーは何かに怯える様に一目散にどこかへと走り去った。
「何が起きたの?」
「なんだろ?……ふぅ……でも良かった」
私は緊張が一気に解けた様に腰が抜けてしまった。
「はぁ…良かった……タスク!タスクは大丈夫!?」
「ええ、何とか傷はふさがったわ」
「俺があんなんで死ぬかよ」
「良かった!良かったよぉ…」
「シャナナ、泣くなよ、こんなの余裕だっての」
「無理しないでよ」
「なんだよ」
「……ありがとう」
「えっ?何?メリー意外と素直だな」
「うっさいわよ!」
「アハハハ…っいっいててて…」
「ほら、無理しないでよ、もう」
「タスクぅ…大丈夫?」
「大丈夫だよ!まぁ、帰るか」
「そうね」
「うん」
本当に良かった。2人が無事な事に私は嬉しくて涙が止まらずそのまま私たちは家路へとついた。
「でも、どうしたのかしら、突然キンググリズリーが走り去ったけど」
「そうだな…気のせいか生き物の気配も感じない気が……気のせいか?」
「なんでもいいよ…ウッウッウッ……2人が無事なら」
「そうね」
「シャナナ、いつまで泣いてんだよ」
「ごめん…」
「いや…いいけどさ」
どうしてキンググリズリーが去ったのかは私には分からないけど、そんな事よりも私は2人が無事でいてくれた事が嬉しくて、深く考えることはできなかった。
「わざわざお越しにならなくても、私めに命じて頂ければあのような物直ぐに排除いたしましたのに」
「そんな無粋な事できないわよ、まぁギリギリで助けるつもりではいたけど……」
「フレイヤ様?」
「はぁ…でも、つい殺気だってしまったわ…自嘲しなきゃね、シャナナにはあんな姿見せられないし」
「ですから私めに」
「いいのよ、丁度今日のシチューの肉には必要だったから」
「そうでありますか」
「ええ」
私たちが街に着く頃には日が沈みはじめていた。
「はぁ…なんとか街に着いたわね」
「タスク、大丈夫?」
「まぁなんとかな」
「タスク、あんたちゃんとライリー先生に体診てもらいなよ」
「ん?まぁお前にヒーリングして貰ってるから大丈夫だろ」
「それでも!…あんたに何かあったら……」
「なんだよ?」
「目覚めが悪いのよ!」
「そうだよタスク、一応診療所で診てもらった方がいいよ、凄い傷だったし、私も一緒に行くから」
「大した事ねぇよ……まぁ一応!ライリー先生には診てもらっとくから、一人で行くからな!」
「あんた絶対に行きなさいよ!」
「わーたよ、ほんじゃあな」
「タスクちゃんと行ってね」
「わかった」
タスクはそう言うと、無理やりに笑って見せてから振り向かずに手を振って診療所のある方向へ歩いて行ってしまった。メリーに気を使わせない様にタスクなりに気を利かせたのだろう。
「大丈夫かしら…」
「大丈夫だよ、メリーがちゃんとヒーリングしてるし、タスクは体強いから」
「どうかしら…無理しちゃって……あのバカ…」
「メリー?」
「ううん、なんでも、それじゃあ私は父さんにキンググリズリーの事を報告するから、じゃあね」
「うん、またね」
あんな風だけど、メリーはタスクの事を凄く心配しているみたいだった。でも分かる気はする、自分を庇って怪我をしたタスクの事は気がかりだよね。
そんな事を考えながらも私はいつの間にかお家の前まで帰ってきていた。
「ただいま」
「おかえりぃシャナナ」
ママは直ぐに私に駆け寄ってきて優しく抱きしめてくれると私はママのいい匂いに包まれる。
「うん、ママ…苦しいよ」
パパも無表情で口には出さないけどいつも出迎えてくれる。
「それでどうだった?光明石は取れた?」
「うん、なんとか」
「そう良かった」
「あのね、ママ、パパ、実はね……」
私は今日あった事をパパとママに全部話した。キンググリズリーのこと、タスクが怪我を負ってしまったこと、全部話した。
2人はそんな私の話しをしっかり聞いてくれていた。
「そんな事があったのね、じゃあ疲れたでしょ?」
