逃げろメロス
【前回のあらすじ】メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
吾輩はメロスである。
と同時に前世の記憶を持つ元日本人であった。
メロスといえばいわずと知れた教科書にも載っている有名人であるが、自分がそんな者に転生するとは思ってもみなかった。
さてメロスとなったからには笛を吹き、羊と遊んで暮せばいいとそこの貴方も思ったであろう。実際吾輩も記憶を取り戻した瞬間はそう思った。
ただそれは吾輩の現状がそれを許さぬ。
何故なら吾輩、今王様の前で取り押さえられているのね。
で今までのメロスの記憶を辿ってみると、どうやらこのメロスは王様の評判を聞いてドス一本懐に呑んで暗殺に向かったらしいのである。
いや、どんなテロリストだよ。
でよりにもよって失敗したその時分に前世の記憶取り戻して俺とならなくてもいいじゃん。
メロスとなった俺、王様の目の前で記憶を取り戻す~無かったことにしようとしてももう遅い。である。
さて肝心のメロスになった俺であるが、実は「走れメロス」の内容を覚えていない。
実際メロス読んだのは小学校時分で内容などは記憶の彼方、たしか王様と賭けをしてマラソンする話だったと思う。最後顔を充血させる描写があったように思うから、縛り首にでもなったのであろうなあ。
さてそんなバッドエンド確定の詰んだ状況にある俺だがここでハンサムの俺は突如反撃のアイデアがひらめく。
何とか口八町でこの場から逃げればいいのである。
メロスの記憶によるとこの町はシラクサというらしい。シラクサといえば言わずと知れた世界遺産で有名な所、地中海に浮かんだ島の一部である。
そしてメロスの記憶の中にはロ-マはあるがそこと戦争になったという記憶はない。
つまり今はポエニ戦争前…第二次ポエニ戦争でシラクサとローマは敵対したはずだからそれまで逃げ切れば犯人引き渡しも行われずワンチャンある。
さらにその後ローマ属州に組み込まれるはずだから、上手い事行けば王政も廃止されてさらにワンチャン。
さらに逃げている途中現代知識で内政チートや技術チートできれば、さらに確率は上がる。
我ながら穴だらけの理論だが、一瞬でここまで考えれた自分はもっと褒められてもいいと思うの。
さて、まずは目の前でブチ切れている王様を何とかせねば。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以って問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「王を暗殺しようとしているものがいると聞いて、王を守ろうと持ち込んだのです」
と俺は悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、憫笑した。「暗殺者とはお前であろう。どうせお前が儂を暗殺しようとしていたのであろう?」
「言うな!」と俺は、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、俺の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ」暴君は落着いて呟つぶやき、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か」こんどは俺が嘲笑した。「罪の無い俺を殺して、何が平和だ」
「だまれ、下賤の者」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」
「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。俺は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、俺は一瞬のためらいもなく「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」
「そうです。帰って来るのです」俺は必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人をぶち殺して下さい。なんならそれまでの暇つぶしに彼に拷問とかしてもらっても構いません。なんなら凌遅刑とかにしてもらってもいいです。たのむ、そうして下さい」
それを聞いて王は、ちょっと引きながらも考えた。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に開放してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男にも人間不信を植え付けてやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」
俺は図星を刺されて口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳き友と思っている男とほぼ初対面と思っている男は相逢うた。
俺は、セリヌンティウスに事情を一部隠して語った。セリヌンティウスは無言で首肯き、俺をひしと抱きしめようとした。後ろ暗い所のある俺は気付かないふりをして出発しようとした。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。俺は、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
さて逃げるにしても、先立つものがなければならない。
さて俺はその夜、一睡もせず十里の路を鼻歌交じりにとろとろと歩いて村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。俺の十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。のんびりと歩いて来る兄の、欠伸をする姿を見つけて驚いた。
「なんでも無い」俺は徹夜明けでハイになって笑うのを我慢しながら答えた。「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
俺は、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って何の準備もすることなく徹夜明けで眠かったので床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
眼が覚めたのは夜だった。俺は起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、と至極真っ当な事を言った。俺は、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。俺は「反対するなら妹との結婚自体を反故にするぞ」とか彼の過去の女関係をばらすぞ。などと夜明けまで脅したり宥めたりをつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。
別に妹の結婚式に出席しなくても逃げてしまえばいいじゃん。と気づいたのはその後の事である。
結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺らえ、陽気に歌をうたい、手を拍った。俺も、タダ酒をガブ飲みしながら、しばらくは、逃げる算段をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。俺は、逃げるの面倒くせぇ、と思った。どうせ知識チートするならここからでもいいじゃん、と思ったがここにいたら王様が追手をかけてくるのが明白なので面倒くせぇなあと思いながら、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。でも嫌な事はちょっとでも先に延ばしたいという前世からの悪癖が出て、あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになってるだろうしね、と言い訳した。そして俺は、今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。だから誰かが俺を訪ねてきても、兄は出かけました。だけ言って行先の手がかりや馴染みの場所は決して話さないように。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉くなる男なのだから、おまえもその誇りを持って誰が来ても俺の行方は話さないように」
花嫁は、夢見心地で首肯いた。俺は、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。羊はさっき結婚式の最中に換金したので妹をあげよう。もう一つ、俺の弟になったことを誇ってくれ」
花婿は揉み手して、てれていた。俺は笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。俺は跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、追手はかかっていない。これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分逃げ切れる。きょうは是非とも、イタリア半島までは逃げ切りたいものだ。俺は、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、俺は、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
