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かぐや様は起業した

作者: 絹雨おわり

かぐやSFコンテストで落選したのでここに挙げます。

このショートショートは実は深刻なテーマを扱っています。

この文章の中で「反AI暴動」の文字がありましたが、これは話をまろやかにするための表現で、現実の我々の世界では「戦乱」が発生します。

これからの時代は、宗教から科学へ、労働から技術へ、大衆から精鋭へ、となります。

これは、

宗教王権国家が滅びるということであり、

社会主義国家が滅びるということであり、

民主主義国家が滅びるということであります。

つまり、

現在世界に存在する全ての国家が衰滅するということになります。

新しい社会制度はこのショートショートに書いてありますが、人類がこれを受け入れるまでには25億人から50億人の死者が予測されます。

私としては、現実世界での死者が少しでも少なくなることを望んでいます。

はぁ~、無駄な授業だぜ。

俺は正面を見る。

デカいモニターボード。

昔は黒板とか言われたやつ。

カラフルな映像が映っている。

タッチペンで書き込む音。

へたくそな字。

字を書くのは冴えないおっさん。

まあ、教師だ。

「このパンデミックを契機に、労働は機械が担当するものとなり、人間の仕事は会社を作ること、すなわち起業することとなったのです。」

知ってるよ、そんなこと。


202△年にパンデミックが発生。

対策として世界的に病気を押さえ込む都市封鎖が行われた。

これを契機に労働のAI化が加速。

ホワイトカラーを抱えた企業の連鎖破綻が失業率を増大。

世界各国で大規模な財政出動が行われ、結果、世界規模で財政悪化。

財政規律を守るため、消費税を増税した国では大恐慌が発生。

財政規律を無視して、中央銀行に国債を買わせた国ではハイパーインフレが発生。

反AI暴動が発生したのもこの時だ。

どのような政策でも失業が解決できず、地球規模で税収が大幅に激減。

希望が全くなくなったこの世界を救ったのが、


【有価証券税】

通貨と株式の発行数の2%を発行元が追加発行して毎年現物納税する制度だ。


新税制で入手した株式を、中央銀行が購入した政府国債と「不等価交換」して政府債務を削減し、奇跡的に国の経済が回復。

全世界がそれに倣い、大恐慌もハイパーインフレも収束した。

奇跡の種明かし。

それは証券取引所に上場しやすくなったことだ。

零細企業の株式を税収に変えるために、政府が法律と制度を変革したのだ。

ボーナスを株式で支払う、新しい給与制度。

会社員の昇進を個人の保有する自社株数に応じて決める、保有株人事。

会社員の自社株売買を緩和する、インサイダー取引の修正。

結果、労働者人口を起業家の人口が上回ることになった。

教育も全面的に変革された。

労働者を育てる古い教育制度から、起業家を育てる新しい教育制度に激変した。


現代を生きる俺たちには当然の常識だが、あの202△年以前に生まれた世代、パンデ前世代にとっては違和感があるんだと。

目の前の教師もパンデ前世代だ。

時代遅れと言っても良い。

未だに校則に制服着用が唱ってある。

起業には個性が重要。つまり制服は画一的で有害。

だが、古い連中は未だに制服支持だ。

制服はロマン、なんだとさ。

教室全体を見渡しても4分の3は私服で、学校側も見て見ぬ振りだ。

教室の存在自体もそうだ。

民間の塾は、皆、オンライン授業だ。

教室は無駄だと思う。

なのに、夕日に染まる教室で告りたいとか言う奴がいるんだぜ?

パンデ前世代曰く「貧富の格差が教育の格差を生まないようにするため」だそうだ。

「宿題を配る。ちゃんとやってこいよ。」

プリントが前の席から回されてくる。

1枚取って後ろの席に回す。

この宿題、鉛筆で書き込むんだぜ。

世界人口が約100億人。人工知能が推定5兆台。

人間1人当たり500台の人工知能が働いている時代に、紙と鉛筆!

