最強の存在
俺は仲間と共に薄暗い洞窟の中で、松明片手に前進していた。
「……なぁ、いつになったらこの洞窟抜けれるんだよ」
ダルそうに俺に話しかけてきたのは槍使いのライガだ。
「このペースで歩けばあと一時間で地上に出られるはずだよ」
俺は手元の地図を確認しながらライガにおおよその時間を告げた。
「あと一時間も歩くのかよ、めんどくせー」
ライガは背負った大槍を揺らしながら大きなため息をついた。
本人はダルそうなオーラ全開ではあるが、足どりはしっかりしているし、息も切れていないため実際は疲労など微塵も感じていないのだろう。
丸二日も歩き続けてこれか、しかも洞窟の安定しない足場の中をだ。
俺なんてふくらはぎがそろそろ攣りそうだよ。
足を休めるため小休憩を申し出るタイミングを伺っていると、俺が持っている地図を覗き込むように右隣から黒衣に身を包んだ女が体を寄せてきた。
魔術士のカリナだ。
「この地図って今から八十年以上前に作られたものなんでしょう? 本当に信用できるの?」
「八十年前でも測量技術は今とそんなに変わらないはずだよ。この地図によるとこの先に広い空洞があるみたいだけど……ほら、あれがそうじゃない?」
俺が指差す先には今までの狭い隙間とは違う、天井の高い巨大な空洞があった。
「あの空洞を抜ければすぐそこに出口があるはずだよ」
「へえ、これでやっと外に出られるってことね」
カリナは満足げに呟いて俺たち三人の後方を歩く小柄な人影に話しかけた。
「レイラ、もうすぐ外だって」
「……わかった」
口数が少ないこの女は剣術士のレイラだ。
レイラは続けてカリナの耳元で囁くように一言。
「……お腹空いた」
「お腹空いたの? まあ地下に潜ってからろくなもの食べてないしね……」
どうやら二人とも持ち込んだ保存食では満足できなかったらしい。確かにあれは味らしい味も無く、おまけにぱさついているため口の中の水分が全部持っていかれる。正直不味い。
「でもなあ、洞窟を抜けてももう一日ぐらい歩かないと人里がないんだよ」
俺がそうボヤくと、
「じゃあ、洞窟抜けたら手頃な動物狩ってそれを食べるってのはどうだ?」
ライガの提案にカリナは肩をすくめた。
「そんな都合よく出てくるものなの?」
「いやいや、向こうから出てこなくてもこっちから探せば見つかるだろ」
「さあ、どうかしら」
俺の前を歩く二人がそのような会話を繰り広げているうちに、巨大空洞の入口に着いた。
空洞に入った俺は思わず息を呑んだ。
巨大空洞の中は幻想的にも見える景色が広がっていた。
人の身の十倍はある鍾乳石が空洞の天井から幾つもぶら下がり、その石の氷柱のようにも見える鍾乳石から滴る水滴を受ける地面は、長い年月をかけ水滴に削られたのかあちこちが大きく抉れている。
「おお……すっげぇな、ここ」
感嘆の声をあげるライガ。
そして俺も同感の声をあげようとすると、
「……待って」
珍しいことにレイラが声を発した。
レイラは基本的に自分から声を上げることをしない。
俺の他二人も意外に思ったのかレイラのことを注視している。
「どうかしたの?」
カリナが問いかけるがそれには返答せず、代わりに腕を動かしある一点を指差した。
俺はレイラの指し示す先を見て絶句することとなる。
紛れもないドラゴンがそこにいた。
鍾乳石の3倍はありそうな体躯を誇るそいつは周囲の岩の色と同じ灰色の鱗に覆われていた。
空洞の暗さもあり発見するのが遅れてしまった。
ところで、この世界におけるドラゴンの扱いを一言で表すならば『厄災』ということになっている。
ドラゴン一体で大国を滅ぼしたなどという伝説もあるくらいだ。
もしも一般人がそんなヤバそうヤツに遭遇してしまったら、泣き叫ぶか絶望するかのどちらかしか出来ないだろう。
だが不思議と俺はそんな深刻な感情を抱くことはなかった。
その理由は俺の隣にいる三人から発せられる言葉を聞けばすぐに分かるだろう。
じっとドラゴンを指差していたレイラはただ一言。
「……ご飯」
そしてドラゴンを視界に捉えたライガは絶望するどころか目を輝かせて、
「へへ、運がいいな俺たちは。まさか向こうから飯が食われにやってくるとは」
ドラゴンのことを飯と言い切り、カリナに至っては、
「ドラゴンって尻尾が美味しいって聞いたことがあるけど……本当かしら」
俺は不覚にも、この三人の強気を通り越してもはや煽りにしか聞こえない発言に感動を覚えていた。
大国をも蹂躙する『厄災』に対してこの姿勢である。俺はというとただ苦笑いする他なかった。
「これまた都合よく出てきてくれたわね、探す手間が省けたわ」
別にアイツもわざわざ俺らに喰われるために出てきたわけじゃないだろ、とツッコんでやろうかと思ったが、カリナの蒼い瞳にはもはや『今日のご飯』もといドラゴンしか映っていなかったので止めておいた。
俺が心のなかでボケ担当三人組にツッコみまくっていると。
ドラゴンもこちらに気付いたのか首をゆっくり持ち上げ、こちらを凝視した。
おそらくこのドラゴンは俺らのことを獲物としてみているのだろうな。
実際は狩られる側だというのに。
俺は食肉に加工される運命にあるとは考えてもいないであろう哀れなオオトカゲに内心で謝罪していた。
どうかこの三人に遭遇しちまった自分の不幸を呪ってくれ。
「……私がやる」
そう言って颯爽と前に進み出たのはレイラである。
俺とほか二名は少し離れたところで観戦だ。
ドラゴンと対峙する子供にも見えなくもない小柄で華奢な体躯を誇るレイラは、腰につっている剣に手をかけた次の瞬間。
消えた。
少し遅れてとんでない衝撃波が俺を襲う。
って、やべっ。砂が目に入った。
そして当のドラゴンはというと。
訳がわからないといった顔で、
頭と胴体が綺麗に断ち切られていた。
ズンッ、と地面に墜ちた頭を脇目に、いつの間にか巨大空洞の反対側にいたレイラはてくてくと歩いてきて、
「…………」
俺を見つめてきた。
目に入った砂のせいで泣き晴らしたあとのように赤くなった俺の目を見て、何が楽しいのだろう
するとレイラは一言。
「……料理、お願いね」
あ、はい。料理は俺の仕事でしたね……。