俺は、今宵、逃亡する。逃げる為に走るのだ。身代りの友には多少悪いかなとは思う。王の奸佞邪智から逃れる為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は転生者特典で知識チートする。この後は名誉が待っている。さらば、ふるさと。こんにちは、大都会ローマ。
転生特典でチートが付いたか、この体の持つポテンシャルのおかげか、いくら走っても疲れないしとんでもないスピードが出せる。俺はあっという間に目的地のシラクサを通り越し、カターニアを越えた。目指すはイタリアに一番近いメッシーナ海峡である。ちなみに俺の家があるのはカターニアと逆方向である。
メッシーナが近づいてきた。 そろそろ暑くなって来た。メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。羊はとりあえず村人に売って、代金は懐にある。俺には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。そしてようやくメッシーナに到着した頃、降って湧わいた災難、俺の足は、はたと、とまった。見よ、前方の海を。きのうの暴風雨がこちらに来たのか海は大荒れ。台風なみの大波が立ち、田んぼの様子を見に行かないでくださいと、メロスの故郷の田舎なら伝令が出るレベルである。俺は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、こんな天気に船を出す間抜けがいるわけもなく、船は全て海から上げられ、船乗りは仕事にならぬので、昼間から飲んだくれている。俺は海辺にうずくまり、男泣きに泣きながら俺を転生させた神がいるのならその神に、転移なら転移させる神に手を挙げて哀願した。
「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う波を! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。今日中になんとかイタリア半島に渡らなければ、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。いや、それはどうでもいいのですが、ブチ切れている王が私に追手を出すでしょう。そうすれば私が死ぬのです」
あかん、波が余計に酷くなってきた。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今は俺も覚悟した。
あかん、プランBに変更だ。俺はイタリア本土に逃げる事を諦め、ちょっとだけ遅れていくという計画に変更した。王も「ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」と言ってたし、名前は地に落ちてすさまじいブーイング喰らうだろうが、その後は計画通りローマに逃亡すればノーダメージである。
俺は馬のように大きな欠伸を一つして、ぼちぼちと歩き始めた。一刻でも早く着きすぎると台無しである。陽は既に西に傾きかけている。流石に疲れてきたのかぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け」
「今持っているものが無くなれば人生設計に大きな狂いが生じる。その、たった一つの銅貨さえ、くれてやるわけにはいかない」
「その、お金が欲しいのだ」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな」
山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。
俺はひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「助けてくれー。王に雇われた山賊に襲われているー」
とシラクサとは逆の方向に駆け出した。冤罪をかけられた盗賊がひるむ隙に、さっさと走って峠を下ろうとした。
その時、横から全身筋肉でできたような巨漢が
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、俺を小脇に抱えてシラクサ方面に駆け出した。
「ああ、メロス様」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ」俺は小脇に抱えられながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます」その筋肉達磨は俺を抱えて走りながら叫んだ。
「もう、少しでございます。むだではございません。走りましょう。もう、あの方は助かったも同然でございます」
「いや、もう陽は沈む」
「やめて下さい。諦めるのは、やめて下さい。いまは友達のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました」
「それだから、諦めるのだ。この騒動だから王様も無茶して殺したりはしないだろう。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっとビッグな仕事をするために命を捨てるのだ。私を離せ! フィロストラトス」
「ああ、あなたは気が狂ったか。いや、でももう間に合いそうです。走りましょう」
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、フィロストラトスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ」
ああ、その男、その男のために私は、いまこんな目にあっているのだ。急げ、フィロストラトス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。フィロストラトスは、いまは、ほとんど全裸体であった。婦女子の悲鳴や「変態!」という声も聞こえる。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクサの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、フィロストラトスは走った。フィロストラトスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、フィロストラトスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た」とフィロストラトスは大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。王様の人間不信の証拠にされたセリヌンティウスは、壇上で縛り上げられている。フィロストラトスはそれを目撃して最後の勇、先刻、山賊を蹴散らしたように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「こいつだ、刑吏! 殺されるのは、こいつだ。メロスだ。彼を人質にしたメロスは、ここにいる!」
と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく師匠の足元に、俺を投げつけた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」
小脇に抱えられ揺られまくり半死半生となった俺は、王様の言葉で我に返った。
これは助かるのではないか。バッドエンドとばかり思っていたのが、実はハッピーエンドだったのではないか。さらに今の王様なら、俺の言う事を素直に聞きそうじゃわい。内政チートをするのはこれからだ!技術チートをするのはこれからだ!知識チートをするのはこれからだ!
「メロス」セリヌンティウスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
おぉ、互いに考えていた事を告白する場面か。エンディングに相応しい。
俺は、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くセリヌンティウスの右頬を殴った。
「セリヌンティウス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私は、途中で、悪い夢を見た。まず君を見捨てる気満々で、村に帰るなり手持ちの羊を換金した。そしてイタリア半島に逃亡しようとしたのだが、残念ながら海が荒れて出港できない。仕方ないので、ちょっと遅れるくらいならいいかと走り出したのだが、そこで山賊に襲われ、襲われたのをいい機会に王様にも責任を擦り付けてやれと、王様の手下だと大声で回りに喧伝し…」
話しているうちに会場の空気が変わったのが、実感できた。群衆も王様もセリヌンティウスも、ドン引きした目で俺を見つめている。
「またオレ何かやっちゃいました?」
俺は、ひどく赤面した。