(キンコンカンコン)

授業終了か。昼休みだな。

「よっ、秀才。」

友人の安藤が声をかけながら、俺の前のイスに座る。

そして菓子パンを机の上に置いて言う。

「午後の授業の宿題、写させてくれ。」

「またかよ。まあ良いけどよ。」

嫌そうに答える。俺の数少ない友人だけどな。

「でも自分でやらねえと、将来起業できねえぞ。」

俺が突っ込むと、安藤はさらっと言い返す。

「俺はスポーツ目指すから。」

そうなのだ。

スポーツ選手・芸能人・起業家は人気職業トップ3だ。

そして、安藤はスポーツの世界を、俺は起業家を目指している。

パンデ前は公務員や銀行員が人気だったらしいが、AI化された現代じゃ、政府や銀行で働く人間はいない。

つまり、社会を動かしているのは人工知能で、人間はそこに寄生している状態なのだ。

反AI暴動のスローガンは「人間は機械の奴隷では無い」だったが、結局、人間より機械の方が公正だった。

そして新しい社会思想が生まれた。

人体社会相似論だ。

社会の各組織・各制度が人体の各臓器に該当すると考え、社会を運営するものだ。

例えば。

政府は大脳などの神経系。

警察は免疫系。

中央銀行や銀行は血管系。

通貨は赤血球。

所有権は酸素。

赤血球が動くことで酸素が移動するように、通貨が動くことで所有権が反対に移動する。

インフレは高血圧。

デフレは低血圧。

好景気は血流量が多い状態。

不景気は血流量が少ない状態。

血圧が低く、血流量が多いことが、良い経済状態とされている。

スポーツマンは血管が太いために、血圧が低く、血流量が多いからだ。

各種大小の産業はそれぞれ内臓が割り当てられている。

そして、

人工知能は分裂回数の限られる成体細胞とされ、

人間は無限に分裂する成体幹細胞とされている。

成体幹細胞がほとんど無いか、有っても眠っている臓器は2つ。

脳と心臓だ。

脳すなわち政府と、心臓すなわち中央銀行は、人工知能によって運営されており、人間は全く居ない。

逆に成体幹細胞がたくさん居て活発なのが生殖器だ。

現代における人類の仕事は、リスクを取って建国・起業することとされているのだ。

精子を考えてみれば、ハイリスク・ハイリターンなのが分かるだろう。

機械の圧倒的な生産力に裏付けられたベーシックインカムがこの社会を可能にした。

といっても、ベーシックインカムは人間ひとりがやっと生活できる程度の保証でしかない。

子孫を残すには何らかの成功が必要になる。

だから誰もが三つの人気職業を目指す。

特に起業は凡人の義務なのだ。


「いいよな、身体能力のある奴は。」

「おいおい、愚痴を言うとビジネスパートナーが逃げてくぜ。お前も人付き合いが苦手だと起業に不利だろ。」

「苦手だからなんだ。俺は機械オンリーの組織で起業を目指すんだよ。」

「そう言うな。ほら、かぐや様みたいに成れねえぞ。」

そう言って安藤は窓側へ顔を向けた。

俺も釣られてチラ見してしまう。


目立つ。

陰陽師の服装。

服装自由の校内ですら、陰陽師の衣装は際立つ。

美人だ。

周りに多くの女生徒が集まっている。

女生徒たちは、皆が皆、あこがれの目で彼女を見ている。

当然だ。

彼女は、学生でありながら、既に起業に成功している。

この若さで成功するのは異例中の異例だ。

世界的にも彼女は有名で、校内でも「かぐや様」と呼ばれる特別な存在だ。

「かぐや様は才色兼備だねえ。」

安藤も羨望で彼女を見る。


過去の苦い思い出がフラッシュバックする。

俺と彼女の口論だ。

いや、俺が口論を仕掛けて、かわされたと言うべきか。

