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SIXMIX 〔シックスミックス〕  作者: 花田神楽
 
6/22

リフレクト2

 翌日、朧月夜の駅前広場にて。渚の姿を認めた日向は、途端花が咲くみたいに満面の笑みを浮かべた。

「よかったぁ、来てくれたんだね。俺たちの演奏はもう聞いた?」

「はい、後半少しだけ。どの曲も耳ざわりがよくて、すごく優美だなって思いました」

「優美なんて言葉が出てくるところが、一番優美なんじゃないかな」

 ふふっとどこか嬉しそうに笑いながら、日向は他のメンバーを呼び寄せた。ぞろぞろと歩いてくる二人の男。そのうちの一人が、私に気付く。

「あれ、昨日口説かれてた女の子じゃん。今日はこいつに会いに来たの?」

「あ、まあその……」

「イエスでもノーでも正解にならない質問なんかすんなって。相手めっちゃ困ってるだろうが」

 日向がいきなり、彼の脳天をチョップする。あ痛たた……と大袈裟につむじをさする男。男子って、大人になっても男子なんだな。

 そう思っている人物が、どうやら他にも。

「一番彼女を困らせているのは、二人のドツキ漫才だと思うけど」

 呆れて肩をすくめる男。彼は終始苦笑を浮かべていたが、心の底では、誰よりもこの場を楽しんでいるように見えた。

 日向が一つ咳払いをする。

「仕切り直して紹介するよ」

 メンバーの後ろに回りこみ、二人の間から顔を出す彼。

「まず、こっちのガタイのいいやつが、ドラム担当の須藤銀次。パッと見かなり怖いけど、根は優しくて本当に気さくだから。もう一人のこいつは、ギター兼ベース担当の奈良坂律。女子よりガリでチビだけど、実は音楽一家のお坊ちゃまで、技術面では俺らの中で文句なしの一番さ。そこにボーカル担当の俺を合わせて、三人でバンドを組んでるんだ」

 日向が身を乗り出して、二人と固く肩を組んだ。その姿は心底楽しそうで、希望に満ち溢れた無垢な少年のようであった。

 そうして、私たちから少し離れたところで振り返る。

「そんな二人にご報告です。実は、俺が準備してる新曲の作詞を、彼女に依頼することにしました!」

 浮き足立って拍手する日向に、しかし、加わっていく者は一人もいなかった。パチ、パチと、窓を伝う雨粒のように、ぎこちなく落ちていく日向の両腕。こんな日に限って、街の人通りは少なかった。

「……前の話し合いを思い出してみたんだ。『under the highway』が売れるためには、SNSも積極的に活用していくこと。その一環として、話題になりやすいキャッチーな曲を作ること。例えば耳に残るメロディを繰り返したり、皆が共感できる歌詞にしたり。彼女ならそれができると思った。だからお願いした」

「つまり、俺の歌詞じゃダメだったってことか」

 そう吐き捨てたのは、銀次だった。

「音楽の才能がないことぐらい、誰よりも俺が、骨の髄まで分かってんだよ。いい歌詞を用意できていないことも、売れないっていう現実がちゃんと証明してくれてる。なのに、いつも味方でいてくれた親友にまで、遠回しに責められなきゃいけぇねのかよ……!」

「違う、断じてそんなつもりじゃない。俺はただ、いつも忙しそうなお前らを手伝いたくて――」

「だから相談もせずに、こちらで勝手に決めちゃいましたってか。ふざけんな! お前のどこに、独断でバンドをどうこうできる権利があるんだよ。それともなんだ、相談もできないぐらい俺らのこと信用してねぇってのか? ああっ!?」

 胸ぐらをつかみかかる銀次。慌てて律が静止に入る。

「落ち着け銀次。確かに、日向一人で断りもなくバンドのことを決めたのは、俺も良くなかったと思う。けど才能のない俺らだからこそ、がむしゃらに挑戦し続けなきゃならないもの事実だ」

 律が日向に向き直る。

「俺は乗るよ。別に悪気があったわけじゃないんだろ」

 すると日向は、詰めていた息をほっと吐き、優しく感謝の意を述べた。しかし、視線はすぐに地へと滑り落ち、唇は忙しく言葉を探す。

「……後先考えず勝手なことをして、銀次に屈辱的な思いをさせてしまったことは真摯に謝る。言い訳じゃないけど、俺はまだ、彼女に話を持ちかけただけだからさ。みんなの同意を得られなければ、今からだって白紙に戻せるし、そうしなきゃいけないんだとは思ってる。けど……いや、だから銀次が反対するなら、俺は――」

 結局口を閉ざしてしまう日向。唇を揺することは、もうなかった。

「あのっ」

 渚が、裏返った声を震わせる。言い出すなら今しかないと思った。

「私、もう帰ります。帰った方が、いいです、よね……?」

 半歩足を引きながら、三人の顔色をうかがう。

 やはり、他人の世界に無知なまま入り込んではならなかった。未知に心惹かれ勇んだところで、自他ともに心地良いと思えることなど数少ない。冒険や友情なんていう夢物語は、紙の上で組み立てるのが限界なんだ。

 そんなこと、とっくの昔に知っていた。

「待って」

 それなのに、胸の高鳴りを抑えられない。

 日向が決意したように顔を上げる。二人を見つめるその瞳は、見えない炎を宿して煌めいていた。

「わがまま言える立場じゃないけど、やっぱり諦めきれないんだ。彼女の言葉は、きっと誰かの心に刺さる。一度だけやらせてくれないか」

 銀次はなおも口を尖らせる。

「だからって、昨日会ったばかりの子に、俺たちの曲を託すことあるか?」

「それは愚問だろ。一目で惚れ込んじまったから、こいつはこうして頼みに来てるんじゃん」

 鋭く指摘する律。日向が言葉を継ぐ。

「俺たちにできることは、もうやり尽くした。三人じゃきっとダメなんだ。ただでさえ最近は人気が低迷していて、一刻も早く、何か大きな行動を起こさないといけない。お前だって、音楽人生をバイトまみれで終わらせたくねぇだろ?」

 こればかりは、銀次も反論できなかった。目を逸らし、歯を食いしばり、吐き捨てる。

「好きにしろ」

 彼はきびすを返して、その場を立ち去ってしまった。

 律が私の顔をのぞき込む。

「いまさらだけど、こっちの事情に巻き込んじゃって、なんかごめんな。日向がどうしても引き入れたがった君のこと、俺も一度信じてみたいからさ。改めて頼めるか」

「……いいん、でしょうか」

 思わず銀次の背中を目で追う。確かに彼は、私の介入を否定したわけじゃないけれども……

「銀次を怒らせたのは俺の責任だ。君は、君の気持ちを大事にしてほしい」

 日向が渚に笑いかける。渚はその瞳を見つめ返し、次いで勢いよく頭を下げた。

「長谷渚といいます。しばらくの間、よろしくお願いします」


 FILE06:詠う者・長谷渚

【裏設定】

律は、両親兄弟みんな音楽家という一家に生まれたが、彼だけが才能に恵まれず音大行きも逃す。第2志望の私立大学で出会ったのが、今のバンドメンバー。運命はこの時から始まっていたのかも……?

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