夜あなたはどうしてますか
はっ・・はっ・・ぁ・・・はぁっ―――
少女は走る
息も絶え絶え
どこから走り続けたのか顔中涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし
雨に打たれたかの様に汗だくになり
服は裂けところどころから血が滲む
『誰か―――』
助けなど来ない
そんなことは彼女も理解している
それでも―――
『―――助けて』
―――叫ばずにはいられない
恐怖が
疲労が
限界などもうすでに超えているのだろう
何かにでもすがろうと
必死の悲鳴
街の中だというのに響くのは少女の石畳を蹴る足音と悲鳴だけ
誰も少女に気づかない
否
少女の存在を拒否し続ける
少女を見守るのは血の様に赤い月と
血に飢えた化け物
日が落ちれば奴らの時間
夜は魔界
日昇る日常とはかけ離れた異形が闊歩する世界
それを知らない人間はいないし
夜をうろつく人間などいない
そんなことは教えられることもなく赤子ですら理解している
ゆえに助ける人などいるはずもなく
助けられる人間もいない
異形の吸血鬼が彼女に迫る
こうもりのような羽を広げ直滑降で
彼女の足を掠め
そのままの勢いで地面へ
『―――!!』
地面が爆ぜた
少女は吹き飛ばされ
ばしゃりと
噴水の中に落ちる
もう彼女の足の疲労はとうのむかしに限界など超えていたであろう
今まで気力で走っていた
足を止めてしまったことでもう立つことすらできない
這って噴水のふちまでたどり着き力尽きたように動かない
心が折れてしまったのだろう
死を受け入れたというべきか
彼女がここまで生き延びているのは、彼女の足が速いからなどではなく、彼女の運がいいわけでもない
ましてや
彼女に特殊な力があるわけでもない
ただ
吸血鬼どもに嬲られているだけだ
わざと致命傷はさけ
疲労させ精神を削り恐怖を悲鳴を楽しむ
そんな余興も終わりだ
心の折れた少女に
もう嬲る価値などない
今まで追い回していた三匹の吸血鬼が少女に群がるようにして集まる
少女はぐったりとして動かない
気を失ってしまったのかもしれない
そして、口を開き少女の首に牙を立てる
グシャり
と
いやな音を立てて首から上がなくなった
頭部のなくなった体はビクビクと痙攣しながら噴水に落ちる
おれは、ゆっくりと残りの二匹に銃の標準を合わせ
引き金を引いた
二匹目も頭が
三匹目は腕が
ガゥン・・・
ガゥン・・・
追撃をするも
羽がもげたところで
『きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・ぐべぁ』
はっやっと仲間を呼びやがった
◆ ◇ ◆
一面に化け物どもの死骸
五十はあるか
舗装されていた道も外壁も穴だらけ
廃墟の様なありさまだ
いや
廃墟そのものといってもいいかもしれない
死んだ街
生活感など何もなく、空気は冷たく、何もかもを拒絶するように
はじめから小奇麗なだけで廃墟のようなものだった
見た目も加わればもはや廃墟以外の何ものでもなかろう
それでも
ここは人の暮らす街なのだ
ただ今が
夜だから
夜は異界
人ならざるものの世界
どれだけ異変が起きようと
どれだけの人が死のうと
『それ』だけのことなのだ
自然の成り行き
自然災害
ふぅー・・・
一息ついて二挺の銃を腰のバックルに収める
「あの―――」
もう、どこかに逃げてしまったと思っていた
だが、どれだけ騒ごうが人間がソトにでてくるはずがない
声の主は、少女だった
今まで水の中に隠れていたのかずぶ濡れで
寒いのか、恐怖でか、震えながら立っていた
「あの、あ―――」
「俺はおまえを助けたわけじゃない、さっさと帰れ!!」
おれは振り返らず、少女に背を向けて歩く
そう、助けたつもりなんかない
少女を助けるならもっと早くに助けられていた
出をはかっていた、ヒーローなわけでもない
ただ
仕留めるのにいいタイミングだっただけだ
たまたま、それが少女にとっていいタイミングだっただけ
ただそれだけだ
このあとまた襲われようがしったことではない
俺の目的は―――
「あ―――――。」
少女がボソボソと何か言っていたがもう聞き取れない
興味もない
とすっ
と軽い衝撃が
後ろから軽く押されたような衝撃
口の中が
鼻の中が
鉄の味で満たされる
「ゴプッ・・・」
口から空気が漏れる
同時にあふれた血液が吐き出される
振り返ると
少女だったものが笑っていた
耳まで裂けた口で
ケラケラと
アリガトウ、オニイチャンと
可笑しそうに
愉快そうに
楽しそうに
耳障りな声で笑っていた
こちらに伸ばした右手は、
もうすでに手ではなく槍のようで
俺の腹から突き出ていた
二挺の銃を抜く
引き金を引くよりも早く
急激な横Gがかかる
「ぐぁ――」
壁に背中から叩きつけられる、ミシミシと骨が、筋肉が軋む
ドスンと尻から落ちた
右手だったもの
槍を無造作に横に振り抜いた
今ので槍は抜けたが銃も飛んでっちまった
――やばい、やばい
これはやばい
油断した
『夜をうろつく人間などいない、そんなことは―――』
自分で言っておきながら、
このざまかよ
どてっぱらに穴あけて、肋骨、右腕も動きゃしねぇ
グチャグチャと死骸を踏みつけるのも気にする様子もなく
こちらに少女だったものが歩いてくる
否
もう少女だった面影などなく