まだ彼女が起業に成功する前のことだ。


「陰陽師のコスプレとは古臭いねえ。」

「あら、個性こそ起業の第一歩よ。」

「つまり、時代の流れに逆らって過去へ向かうのが成功の秘訣だとでも?」

「貴方のように、皆と同じ発想では成功はしないわ。」

「奇をてらえと?確かに教科書では極端な個性が有用だと書いてある。しかし、奇をてらっても成功率はかなり低いし、そのあげく破滅した奴は山ほど居る。寧ろ誰よりも素早く考え、大衆の一歩先を行く方が、安全で短期間に成功する。」

「貴方の言うとおり、奇をてらう【だけ】なのは間違いよ。でもね。一歩先を行くという考え方も平凡でしかない。だから私は違う道を行くの。」

彼女の言葉は、俺自身がぼんやりと感じていたことだった。

だから、話をずらした。

「その意見が仮に正しいとして、陰陽師とかいう既に滅んだ昔のオカルトを持ち出すのは未来が無いだろう。」

「私は、超古代経済学の立場だから」

初めて聞いた。

「超古代経済学?なんだそりゃ。」

その言葉に、彼女が俺を見つめる。

「経済には法則があるわ。」

「あるな。」

「経済の法則は人類が誕生する前から存在した、という思想よ。」

「人類が居ないのに、経済は存在するということか?」

「そうよ。人類や機械が居なくてもね。」

言葉に窮した。

強い興味が反撃よりも沈黙を俺に選ばせた。

それを見て彼女は続けた。

「万有引力は人類が誕生する前から存在したわ。」

「存在したな。」

「じゃあ、憲法に、万有引力は存在しない、と書いたら万有引力は消えるの?」

「・・消えない。」

「同様に、どんな法律・社会制度を持ってしても、経済の根本法則は不変だわ。」

「賛成も反対もしづらいな。」

「だから、根本においては、古いやり方は常に通用する。」

「その考え方が正しいとしても、陰陽師は無いだろう。」

その時だ。

彼女がニヤリと笑った。

妖艶。

頭にその言葉が浮かんだ。

背中まで垂れる黒髪は、割った炭の断面の様に煌めいていた。

頬は赤みの無い白で触れれば溶けてしまいそうだ。

唇は生き血を啜った後のように赤かった。

魅入られた。

動けなかった。

言葉も出なくなった。

お前は白雪姫か? いや、その母親か?

「陰陽師は式神を使うわ。」

「使うらしいな、伝説では。」

「会社は式神と同じよ。」

優雅なジェスチャー。

「会社は法人格よ。人では無いのに所有権がある。これは式神と同じ。」

甘く息継ぎ。

「会社には色々な種類があるわ。大きいもの小さいもの、強いもの弱いもの、一般的なもの特殊なもの。」

「式神にも色々な種類があるわ。大きいもの小さいもの、強いもの弱いもの、一般的なもの特殊なもの。」

彼女は優雅に舞い、振り返る。

ちくしょう。

かっこいいと思った。

美しいと思いたくなかった。

「会社を作ることは、式神を作ることと同じことよ。」

「・・・何か飛躍しすぎてないか?」

彼女は冷酷に俺を見下して、一言で切り捨てた。

「全ては結果が証明するわ。」

窓から吹き込んでくる7月の青い風が彼女の存在を隔絶する。

その姿に、俺は反撃する言葉を失った。


「おい。おい。聞いてるのか?」

安藤の声だ。俺は過去の記憶に沈んでいたようだ。

「ああ、聞いてるよ。」

「お前も、かぐや様にゾッコンか?」

「まさか。彼女は異次元の存在だ。茶化すなよ。」

「かぐや様は起業した。お前も頑張れ。」

俺は自嘲して言った。

「秀才が天才の真似をすると破滅するんだよ。」

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