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SIXMIX 〔シックスミックス〕  作者: 花田神楽
 
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リフレクト1

 拝啓、全ての才能なきロマンチストへ。

 

 駅前広場の青みがかった石畳。日没後、街のネオンが点る頃、それは儚く彩られる。たんぽぽの綿毛のように、柔らかく、ほんのりと光が反射する。よく目を凝らさなくては気付かないほど、幻想的な光の水たまり。私はその上を滑っていく。陰影を蹴って駆けていく。

 

 カチャッ。

 スマホのサイドボタンを押す。辺りもすっかり暗くなってしまったし、今日の観察はここまでかな。

 渚はスカートの裾を手で払い、通学鞄を背負って立ち上がった。スマホは制服のポケットに押し込む。

 それは、私の趣味だった。いつもの道でふらりと足を止め、道行く人の姿や情景を書き連ねていく。その拙い文はいずれ、詩となり俳句となり短歌となり、あるいは小説の一節に組み込まれることだろう。こちらも、JKらしからぬ堅苦しい趣味である。

 夜風に鼻先を冷やしながら、舗石を蹴って駅へと向かう。エスカレーターに吸い込まれていく人波を横目に、がら空きの階段を上っていく。すると。

「待って、これ君のだよね」

 ドタバタと忙しい足音の後、不意に肩をたたかれた。ビクッとして振り返る。立っていたのは、黒髪に銀のメッシュを入れた若い男。両手で小さな紙切れを差し出している。

「一昨日、そこのベンチで拾ったんだ。いつも君が座っている場所だから、きっと落としたんじゃないかと思って。違う?」

 男が首を傾げると、彼が背負う細長い鞄も、一緒に私の様子をうかがってきた。

 紙切れを受け取る。右上がりの癖字が、プリントされたファンシーなイラストの上にまでびっしりと並んでいる。内容にも見覚えがあった。

「ほ、ほんとだ、私のです。見つけてくれてありがとうございました」

 熱意を込めた記録用紙が返ってきて、渚は心底安堵した。と同時に、羞恥心があとからあとから湧き上がってくる。書き殴っただけの汚い字を見られ、空想を交えたひどく詩的な文を読まれ、これでは夢想癖のある変人だと思われかねない。や、まあ、あながち間違ってないんだろうけど、中二病だとか言われて引かれたらどうしよう……。

「君、すごいわ」

「え?」

 男を見上げる。彼は大きな目をくりっと輝かせ、溌剌とした表情で私に向き直った。

「そのメモを拾った時、何だろうと思ってつい中身を読んじゃったんだ。そしたら、すごく感動した。ちょっと過大評価かもしれないけど、言葉が心にじわっと沁みてきて、この人はなんて美しく世界を描くんだろうって、珍しく趣みたいなのを感じちゃってさ。俺の言ってること、分かる?」

「はい、なんとなく」

「よかった。実はその事で、少しお願いがあるんだ。たった一度だけでいい。どうか、俺たちに力を貸してくれないか」

 男の姿は真剣そのものであった。渚は戸惑った。道端で突然、しかも初対面の人から折り入ってお願いされても、正直どうすればいいか分からない。彼が悪巧みをしているとは到底思わないけれど、状況からすれば、間違いなく不審者と見なせるわけで。消極的な感情は否めない。でも、そんなものよりはるかに、歓喜にも似た感情が心を満たしていくのが分かった。明瞭に分かった。

 やっぱり私は、ロマンチストなんだろうな。

「おいヒューガ! さっきから、どこほっつき歩いてんだよ。早く設営しちまわないと、次のバイトまでにライブ終わんなくなるぞ」

 もう一人強面の男が来て、ヒューガとやらを半ば締め上げるように肩を組んだ。

「悪いギンジ。あとちょっとだけ待って」

 やんわりとギンジの腕を解くと、ヒューガはとっさにその場で荷を解いた。件の鞄には、黒いアコギが収められている。ヒューガさんはバンドマンだったんだ。彼は乱雑に詰め込まれていた大学ノートを取り出し、白紙ページにいくつかの日時を走り書きした。

「この時間を目安に、いつも駅前で路上ライブをするんだ。さっきの話、少しでも興味があるなら、また声をかけて」

 まっすぐに破り取られ、四つ折りにされたノートを受け取る。私と同じ右上がりの字で、明日から書かれた日付は全て連続していた。

「長話になってしまってごめんね。寄り道せずに、早く家に帰るんだよ」

「……はい!」

 渚はノートを両手で抱きしめ、深々と頭を下げた。

 ヒューガさんはいいひとだ。私のメモを見て見ぬふりをせず、わざわざ持ち主を探してくれた。バイトに追われ見るからに忙しそうなのに、その合間を見て、毎日駅前で夢を追いかけている。

 そして何より、一人でも多く観客を集めるべき路上ライブに、私を誘おうとすらしなかった。それはたぶん、まだ学生の身である少女を気遣ってくれたから。

 やっぱり、ヒューガさんはいいひとだ。

 また一人、バンド仲間と思しき小柄な男と合流し、楽器をいじりはじめる彼。その姿に背を向けると、渚は意味もなく階段を駆け上がった。右手に握った招待状を開く。

 

 ロックバンド『under the highway』ボーカル担当、佐久間日向。もしよければ、俺たちの曲に歌詞をつけてくれませんか。

 

 彼女は、幾度となくその文を目で追い、人知れず笑みを浮かべていた。

 

 FILE05:歌う者・佐久間日向

【裏設定】

日向の髪にメッシュが入っているのは、路上ライブの時に少しでも目立って、バンドのことを観客に覚えてもらうため。本当は髪全体を染めたいが、売れないバンドマンなので、市販のカラー剤を買って自力で、かつその消費量を最小限に抑えられるこのスタイルを続けている。

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