ミシミシと
グチャグチャと
いまだ変化を続ける
背中には、こうもりの様ないびつな羽が二対生え
健康的だった肌の色は、すでに死体のようにくすみ
眼球も黄ばみ
死体のようなそれだが――
だが、瞳だけが赤く、紅く、アカク燃えるようにギラギラと、死体ではなく吸血鬼の威圧を畏敬を畏怖を物語る
槍のようだと思った右手は、爪が以上に長く、鋭くなったようなもののようだ
爪についたおれの血を蛇を思わせるような長い下でベロリと、舐めとる
「・・・偽善者よ、この世の役にも立たぬ偽善者よ、道化と呼んであげましょうか、カッコでもつけているつもりですか、無様だな無様だな無様だな無様だな――――」
けらけら・・・と笑い、続ける
おれは何も答えない
「――――この世の役にも立たぬ偽善のピエロよ、力を持たぬ正義に何の意味もない、貴様のような偽善者は特にな、私の餌になることで、私の血肉になることで世の役に立てることを光栄に思うがいい・・・む?死んでしまったか?」
おもむろに右手の爪をおれの左肩に突き刺し、足を止める
「ぐぅ・・・」
紅い目を殺意を持って睨む
愉快そうに目を細め
「生きていましたか、死んではおいしくないですから、やっぱり生きている人間でなければね、・・・それにしてもすごいですねぇ、立ち上がってどうするつもりですか。睨らまないでくださいよ」
おぉ怖いっとおどけてみせる
キャラの安定しない変な奴だ、と思いながら
一気に吸血鬼との距離を詰めた
距離にして五メートル
ベラベラしゃべり続けてくれたおかげで多少回復できた、痛みは気合で押さえつける、腕は上がらない、が足がある
おれを舐めきってる今ならば
一歩目で右のブーツのつま先に少し力を加え、その衝撃でつま先に仕込んだナイフが飛び出る
二歩、三歩
四歩目を軸に
瞬間、世界から音が消え、コマ送りになる
刹那中の刹那
神速の蹴り
知覚など不可能な世界
寸分狂いもなく吸血鬼の首に
―――殺った!!
まさに一撃必殺
当たれば必ず殺す
人の身の自分にできる最速の魔技
それを・・・・
ゴキッと足が
右足が握りつぶされ骨が砕ける
蹴りは
ナイフの先端が皮一枚で停止させられた
「少し驚きましたけど、まだまだノロイですね、雑魚なら倒せるかもですが、赤眼相手にその程度じゃぁ・・・・・」
「――――」
何か言ってるがよく聞き取れない
足を離され、足に力が入らずに倒れる
ベチャリと
水溜りに倒れた
自分の血が水溜りのようになっていたようだ
仰向けに倒れ
こんなになったら吸血鬼の死骸と見分けなんてつかないな、しょうもない
「おいしくなくなるのは嫌で―――殺―ま―」
「―――」
何を言ってるか聞き取れない
それにもうおれには関係ないことだ
自然と視線が空に浮かぶ赤い、紅い月に
あの吸血鬼の瞳のようにアカイ月
血のように
あの時のように
暗い紅
そして、世界が
反転した
「じゃ――、」
「―――」
ウルサイ
爪がゆっくりと
フラッシュバックのように記憶が
一瞬母の顔が
やさしく微笑む母の―――
「―――ぁ、死――」
「―――」
ダマレ
ほんとうにゆっくりと
走馬灯が
一瞬で駆け巡る
最後まで微笑む母の―――
「―――ん―――」
「―――」
イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、、、、
まるで止まっているように
あの日の情景が
反転が反転する
―――母の瞳が、目前の死にすら屈さない、赤い瞳が生きなさいと語りかけていた
「―――でくだ―――。」
「■■■□」
きしりと
何かがかみ合う音がした
瞬間、世界がクリアになる
目の前、まさに、目前に迫った槍のような爪がやたらはっきりと認識できる
「―――さい。」
爪が地面を切り裂いた、ヒト一人を殺すにはあまりにも大きすぎる破壊
加減を知らないとしか言いようがない
おれも人のことは言えんがな
首を取るつもりだったんだが
「貴様、何者だ血は確かに人間のものだったはずだ、それに何故―――」
予想外だったのだろう
明らかに動揺している
何故何故、と繰り返す
しかし、噴水のふちまでの移動を知覚できているあたりさすがというべきか
水面に映る自分の姿に気分が悪くなる
傷跡なんて跡形もなく
口は耳まで裂け牙がのぞく
灰褐色の肌に爪
こうもりのようでボロボロ羽
そして、右目だけ赤い眼
まさに人外
吐き気すらおぼえる
右手に持っていた、左腕を水面に投げ捨て、波紋で姿見をかき消す
「―――ナゼ、、何故、同族を狩ってまで、人を守る」
今までにないほどの殺気を
殺意を放つ
空気が張り詰める
「答えろ」
「・・・・答える義理はないが答えてやろう、まぁ冥土の土産という奴だ、ありがたく聞きやがれ、質問は許さない、これが終わればお前はおれに滅ぼされる。一つ勘ちがいをしているようだが、おれは、人を守る気なんてない、たまたまだ、そう偶然だ、おれはおれの為におれの自己満足の為に利己的な目的で貴様らを滅ぼす、ただ貴様らが嫌いなだけだ、この姿が気に食わないだけだ、ほかに存在すると思うだけで吐き気がする。まぁ簡単に言えば」
同族嫌悪という奴だ
片腕の吸血鬼の首に手が掛かる
驚愕の顔が
「さびしがる必要はない―――」
そのままの表情で
「――すぐにみんなそっちに逝く」
どしゃりと地面に落ちた