「うん…でも、やっぱりタスクが心配だよ」
「大丈夫よ、ライリー先生に診てもらってるなら安心よ」
「そうかな……そうだよね」
「シャナナお腹空いたでしょ?ご飯にしましょうか」
「うん」
「今日はシャナナの大好きなミルクシチューにしたから」
「本当に!ヤッター」
「フフフ」
私はママの作るこのミルクシチューが大好きだ。
「うぅぅぅん、ミルクのいい匂い」
ミルクのいい匂いが私の鼻を幸せにしてくれて、そのミルクの香りの中にもいろいろなスパイスや野菜の香りも混ざって、幸せを更に彩ってくれる。
「もう、お腹ペコペコだよ」
「直ぐに準備するわね」
「うん、私も手伝うよ」
「お願いね」
ママの作ったミルクシチューを器に盛り付けると、匂いだけではない、幸せのミルクの中にまるで花でも咲いた様に野菜たちがちゃんと煮込まれいるのに綺麗に形を残し、色とりどりに存在し、そして、お肉もいい具合に焼き色が付き、存在感を美しく主張する姿は私のお腹をぐーっと騒がせる。
「いただきます」
「はい」
「うぅぅぅううんー、美味しぃい」
「フフフ」
「そう言えばね、明日大人たちで渓谷にキンググリズリーの討伐に行くみたいなんだけどパパも行くの?」
パパは綺麗な焼き色のお肉を見つめているけど、よっぽどママのミルクシチューが美味しいんだね。
「……ううん」
「そうなんだ、パパは行かないんだ、でも凄く大きなキンググリズリーだったから皆が怪我しないか心配だね…ねママ」
「えっ?え…ええ、そうね心配ね」
やっぱりママもパパも心配だよね。
「でも、本当にママのミルクシチュー美味しいね、今日のお肉何だかいつもより肉厚がある気がするけど」
「それはね、キンググ…レッドグリズリーのお肉を使ってるの」
「そうなんだ、確かに市場のおじさんが今日はレッドグリズリーが沢山仕入れれたって言ってたね」
「そっ、そうなのよ」
「うぅぅぅううん、美味しい」
でもね、どんなに美味しい料理でも、大好きな人たちと食べるこんな時が1番の美味しさだよね。
「ご馳走様でした」
ーフレイヤのミルクシチュー
「ねぇママ、このミルクシチューってどうやって作ってるの」
「そうね、そろそろシャナナに料理を教えてもいいかもね」
「やったー!教えて教えて!」
「それじゃあまずは根菜から切っていきましょうか」
「うん」
「根菜は一口だいにざく切りにしてからしばらく水に漬けておいて」
「水に?」
「ええ、それからレッドグリズリーの肉は臭みが強いから香草と一緒にひと煮立ちしたらこしてからお酒に漬けて置くと、どう?」
「臭くない!」
「次は根菜ね、根菜も一掴みのベイライスと煮立たせると味凄く染みやすなるのよ」
「へー」
「次は漬けて置いたレッドグリズリーの肉に焦げ目が着くくらい焼いて」
「焼くの!?」
「そう、そのまま野菜と煮てもいいのだけど、せっかくレッドグリズリーの肉を使うのだから歯応えを残す為に焼くのそのまま煮てしまうと煮崩れしてしまうの」
「そうなんだ」
「フフフ、そして、レッドグリズリーの肉と野菜を煮込んでいくわよ」
「うん!」
「香草と香辛料を入れて煮ていく、この時もアクが出るからちゃんと取っていく」
「アクを取ると綺麗だね」
「そうね、煮立ったら、クリームバターを入れて」
「うーん、いい匂い」
「そして、チーズにミルクを入れて温まったら、最後にブラックペッパーを一掴み入れて、完成!」
「うわぁー美味しそう♪」
「フフフ」
「そう言えばママ」
「何?」
「ドラゴンのひと睨みで魔物は逃げ出したり、気絶したりするって聞いたんだけど」
「そういう事もあるみたいね」
「弱い魔物は死んじゃうこともあるんだって」
「フフフ、シャナナは信じやすいのね」
「ママも睨んだら、キンググリズリーでも逃げ出すかな?」
「……どうかしら?そんなことよりシャナナ、シチューが冷めてしまうわよ」
「あっ!?」
「食べましょ」
「うん!いただきます!」